第4話「9歳児、練習する」
やっと一段落ついた。子どもの相手は疲れてしょうがないな。じゃあ女神様、今は落ち着いたから、スキルの説明聞いてられるよ。はいどうぞ。
【どうぞって、モンスターもいないのに……。まあいいでしょう、よく聞いてくださいね。】
女神は不満そうに少しぼやいたが、すぐにシステマチックな案内ボイスに戻ってスキルの説明をしてくれた。
【スキルとは、人知を超越した様々な行為……リヒト様に分かりやすく言えば“魔法”のようなものです。説明するよりも体験した方が早いので、先ほど獲得した炎撃Ⅰを発動させてみましょう。まずは、手を前に突き出してください。】
言われたとおりに、両手を正面に向けてみた。
【そして、炎撃Ⅰを発動する自分の姿をイメージしてください。そうですね……マッチ棒を20本まとめて手に抱え、火をつけた時と同じくらいの威力の炎を、手から噴出する姿です。】
嫌に具体的で弱そうだが、まあ言われたとおりにしよう。ボクは目を細めて女神に言われたとおりのイメージをしてみた。
【できましたか?そうしたら、手に力を込めて、適当に掛け声でも叫んで気合を入れてスキルを繰り出してみてください。】
急にガバガバになったな。そんなゆるーい感じで人知を超えた力が繰り出せていいのだろうか。まあ、とにかく言われたとおりにしてみよう。掛け声、掛け声……
「ファイアーーっ!」
手に力をぐっと込め、そう叫んでみた。次の瞬間、自分の手の先から、めちゃめちゃ暴走したチャッカマンみたいな量の炎が噴き出した。
「でっ、出たっ!あづぁ!あっつい!」
【構えを解けばその炎は消えます。スキルを発動する際に重要なのはイメージと気合であり、熟練の人間だと、極端に短い技名でも、構えを作らずとも、スキルを発動できたりしますよ。ですがリヒト様は初心者なので、これからもそんな感じで気合を入れながらスキルを発動させていきましょう。
ちなみに、技名を叫ぶことは“スペルを唱える”と言われます。】
思ったよりも直観的にスキルが使えて、少し拍子抜けしてしまった。決まった詠唱方法を、決められた構えでしないといけないものかと思っていたが、もっと雑な感じだったな。
【スキルを使うことは容易いですが、使う度に“マナ”を消費することを忘れないでください。】
手を下げて気を抜いたら、炎はどこかに消し飛んだ。なるほど、便利だな。
というか、ボクは相当な怪力だけど、スキルに関しては大して強くないみたいだ。
【強いスキルを習得するためにはレベリングが必須ですから。ですがその程度の火力でも、討伐難易度1及び2程度のモンスターなら倒せると思いますよ。】
モンスターの討伐難易度は10段階になっている。1がフライパンを持った一般人ならギリ倒せる程度で、10が大災害レベルの被害が出る可能性が高いモンスターだ。討伐難易度2のモンスターを倒せる程度か。……大したことないな。
まあ、スキルについて大体理解できた気がする。ギルドを組んでモンスターと戦おうと思ったら、遠距離で攻撃できるスキルはきっと必須になるよな。特訓を繰り返さないと!
