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JIGSAW PUZZLE  作者: よぞら
Departure
51/57

51st piece Hide and Seek

 雨音が聞こえる。先ほどまで晴れていたのに。

 真夏の雨の不快な蒸し暑さに目蓋を開けて混乱する。庭の縁側に居たはずがバス停のベンチに座っていたのだ。夢にしてははっきりとしていて鮮明な記憶だけが残っている。


「後藤ちゃん見ぃつけた。」


 状況が把握できず雨音を聞きながら呆然としていると志郎が真上から覗き込んできた。


「……な…んで?」

「僕はかくれんぼサークル無敗の部長だよ。」


 悪戯っぽく笑う志郎は背後から回り込んで愛路の隣に座る。


「色々と聞いたよ。翔君から。」


 びくりと、愛路の身体が撥ねる。何を聞いたのかなど問わずとも検討が付く。


「ちょっと前に柊さんからも聞いていたし、かなり前に津山さんからも聞いていた。」


 揉み消された過去と空想の過去、大人たちに都合の良い過去。翔だけでなく志郎まで知ってしまっていたことに緊張が走る。現実から逃げて妄想に浸っていたなど知られたら呆れて愛想をつかしてしまうのだろうか。

 愛路は手足が急激に冷えて喉の渇きを覚える。心拍数が上がり、吐気すら込み上げてきた。


「……軽蔑した?」


 愛路がやっと絞り出した声は雨に消されそうな程、小さい。俯いて小さくなる愛路の横で志郎は煙草に火を点ける。


「僕の眼で見たわけじゃないから一つの情報でしかないよ。」


 志郎は現実主義だ。己の与り知らない過ぎ去った過去は一つの情報に過ぎない。

 聞いていて感情を揺さぶられなかったかといえば大いに動かされた。徹夜でボーリングゲームをして弾き出した豪速球でピンを破壊し、店員に諌められる程やり場のない怒りを抱えた。しかし志郎は愛路のプライベートに出張れる立場ではない。

 学校でのことは先輩風を吹かせて手を貸すことが出来るが家庭内の事となると別だ。だから愛路が直接志郎に話し、助けを求めてこない限りは首を突っ込まないと自身の中で線引きして折り合いをつけていた。


「薄情に聞こえるかもしれないけど僕にとっては不確定な昔話さ。」


 他人からの注目や干渉を怖がる愛路を追い詰めない為、今すぐにでも事細かに問い詰めたい感情を殺して志郎は興味のないふりをする。どうでもよいと言っているような言い回しだったが愛路は詰めていた息を吐いた。いつか、彼の口から言えるようになる日が来ればいいと、志郎は気付かれないよう苦笑しながら煙を吸い込む。


「後藤ちゃんはただの可愛い後輩だよ。」


 大学の先輩後輩であり、馬鹿騒ぎをする友人。それが志郎と愛路の立ち位置だ。いつも通りの志郎にすっと愛路の緊張が解けた。


「それにしても翔君ってばひどいんだよ。拾った僕が責任もって探し出して来いってさ。」

「翔が?」

「後藤ちゃんがいないと困るって。俺専用の害虫バスターって言ってたよ。」


 吐き出す煙草の煙で輪を作って遊びながら志郎は楽しそうに話す。

 余談であるが翔は虫が苦手だ。購入した無農薬野菜から青虫が出てくれば泡を吹いて気絶するほど苦手である。一方愛路は原始人並みに虫が平気だ。ゴキブリが出たとしても素手で捕まえて外へ逃がす強者である。

 以前は過剰な程に防虫グッズを置いていた翔の家だが今は半蔵がいる為それも出来ない。

 マンションの7階であろうとも虫は出る。ゴキブリ、蜘蛛、蠅、蚊、蜂、蛾、天道虫。高校より一人暮らしの翔にとって最大の障害であった。

 翔が一方的に愛路の世話を焼いているように見えるが大嫌いな害虫を処理してくれる愛路の存在は手放せるものではない。


「さて帰ろうか。後藤ちゃん。」

「うん。」


 志郎に促されて帰ろうと立ち上がると黒いコウモリ傘が足元に転がった。真守が渡してくれたものだ。はっと気づいてボディバックのポケットに日記帳がない事に気付く。真守に預けたまま忘れてきたのだ。


