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JIGSAW PUZZLE  作者: よぞら
Cocktail piano
33/57

33rd piece Tequila Sunrise

『アイちゃん。』


 満面の笑みを浮かべて獲物を見つけた猫のように俊敏な動きで飛びついてくる。衝撃で倒れないようにぐっと踏ん張るがよろけて転んだ。


『危ねぇ、飛びつくな。』

『座って座ってぇ、お帰りなさいの一曲ぅ。』


 促されるまま部屋に連れて行かれピアノの前に座ると隣に座った少女の指が踊るように鍵盤を走る。どこかで聞いたことがあるような優しい曲だった。


『アイちゃんも一緒に弾こう。』

『楽譜も読めねぇのに弾けるわけねぇだろ。』

『ここの音とこことここの音を交互に弾いて』


 言われて右手の人差し指と左手の人差し指を白鍵に置かれリズムを付けて弾かされる。単調な旋律を覚えた事を確認すると少女は先導する手を離し、両手で主旋律となる音を奏でた。

 単調な音律は旋律の一部となって流れる。

 どこからともなく聞こえてきたクラシック曲に記憶を重ねながら登校し学内へ入ると何故かいつもより視線を感じる気がする。しかしながら他者からの好奇の眼差しなど今に始まったことではない為、気にしない事にした。


「愛路君。愛路君。愛路君!!やっちまったのか!しくじったのか!!?」

「うるせー、うぜー、爆ぜろクソメガネ。」


 挨拶すら飛び越して絡んでくる英仁に目を合わすことなく暴言を並べた。選択科目が似通っている上に愛路のスケジュールと行動パターンを把握している英仁とのエンカウント率の高さを呪う。英仁としては護衛宣言を実行しているのだが。


「いやいやいやいや。大変だぞ愛路。一大事だぞ愛路。」


 朝からアクセル全開で衝突してくる英仁をどう黙らせようかと考えているとポケットの携帯電話が鳴る。志郎からの着信だったので迷わず通話ボタンを押した。


「何?」

≪おはよー後藤ちゃん。時間ある?≫

「1時間くらいなら。」

≪じゃあ部室に来てくれるかい。≫

「分かった。」


 附属図書館へ行こうとしたが仕方なくかくれんぼサークルの部室へと方向転換した。数日前から悉く読書の邪魔をされている。


「そういえばさ杏ちゃんは白旗上げたみたいだぜ?相手が相手だし暫く愛路には近づかないってよ。」

「付いてくんなよ。」

「そんな事言うなよ。かなりやばいんだぞ?」


 道すがら当然のように横を歩く英仁を睨みつけるが今更ひるむ相手ではない。杏が視界に入らなくなったことは幸いだが別の災いが降りかかっているので難は去っていない。


「いらっしゃい。後藤ちゃんと銀蠅君。」

「おはよー後藤ちゃん。」


 部室には志郎と桃花がいた。いつもはその他のサークルメンバーも屯っているが人払いしているのか二人だけだ。最狂の4年男子と最恐の4年女子がいる空間に躊躇することなく踏み込む愛路に感心しながら英仁は入室する。


「朝っぱらから何の用だよ?シロー。」

「とっくに銀蝿君が告げてると思ったけどまだ知らないみたいだね。」


 志郎に横目で見られた英仁は慌ててスマートフォンを取り出す。


「昨日の投稿がさ。」


 おずおずと出されたスマートフォンに表示される件のソーシャル・ネットワーキング・サービスの恵留のアカウント。英仁が示す投稿にはただ一言、『デキちゃった』の文字がハート付きであるだけだ。


「これがなんだよ?」

「いや、あの。」


 誤解を与えやすい文面であるが主語がない。英仁はまんまと投稿者の策に嵌って踊らされている。誤認されるための投稿なのだから仕方ないといえば仕方ないが真実を知っている英仁まで策略に嵌るなど間抜けな事だ。


「君みたいな人種がいるから火のないところに煙が立たつんだよ。破綻した思考回路で妄想育みたいなら物書きにでもなったらいいのにね。小説サイトに投稿したら一人くらいは閲覧してくれるんじゃない?」


 志郎は本日も絶好調に辛口だ。愛路の暴言レパートリーの仕入先は志郎ではないかと錯覚する。


「いや、だって熱い夜を過ごしたとか彼って激しいとか際どい投稿も何回かあったんですよ?」

「銀蝿君は暇なのかな?」


 他人の痛々しい投稿を見るなど命を失う程暇になったとしてもしたくない。しかしながら噂好きのごく一部の生徒が新たな話のタネに騒ぎ立てている。

 その一部から話を聞いたが桃花が志郎に伝え二人とも朝食を無駄にする覚悟で確認したのだ。


「こんなネタ、バカ共の好きそうな話じゃん。」

「ここまで来ると病的な領域ではあるね。脳味噌に寄生虫でも飼っているんじゃないかな。」


 桃花と志郎は同時に溜息を吐く。妄想か願望かは定かではないが投稿内容が人権侵害や名誉棄損に近づいている。噂好きの生徒にとっては偽造だとしても最適な話の種だろう。種どころか花が咲いて実ができそうだ。


