24th piece Practical joke
7時32分。
改札を抜けて朝の空気を吸い込む。いつ入梅しても可笑しくない季節だと言うのにすがすがしいほどの晴天だ。木陰のベンチで読書などしたら心地よいだろう。
「おはようございます。後藤センセー。」
5人程集まった小学生女子が声をそろえて頭を下げる。
「おはよう。」
つられて頭を必要以上に下げると頭を上げた頃には5人の少女に囲まれていた。
「センセー。学校まで一緒に行こう。」
「いいけど皆早いね。」
小学校の始業にはあと30分以上遅くても間に合うはずだ。
「センセーと一緒に行く為に早く家を出たんです。」
きゃあ、きゃあと騒ぎ出す女子達は三人寄れば姦しいという諺が実現されている。彼女たちは大学に隣接する附属小学校の4年生だ。
何故小学生に囲まれているのかというと大人の事情に巻き込まれたのだ。
大学の教育学部では教育支援活動を行う授業の一環で附属小学校のボランティア研修をしている。躓きのある子のサポート、丸付け、教材の準備、個別配慮が必要な子のサポート、学童保育スタッフなど教育という仕事を教育現場での実体験の中で理解し実践力を高める事が目的だ。
そんな中、教育学部の2年生が不運な事に季節外れの感染病にかかりその他の2年も次々と罹患という負の連鎖が起こっていた。
学生にボランティア研修でさせていたことは教員の仕事を割り振ったものなので何とかなるが問題は学童スタッフだ。1ユニットにつき2名以上のスタッフが必要であり学生頼りにしていた補助員の代替人をすぐに探すなど難しい。
教育実習など協力的な附属学校に迷惑をかけるわけにもいかず代打が必要だった。教育学部の2年生は感染症にて半壊滅し穴を埋めるために奔走した他の生徒は過労の末全滅した。4年と3年は時期的に多忙を極め、やっと右と左がわかってきた1年に任せるには荷が重い。そこで他の学部を巻き込んで教育学部の2年生が回復するまで学童スタッフが出来る生徒の捜索が大々的に行われた。
白羽の矢が刺さったのは課題を早々に済ませ取得単位や講義にも余裕があり、素行に問題なさそうな愛路含む数名の学生だった。余談ではあるが文学部でも教職課程を履修すれば教員資格が得られる。しかし取得できる資格は中学と高校の文系教科のみとなっている為、ボランティア研修先の小学校の学童スタッフなど本当にただのボランティアである。
断ろうにも教授の押しが強く、苦肉の策で提案した『心許ないので諸星君も一緒ならやります。』の一言が仇となった。
英仁は薔薇色大学生活を遂行する為、遊んでいても文句言われない程度に成績も保ち単位を真面目に取得しつつ基本的にはいつでも女の子達と遊べるように予定を工面していたのだ。
予定も空いており成績も単位も問題なく社交性のある英仁を巻き込んで学童スタッフとなってしまったのだ。
新人に警戒する子供の方が多い中、愛路の猫かぶりスマイルがおしゃれに背伸びする女子グループを虜にして英仁に初恋キラーと言われた初日。
一部の女子にちやほやされる愛路に警戒を強めたその他の生徒を見てこのままでは雰囲気が悪いと判断した英仁が目ざとく見つけたオルガンを愛路に弾かせ、誰もが知っているゲーム曲やアニメソングに盛り上がった二日目。
すっかり打ち解けて生徒たちの勉強を見たり一緒に遊んだり学童の生徒達の名前と顔が漸く一致した三日目。
四日目の本日には愛路を気に入った女生徒が待ち伏せするほどになっていた。
この生徒たちは同じクラスの仲良し組とのことだ。愛路の隣を陣取るショートヘアの生徒は原智己といってこのグループのリーダー的存在。気が強く、積極的で愛路の一番苦手とする人種だった。
「センセー。」
「なに?」
教師志望など欠片もなく成り行きで期間限定の学童の補助員となっただけで先生と呼ばれるなどこそばゆい。
「後藤センセーってカノジョとかいるの?」
「好みのタイプは?」
小学4年生ともなれば恋愛話にも花が咲くのだろう。内容はマセていても無遠慮に質問をまくし立てる様は子供のままだ。
「カノジョはいないよ。好みのタイプは優しい人かな。」
子供に嘘をついても仕方がないので差し障りがない程度に素直に答えてみることにした。
その後も際どいガールズトークに内心苦戦しつつ、なんとか受け答えながら学校へ辿り着いた。
小さくても女という生物を侮ってはいけないと一つ利口にになった気がする。
