20th piece Light eater and Big eater
「はへひぃのほーりうはーい。」
「口ん中んもん片してから喋り。」
「人間語くらいまともに話せ。」
ハムスターのように頬いっぱいに食べ物を詰め込みながら話す夏樹に翔と愛路は一言ずつ諌めた。
夏樹はモゴモゴと数回口を動かし咀嚼すると番茶と一緒に飲み込む。漫画やアニメであれば食べ物が食道を通過する時、喉が広がる描写をしただろう。行儀がいいとは言えないが美味しそうに食べる仕草は見ていて気持ちがいい。
「翔兄の料理マジうまだな。やっべぇよ。」
鶏からチャーハン、ジャンボ餃子、油淋鶏、春雨サラダ、酸辣湯と少し豪華な夕餉は翔の中華気取りメニューだ。因みにカウンターに乗せられたデザートの杏仁豆腐は愛路の手作りである。
「おふくろさんが料理上手じゃろうて。」
「母ちゃんの料理も旨ぇけど翔兄のは一味違ぇよ。」
女だったら嫁にするなどと冗談に聞こえない冗談を言いながら愛路の皿に盛られた油淋鶏を一切れ盗み取る。
「こらナッツ。いけんじゃろ。」
「もう食っちゃったもんねぇ。」
人のものを盗るなと怒る翔に対して夏樹はしてやったりと舌を出した。被害者である愛路は他人事のように酸辣湯を啜りながらジャンボ餃子と油淋鶏の乗った皿を横にずらす。
「ナッツ。食い足りねぇならもっと食っていいぞ。」
「マジでぇ。後藤ちゃん太っ腹。」
「てめぇで食わんか愛路。」
キラキラと目を輝かす夏樹の前で翔が低い声を出す。
嫌いなわけではないが愛路は肉類を好まない。その上、図体の割に少食だ。鳥からチャーハンと春雨サラダを胃袋に詰め込んだあたりで腹が膨れたのだろう。
「ちゃんと食べ。食える量しか盛っとらんじゃろ?」
「腹八分目医者いらずって言うだろ。」
片方は屁理屈だが互いに正論だ。いくら分量調節したとしても食べ過ぎはよくない。
「愛路は食わんから貧弱なんじゃ。細っこい体しよって。」
「貧弱っていうな。それに細くねぇよ。」
むきになって返すが強がりだ。誰が見ても愛路は細い上に貧弱だ。基礎体力こそ平均的にありスポーツもそれなりにこなすが力比べとなると落第点へ転がり落ちる。
「身長変わらんに俺ん服ブカブカなんが言うのう。鏡見てきぃ。」
「うぐっ。いや、違う。翔の太さが異常なんだよ。4Lってなんだよ。」
翔優勢で言い合いを続ける二人を横目に夏樹は愛路の皿にのったジャンボ餃子と油淋鶏に箸を伸ばす。あまりにさり気無い動作で愛路はおろか翔も気付かない。
「何食ったらそんな体になんだよ。」
「朝晩は愛路と同じもん食っとろうが。鍛え方が違うんじゃい。」
「うぅ…あと10センチ伸びて見下ろしてやる。」
ぐうの音も出なくなった愛路が苦し紛れの負け惜しみを出すと翔は呆れるように溜息を吐いた。
「まだ伸びぃ気か?」
「父さんは190センチ超えてた。」
「メンデルの法則って知っとうか?」
親が長身だからといって必ずしもそうなるとは限らない。そして男の身長は25歳くらいまで伸びるというが愛路の成長期はもう止まっているだろう。もう少しで180センチに届くかどうかの歯がゆい数値のまま変動が止まって1年が過ぎた。
話の内容が夕食から脱線してあらぬ方向に流れても夏樹は我関せず箸を進める。隔世遺伝やら突然変異やら本格的に下らない言い合いになったところで夏樹はガラス製の器に盛られたデザートに手を伸ばした。
ミカンや桃などのフルーツは缶詰だが杏仁豆腐は手作りのようで市販のものと一味違う家庭的な旨みがある。愛路もお手伝い程度に料理ができるのだ。
本来であれば取り分けて食べたであろう大きな器を手に持って果物と杏仁豆腐を食べつくしシロップまで飲み干して夏樹は器を置いた。
「はー、食った、食った。ごちそう様ぁ。」
満面の笑みを浮かべながら口元を拭う。
夏樹の声に言い合いを中断した二人が目を見張った。テーブルいっぱいに並べられた皿は全て空になっていたのだ。
「どんだけ食っとんじゃい。」
「すげぇ、翔の分もなくなってる。」
黙って人の分まで食べた夏樹も悪いが下らない言い合いをして気付かない二人も同罪だろう。
「ほんによく食いよんな。」
「そうでもねぇよ。まだ6分目だ。」
「「は?」」
耳を疑うような言葉に翔と愛路は同時に息を止めた。
「愛路。こいが育ち盛りん食欲じゃて。」
そう言われても素直に首を縦に振ることが出来ない。よく食べる夏樹に合わせて予め大盛りにしてあったが人の分まで食べたのだ。夏樹の分だけで軽く三人分はあっただろう。それで腹六分目ということは満腹になるには7人か8人分食べるということになる。
愛路程ではないが夏樹も身長の割に細身だ。小学校高学年より部活に励むようになり痩せたらしいが幼少期は関取のように太っていたらしい。おかげで嫌がらせを受けて志郎の過剰な過保護が発動したのだが割愛する。なんにしても彼の胃袋を毎日満たさねばならない母親に心の中で合掌した。
黙ったまま番茶を啜った愛路はそっと立ち上がった。
「どこいくんじゃい。」
「風呂。」
それだけ告げて早々に浴室へと退散した。これから英語の宿題という大仕事が残っているのだ。ゆっくり風呂に使ってリフレッシュしないと乗り越えられる気がしない。教える立場に向いていないようだ。
悶々と考えながら服を脱ぎ、何も考えずにシャワーのコックを捻ると頭から冷水が降り注いだ。
消沈した頭には大した刺激にならず、徐々に温まっていくシャワーに力が抜けていく気がする。
出来れば、風呂から上がってすぐ眠ってしまいたいと思うほど疲労感を感じだ。
(◉ω◉)育ちざかりの男の子の食欲は強烈です。
その体のどこにそんなに入るのか。胃袋は四次元へと通じているのか。