「愛路さ、投稿通りにパパになっちゃった訳じゃないよな?」


 わかりきった確認の問いに嫌悪感が走り、全身鳥肌の立った愛路は無言で英仁の脛を蹴り飛ばした。


「いってぇよ!念のため確認しただけじゃんか……あ、ごめんなさい。」


 膝をさすりながら抗議する英仁だか下から睨め付ける桃花と上から微笑む志郎が視界に入って即座に謝罪体制に入った。伸ばした背筋を腰で90度に折り曲げ土下座の勢いで最敬礼のお辞儀をしている。


「そもそも女経験すらねぇし。」

「はえぇーーー!!??」


 しれっと言われた愛路の言葉に一番驚いたのは志郎だった。驚愕の悲鳴を上げた英仁とは正反対に細い目を見開いて静止している。


「………ないの?」

「悪ぃかよ。」


 確かに女性に慣れているイコール経験豊富と結びつけるのは安易である。しかしながら愛路を当て嵌めるには納得行かない。


「いや頻繁にお持ち帰りされてるよね?不特定多数にさ。朝帰りだって月に一度や二度じゃないって聞いてるよ?」


 バイト終わりに綺麗なお姉さんが迎えに来てそのまま帰ってこない事もあり、翔からも週一回に近いペースで朝帰りすることがあると聞いている。そもそもとうの昔に柊相手に済ませているものだと思い込んでいた。


「あー、多分それうち等の女子会だわ。」

「女子会?」


 桃花の言う女子会はかくれんぼサークルの女子、OBの女子、更には友人の友人などそれなりの人数がいる集まりだ。社会人もいるため全員が集まるのは節目くらいでで、普段は突発的に開催されて4〜5人の無理のないメンバーで集まっているラフな女子会だ。


「終電逃したりしてるからそのまま泊まれるところにお泊り会になったりするんだよね。」

「お泊り女子会に参加って何羨ましい事をしているんだよ。それで経験ないとか言わせねぇよ!?」


 志郎は騒ぎながら愛路へ詰め寄る英仁にアイアンクローをかけて物理的に黙らせる。英仁のメガネを外して安全地帯である自身の頭に載せた事は慈悲だ。余談であるが視力検査で一番上の記号すら見えない志郎は視力弱者の命綱であるメガネを大切にする。


「ツッコミどころ満載なんだけど一先ず何で後藤ちゃんが女子会に参加してるんだい?」

「大学入って直ぐなんだけどさ。」

「トーカっ」


 顔を赤くして桃花を止めようとする愛路を志郎は片手で抱き上げて座り口を塞ぐ。左手に英仁、右手で愛路を捉えて膝に載せている状態だ。一人で抵抗する男二人を軽々抑え込む志郎は常軌を逸脱している。190センチに近い身長と恵まれた体格がなせる技なのだろう。愛路は体重が女子であり英仁は中肉中背の一般男子ということも抑え込める要素ではある。


「ピアノが弾きたいって言うからバイト先に連れて行ったんだよね。ついでに女子会開いて。」


 同校の女子大生に代々引き継がれているカフェバーのようなオシャレな飲食店のバイト先。女子会の会場にもなっている為、店長とは持ちつ持たれつの関係だ。

 お互い気兼ねなく良好な関係を保っており趣味で置いているアップライトピアノを借りたのだ。


「店長はグラス落として割るし、お客さんは聴きに入ってくるし異世界だった。」


 難曲の部類に入るピアノ曲を次々と弾き、数分でリサイタル会場となった。調律はされているが弾き手がおらずインテリアと化してホコリを被っていたピアノも心躍ったことだろう。


「見物人の一人が隣に割り込んで連弾始めた時は笑った笑った。逆ナン目的なの見え見えだし、後藤ちゃんは無視して好きに弾いてるから一瞬で音汚くなるし。」


 邪魔をするなと他の見物人に冷たく睨まれ、そそくさと立ち去る姿は哀れであり滑稽だったそうだ。

 音楽家同士の即興ライブなど魅力的だが素人の愛路には迷惑なだけだ。


「それでもさ後藤ちゃんの塩対応見ても懲りない女共が演奏終わったら群がること群がること。」


 世の中とは狭いもので居合わせたピアノ経験のある者から我先にと声をかけたそうだ。


「群がるアホ共の何処で覚えたの?なんて質問に顔赤くして聴いて覚えて音探して引けるようになったとか異次元発言したから鼻からコーヒー吹いてやんの。」


 その時居合わせた女子会メンバーには恥じらう愛路が可愛らしい乙女に見えたそうだ。


「天王寺先輩。何がどう凄いのかわかります?」

「僕にはリコーダーで下のドの音を出す以上の技術がないから聞かないでくれるかな。」


 指の隙間から口を挟む英仁にも志郎にもどれ程の事なのか解らないがピアノ経験者がコーヒーを鼻から吹く自体など想像できない。

 志郎は愛路のピアノを弾く姿を何度か見たことはあるが、素人が故に上手の一言で片付くのだ。


「客寄せパンダの逸材発見に店長が求愛したんだけど後藤ちゃん外面良いくせに人見知りじゃん?だから女子会開くときに声かけてるんだよ。後藤ちゃん連れてくと割引してくれるし。」


