Fast piece Petal shower
よく晴れた日曜日の午後、バイト先へ赴く為に後藤 愛路は歩道を歩いていた。
時折吹く風に見頃を終えた桜の花弁が散らされる。もう直ぐ四月も末だというのに今年は寒かった所為か開花が遅れ、未だに花が残っていた。
足を止めて、降ってくる桜の花弁を見つめながら瞳の奥に影を落とすと再び歩き始めた。
「待って、待ってぇ。」
何処からか聞こえたキーの高い声にあたりを見回すと小学生くらいの男女が追いかけっこをするようにじゃれていた。
男の子は女の子よりも身長が高く、体つきもがっちりしている。兄弟だろうか。
吹き付ける風に花弁と仄かな桜の香りが鼻腔を擽った。匂いというものは昔の記憶を有効的に引き出させるという。
網膜に幻が映し出された。
少女というよりは少年のようだった短髪の子供。服装も性格も言葉遣いも仕草さえも、意図的にしているのではと思う程、女の子らしさのカケラもない子だった。
『知ってるか?桜の花びらが地面に落ちる前に掴めたら願いが叶うんだ。』
脳内で発せられた過去の記憶に眉を顰める。あまり思い出したくない。嬉々として無邪気に語った少女にとても残酷なことを言ったのだから。
それでも記憶は連鎖していて、一つを思い出すと思考の制御が不能になる。
『桜の木の下には死体が埋まっててその血の色で鮮やかに咲くって言うけどな。』
『でたぁ、暗黒発言。』
待ってましたとばかりに少女は豪快に笑った。そしてパンパンと手を叩きながら何とか花弁を掴もうと悪戦苦闘する。
『お前が夢見すぎなんだよ。』
悪態吐きながらも、ひらひろと舞い散る桜の花弁を掴もうと手を伸ばすが手を握る僅かな風圧で軽い花弁はひらりと逃げてしまう。
『全然掴めねぇな。』
『掴めそうで掴めない。まるで人の望みそのもののようだ。』
うんうんと頷きながら腕を組んで発せられた台詞は口調も文脈もその少女に似つかわしくない。
『ウサギの受け売りか。』
『受け売りだ。』
あっさりと己のものではない言葉に胸を張って認めた姿が可笑しくて笑ったら、つられて少女も大笑いした。
春風ではなく木枯らしに散らされた狂い桜の下で笑っていた。吐息は白く桜に混ざって雪が降ったのだ。
彼女が最後に教えてくれた美しい景色とおまじない。
ひらり、ひらりと舞い散る花弁に手を伸ばす。桜が散る都度に挑戦して一度も掴めた例がない。
「何やってんだ。」
空を掴む虚しさに苦笑を零し、停めていた足を動かした。
景色や匂い、誰かの動作や物など、ちょっとした事で五感が記憶に支配される。時々ぼうっとしていると言われるのはその所為だ。
高所へ登るときとか、本を読むとき、夜空を見上げたとき、朝日をみたとき、真夜中に目を醒ましたとき、食事のとき、ピアノを弾くとき、友人とくだらない話をしているとき。本当に些細なこと。
ふとした日常の中で小さな少女が影をちらつかせる。彼女の残した香りが色濃く染み付いていたのだ。
まるで依存の高い中毒症状の幻覚の様に自分にはどうすることもできない。その事が苦しいとも辛いとも思わないが、無い物強請りをするようで虚しいと思った。
思い出は優しすぎるから苦手だ。
『Please grant my request』
◇後藤 愛路
大学2年生。顔面偏差値高いが根暗な性格の所為で活用も出来ず逆に仇となり苦労人。
◇思い出の少女
ボーイッシュな見た目で明るい性格。推定年齢11歳。
◇ウサギ
思い出の少女の友人。
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