「ごめん。シロー。忘れ物した。」

「どこに忘れたかわかる?」

「たぶん。」


 降りしきる雨の中、並んで傘を差して戻るがバス停から数分のところにある真守の家は先ほど愛路が訪れた時よりもひどい状態になっていた。古い外観は誰が見ても廃屋と分かり、屋根の瓦は崩れて外壁の割れ目から草が伸びている。


「後藤ちゃん、こんなとこにいたの?」


 志郎の問いに答える余裕もなく門をくぐると家はボロボロで壊れかけ、庭は根が腐って倒木した植木を糧に雑草が伸び荒れていた。先ほどまで座っていた縁側は床が抜け崩れ、もちろん真守の姿も金魚のノートもない。


「あぶないっ。」


 フラフラと縁側へ向かう愛路の手を志郎が掴んで止める。踏み出した足元の先に大きめの穴が開いていたのだ。家もボロボロで何かのはずみで倒壊の恐れもある。


「取敢えず、外に出ようよ。」


 危険と判断した志郎に手を引かれ、愛路は混乱したまま家を出て鵜崎と書かれた表札を見ていると後ろから声を掛けられた。


「あら貴方達、その家に近づいちゃ危ないわよ。」


 言葉に振り返ると傘を差した中年の女性がいた。リードの先には雨具を着た中型犬がおり、散歩をしていたようだ。


「家主を知ってますか?」


 近所の住民の往来にこれ幸いと志郎は話を聞く。長身の志郎と美形の愛路。若い男二人に囲まれ気を良くしたのか中年女性は軽快に話し出す。


「私も当時は子供だったから詳しくないけど30年位前までは人当たりのいい優しいお爺さんが住んでたのよ。確か定年前は教師をしてたとか聞いたけど身内の方は疎遠だったのかずっとお一人だったわ。その人が亡くなってからは誰も住んでないのよ。」


 放置空き家となって数十年、野良猫の住家となって倒壊の恐れもあり持ち主が分からず困っているのだと女性は続けた。


「ありがとうございます。」


 志郎は簡潔にお礼を言い話す事も出来ずに放心している愛路を連れてその場から離れた。

 落ち着ける場所も近くに無く、仕方なく志郎はバス停まで戻って屋根の下にあるベンチに愛路を座らせる。


「後藤ちゃん。家間違えた?」

「間違えてない。……だって。」


 確かにあの家で真守に逢った。しかし、家は空き家で30年も前に家主は他界したという。それならば、愛路が出会った鵜崎真守と言う老人は誰だったのだろう。季節を無視して花の咲いていた綺麗な庭は何所だったのだろう。


「やっぱり、道間違えたかも。」


 立ち上がり、もう一度真守の家へ行こうと道順を思い返すが、切り取られたように思い出せない。それどころか朝、歩いた輝架のマラソンコースも真守の家への道順も。先ほどまでくっきりと記憶にあった景色も真守の顔も11歳の輝架の顔も初めから知らなかったかのように消えている。

 大切な何かをごっそりと無くしてしまったような喪失感が襲いかかった。

 血の気の弾いた青白い顔で力が抜けるようにベンチに腰を落とす愛路。


「大丈夫?何か飲む?」


 顔色の悪い愛路に焦った志郎は何かないかときょろきょろと視線を巡らせた。視界に移った自動販売機のもとへ向かおうと足を踏み出すが服の裾を掴まれて止まる。震える手で服を掴む仕草が無言で傍に居てほしいと伝えられている様で志郎は愛路の隣に座った。

 服がぬれる事も構わずに黒いコウモリ傘を抱きしめる愛路が泣き止むまで。


『I awoke from a long dream.』


(◉ω◉)史郎は狂人だけど愛路にとっては優しいお兄ちゃん。

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