 店長としては雇いたかったに違いない。猫被りで接客は出来るだろうが目立つ行為はしたくないだろう。さもなければ普段のバイトも地味な裏方作業ばかりでなく、整った顔面を大いに利用して楽に稼いでいたはずだ。


「なるほどね。でも二人きりじゃないにしても無防備すぎるでしょ。後藤ちゃんだって男だよ?」

「いや、後藤ちゃんは私たちの保護対象だから。」


 志郎の警告に帰ってきたのは勇ましい回答だった。


「後藤ちゃんファンの常連さんが酔った勢いで告白して迫ったことがあったんだけど吐くほど怯えてさ。」

「え?」

「あの時は後藤ちゃん恐怖から立ち直るまで時間かかったよ。」

「えぇぇぇぇ。」


 桃花の話が事実であればまるで女性恐怖症だ。いくらなんでも繊細すぎる。

 女慣れしているという解釈は誤りなのかもしれない。志郎が今まで見ていた仲の良さそうな年上女性の不特定多数は女子会メンバーなのだろう。


「まぁ親くらい年離れた一人称名前のオバサンに『大好き!式場予約したからノブと結婚して!』なんてテーブルに押し倒されたんだから仕方ないけどね。」

「何だい?その全米が震え上がるパニックホラーは。」


 破壊力の強い単語が多すぎる。40~50代女性の一人称が名前など許されてほしくない。可能であれば法律で禁じていただきたい。大好きや結婚してなどの告白文句は百万歩譲って仕方ないとして式場を予約したなど非常識通り越して異常識である。


「もうさ、うち等が守ってあげなきゃって感じで帰りも誰かが家まで送ってるし。」

「逆じゃないかな?」

「だって後藤ちゃんに寄ってくる女って顔しか見てないじゃん?外面良いから勘違い暴走する碌なヤツしかいないからマジ危なくてさ。脳内彼氏を現実に展開しちゃってるストーカーっぽいのも何人かいるし。」


 ロマンティックで素敵な恋愛に憧れている夢見がちな女性にとって2.5次元と表現される愛路の顔面は2秒で恋に堕ちるものだ。趣味趣向の自由で脳内恋愛で終わらせるだけならば良いのだがそのような傾向がある人種は比較的恋愛経験が少なく妄想力が強い。更に自己中心的で話がかみ合わず独占欲と依存心、嫉妬心が強く客観性が無く被害妄想的で論理的思考が出来ない者は行動を起こすので厄介だ。

 付き纏いや盗撮、私物の盗難などは何度かあったらしい。


「殆どの勘違い女は手出ししてこないから放置してるけど後藤ちゃんの名誉傷つけたり犯罪行為に手を染めたりしだしたら証拠叩きつけて潰してるけどね。」


 桃花の黒い笑顔に志郎と英仁の背筋に悪寒が走った。類は友を呼ぶというがかくれんぼサークルメンバーは色々な意味で曲者揃いだ。桃花自身、法学部であり卒業した先輩の中には司法関係の職に就いているものもいる。現実の見えていない夢の中で生きる住人にとって智者のペンよりも恐ろしい剣はない。


「後藤ちゃんが懐くわけだ。」

「結託して可愛い後藤ちゃんと仲良く遊んでるだけ。そろそろ離してあげないと窒息しない?」


 言われて視線を動かすと呼吸不全で顔色の悪い愛路が目に入る。


「おっと失礼。」

「ぶはっ。」


 悪びれもせずに左手の英仁と一緒に開放すると噎せ返りながら喘鳴を漏らす愛路は志郎から距離を取った。そして個人情報を色々と曝け出した桃花を睨め付ける。


「なんでシローに言うんだよ!翔にバレるだろっ。」

「丸瀬さんにバレたらヤバいの?」


 唯でさえ事ある毎に貧弱だのモヤシだの聞き捨てならない単語を交えて小言を言われているのだ。そこに多発する勘違い女の防衛線を年上とはいえ女性が担っているなど知られれば翔の口撃の手札が増えてしまう。それだけならまだしも、情けない話が柊にも伝わる危険性があった。


「大丈夫だよ後藤ちゃん。僕、翔くんに言わないから。」


 キラキラと輝く加工を施された満面の笑みで言われ別の心配が浮上した。その顔に面白そうと書かれている。

 愛路は人生を諦めたような境地に立たされたのだった。ふらりと眩暈を起こす愛路を顔面に手形の付いた英仁が支え、桃花は対策するべく携帯電話を取り出した。


Tequila Sunrise

テキーラ、オレンジジュース、グレナデンシロップでつくるフルーティーで飲みやすいカクテル。

カクテル言葉『熱烈な恋』



(◉ω◉)お持ち帰られ三昧の朝帰り常習犯と思われていた愛路の女性関係が白日の下に晒されました。

どんまい。


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