30th piece Mocking Bird
上達の近道は上手い人の真似である。
理由を述べるなら短時間でより高い成果を上げることが出来るから。既にうまくいく方法を使っている理想が現実にあるならば、一から自分で試行錯誤するなど時間の無駄でしかない。
真似ることは最も合理的な近道なのだ。
『それを実行したらウザいと頭突きされたと。』
『だって姉ちゃんがいい見本だったし。ウサギさんも上手な人の真似するのも一つの手だって言ってたし。』
額を抑えながら落ち込む少女に呆れる。おそらく身振り手振りをそっくり真似しながら親鳥を追うヒヨコのように付きまとったのだろう。
『真似るのも考え物だな。諦めて自分で努力しろよ。』
コンプレックスの早期解消に失敗した少女は早々に諦めていつもの定位置に座り本を広げた。
あの時、少女が読んでいた作者と同じ本を片手に最後の卵焼きを咀嚼し飲み込むと同時に影が落ちた。
「マナのせいだからね。責任とって!」
「藪から棒になんだよ。」
箸を置いたタイミングを見計らったように怒り心頭の杏が現れた。いつにも増して煌びやかな服装に目が痛い。
杏が乱入して幕を閉じた食事以来、湊には連絡すら取っていない。デートやら何やらの邪魔にはなっていないはずだ。講義でも近くに座るわけでもなく杏との接点が皆無に等しいのだから責任を取るような事態は何一つ思い当たらない。会話の続行は時間の無駄な浪費だと判断し愛路は食べ終わった昼食のトレーを持って立ち上がった。
「ちょっと待ってよ。」
返却口へ返し次の講義までの時間潰しに付属図書館のラウンジへと移動を開始する。その後を杏は小言を言いながら付いてきた。
「1年の子がね、私の真似してくるの。服とか髪型とか持ち物とか。ストラップとかまで一緒で恐怖だよ。昨日着てたコーデをそのまんま今日着てるの。ホント気持ち悪い。」
「その話、俺にする意味あんのか?」
愛路にとって杏の装いなど道端に転がる石に等しく興味がわかない。例え水着のように裸に近い服装で目の前に現れたとしても気温が低ければ寒そうだなどという感想が出るくらいだ。
「だって陰で私の方が似合うとか言ってるんだよ。嫌がらせで真似してくるだもん。」
「だから俺じゃなくて本人に言えよ。」
「だから、その子はマナに気が合って私をライバル視してるの!」
理解に時間のかかる情報に愛路は眉間に皺を寄せた。できれば己の与り知らない所で終わらせてほしい。
「意味わかんねぇ。」
「1年生は誤解してる子多いんだよ?私がマナと仲良いとか付き合ってるとか。」
「……迷惑すぎる誤解だな。」
「こっちのセリフだし。」
近しい生徒の間では二人の不仲は周知の事実。特に愛路の塩対応は杏に同情を寄せられる程だ。
「今日なんてね、友達とお弁当食べてる時に自分の事棚に上げて真似するなとかマナに近寄るなとか気安く呼ぶなとか人の男に手出すなとかさんざん言われて罵られてすっごい恥ずかしかったんだから。」
「近寄るな、気安く呼ぶなは賛同する。」
「マナの馬鹿!」
力説虚しく相手を庇護するような発言に杏は更に声を張り上げた。
「湊の写真でも見せて惚気ればいいじゃねぇか。良かったな、俺にいつもしてる迷惑行為が役に立つ日が来て。」
相手が愛路と杏の仲を疑っているのであれば証拠を提示して否定すればよい。
「馬鹿言わないでよ。あんな色々とヤバい奴に見せられるわけないでしょっ。マナの100倍恰好いいんだから乗り換えられたらどうすんの。」
惚れた相手に一切接触をしてこず近しい異性に攻撃してくるあたり性格は良くないだろう。己の恋人に舞い落ちるかもしれない火の粉を避けるために愛路を生贄に捧げ、好きでもない男との恋仲説を完全否定しないでいるあたり杏も常識的とは言えないが。
「そもそも俺に近寄らなきゃよくね?はい、解決。今から未来永劫他人って事で。失せてくださいどっかの誰かさん。」
「ちょっと真面目に聞いてよ。だいたい私だってマナと話してても楽しくなんだからね。湊にマナの日常報告すると喜ぶから仕方なくだからね。」
少しでも恋人に尽くしたいという涙ぐましい努力は認めるが義務でもなんでもないのだから嫌ならばやめればよい。まして愛路と湊はつい最近まで疎遠になっていた幼少期の幼馴染というだけの関係だ。
「愛路君。愛路君。愛路君!お前、彼女と同棲中って本当か?」
「え?マナ他人と共同生活出来たの?マナと生活を共にできる女の子がこの世にいるの?」
何所から湧いて出たのか爆弾発言を伴った英仁の登場と杏の受け答えに愛路の脳味噌は情報処理を放棄して頭痛を訴え始めた。
「これ愛路の事だろ?」
英仁が見せてきたのはスマートフォンと呼ばれる流行の先端を歩む人種が持っているタブレット型携帯電話機種の画面だった。
平仮名で“めぐ”と表示されているアカウント名の下に彼氏と同棲中の文字がありアイコンは自分が可愛いと誇示する女子が多用するキラキラに加工された斜め上からの自撮り写真。
最近流行りだしたソーシャル・ネットワーキング・サービスの煩わしいアカウントを見せられて灰燼と化して消滅そうな気持ちになる。心の底から関わりたくない。
「なんだよこれ。」
「愛路もSNSの一つもやろうぜ?」
