55th piece Hot summer day
照りつける太陽の下、愛路は吐気に苛まれていた。35を超えるか否かの真夏日だというのに血の気は失せて手足は氷水に浸けたかのように冷たい。
3回電車を乗り換えた後、バズに揺られてしっかりと酔いバスターミナルのトイレに閉じこもった。そこから徒歩で20分進んだ先にある一軒の住宅の前に居る。
極度の緊張に震える手でインターフォンを押した。家主はドアホンに映る愛路の顔を見ると慌てて玄関のドアを開ける。
「おかえり、愛路君。待っていたよ。」
出てきたのは津山靖行。愛路の現在の保護者代わりの親戚だ。
「ここに帰ってきたわけじゃなくて、今後の話をしに来ただけです。」
「とにかく上がって。」
そっけない態度の愛路を靖行は客間へと案内した。ここへ来たのは高校を卒業した数日後に一度きり。客間へ入ると小学校の時の保護者である辻井剛史と高校の時の保護者である竹内晴菜、部屋の隅には中学校の時の保護者である坂間勝敏と今まで愛路の面倒を見た親戚達が揃っている。
一応、事前に訪問の連絡を入れていたため集まったのだろう。
愛路の両親の実の兄弟達。彼らは遺産を不正に手に入れ、それを隠すためにずっと愛路を傍に置いて見張り、勝敏の妻の暴虐も金の為に揉み消した。少しでも血がつながっているかと思うと頭痛と吐気がする。
「愛路君。この前は真理がすまなかったね。」
「いえ。」
靖行に座らされた愛路に寄ってきたのは剛史だ。彼の家に居た時が一番親戚達と良好な関係で平穏であった。裏があったとしてもよくして貰った記憶がある。叶うならば何も知らないままで居たかった。
「今日は荷物を取りに来ました。」
一応、この家には愛路の部屋が用意されている。荷解きのされていない段ボールが三つ置かれているだけの部屋。両親の遺品とアルバム。
「住む所も進路も決めています。今後は貴方達のお世話になるつもりはありません。それをハッキリと伝えに来ました。今までありがとうございました。」
震える身体を必死に抑えて愛路は頭を下げた。角が立たないようにするためだとしてもこの親戚たちに独立の許可を取るなど滑稽だ。
「そんなこと言って、君はまだ学生じゃないか。保護者がいた方が良いだろう?成人もまだなのに。」
「頼れる大人がいたほうがいい。遠慮しなくて良いんだよ?」
口々に止める剛史と靖行。多少なりとも心配してくれているのだろうが素直に聞き入れることは出来ない。
「愛路ちゃん。まだあの女と付き合いがあるんでしょ?おばちゃん達は心配なのよ。」
晴菜の言葉に愛路は立ち上がった。
「貴方達のした事を今更蒸し返すつもりはありません。そんなに心配なら予備の日記帳を渡します。全て認めて夕月さんに謝るなら彼女の持つ証拠も渡します。」
これは愛路のけじめだ。弱みを持つことで彼らが柊を貶め、愛路を縛ろうとするならば手放してしまえばいい。遺産の事も虐げられた時間も今更なのだ。何をしたところで元には戻ることはない。
「失礼します。」
反論すら出来ずに黙る彼らにこれ以上は無駄だと退出した。荷物はあきらめようと玄関へむかう。
「待って。愛路君。」
靴を履いていると靖行が追いかけてきた。
「連絡先だけ教えて。君はおじさん達の事が許せないかもしれないし鬱陶しいかもしれないけど、一応はまだ俺が君の保護者代わりなんだ。」
靖行が気にしているのは世間体か親戚達への体裁か。愛路には返す言葉が浮かばなかった。
「愛路君が望むならこっちからは連絡しない。荷物も送るよ。もし、何か困った事があったら頼ってほしい。」
時として縁は簡単に切れてしまうのに切りたくても繋がり続ける縁があるのは何故だろう。逃げ続けていたことから向き合うと決めていた愛路は鞄からメモ帳を取り出すと翔のマンションの住所を書いて靖行へ渡した。
「俺は、ここに住んでます。お邪魔しました。」
「ごめんね。体には気を付けるんだよ。」
悔いているような靖行の疲れた顔を見ながら愛路は家を出た。少しでも省みてくれるなら良い。父と母が彼らと疎遠でなければ少しは彼らとの関係も違ったのだろうか。
もしもの話など考えても仕方がないと愛路はさっさと家歩き出す。これで一先ず終わったのだと緊張の糸が切れて力が抜けるとともに眩暈がした。座り込むとともに激しい吐気が込み上げ我慢することも出来ずに側溝へ吐いた。
「げほっ…げぇっ……うぅぅ。」
食事をしていない胃からでてくるのは消化液のみで苦しさと吐気が増すばかりだ。焼かれて喉が痛い。愛路は靖行の家へ行く前にも乗り物酔いして吐いていたのだから仕方がない。
「……うぅぅ。」
ごっそりと体力を奪われ辛い。吐気もおさまらずに唸っているとがっちりとした肉厚の手が愛路の背中を摩った。
「おーおー、苦しそうじゃのう。」
「翔!?……うっ。」
愛路は飛び上がる程驚いて声を上げるが急激に動いたことで体も驚き再び吐いた。
「人ん顔見て吐く奴があるかい。」
ぺしりと頭を叩く翔に連れられてバスターミナルまで戻るとスポーツドリンクと液体タイプの薬を渡される。時間をかけて二つとも飲みながら冷房の効いた待合室で休むと瞬く間に体調が回復した。緊張と嘔吐、暑さで軽度の脱水症状を起こしていたようだ。
「なんでここに。」
会話が出来る程回復した愛路は疑問を投げた。
「お前が頼らんから勝手に世話やくことにしたんじゃ。」
デコピンとともに返された言葉は、お節介で余計なお世話だがむず痒く感じる。こんなことされたらもう頼らずにはいられなくなるというのに。
良い機会だと翔に付き添われて愛路は事務的な引っ越しをした。住民票を移し、各所へ新住所を通達して家出人の居候から同居人となったのだ。
その日、帰宅すると物置となっていた一室が片づけられており、リビングに併設された和室に仮置きされていた愛路の荷物が移されていた。
「ベッドも机も爺さんが使っとったもんじゃから嫌なら替えてええ。」
ぶっきら棒に話す翔の耳は照れているのか赤くなっていた。
この家で自身の部屋を与えられたことが照れくさくも嬉しくてその日は翔の顔をまともに見れなかった。
翌日、靖行から届いた荷物を片づけていると大学から連絡が入り奨学金辞退、一括返済の手続きがされたと報告された。何が起きているのか分からずに調べれば学費くらい払うと靖行が強引に処理したとわかり憤慨した。しかし『何かあれば僕がワンパンでKOしてあげるから貰えるモノは貰っちゃいなよ。』と弁護士バッチを翳す志郎が間に入り、無理矢理治められた怒りが愛路の中で残り火のように燻った。
(◉ω◉)愛路が後回しにしていたことに色々と向き合ってます。お兄さんズは勝手に世話やきます。




