Last piece Petal shower
大きな音は苦手だ。意味のない大きな音は怖い。でも音のない空間はもっと苦手だ。何も聞こえないと心細くなる。
人ごみは苦手だ。触れ合う肌が不快。幾重にも折り重なる多数の話し声が耳障り。でも一人はもっと苦手だ。一人でいると独りになってしまったようで寂しい。
暗闇は苦手だ。暗くて何も見えないと置いてきぼりにされたような不安と焦燥が襲ってくる。でも明るいところはもっと苦手だ。汚くて醜悪な姿を晒したくない。
車には乗りたくない。浮遊感や遠心力のかかる乗り物も嫌だ。海は嫌い。真っ赤な炎を見たくない。女の怒鳴り声は怖い。人の話し声も中傷されているようで怖い。
怖いことばかり、嫌なことばかりで呼吸さえも苦しくて堪らない。
終わりにしたいと感じても頭を過る罪悪感がこの世に引き留める。身代りになって消えた命と生かす為に消えた命、夢を託して消えた命。いなくなってしまった命が愛路の生きる理由だった。
空想に夢見る事を止めて、逃げていた現実に向き合っても劇的に変わることなどない。
怖い事は怖いままで嫌いなものも多い。自信は持てないし自分自身の具体的な生きる目標もない。貰い物の夢を追っている姿は滑稽かもしれないが、輝架と過ごした形のない形跡があることに喜びを感じている。
本とピアノがあれば良かった時期はずっと前で、一人では生きていけないと思い知り淋しいと知った。しかし怖くても情けない姿を見られても傍に居てくれる人がいる。
愛路は不格好に生きていた。
『アイちゃん。』
忘れかけていた声が聞こえる。輝架の声だ。
開けるとカーテンの隙間から光が差し込んでいた。本を読みながらソファーで眠っていたようだ。壁掛の時計の短針は0時を指している。
なぜ昼間のように明るいのか。
ひらり。ひらり。
部屋の中だというのに花弁が舞っている。薄紅色、紫色、赤色、黄色と様々な種類の花弁。
まだ夢を見ているのだろうかと降り注ぐ花弁に手を伸ばすが不規則に揺れて愛路の手をすり抜けていく。
掴むことのできない頭上から降ってくる花弁の先に15歳の輝架が立っていた。愛路の記憶のままの細くて白い女の子。
体が、動かない。これが夢だとしても幻影だとしても消えてしまう前に触れたいと願うが瞬きさえも出来ずにいた。
『お誕生日おめでとう。泣き虫アイちゃん。』
崩れるように背景へ溶けて笑いながら消えていく輝架。体が動いて手を伸ばす頃には花弁も降り止み掴み損ねた手だけが宙に残る。
外は時刻通りの暗さに戻り本を読むために点けていたスタンドライトの明かりだけの空間の中、色とりどりの花弁が残されていた。
最後のお別れを言いにきてくれたのだろうか。
輝架が声を聞かせてくれることも空想の思い出を見せてくれることも、もうないのだろう。それどころか二度と逢いにきてくれない気がする。
「ありがとう、テル。」
8月の末、室内で花弁にまみれた奇怪な状況に愛路は涙を流して笑った。
I enjoyed spending time with you.
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