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JIGSAW PUZZLE  作者: よぞら
Late spring
2/57

2nd piece One day

「見つけた。」


 頭上から降ってきた声に顔を上げると一人の女が仁王立ちしていた。

 美人というよりは可愛い部類に入る整った顔にはバッチリとメイクが施され、チョコレートブラウンに染めたドーリーボブを飾るのは白いレースを編み込んだカチューシャだ。白いレースショートTシャツにラメタンクトップ、ピンクを主とした花柄のロングスカートにウェッジサンダルと流行の春服でスタイルの良い身体を包んでいる。

 彼女の名前は常磐(ときわ) (あん)

 昨年キャンパス内で行われたミスコンにて第3位の栄冠に輝く高値の花だった。だからといって好みのタイプかと聞かれれば勘弁してくださいと願い下げ、正直あまり関わりたくない人種だ。

 そんなわけで何も見なかった事にして、視線を手元の本へ移した。


「シカトぉ!」


 憤慨しながら目の前に腰を下ろす彼女の額へ容赦なく本を叩き付けた。


「痛っ。」

「図書室で騒ぐな。」


 薄暗く誰も来ないような図書室の角だが、ルールはルールだ。


「機嫌悪いなぁ。」

「うるせ。」


 本棚を背に床へ直接座る。周りには数冊の本とみっちり文字の綴られたレポート用紙。

 提出期限の迫ったレポートを丁度よい具合で集中して書き上げる最中に邪魔をされたのだ。注意として本を叩きつける力に八つ当たりが混ざるのは人の性というもの。


「目障り耳障りなんだけど。」


 尚も痛みに額を擦る杏に情け容赦ない言葉を浴びせると涙目で睨みあげてくる。


「マナ、猫は?あたし女の子。大学で三番目に可愛い女の子。」


 彼女の言う猫というのは猫かぶりのことである。

 幼い頃、両親を亡くし親戚中を渡り歩き引越しや転校を繰り返すうち、平穏に世渡りする為に自然と身についたものだ。もはや癖のようなもので親しい人間以外は爽やかな笑顔と愛想のいい好青年という印象になっているらしい。


「猫かぶり止めろつったのはてめぇだろ。用がねぇなら失せろ。」


 本性を見て立派な詐欺師だと言ったのも杏だ。愛路の外見と猫被りに騙されている者は女性だけではないのだから。


「親しい仲にも礼儀ありっていうでしょ。」


 頭の悪い説教だと言い返す気にもなれず、視線だけ動かして用を告げるように促すと不満そうな顔のままバックから数冊のノートとクリップで留められた複数の用紙束を取り出した。


「去年、必須教科を高得点で通過した先輩のレポートの原案。コピー貰ってきたから見せてあげても良いよぉ?あと実験ノート。皆が欲しがる絶対に参考になるやつだよ?」


 得意げな表情で用紙をちらつかせる。子供じみた杏の行動を思わず鼻で笑った。


「何よぉ。」


 当然の如く機嫌を急降下させた彼女は唇を尖らせて首を傾げる。


「悪ぃな。俺は自分の力でやる。見ての通り書き始めてるから今更余分な知識はいらねぇよ。」

「うっそ。」


 手際のよさに驚いたのか、行動の早さに驚いたのか杏は目を丸めて言葉をなくした。


「午後の講義が始まる前に書上げてぇんだ。」


 他に用がないなら席を外せという意味を込めて言うと、拗ねたまま立ち上がり踵を返した。


「悪女の深情けって詞、調べとけよ。」


 立ち去る背中にそんな詞を贈ると一瞬だけ振り返り凶暴な眼光で睨み、怒気を孕んだ足音を立てて今度こそ視界から消えた。

 杏は違う大学へ通う幼馴染の恋人だった。

 少し抜けているところもあるが明るく社交的な性格の為、友人も多いようだ。勉強も人並みに頑張っているが、やはり感心は流行のファッションとダイエットと今時の女そのもの。

 幼馴染の彼女という繋がりからそれなりに話し、交流もあるのだがどうしても好きになれない。早い話、馬が合わないという事だ。

 ふとノートの上にボールペンと一緒に置かれた古びた紙切れに目が行った。そっと手にとって紙切れに貼り付けられた色あせた押し花を撫でる。

 古今東西問わず海外のものまで、ありとあらゆる有名文学を読み漁っていた時も、店頭に並べられた話題の新作を読んでいた時も本に備え付けられた栞を使わずに、態々この古びた紙切れを栞として使っていた。

 ずっと持ち歩いている。


 “過去は過去として葬らしめよ。”


 いつしか呼んだ本の一文が浮かび、苦笑した。

 著者は大正昭和期の小説家、志賀直哉。白樺派を代表する唯一の長編小説“暗夜行路”の一文だ。


「俺には無理なことだな。」


 色あせるほど遠い思い出を未だに清算できていない。過去に縋るなど未練がましく、滑稽でしかないというのに。

 右手に持つ紙切れを見つめながら、くしゃりと左手で前髪を掻き揚げた。


『あはははっ。』


「え?」


 不意に聞こえた笑い声に顔を上げる。視線は居る筈のない少女の姿を探していた。本棚の影、窓際の椅子。数秒間周りを見渡して馬鹿なことをしていると自覚した。

 日常に目にするモノや風景に染みついた記憶、夢の中。それだけでは飽き足らず、いつも姿を探している。

 逢いたいなら逢いに行けばいいのに、逢う勇気がない。

◇常盤 杏

学園祭で行われたミスコン3位の可愛い系女子。

流行に敏感だがスタバのメニューを噛まずに言えない。


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