23rd piece Crushed strawberry
土曜日の夕方、バイトから帰ってきた愛路はラグマットに座りソファーへ背を預けて本を読んでいる。その膝には半蔵が丸まっていた。
ソファーには翔が寝そべって味気ないニュース報道が流れるテレビを見ている。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。無駄に防犯設備の整ったこのマンションでは開錠しなければ訪れた客は建物の中にすら入れない。
「愛路ぃ。客じゃ。」
「取り込み中。」
「俺だって目ぇ離せん。」
午後というには遅いが夕方というには早い中途半端な時間帯。来客だというのに両者とも動かずにいる。
すると愛路のサータイから今流行の歌手が歌う最新曲が流れた。流行や芸能人に興味を示さない愛路が知っているはずもなく、誰かが勝手に設定したのだろう。
ディスプレイを見て慌てて電話を取る。
「もしもし。うん、平気。……え?」
電話を放り出すと、愛路は玄関へと走って行った。突然立ち上がったことで、膝から転がり落ちた半蔵が講義するように鳴き声をあげる。
何事だとリビングの入り口を見ていると、愛路に連れられて部屋にそぐわない綺麗な格好をした美女が入ってきた。
「おじゃまします。」
「柊さん!?」
翔はだらけた姿勢から飛び起きた。仕事前に来たのだろう。上品に結った髪に濃いメイク。露出の高い服だというのに決して下品ではない服装。目の保養だ。
「学生時代の友達がケーキ屋開いたの。少し買いすぎちゃったから二人にどうかなって。」
「どうも。」
慌てて畏まる翔をよそに愛路は受け取った箱を開けてケーキを出している。
「今、茶ぁ入れちゃるから。」
「お構いなく。」
営業モードに入っているのだろうか、笑顔が眩しい。慣れもあるのだろうが愛路は柊に目をくれることなく更に乗せたショートケーキの苺をフォークで差した。
「愛路、食うんは後にしてカップ出しぃ。」
鍋に牛乳を注ぎながら言うとカップを持った白い手がカウンター越しに伸びた。
「これでいいの?」
「柊さんは座っとろう。」
常識をとやかく言えないが客を使うなど盛ってのほかだと愛路を睨むと、話など聞こえていないかのような虚ろな目で制止していた。
「まぁた、ぼうっとしよってのう。」
フォークに刺した苺を見つめている愛路を見て翔は呆れたような声を出す。柊は苦痛に耐えるような苦い顔をした。
「夢を見てるの。」
「は?」
「優しい日の夢を見るの。」
いつも、いつも夢をみている。事実を忘れる為に夢見る少女の夢を見続けているのだと柊は続けた。
「夢は寝とる時に見るもんじゃて。」
「信じれば夢も現実になるわ。」
それで良いのかと喉まで出かかった問いを発することは無かった。強い意志を持った瞳と深い笑みに何を聞いても無駄だと悟ったからだ。
柊はゆっくりとした動作で愛路に歩み寄り、肩に手を置く。
「苺がどうしたの?」
幼い子供に尋ねるように目を合わせると愛路は顔を上げた。
「ケーキに乗った苺ってさ、先に食わねぇと酸っぱくて不味ぃ。」
「そうだね。」
「でもさ、あいつはいっつも最後に残してな、すっぺぇって不細工な顔して食ってた。」
「ふぅん。」
愛路は柊には何でも話す。役不足な自分を棚に上げて少し悔しいなどと思ってしまう傲慢さを振り払うようにキッチンへ入り、牛乳で煮出し中の紅茶をカップに注ぎシナモンを混ぜる。
3人分のカップを持ってダイニングへ行くと苺の刺さったフォークを取り合うようにじゃれていた。
「愛路も苺好きなんだ。」
「悪ぃかよ。」
「好きなものって最後に食べたくなるよねぇ。」
「でも不味くなったら意味ねぇだろ。」
不機嫌な顔をする愛路の手を取り、フォークに刺さった苺をぱくりと食べた。
「あ、柊っ。」
抗議しようと開いた愛路の口に柊は自分の口を押し付けた。驚いたのか不自然に伸ばされた愛路の手から音を立ててフォークが落ちる。
硬直した唇を割って質量の減った苺を押し込み離れると、柊は口に残る半分になった苺を噛み砕いて飲み込んだ。未だ動きを止める半開きの唇を舐めるとビクリと身体を震わせて我を取り戻し、愛路は慌てて口元を押さえた。
「半分こならいいでしょ?」
テーブルに肘を付いて笑ってやれば、耳まで真っ赤にした愛路が椅子を倒して立ち上がった。
「よくねぇっ。」
半泣き状態で叫ぶとバタバタと音を立ててトイレへ逃げて行った。その様子を見て柊は面白そうに笑う。
「かわいいっ。」
女慣れしているはずの愛路が思春期の少年のような初々しい反応をして何かを擽られたような気もするが、一部始終を空気となって見ていた翔は何とも言えない気分となった。
第一、イチャつく姿を見せられた方は堪ったものではない。柊の前へ少し乱暴にカップを置くと椅子に座った。
「ガキ相手に何しとんじゃい。」
呆れ半分に息を吐き、煙草を銜えるとマッチを持った白い手が目の前に来る。さすが夜の女王だ。
「ありがとさん。」
「いいえ。」
紅茶を手にした柊は先ほどまでの楽しさが失われている。寂しそうに笑みながらカップを回して燻っているのだ。
「思い出をね、塗り替えてやりたかったの。」
「柊さん?」
「昔の女の事ばっかりでさぁ、思い出の一つぐらい潰したっていいじゃない。」
独り言のような囁きにゾクリと何かが背筋を駆け上る。
きっと愛路は苺を見る度に柊を想うようになるだろう。それどころか暫く食べられなくなるかもしれない。なんせ女関係で羞恥のあまり赤面する愛路など初めて見た。
大学に入ってから朝帰りも頻繁で来るもの拒まずなのか女遊びしているのだからこの程度の事で赤面など考えられないのだ。やはり本命には弱いということか。
「柊さんは愛路ん事好いとんじゃろ?」
「ええ、好きよ。大好き。」
分かりきっていることだが問うてみれば帰ってくる返事は予想通り。しかし恋する女というより失恋した悲しい女の様な表情だった。
「なぁ、昔ん女って…」
聞かなければよかったと後悔する。笑っているが目元が怖い。美人が怒ると迫力が増すようだ。
「恋敵のことなんか口にしたくないわ。」
香りを楽しみながら紅茶を飲み始めた柊と二人の空間が居た堪れなくなり、トイレへ立て篭もってしまった愛路をどうやって引きずり出そうかと考えながら紅茶を手に取った。
(◉ω◉)柊という花を添えたところで天王寺兄弟襲撃編(笑)の Prayer dollはこれにて終了です。
次回から新章突入です。
ここまでご覧いただきまして、ありがたく存じます。
お気に召していただけた方は、恐れ入りますが下記にてご評価いただけると幸甚にございます。
励みになりますので、よろしくお願い申し上げます。




