26th piece Starless night
『うおっ、見た見た?』
目は天に釘付けのまま少女は腕を掴んで揺さぶり興奮を露わにする。流星群を見るために街明りの少ない高台に来ていた。
持ち出したレジャーシートの上に並んで寝転がり満天の星空を見上げている。
『わ、わ、すっげぇ。また流れたっ。』
一つ流れるごとにはしゃいで喜ぶ。
『アイちゃん、ありがとー。幸せだぁ。大好きだっ。』
嬉しくて、嬉しくて仕方がないという素振りで腕に抱きつく。昼間、たまたまニュースで見た流星群の事を教えた。家では街灯が邪魔で流星群を見るには好ましくないのだが小学生の少女が夜中に出歩くことは親が許さない。
流れ星が見たいと言っていた彼女を街灯の少ない高台に連れ出した。愛路が一緒であれば多少は大丈夫だと許可が出たのだ。
『願い事、千個くらい叶えてくれそうだな。』
そう言って笑う彼女は闇夜の中でも眩しく感じた。
夜風が頬を撫で目蓋を開くと同時に、脳内で繰り出されていた記憶のムービーが閉幕した。
都会の公園のベンチに寝転がって見る夜空の星は街の明かりでぼやけ見えない。
「愛路ちゃーん。こんなところで寝てると風邪ひくわよぉ。」
ふわりと香る柑橘系の香水とともに一人の女が覆いかぶさってくる。片腕を伸ばして細い女の体を抱きしめると流れた髪から酒と煙草の匂いがした。
髪の色がピンクパールからアッシュになっている。この季節らしい色だ。
「寝てねぇよ。待ち伏せしてたんだ。」
「毎晩、ここ通るとは限らないのよ。」
呆れたように笑いながら柊は体を起こした。
今日のドレスは淡いブルー。ボディラインがくっきりとでるデザインのドレスは彼女のスタイルをここぞとばかりに魅せている。
柊は年を重ねるごとに見かけも中身も綺麗になっていく気がする。何も変わらない自分とは大違いだ。
「でも今夜は通っただろ。」
起き上がって欠伸をしながらベンチに座りなおすとその隣に柊が腰を下ろした。
「そうね。迷子ちゃんがいると思ったの。」
「迷ってねぇよ。ってか何で?」
「女の勘よ。」
元来、女の勘が鋭いと言われる理由は男女の脳の構造の違いから女性の方がより些細な物事に気付き、より多くの情報をやり取りできるからだと言われている。しかし、逢瀬も少なくあまり連絡も取っていない相手に科学的な原理など通用するだろうか。
第六感的な女の勘と呼ばれるものはあるのかもしれない。
「それで?私を待ち伏せするなんて夜のデートにでも誘ってくれるのかしら?」
腕を組んで寄り添う仕草はホステスが客を口説くようで反応に困る。どうやら少し酔っているようだ。
「柊ぃ。」
「私だって女よぉ。淋しい夜もあるのぉ。」
こてんと肩に頭を置き、柊は愛路に体重を預けた。
「それで、どうしたの?」
聞きたい事でもあったのかと首を傾げる様が可愛らしく見えて本来の目的を忘れかける。首を振って邪念を祓うと本題を切り出した。
「ちょっと気になる子がいて。」
「久しぶりにあったのに他の女の話なんて酷ぉい。愛路の浮気者ぉ。」
少しではなくかなり酔っているようだ。触れ合っている肌は火照っていて熱くよく見れば頬も紅潮している。
「小学生だから。」
「ロリコーン。男なんて若い女のほうが良いのね。」
「だからぁ。」
なんとか理解してもらおうと柊を見ると腹を抱えて笑っている。どうやらからかわれたようだ。
「柊ぃ。」
出てきた声は想像以上に情けないもので彼女の笑いを増長させる。
「しょうがないからぁ、聞いて、あ・げ・る。」
おどける柊に溜息を吐いて、愛路は口を開いた。
臨時で学童スタッフの補助員をしている事。一緒に登校するようになった女の子たちの事。自由時間にサッカーをするようになった重人達の事。そして雨音の事。
女子だけではなく男子からも煙たがられている事。一人で泣いていた事。仕草や交わしたほんの少しの会話にあの少女と重なってしまう事。
黙って聞いていた柊は雨音の話をすると少し悲しそうな顔をした。
「昔を思い出しちゃった?」
ずばりと言われて俯く。柊は何事もストレートに言い切るのだ。
「愛路はどうしたいの?」
「分からねぇ。ただ、なんていうか。」
うまく言葉が出てこない。
「その子がトロい限り、いじめ?嫌がらせはなくならないわ。トロくなくなったとしても一度ウザいいじめられっ子のレッテル張られたら簡単には消えないでしょうね。」
オブラードに包むことなく、きっぱりと柊は言った。切れ味のいい刃物のようで清々しいほどだ。
「愛路もよく知ってるでしょ。」
言葉では疑問形になっているが音調の強さに肯定が混ざっている。
「映画や漫画じゃないのよ。出来る事なんて殆どないわ。」
それでなくとも期間限定の学童の補助員だ。これから先関わり等皆無に等しい。
「ただ誰かがその子に接する事で少しはその子の世界が変わるかもしれないわね。」
とんと心臓付近に手を当てて言われた。妖艶な視線に心臓が高鳴る。
「愛路があの子と逢って変わったようにね。」
柊が言うあの子とは愛路の記憶に色濃く残る少女の事だ。両親を亡くし、親戚中に預けられる中、一度だけ親戚の知人の家に居たことがあった。その家の変わり者の少女との出会いと過ごした日々が世界観を変えたのだ。
人との出会いが人を変えてく。出会って変わった事が沢山ある。決して悪いモノだけではなかった。
何も出来ないと初めから分かっている。しかし、変えられることはあるかもしれない。重人のように悪戯を思いと止まってくれた子もいたのだ。
「さてと、そろそろ帰る。汗かいちゃったからシャワー浴びたいわ。」
するりと離れて立ち上がり、歩き出す柊を慌てて追った。
「送る。」
「すぐそこだから平気よ。あ、一緒に入りたいの?」
「な、何言って。」
かぁっと顔に熱がたまり、慌てて否定すると柊は遠慮なく笑っている。またからかわれたようだ。
「柊ぃ。」
ガクリと肩の力が抜けて項垂れると剥き出しの白い細腕が首に回った。にっこりと微笑む美女の顔が迫ると同時に口に柔らかいものが押し付けられる。
時間にしたら数秒の短い間だっただろうが、頭が真っ白になった愛路には時間の感覚が麻痺してしまい時が止まった。
「おやすみ。」
優しく囁いた後、柊は闇に溶けるように去って行った。
(◉ω◉)余談ですが、相手が気に入らないと言う理由でいじめや嫌がらせをする人種は悪い意味で野生的だと考えます。
なぜなら生存競争の厳しい野生動物の世界では変質的な個体と弱い個体は淘汰されるじゃないですか。
人間的な思考と理性が乏しいのですよ。