「おはよう初恋キラー君。」
「蹴り飛ばすぞクソメガネ。」
小学生女子の前で被っていた優しいお兄さんの猫を脱ぎ捨てて睨むと英仁は石になったかのように硬直した。
「すっげーなお前の変わり身。俺の事巻き込んだんだからちょっとは優しくしてくれよ。」
「いつも俺の事利用してんだから巻き込まれろ。」
愛路の前では苦言を呈する英仁だが実はさほど気にしていなかったりする。友人の頼みで学童スタッフのボランティアを引き受けた事で女子達の株が上がり内心ではほくそ笑んでいた。
友人想いで子供好き。優しく頼れるというレッテルを手に入れて愛路目当てで親しくなった女子達の英仁を見る目が変わりつつあるのだ。
絡んでくる英仁を振り切り、本を読むためにベンチへ行った。今日も講義のあとは隣接する附属小学校にて学童スタッフのボランティアだ。
× × ×
ちょき、ちょき。ちょき、ちょき。ちょきん。
ちょきん。ちょきん。ちょき、ちょき、ちょき。
リズムを刻むように鋏の音がした。数色の青い色紙は切り取られ同じようで違う形に切り取られていく。
B2サイズのパネルへ糊付けしながら規則的に並べると小さな魚が群れを成し、大きな一匹の魚を描いた。
大きなウサギの縫い包みの隣に魚のパネルを置く。
『うっし。』
難しい顔をしていた少女は満面の笑みを浮かべて絵の前に座る。
『うひひ。』
出来栄えに満足して笑う少女に忍び足で近づき頬に冷えた缶ジュースを当てた。
『ぴゃっ。冷てぇ。』
気配か微かな足音で気付かれたか、さほど驚くことなくジュースを受け取った少女。悪戯が不発に終わった愛路は魚の絵が描かれたパネルの前に座った。
『代用品か?綺麗じゃねぇか。』
『自信作だ。』
そっと寄り添って愛路の肩に頭を乗せる。目の前の魚を見つめ、プルタブを起こすと炭酸の弾ける音がした。
『もっと不貞腐れてると思った。』
『不貞腐れてるよ。』
輝架は目の下に皺を刻みながらジュースを飲む。ライムの味の後、強い炭酸が口の中で弾けた。
本当なら今頃は沢山の水槽に囲まれて海洋生物を満喫している筈だった。朝になって父に休日出勤の電話が来るまでは久々の遠出に浮かれてはしゃいでいたのだ。
大人は勝手だ。その場凌ぎで守れない約束を交わし、平気で破る。自分から交わした約束を破られれば誰だって不満はあるだろう。その不満を我儘だと言われるなど理不尽でしかない。
『白いクジラが見たかった。』
少女の言っているのはシロナガスクジラだろう。体長25Mを超える巨体を入れる水槽がこの世界に存在するだろうか。それ以前に飼育できるだろうか。
『日本の水族館にいるわけねぇだろ。』
頓珍漢な呟きに愛路はデコピン付きで返すと少女は唸りながら唇を突き出した。
『拗ねんなよ。俺は慰めんのも機嫌取りもしてやんねぇ。』
そういいつつも愛路は彼女の頭をガシガシと力任せに撫でた。
『拗ねてねぇよ。ちょっと怒ってるだけだ。』
『あっそ。』
少しの沈黙の後、二人同時に炭酸飲料を口に運んだ。
目の前には小さな魚が泳ぎ集い、大きな魚を模ったパネル。大きな絵で作る小さな水槽だ。
いつかクジラがいるかもしれない水族館へ行こうと約束した。水槽のトンネルを通り、人工的に作られた海底を二人で歩こうと。
廊下に飾られた切り絵の工作。その中にあるクジラの切り絵を見ながら愛路は足を止めていた。ずきんと痛む額に現実に戻される。
「あー、ダッセェ。」
痛む額を押さえながら静まり返った廊下を歩く。
放課後児童支援員に従い、軽く体を動かすレクレーションをしていたところバランスを崩して壁に額をぶつけてしまったのだ。
目が飛び出しそうな衝撃の後、ちかちかと星が散った。なんともいえない理由でこぶを作り英仁と生徒達の大爆笑で保健室へ送られた。消沈したまま頭を冷やし痛みが引いたのでシップを張ってもらい教室に戻ろうとしていたときだった。
廊下に一人の生徒がいる。基本的にはスタッフと一か所に居る筈なのだが何をしているのだろう。足を止めて見ていると一足の靴を持ってゴミ箱へ近付いている。
「その靴、君の?」
問うた瞬間、生徒がびくりと肩を揺らした。手に持っている靴はデザインからして女子のもの。一方、その靴を持つ生徒はどこからどう見ても男子だ。
「重人君?」
「後藤先生。俺のこと覚えてんの?」
「昨日、一緒にサッカーした。」
目線を合わせるように屈むと、重人は照れくさそうに顔を逸らした。
「で、その靴は?」