「面倒臭ぇ。」
現状や日記の様な文面や画像をネット上に晒してどのような得があり、どのような経緯で快楽を得るのかが不明である。承認欲求や自己顕示欲の強い者や大勢で大騒ぎする事を好む者であれば楽しめるだろうが愛路には今一つ魅力を感じなかった。
「ここからスクロールして投稿見てみ。」
「操作ボタンねぇのにどうやって?」
「こうやって垂直に指でスライドするんだよ。ガラケーでもタッチパネルのあるでしょ?頼むから現代を生きてくれ。」
馬鹿にされるが現在のスマートフォンの普及率は15パーセント弱。知らない人間の方が多い筈だ。
仕方なく足を止めて通路の端によりスクロールすると文章能力の低い書き込みと自撮り写真が続く。
英仁が横から指を伸ばしてスクロールを止めた投稿は男物の服を着てぶりっ子ポーズをしている杏に似た女の画像と『これからお洗濯。やっぱりブカブカ。』というコメント。
胃もたれを起こす愛路を気遣う様子もなく表示した次の投稿は見た目だけを重視した料理の画像と『大好物作ったよ。ちょっと失敗したけど全部食べてくれたぉ。』のコメント。
何を見せられているのだと遠い目をしている愛路にトドメを刺した投稿はとうたた寝している男の画像と『寝顔かわいい。』のコメント。この男、映っているのは顎から下の部分だが愛路に良く似ているというか紛れもなく本人だ。
「愛路。この女子が着てる服、一昨日着てたよな?料理の横に置いてある本だって最近読んでる作家のじゃん?ご本人様の写真まであるわけだし、この子と同棲してるのか?」
「一昨日の服なんざ覚えてねぇし、この本は読んでねぇよ。」
寝顔写真については身に覚えもない。普段寝るとしたら翔のマンションか電車移動中。大学内でのとある部室。背景からして部室で寝ているときに撮られたのだろう。
隕石が落下したような衝撃に金星で生身の人間は1秒しか生存できないなどと現実逃避をしていると手に持ったままのスマートフォンを覗き込んだ杏が声を上げた。
「あ―――――――!」
「杏うるせぇ。」
「たぶんこの子だよ。私のマネするの。」
「やっぱりマネっ子ちゃんなんだ。」
「諸星君も知ってるの?」
大学には遊びに来ているのではないかと感じられるほど社交的でサークル活動にも精をだす英仁の周りには人が多い。その中には多数の女子もいる為、学内のゴシップを良く知っていた。愛路目当てで近寄る女子もいるが女子を釣るために傍に居る英仁にとっては飛んで火に入る夏の虫だ。
「始めは服装くらいだったから杏ちゃんに憧れているのかなって感じだったけど、髪型とかメイクとか持ち物まで一緒になってきたからコイツヤバいって1年の女の子達が話してたよ。その延長線でアカウント見つけたんだけどね。」
誠に不本意ではあるが英仁は学内で愛路の親しい友人というポジションにいる。その為、愛路に気のある女子達は英仁へ群がったりしていた。情報源として利用されている事は承知の上で英仁は女子達に囲まれて学園ライフを満喫してる。
「そうなの。メイク変えたりコーデ変えたり小物変えたりしても二日以内にコピーされるの。友達に服借りたり叔母さんにブランドバックまで借りて対策したのに本当にムカつく。」
「二日以内にコピーって逆に凄いよね。」
持ち物や身嗜みを真似されるくらい黙認できないものか。己の容姿に自信があるというのは時として面倒だ。英仁に至っては全くの無関係者であり野次馬に近い。
「そういえば男物のカーディガン着てることなかった?」
「やけくそで彼氏に借りたの。」
「火に油だったよ。その服、愛路も持ってるんだよ。しかも着てる頻度高い。」
「うわっ。最悪。」
湊まで巻き込んで杏は何をしているのか。迷走の結果なのだろうかサイズの合わない男物の服を大学に着てくるなどさぞや悪目立ちしたことだろう。そして愛路の服事情に詳しい英仁に夥しい嫌悪感を抱いた。
「お前ら暇なの?単位大丈夫なの?」
「俺は愛路に彼女が出来た上に同棲疑惑に嘆いている女子の為に事実確認してるだけだから。あと俺に彼女ができるまで女の子ホイホイにはフリーでいてもらいたいし。」
「おい、クソメガネ。」
「私には実害出てるんだからマナが何とかしてよ。」
「俺にどうしろってんだよ。」
実際に風評的な意味で一番実害があるのは愛路だろう。ネット上に同棲中の彼氏として写真まで載せられているのだ。実名や顔を晒さないだけ最低限のモラルは守られているようだが愛路を知っている人間が見ればわかるように匂わせている。
ラウンジでの読書を諦め、助けを求めてあるサークルの部室へ行先を方向転換した。
「あ、マナどこ行くの。話は終わってないよ。」
「愛路君。事実を曝け出してきちんと解決しようよ。俺と女子達の為に。」
「付いてくんな。」
英仁に右側から催促を杏に左側から小言を言われながら競歩に近い早足で校舎を移動した。
Mocking Bird
テキーラ、グリーンペパーミントリキュール、ライムジュースでつくるカクテル。
カクテル言葉『似た者同士』
(◉ω◉)まねっこは程々に。
でも料理の盛り付けとかお洋服のコーディネートやメイク術はSNSやブログ徘徊して参考にしますよね。




