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JIGSAW PUZZLE  作者: よぞら
Casablanca
16/57

16th piece Put the clock back

 ふと目が覚め、目蓋を開けると窓から差し込む朝日に違和感を覚える。目を擦りながらサイドテーブルに置かれた目覚まし時計を見て眉をひそめた。


「3時7分?」


 東側の窓から日が差しているのだからこの時間はありえない。

 ゆっくりと寝ていたソファーから起き上がると毛布が落ちた。きっと翔がかけたのだろう。ラグマットに放られた携帯電話で現在時刻を確認すると16時42分。寝過ごしたことよりもこんな時間まで目覚めなかったことに驚いた。

 寝すぎた所為か何もする気になれない。普段は2~3時間の平均睡眠時間だと言うのに何倍も寝ていたのだ。酷い怠惰感と頭痛もする。

 こんな時の為の保険として就寝前にセットしていると言うのに、いざというとき仕事をサボるとは役立たずだと八つ当たり半分で目覚まし時計を睨みつける。

 毎朝、目覚まし時計が鳴る前に起床してしまいその機能は無用の長物と化していたが今朝は耳障りな騒がしいベルが鳴らなかったのだ。

 電池切れか故障か、長針も短針も秒針すらも動きを止めていた。

 手にとってチリチリと針を回す。小さな時計は時空の流れを無視したかのように高速で回りだす。

 暫く回していると何処からかピアノの音が聞こえてきた。テンポの速い暗い音調の曲。F.リスト作曲“忘れられたワルツ”だ。このマンションに住む誰かが窓を開けたまま弾いているのだろう。

 初めて聴いたのはいつかわからない。何度かどこかで聴いていて耳に付いた頃、曲名を知った。

 あの家へ連れて行かれた日、あの少女が奏でた旋律。

 春先だというのに都会と違い肌寒く感じる午後だった。見知らぬ街、見知らぬ親戚の勝手な都合で何の縁もない他人に預けられたが聞き分けの良い優等生のふりをしていた自分にとっては何所へ預けられようと同じだった。

 見知らぬ家の見知らぬリビング。白いソファーの横に座る見知らぬ子供。同じくらいの大きさのウサギの縫い包みと目が合う。

 男子か女子かもわからない背格好と服装をした小さな子供の手から何所かで聞いたことがあるような旋律が奏でられていた。

 曲を弾き終えた子供はくるりと振り返りながら礼をする。


『ゴトー、アイロ?』


 真ん丸の目を輝かせたまま首を傾げたかと思うと制服の名札を見て見事に読み違え勝手に“アイちゃんだ”などと納得して再びピアノを弾く。その行動は自由という言葉がしっくりきた。

 男の子のように短く髪を切り口調や仕草も粗野なもので服装もボーイッシュなものが多かった。

 年齢よりも幼い顔立ちと体系、現実離れしたような行動と言動。

 どう接していいのか分からず頭を悩ませたが、此方から接しなくてもその少女の方から話しかけてきた。初めは鬱陶しいと感じたが、その子に魅せられて感情を殺した優等生の仮面が崩される。

 一緒に過ごすうちに色褪せた世界が鮮やかに色付くように変わって胸のあたりでぽっかりと空いていた穴が塞がった気がした。

 桜並木の散歩道、花いっぱいの庭、一緒に見た朝日、雨の日のてるてる坊主、真夏の星空、紙で作った水族館。ピアノの旋律と多くの本に囲まれた2年に満たない短い時はモノクロになっていた世界に色を取り戻してくれた。


「愛路ぃ。起きちょるかぁ?」


 暗闇から急に覗き込まれた顔に大袈裟な程体が揺れた。


「…翔?」

「何じゃ、電気も点けんでボケッとしおって。」


 周りを見渡せば日は暮れており数時間もの間同じ姿勢で時計を回し続けていたようだ。彼女の姿が網膜に声が鼓膜に張り付いて離れない。何故こんなにも付き纏うのかと妙な苛立ちが湧き上がった。


「頭痛ぇ。」

「こっちの台詞じゃ。何もかんも出掛けた時のまんま。飯も食わんで何しよった?」


 翔はカーテンを閉めて電気を着ける。落ちたままの毛布を畳むと愛路が口を開いた。


「時計が止まった。」


 目も合わせずに言えば頭上から溜息が聞こえた。


「だからってのう、お前も止まってどうすんじゃ。」


 やれやれと時計を奪うように取り上げると翔はダイニングキッチンの方へ行ってしまった。さすがに呆れてしまったのだろう。特に眠気があるわけでもなかったが痛む頭を誤魔化すように目を閉じた。

 近付いてくる足音に薄く目を開けると先ほど取り上げられた時計がテーブルに置かれる。巻き戻された時刻は現在のものに合わされ秒針が規則的に動いている。

 更にガラステーブルには小鉢とレンゲ、水と錠剤が置かれた。


「それ食って薬飲み。まだ顔色悪いのぉ。」


 視線を合わせてくる翔に言われてみれば身体が熱くてだるい。寝坊したのも動けないのも昔を思い出すのも熱の所為だろう。

 翔は愛路の額に手を当てて計温する。


「そんでも朝より下がったかのう。」

「朝?」

「覚えとらんか。真っ赤ん顔で唸っとってのう。取敢えず薬だけ飲ましたんじゃが記憶にのうか。」


 全くもって記憶になく朝から熱を出していたと言われてもいまいちピンとこない。狐に抓まれたような気分だ。


「やっぱし昨日ずぶ濡れた所為じゃ。貧弱じゃのう。」

「昨日?」


 聞き返したところで記録映像を巻き戻すように記憶が再生された。亡き愛犬の墓のない墓参りをして変な老人に会ったのだ。そして雨に濡れて帰ったことで翔に説教され、怒られていたのにむず痒く安堵したような気分になった所までは覚えている。


「ほれ、さっさと食ってベッドで寝ろい。」


 何故か世話を焼いてもらいたいという甘ったれた衝動にかられソファーにもたれたまま反抗するように目を閉じた。


「コラ。そのまま寝んな。作りたての粥、脳天にぶちまけちゃろか?」


 言っている事は物騒だが忙しなく世話を焼き始めた翔に笑いが込み上げる。

 背筋を這い上がるような不安感も甘えたな感情も熱の所為にして、もう少し駄々を捏ねることにした。


(◉ω◉)雨に濡れると熱っぽくなります。

お風呂に入ると治りますが運が悪いと翌日まで続きます。

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