39th piece Black lie
何度もメールや電話をしているが一向に通じない愛路から一通のメールが届いた。
場所と時間のみが描かれた戦後の電報の様な文面を見ながら湊は昨日殴った相手を待っている。今日こそは冷静に話をしようと何度も深呼吸をしつつ約束の30分も前から佇んでいた。
「初めましてじゃのう。愛路の幼馴染君?」
正面に立ち声を掛けてきた見知らぬ男に湊の端正な顔が歪んだ。愛路を待っていた筈が見知らぬ強面が来たのだから無理はない。
「自己紹介が必要か?俺ァ、丸瀬翔ってんだ。」
「針間湊です。初めまして。」
剣呑な雰囲気を纏ったままお互いに名乗る。
翔は愛路の携帯電話を使い自身の昼休みの時間帯に合わせて湊を呼び出したのだ。
「まず、あなたがマナとどんな関係なのか教えてもらえますか。」
「友人とでも言っておこうかのう。」
「友人?あなたが?」
Tシャツにジーンズとラフな服装だが風貌を見る限り一般人にすら見えない翔の姿に湊は怪訝そうに聞き返した。実年齢は愛路の2歳年上というだけだが醸し出す貫禄と老け顔の所為で30代から40代過ぎているように見える。更に俳優になれば売れっ子の悪役者になるであろう凶悪な顔面と服の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉。格闘選手などと言われれば納得するが、服の下に大きな刺青があったとしても驚く人はいないだろう。
「俺が学生だからって適当な事言わないでください。」
「何で殴ったんじゃ?遅めの青春ごっこか?」
「馬鹿にしてます?」
見た目で誤解を孕んだ湊の質問に答えることなく自身の質問を押し通す翔へ怒りを覚えた。
「理不尽に一方的な暴力を受けた事あるんか?」
「俺の言い分聞く気はないみたいですね。」
「殺されかけた事はあるんか?」
畳みかける翔の問いに湊は息を飲んだ。
「単刀直入に言う。愛路の親戚には関わるな。」
「どうしてですか。」
「俺の口からは言えん。」
「マナが家に帰らないことと関係があるんですね。」
「想像に任せる。」
翔は全く情報を明かさないが湊は確信した。この男は愛路と深く関わりがあり、家の事情も詳しく知っているのだと。
最初は保護者か司法関係の代理人とも考えたが訴訟や治療費などの話が出ないため早々に却下された。ふと以前、杏に聞かされた愛路が同棲しているという歪曲された噂を思い出し、家出先の提供人なのではないかと推測する。
「今日は忠告じゃ。愛路と仲良うしたいなら深入りせんほうがええ。」
引き離そうとしているような翔の言い分は湊の琴線に触れた。友人との付き合い方を他人にとやかく言われる筋合いはない。
「俺なら何か力になれるかもしれません。」
詳しく話せと目で訴える湊。翔は鼻で笑うと煙草に火をつける。
「自信家じゃのう。過信は自滅の一歩じゃ。」
「なっ」
「俺はのう、お前さんごときの為に裏切りもんになる気はないんじゃ。」
翔は湊と目も合わせずに煙を吐いた。数十秒の沈黙の後、湊が長い溜息を出す。
「10年も引きずってるんですよ。いい加減にするべきだ。」
湊の呟きに翔は眉を顰める。
「愛路が悪いってかい?」
「だってそうでしょう?人が死にかけてるんですよ。」
湊の考えは親戚側の意見が強く反映されているようだ。先入観に捕らわれてしまい愛路の意見もろくに聞かなかったのだろうと翔は考察する。
己が損害を被らないよう都合よく仕立てあげ押し潰せる側に責任を転嫁する。真実などどうでもよいのだ。
「話にならん。お前さんはあっち側の人間みたいじゃのう。」
「どうゆう意味ですか。」
「次、愛路に何かしよったら俺が倍にして返しちゃるわ。」
聞き返す湊に応えることなく一方的に脅しのような忠告をすると翔は煙草の火を消して立ち去った。湊は後を追おうと一歩踏み出すが二歩目が出ることはなかった。
その場にしゃがみ込み、頭を抱える。
『愛路君を家に帰るように説得して欲しい。』
湊の前に現れた愛路の親戚だと名乗る中年の男から言われたのは4日前の事だった。
津山靖行と名乗った男は現在の愛路を預かっている保護者だといい、自立するまで4組の親戚が順番に保護者役を務めていると教えられた。
もう大学生なのだから保護下に置かずともよいのではと返せば長い話になると前置きされて喫茶店へ移動した。
靖行に聞かされた両親を亡くした後の愛路の生活は悲惨なものだった。
初めは引き取られた家でも転校先でも愛路は優等生だった。少し影はあったが家でも学校でも悪く思われることはなかったという。
何を間違えたのか中学校と同時に移った預け先での愛路は学校でも家でも手の付けられない問題児になってしまった。素行の悪い連中との関わりがあったようで怪我が多く、家には帰るが部屋に引きこもっており休日も何処かへ出掛けていた。
学校での成績は良かったが物静かで協調性のない生徒。時々生徒とトラブルを起こし、何を考えているのかわからないと担任教師は頭を悩ませていた。
親がいないからと誰もが憐れみ公正の手を差し伸べるが大人の想いが届くことはなく、中学2年の年明けには当時預かっていた親戚の妻がノイローゼとなり無理心中未遂まで起こす程に荒んでいた。
親戚同士で話し合い悪い付き合いから引き離すため預け先を前倒しで変更し転校させたが、数日と経たずに家出し一人暮らしの女子大生の家におり警察沙汰となったのだった。
今は落ち着いているようだが件の女と愛路と未だに接触しており、いつ面倒事に巻き込まれるか肝を冷やしている状態だ。目の届くところへ置いて保護したいが等の愛路は大学進学してから家出をしたまま連絡も取れない。
自分たちの言葉は愛路に届かないから友人である湊からも協力してほしいと靖行は頭を下げたのだった。
信じがたい過去の横暴を知り、勝手過ぎる愛路の態度に腹が立って激情に任せて手を上げてしまったことは反省している。数年ぶりに再会した幼馴染が目を覚まし真っ当な道へ歩んでほしいのだ。
このままでは再び愛路は周りの人間を不幸にしてしまう。
とにかく出来る事をしようと湊は立ち上がって歩き出したのだった。
(◉ω◉)翔は面倒見のよい兄貴肌だけど言葉足らず。
湊は友達想いだけど激情家なところが玉にキズ。




