46th piece Condolence
「ノックー。」
呼ぶと何処にいても何をしていても来てくれた。黒い毛並み。ふわふわの尻尾。泣いていると涙を舐めてくれた。寂しくないように傍にいてくれた。生まれた時から一緒に居た兄の様な存在の愛犬。
たった10年過ごしただけで逝ってしまったけど、大好きだった。
でも、家族3人で愛したノックスの死を受け入れられなくて、いつまでも泣いて、嘆いて男の癖に見っとも無く喚き散らして去り逝く者を『キライ』だなんて罵って憎んだ。
だから、両親が暗く冷めたい海底へ沈んでしまったのは罰だったのかもしれない。
“Nox”と刻まれたプレートのついた首輪を握りながら空ばかり見ていた。
何とか元気付けようと、いつもは仕事で遅く休みも殆どない父親が遊びに行こうとドライブへ出掛けた。よく晴れた海の日で全開に開けた窓から吹き込む風がとても心地よかった。
水族館へ向かう途中の海に面したスカイラインからはカーブを曲がる度に空を飛ぶ様な感覚がして何時の間にか窓に張り付いて空を眺めている。
「父さん、母さん船がいっぱいだ。ずっげぇ。」
「ああ、漁船かな?」
現金なもので目の前の楽しみに釘付けとなり、元気に騒ぐ姿を見て父は和やかに笑い、母は笑いを堪えていた。
そんな二人の様子に恥ずかしくなり紛らわすように外を見た時、母の悲鳴が車内に響いた。何事かと前を向いたときにはブレーキ音と一緒に身体がバラバラに砕かれるような衝撃が走った。シートベルトが食い込んで骨が軋む。
頭が情報を処理する前に目の前の景色が回転し、窓の外の景色が回転した。空と山と海が交互に映る。
回転する遠心力に目を回していると身体に凄まじい熱さを感じた。胃がひっくり返りそうな気持ち悪さの中、半目を開けると車内は炎に包まれ真っ赤になっている。
ガシャンと再び大きな音を立てて衝撃に打たれて回転が止まった直後、垂直落下の浮遊感に背筋から悪寒が走った。全ての景色がスローモーションのようにゆっくり流れ、親子3人乗せた車は数十メートル下の海面に叩きつけられた。
凄まじい衝撃に小さな子供の身体は割れたガラス窓から車外へ放り出された。叩きつけられるような痛みと水音がして、視界が青に包まれる。
打ち付けたところがギスギスと痛む。
ガラスで切れたところはズキズキと痛む。
炎に焼かれたところはジワジワと痛む。
身体中が痛み、泣き叫ぼうと口を開ければ口内に大量の海水が流れ込んだ。目の前には沢山の気泡を出しながら所々へこんだ車が沈んでいく。
こんなにも苦しいのならば早く死んでしまいたいと目を閉じた。
ざぶん。
水面から飛び出たような水音に目を開くが暗闇なのか何も見えない。
がつんと衝撃音がして顔面に痛みが走った。
「あんたのせいよ。」
息が苦しい。暗闇の中で泣きはらした女の目が不気味に光る。
「あんたも死ねば良かったのよ!どうして一緒に死んでくれなかったの!?」
ヒステリックに叫びながら首を締められる。体中が痛い。息が出来ない。
助けてと叫んでも声が出ず、喉からはひゅーひゅーと掠れた息が抜けるだけだった。
「馬鹿ね。誰を呼ぶの?」
髪を掴まれて無理やり視線をあわされた。この笑いながら泣く女の顔が恐ろしくてたまらない。
「皆、あんたのせいでいなくなっちゃったのに。」
口が裂けたように嗤う女が指差す先に視線を向けて体が震える。
愛犬と両親、あの少女が血に濡れて地に伏していた。その後ろには見覚えのある人達がゴミのように積まれていたのだ。
全てを否定したくて地面に頭を打ち付けながら絶叫した。
何故、どうして。
答えのない問いを繰り返す愛路を嘲るように嗤う泣き顔の女が刃物を振り上げた。
「次はあんたよ。」
刃物で切られる鋭い痛みが走った。
「うあっ」
自身で発した吐息の悲鳴で愛路は覚醒した。一瞬で切り替わった視界に混乱するが直に夢を見ていたのだと気付く。
中途半端に閉まったカーテンの隙間から覗く窓の外はまだ暗い。
愛犬と両親を失った日の夢。愛路が数か月の入院で済む怪我で助かった事は天文学的な幸運だった。
何年経っても色褪せることなく、何度も何度も夢にまで見たあの日の出来事。4年前からは女が貶めるオマケ付きだ。
毎年、今日を迎えると一人隠れて泣いていた。
空虚を見つめる愛路の瞳から一筋の涙が溺れ落ちる。
どれだけ時間が経とうとも別れを受け入れたとしても悔いや悲しみが薄れる事はない。起き上がる気力もなく声を押し殺して泣いていると、襖の開く音がして体が大袈裟に揺れる。
こんなところ翔に見られたくなかった。
しかし10cm程の隙間から入室してきたのは半蔵だった。安堵の息を吐いていると半蔵は愛路の布団にもぐりこみ体を密着させて丸まる。
「一緒に寝てくれるのか?」
愛路は半蔵の頭を撫でて目を閉じると温かい半蔵に身を寄せた。
