5th piece Sunday morning
寝台に置かれた丸型の目覚まし時計から機械的で規則的な電子音が聞こえる。
時刻は朝の5時30分。今の季節は夏至まで2ヶ月を切っているので日は高く窓からは朝日が差し込んでいる。
翔はもぞもぞと布団から手を伸ばし目覚まし時計の突起を軽く押して不快な音を止め欠伸をしながら手足を伸ばして唸る。
起きなくてはと思ったところで今日は休みだったと思い出した。早起きなどしなくてもよいというのに習慣とは恐ろしいものだ。昨夜、就寝前にしっかりと目覚まし時計をセットしていたようだ。
もう一度寝てしまおうかと思ったが、二度寝すると体がだるくなってしまう。ゴロゴロと寝返りし腹筋を使って上半身を起こしてベッドから降りた。
リビングへ行き、TVを点けながら下に目をやると居候が布団もかけずにラグマットの上に寝転がっていたので溜息を零す。
読書をしているうちに眠ったのだろう。丸型のルームライトが点けっぱなしで頭と手の間に厚みのある本が置かれている。確か自分が寝た時間は日付を過ぎていた。いつまで起きていたのか。
「まったく。」
もう一度、溜息を吐くと屈む動作が面倒で足のつま先で軽く小突いた。すると顔を歪ませて身動ぎ、寝たりないのか夢にかじりつこうとしている。
「愛路ぃ。マーナーちゃん。起きぃって。」
「うぅ。」
唸り声を上げながら身を捩り、強固に張り付く目蓋を開いた居候。
「あぁ~、翔ぅ。はよー。」
半分夢の中にいるのか気の抜けるような声と口調と挨拶を発する。
「おはようじゃないのう。布団で寝ろ。半蔵より悪い寝床じゃわ。」
指さす先にいる猫は座り心地のよさそうなボアのクッションの上で丸まっている。ネコよりも悪条件で寝るなど呆れるしかない。
「どこでも同じ。」
布団と床の上のラグマットでは雲泥の差だと思うが愛路には寝られればどこでもいいらしい。
固まった肩を回している居候を横目にキッチンに入り、大きめのボウルに水を汲んだ。そしてリビングに置かれた観葉植物に水やりをすることが朝の日課だ。
「体、痛うならんのか?」
「別に。」
栞の挟み忘れた本を開き読んだページを探している愛路に問うが反ってきた答えは簡潔なものだった。自分の体より本の方が大事らしい。
現在家出中で宿無しの愛路はこの家を追い出したら路上で生活するかもしれない。そういえば公園で寝たことがあると聞いた事があった。あの時は冗談だと聞き流していたが、この男ならば出来そうな気がしてきた。
服は着られればいいと適当な服装しかしない。スウェット姿で大学に行こうとしていた時は慌てて止めたものだ。
愛路に知らせていないが彼の服は全て柊という名の女性が選んでいた。直接渡すと申し訳ないなんて遠慮して受け取らないのでサイズが合わなかったとか昔着ていた服だとか適当に理由をつけて押し付けるように渡している。
一人にすると面倒くさいという理由から飯もろくに食べない。朝晩はなるべく食べさせているが仕事の都合で食事時間が合わないときや昼はどうしているのかと考えると頭が痛くなる。
更に心配なのは睡眠時間だ。一晩で3時間も寝ればいいほうだろう。早く寝ろと言っても聞かず、酷い時は二日くらい寝ない時もあるのだ。
愛路は自分の事に対してかなり無頓着な男である。
そう遠くない過去に規則正しく生活しないと早死にすると脅すように言ったが愛路は心配し過ぎだと笑った。
考えすぎならいい、生きることを諦めているように思えてならない。
ここ最近、何故だか塞ぎ込んでいるような気がする。元々、呆然としている事が多かったが思い詰めた様な表情をする時があるのだ。
悩みでもあるなら話せばよいものを頼りにならないのか信用がないのか。
朝から頭を悩ませているというのに愛路は暢気に猫と遊んでいた。
リビングに置かれた植物の水やりを終えるとキッチンに戻り、もう一度ボウルに水を満たす。
今度はベランダに出て所狭し並べられたプランターの花に水やりをする。花を育てる趣味はないが隣の住人に旅行へ行く間、面倒を見てほしいと頼まれた。
5年程まえに引っ越してきたお隣さんで、おかずのお裾分けや旅先での土産など何かと良くして貰っているのでお安い御用だと二つ返事で了承したのだ。
「翔、花育てる時は挨拶しないといけねぇんだぞ。」
「は?」
ベランダを覗く居候から発せられた忠告を脳みそが理解しない。
「きちんと挨拶した方が綺麗に咲くんだと。」
追い打ちをかけるような捕捉に、一時停止状態からは解除された。少しずつ言葉の意味を理解しだす。
たとえその行為が本当に効果のあることだとしても大の大人が花に話しかけるなど相当痛い行動だ。おまけにお世辞にも人相が良いと言えない。
「どっから仕入れた情報じゃ。」
強烈なデコピンをお見舞いしてリビングに戻とそのままキッチンに入った。愛路は額を抑えて蹲っている。
「愛路ぃ、朝飯何がええ?」
「シュークリーム?」
リクエストはお菓子で語尾は疑問形で括られている。おそらく一番初めに頭に浮かんだ食べ物を発したのだろう。彼に食事の事を聞いた自分が間違っていたのだ。
己がしっかりと管理してやらねばと腕をまくる。
健康に適した純和食の献立を頭に浮かべながら包丁を握った。
◇半蔵
翔のペット。金目の不細工な黒猫。