再度、質問するとばつが悪そうに顔を逸らした。
「今日の体育のサッカー、あいつの所為で負けたんだ。足遅ぇしトロイから、あいつの所為で転んだ。マジサイアク。」
よく見ると重人は両膝に手当の痕があった。状況からみると運動音痴の女生徒に巻き込まれ授業中に怪我をして、ちょっとした報復を決行しているようだ。私物をゴミ箱に捨てるなど悪戯にしては悪質な内容だが。
「あいつって?」
「あいつだよ。竜ヶ崎 雨音。名前も変だし、あいつと一緒のチームになると何やったって負けるし、トロいし、あんましゃべんねぇし、皆キモイって言ってるよ。」
クラスで一人くらい存在する根暗でドン臭い生徒。よく言えば大人しい子。その部類だった愛路は心なのかで罪もないのに謝った。
更に最近は子供に変な名前をつける親が増えている。
“雫”と書いて“あくあ”と読ませたり“流姫星”と書いて“るきあ”と読ませたり外来語読みや当て字、人気キャラクターの名前を無理やり漢字にして名づけるケースもある。それが原因でいじめに遭う子供も少なくない。
このデリケートかつ面倒臭い問題に直面した今どうすればいいのだろう。
そもそも学童の臨時補助員ごときが出しゃばっていい問題ではない。靴を戻して教室へ連れて行き、放課後児童支援員か教員に報告することが最善に思えたが告げ口をするようで気が向かない。
「重人君。トロかったり、あんましゃべらないのは悪いことか?皆と同じように出来ないことはいけないことか?」
一つずつ言葉を選ぶように言うと重人は戸惑いつつも考えるように視線を泳がす。変わり者が淘汰させるのは自然の摂理だ。しかしここは本能で生きる野生動物の世界ではない。
「悪いと思う。だって迷惑だ。この前だって女子があいつを突き飛ばした時、隼人君が止めろって言ったんだ。そしたら司君達があいつの事好きなのかってからかって来て隼人君が泣いたんだぞ。」
「…ぶっ。」
女子のいじめを暴露され深刻な話なのだが、女子を庇えば好きなのかとからかう小学生らしい短絡的思考に思わず噴出してしまった。
「何で笑うんだよっ。」
「ごめん。続けて。」
怪訝そうに怒鳴られるのは当然でゴホゴホと咳で笑いを誤魔化しながら続きを促した。
「それで隼人君が違うって言っても聞かねぇし、あんなのと隼人君がラブラブなんて言われて。」
「重人君は困ってる隼人君を黙って見てたのか?」
重人と隼人は仲のいい。誰が見ても分かった。
「だって。」
「重人君が隼人君庇ったら皆に隼人君とラブラブだってからかわれるからか?」
「男同士だぞっ。そんなわけねぇだろ。」
「じゃあ何で?」
答えは解っている。人の輪から外れて異を唱える勇気がなかったのだ。例え友人の為でも怖いものは怖い。
黙ってしまった重人の頭を撫でる。
「重人君は悪くない。ただ、本当にその子が悪かったか考えたほうがいい。」
ぽんと背中を叩くと、手に持ったままの靴を見ていた重人が愛路に視線を合わせる。
「後藤先生って変だな。」
それだけ言うと手に持っていた靴を元の場所に戻し重人は教室へと走っていった。
「廊下を走るなって言うの忘れた。」
まあいいかと己も教室へ向うべく歩き出す。
外と隣接する渡り廊下に差し掛かり校庭で部活動に励む生徒たちを見ながら歩いていると小さな影が目に留まった。
花壇の前に少女が座っていたのだ。レクレーションなどがなければ宿題が終わった後は自由時間なのだがスタッフの眼から離れて一人でいるのはよくない。
黒髪のショートヘア、ピンクのワイシャツにクリーム色のカーディガンと濃紺のショートパンツ。ボーイッシュな服装が記憶の中の少女と重なった気がした。
無意識に体が動いて少女の隣に屈んだ。
「何見てるの?」
なるべく優しく話しかけたつもりだったが少女はびくりと体を震わせた。ちらりと愛路を見上げると立ち上がって校舎の方へと掛けていく。目が真っ赤だった、泣いていたのだろうか。
その後、教室に戻るがその子はいなかった。中々、気持ちを切り替えることが出来ず気になってしまう。
何故なら泣いていた少女の名札に竜ヶ崎と書かれていたのだから。しかし深入りしてはいけない気がした。
『 The girl who is crying』
◇原智己
ちょっとおませな小学4年生女子。
◇重人
サッカー好きの小学4年生男子。
◇竜ヶ崎 雨音
訳ありの小学4年生女子。
(◉ω◉)時給も単位も発生しない完全ボランティアスタートです。




