44th piece Nosy parker
※残虐なシーンがありますので苦手な方はご注意ください。
日曜日の昼下がり、湊はとあるマンションの前に居た。エントランスにて部屋番号を入力しインターフォンを押す。部屋の主はあっさりとオートロックを開錠し招き入れてくれた。門前払いも覚悟していたがスムーズに進み、湊は拍子抜けする。
「良くここがわかったわね。」
玄関前に立ち嫌味を言ったのはTシャツ姿の柊だった。サイズは大きめだが下着が見えそうなシャツの丈に湊は目を逸らした。
「貴女が誰なのかさえ分かれば簡単に探せますよ。紅林夕月さん?」
数年前に捨てる事となった本名を出す湊を一瞥すると夕月改め柊は室内へのドアを開ける。
「話があるんでしょう?どうぞ上がって。」
カツンとミュールの踵を鳴らして玄関へと入っていく柊に頭を下げて湊は後に続く。
「先に言っておくけど変な真似したら怖い人呼ぶから。」
湊が靴を脱いでいる間に短い廊下を先導してリビングの戸を開けながら柊は忠告した。女性に手を上げたり乱暴したりする気はないがせめて下の衣服を着用して欲しいと心の中で湊は叫ぶ。後ろ姿は歩くたびにTシャツの裾が揺れて透けたレースの黒い下着が見えるのだ。ワンポイントで飾られた揺れるピンクのリボンが堪らない。
邪な欲情を振り払うように頭を振りながらリビングへ入るとパープルカラー中心のカラーコーディネートにダークグレーを差し色した高級感とリラックス感あふれるモデルハウスのような空間になっていた。
「ソファーにでも座って。」
着座を促した柊はローテーブルの上に一冊のファイルを置いた。所々色褪せた厚みのある古いファイル。
「お茶のかわりよ。持て成すわ幼馴染君。」
好戦的な笑みに肝を冷やしながら着座した湊を見届けた後、少し離れたところに設置された書斎スペースのチェアに柊もゆっくりと座り足を組む。
本人が隠す気がないならと開き直って柊の下着をしっかり見届けた湊は出されたファイルのページを開いて息を飲む。写真と一緒に綺麗にファイリングされた記録。1ページ捲るごとに手が震えて冷や汗が出た。
「何ですか?これ?」
「見たらわかるでしょ。信じられなければ動画やボイスレコーダーの音源もあるわよ。これを持っているからあいつらは私を目の敵にするの。」
湊が見たノートは今より小さな愛路が虐げられた記録だった。相手は中学生の時の預けられ先、親戚の妻である枝里と中学校の同級生。
暴行されている写真。痣や怪我を部位ごとに撮った写真。日付と場所、何を言われ何をされたか時系列に沿って綺麗にまとまっていた。録音や録画と記入がある日はデータが別にあるのだろう。
写真に写る愛路は傷だらけで表情も暗く目が虚ろだった。生きた人間に見えず精巧な人形の様で気持ちが悪いと感じさせる。
「……中学のときは不良とつるんで怪我ばかりだって。」
知らされた過去の情報と合わない突然見せられた過去の状況に湊は混乱した。
「愛路が非行に走るわけないでしょっ」
湊に背を向けていた柊がヒステリックに声を上げた。
「それが、あいつらが揉み消した怪我の真実よ。どうせ怪我だらけなら殴った所でわからない。馬鹿みたいな理由で愛路は同級生に殴られていた。」
明確な原因が分からず非行の結果だと結論付けた怪我は学校と家庭での一方的な暴力だったのだ。信じがたい真実に湊の顔は悲観に歪む。
「もっと酷いのは家よ。アル中の女が浮気された腹いせに酔った勢いで殴ってたの。」
ずっと愛路の身体から痣が消える事はなかった。夏でも肌を見せないように長袖を着て少しでも顔の傷が隠れるように中学生男子にしては長めの髪だった。
柊と愛路はとにかく証拠を集めた。時にはかくまい暴力を振るう女の酔いがさめるまで家に置いた。
「こんな証拠があるのになんで助けなかったんですか?」
「誰も信じなかったから。」
愛路の訴えは真実を捻じ曲げられて消された。酔っていない時の女はとても優しい上に愛路を殴ったことなど覚えておらず、クラスメイトは当然己を庇護して暴力を否定した。
揉み消されないようにと確たる証拠を集めて各方面へ通報しようとしたが無駄に終わったのだった。
「ファイルにノートが挟んであるでしょ?愛路が当時書いた日記のコピーよ。」
言われて挟まれたノートを取り出す。製本テープで留められた手作りのノート。湊はページを開いた。しかし5ページほど読み進めたところで静かに紙束を閉じる。その様子に柊は静かに笑った。
「読めたもんじゃないでしょ?」
言われた通り、読めたものではなかった。
虐げる相手ではなく、自身の存在を否定する内容が乱れた文字で綴られていた。
柊はパソコンを立ち上げてUSBを接続するとファイル別に整頓された中から一つの音源を再生する。声変りが終えていない愛路の悲鳴が部屋に響く。
やめて、痛い、助けてと叫ぶ声に青ざめた湊は口を覆った。
「私は、何も出来なかった。絶対に助けるって約束したのにね。」
家でも学校でも常にレコーダーを隠し持たせ時には犯行現場が映るようにカメラを置いていた事もあった。しかし沢山の証拠が日の目を見る事はなかった。
それでも愛路に干渉する親戚たちの抑止力に使えるかもしれないと処分することなく保存している。
「あの日は殺されるかと思った。」
パソコンから、泣き喚く女の声がする。罵倒、誹謗、暴言。聞いていて胸やけがするような気分の悪い内容だった。
≪あんたのせいよ。この疫病神っ。≫
罵った女は事故死した愛路の両親には多めの遺産があり、1人息子である愛路が相続するべきだった遺産は特別代理人を偽造し遺産分割協議で4人の親族で山分けしたことを暴露した。その大金の所為で伴侶に浮気され蔑にされたと泣き喚き罵声を浴びせる女性の声。
殴打する音。激しい物音に愛路の悲鳴。
「……何ですか?……これ?」
「聞けばわかるでしょ?小学生の愛路から騙し取った遺産を山分けして、突然舞い込んだ大金にその女の夫は女遊び。浮気されて可哀想な専業主婦様は離婚にも踏み切れなくて愛路を逆恨みして酒の勢いで殴ってる音と罵声よ。」
柊の補足の間も止まない殴打音に呻き声。何かが割れるような物音。不規則な震える呼吸が生々しく、湊は貧血を起こした時の様な吐気を感じたのだった。
≪もう、生きていけない。死んで、あんたも死んでっ。≫
叫ぶ女と聞くに堪えない叫喚。ここまで聞き手を恐怖に慄かせる悲鳴があっただろうか。『やめて』とつぶやく涙声、後退りする様な物音に近づく足音。
発狂寸前の過呼吸に近い吐息がその場にいるような錯覚を起こさせ、背筋が寒くなる。
「やめろっ。」
湊は耐え切れずに叫ぶが過ぎ去った時の記録は止まることなく室内に流れ続けた。
(◉ω◉)湊がムッツリスケベと言うことが判明しました。
湊:失礼な!ムッツリじゃなくてガッツリスケベだ!