何度も目が覚めて眠れぬ夜に嘆いていると、あの少女も来てくれた。そして一人きりの暗い部屋から連れ出してくれたのだった。
『アイちゃん、おはよう。』
『おわっ。』
突然、声を掛けられ驚いた。反射で振り返ると暗い部屋に輝架がいた。いつから居たのか音もなく表れたのか、幽霊か忍者の様だ。
『今、何時だと思ってる。ガキは寝てる時間だろ。』
『自分だってガキだろぉ。』
べっと舌を出す姿が憎らしい。
『眠れなくなった。お散歩行きたい。アイちゃんも行こ。』
『は?』
少女は枕でバレバレのダミーを作った。おそらく輝架の部屋のベッドも同じようになっているのだろう。
『はい。アイちゃんの。』
いつの間に持っていたのか、渡されたのは愛路のサンダルだった。
『よっし。』
自分のサンダルを背中に挟むと、窓を開けて外に出てスルスル壁を伝って庭に降りてしまった。
『サルかよ。』
呆れと諦めの溜息を吐くと、同じようにサンダルを背中に挟み庭へ降りた。普通に玄関から出ても良かったのではないだろうか。
現在時刻、午前2時6分。
快い夜風が吹く。輝架は愛路の手を引いて暗い道を選んで歩いているようだ。
『アイちゃん、上見て。』
『ん?』
輝架の指さす先は満天の星空があった。
『明るい星がこと座のベガ、はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル。三つ繋げて夏の大三角だ。』
『へー。』
言われたところで星などみな同じに見え、どれがどれだか分からない。
『その上にこぐま座の尻尾の先にある北極星、おおぐま座の尻尾になった北斗七星。そしてカシオペア座』
『ああ、成程な。』
最も一般的な星座を言われ、愛路にも見つけることが出来た。
『こぐま座の近くにきりん座があるけど5等星だからよく分かんねぇや。』
『安心しろ。俺は全て同じに見える。』
はっきり言えば案の定笑われる。
『でな、夏の大三角の右側にうしかい座のアルクトゥルスがあって、その下におとめ座のスピカ。』
どれがどの星なのか分からなかったが、都会と違い、街灯の少ない田舎の夜空は星が良く見えた。
『こと座のベガとわし座のアルタイルの間には天の川。ベガが織姫でアルタイルが彦星だぞ。』
言われてみれば先週は七夕だったと思い立つ。当日は生憎の雨だった。中学校はないが小学校では七夕のイベントを行う。笹の葉に飾りをつけ、短冊に願い事を書いて吊るした覚えがある。
『七夕もこんだけ晴れてたら逢えたのになぁ。』
『さぁな。』
『アイちゃんノリ悪い。』
剥れる輝架をあしらい手をつないで来た道を戻る。そろそろ眠くなってきた。
『アイちゃん、七夕の願い事叶った?』
帰り道、変な事を聞いてくる輝架に首を傾げる。愛路は七夕の願いなどしていない。強いて言えば輝架が勝手に短冊に書いたくらいだが、宇宙飛行士になるなどと実現の薄い願い事が短期間で叶うことなどないだろう。
『大丈夫だ。もうすぐ終わるから。』
何が終わるのか聞き返そうとしたとき、身体が揺れて夜から朝へ視界が反転した。少女と歩く夜空から明るい天井と翔の顔が映り込んでいる。
「愛路。そろそろ起きんと遅刻じゃぞ?」
怠い体を起こして時計を見れば7時半を過ぎている。15分程で家を出なければいつもの電車に乗り遅れるだろう。翔も出勤時間が迫っているのか仕事着だ。
また都合の良い夢を見て逃げていたと自己嫌悪に陥る。
長時間の睡眠で頭痛がする重い体を無理矢理起こして身支度を整えた。
「行かんでええんか。」
いつもより緩慢な動作で大学へ行く愛路の背中に翔は問うた。墓参りのことだろうが大学は昨日から試験が始まっている。
「いい。」
「そんでも親じゃろ?」
両親へ逢いに行きたい。行って謝りたい。しかし、今日行けば親戚たちがいる。贖罪のつもりか10年経っても命日に墓参りへ赴く彼らを恨めしく思う。
「愛路。」
「何も知らないくせにっ」
焦燥からくる苛立ちをぶつけるように分厚い翔の胸板を殴った。びくともせず叩いた手の方が痛かった。
翔が知っている筈無いのだ。聞かれないことをいい事に愛路は何も話してないのだから。
「知っとる。」
予想外の返答に硬直する。項垂れた頭を上げると翔と目が合った。
「愛路が理不尽な暴力うけとった事も殺されかけた事も不当な扱いされて全て無かった事にされた事も。忘れたふりして存在せん思い出に縋っとる事も知っとる。」
「いつ…から?」
「シローが愛路拾ってきて1年もせんうちに柊さんに聞いたんじゃ。」
翔に全て知られていると理解した愛路は足元から崩れ落ちた。虚勢を張っている自分が馬鹿みたいだった。
やっとで保っていた糸が切れて愛路の瞳からは止めどなく涙が流れた。
(◉ω◉)悪夢と良い夢と現実の
ミックスジュース
ミックスジュース
ミックスジューーーース♪




