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Ⅲ 逃げる

 新型ウイルスの蔓延で人影の途絶えた表通りの店々はどこもシャッターを閉ざしたまま白昼から気配を殺している。友也は、それでも常にあたりを振り向き、物陰ごとに怯えながら無人の町を逃げ続けた。あの男が追って来る。七歳のとき妹を絞め殺して以来、何者かに追われていた。以前は時おり車が現れて友也をおびやかしはしても、人混みに紛れてしまえば逃れられたのだが、すでにそれでは済まなくなっていた。ここ数日、一睡もとらず、友也は逃れては身を隠し、さとられてはまた逃げ続けた。

 もはや限界だった。逃げ道がない。救いを求めようにも、失踪した娘の無事をいまだに祈り続けている両親には今さら明すべくもない。影は至る所に潜んでいる。先日も、逃げ場を失くしてとび込んだ交番の巡査にいきなり襲われかけた。

 背後で音がする。ふり返ると、案の定、プラタナスの向うに黒い車体が姿を現した。

 逃げ場を失くした友也には道がなかった。この世を去るしかない。あの場所までたどり着ければ …

 この街の地下に巨大なシェルターが続いていることを友也は知っている。万一の核戦争の際、VIPや指揮官たちのこもるための極秘の軍事施設だ。その最奥部にとりわけ警戒の厳しい一室があり、全ての国民の目から隠されてタイムマシンが置かれていた。一握りの関係者以外には、天才ハッカーの友也しかそれを知らない。三秒後の世界への一方通行の扉で、つい先ごろ、未来へのメッセージの彫り込まれた小さなガラスの銘板を用いた最初の実験が行われたばかりだった。成功したのか失敗だったのかはいまだにわからない。検証方法がないのだ。事前から危惧されていたことではあったが、装置が作動すると、銘板は消え、三秒経ってもこの過去世界には戻って来なかった。生体実験はまだはるかに先の話だ。

 素早く枝道にれると、友也は残りの力を振り絞って駆け出した。入り組んだ裏路地を抜け、シェルターへと続く場末の地下駐車場を目指す。リムジンの気配が消え、一旦はおおせたかに見える。

 半地下の入口が見えてくると、ポケットから端末を取り出し、自分のホスト・コンピューターを呼び出した。ピンホールをついてシェルターのセキュリティーを完全に無効化し、偽のセキュリティーを装わせるのに二十秒とはかからなかった。基地のセキュリティーは完全に自動化されており、人目を避けて機密保全を徹底するため、平時にはひとりの人間も配されていない弱みがある。解除を確認し、停められた擬装用の車たちの間を縫って奥の側壁の古ぼけた鉄ドアのノブに手をかけた時、駐車場の入口から、再び砂利を掃くタイヤの音が向って来た。

 激しくノブを押し込み、なかへとび込む。狭い階段が闇深く続いていた。夢中で駆け下り、数えきれないほどの踊り場を折れて、ようやくたどり着いた二番目のドアを押す。絞首段めいた階段をさらに闇底に向って下りて行く。さきほどの第一の扉の音が頭上で響き渡り、あの靴音が一つ一つ、耳の中で鼓動を刻むように、妙にはっきりと聞こえて来る。突然、第三のドアが現れた。本来なら、この場所に立っただけで侵入者は警告なしに自動的に「排除」されることになる。傍らのボードを打つと、予め送り込んでおいたプログラムが予定通り目を覚まし、いとも簡単に自動扉が開いた。

 第二の扉がまた木霊を上げる。足音はそのままゆっくりと、着実にやって来る。

 記憶した図面通りに、冷たく清潔な迷路を抜け、無数のドアとチェックポイントを越えて行くと、最後のドアが現れた。暗証を打ち込む。

 扉が開くと、自動照明の灯った部屋の中央に、タイムマシンが静かに眠っていた。本体は直径2メートルほどの金属製のただのリングに見える。垂直に据え付けられており、向こう側の景色が普通に見通せる。安全装置を一旦外せば、一定以上の質量が勝手に輪をくぐると直後に自爆装置が働き、瞬時に破壊される仕組みであることは承知していた。輪をくぐった先にあるものは何だろう。だが、くぐってしまえばそれを知るための命の保証さえない。

 すぐ背後で、落ち着いた足取りがぴたりと停まった。彼だ。

 安全装置を解除し、友也はためらう間も、世界をふり返るいとまもなく輪の向うへ身を躍らせた。


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