……とは思うものの、レベリングをしないと強いスキルは使えないのか。この村にはあまりモンスターが出ないから、今焦って練習することでもないか。
というか、イヴの家の前で、バタバタと一人暴れまわってしまった。完全に不審者だよな。
今日は何だか疲れたし眠いし、とっとと帰って寝てしまおう。というか転生してから、すぐに眠くなる気がする。幼児の身体だからだろうか。
* * *
それから何年もレベリングするために村を歩き回ったが、あの日以降モンスターと対峙することはほとんどなかった。半年に1度、プニプニに遭遇するくらいだし、カスみたいな経験値しか得られないからレベルは上がらないし。
並行してスキルを使う練習なんかもしてみたが、レベルが上がらない以上火力が上がるわけでもなし、大した成長を実感できない。
のくせして腕力だけはメキメキとパワーアップしていく。この間なんか蚊を叩こうとして、家の壁を粉々にしてしまった。布で応急処置された壁を、ボクはベッドに寝転がったまま眺めた。
2歳の時に壁に書いた『目標:ギルドを組む』という文字が、変な風に残って『目ドむ』になってしまっている。目をぶん殴られた時の効果音みたいだ。
ボクはしゃがんで、低い位置に『目標:ギルドを組む』と文字を刻み直した。ここなら誤って壊すこともないだろう。それにしても、ボクがギルドを組む日はいつか来るのだろうか。今んとこ、レベル3の腕力ゴリラでしかないぞ。
そんなことを考えながら、枕に顔を埋めた瞬間。
破裂音が部屋中に響いた。
抱えた衝撃で枕が破れて、中から砂が噴出してきたのだ。
……ボクが触れたものは、みんな壊れてしまう。何だ、この万物に気を遣って生きてかなきゃいけない人生。最悪なんだけど。
何もかも、全部あのアリシアとかいうクソ女神のせいだ。確かに力がほしいとは言ったが、限度があるだろ。ああ、心底腹が立つ。いつか会ったらボコボコにしてやろう。まあ会うことなんてないだろうが。
キレていてもしょうがない、ボクはほうきで砂を片付けた。綺麗になったベッドに再び寝転んで、ボクは机の上に乗っていた今日の新聞に目を通す。
「……ん?虚言癖の女、城下町で暴れる……」
こんな些事が新聞に載るなんて珍しいな。よっぽどネタになるような事件がなかったんだろう。もしくは、歴史に残る暴れ方をしたのか。詳細は分からないが、少し気になる事件だ。
それにしてもこの犯人、なんだか見覚えがある気がするな。ボクは目を凝らして、新聞に載っている顔写真を見た。……うーん、思い出せない。
「何見てるの?」
いきなり声が降ってきた。顔を上げると、イヴが腰に手を当てて新聞を覗き込んでいたのだ。なんて堂々とした不法侵入だ。
「暇だから遊びに来たよ。」
「今新聞読んでるから、後にしてくれる?」
冷たくそうあしらうと、彼女は不満を顔に表し、寝転ぶボクの上に勢いよく乗ってきた。ボクの肩に頭を乗せ、黙って一緒に新聞を読んでいたが、飽きたのだろう、イヴはいきなり首を横に動かし、ボクの髪の毛をはむっと口に含んだ。そしてそのまま、当然みたいな顔して咀嚼し始めた。
「うわあああ!?何してんの!?」
頭を振って、イヴを無理やり引きはがす。ベッドから盛大に落ちたイヴの口には、数本ボクの髪の毛が挟まっている。
「んむ、キューティクルの味」
「何言ってんだ!今すぐ吐き出せ!」
ボクはイヴの背中をバシバシと平手打ちした。
瞬間、風船が割れたかのような音と共に、周囲に風が巻き起こって落ちていた新聞が宙を舞った。彼女は背を叩かれた衝撃で前方の壁に激突し、勢いのまま壁に穴を開けてつんのめった。
「あっご……ごめん!?」
完全に壁尻状態じゃないか。手加減する余裕がなかったから、やらかしてしまった。
ボクがついさっき書いた『目標:ギルドを組む』の文字が再び部屋から消え、イヴの尻にとって代わられた。しょっちゅう壁壊しちゃうんだけど。
たららたったら~!
急に、どこからともなく軽快な音楽が鳴り響き、機械的な声でこう告げられた。
【リヒト様のレベルが4に上がりました。
スキルの獲得はありません。】
「イ、イヴでレベルアップしちゃった……それより、大丈夫!?」
「ほっ!」
イヴは腰を振りながら腕を壁に当て、すんなりと上半身を壁から出した。どうも彼女はフィジカルがかなり強いようで、ボクがやりすぎてもあまりダメージを受けていないように見える。
彼女は心底残念そうな顔をして、自分の口に手を当てた。
「あーあ、ビックリして髪の毛吐いちゃった。もったいなーい。」
どうもイヴは、数年前ボクに助けられたことで、ボクのことが好きになってしまったらしい。ボクに向けられる愛情は年々過激になり、今では隙あらばボクのことを食そうとしてくる。この前屁をこいた時なんか、嬉々としてボクの尻に顔を近づけてきて本気で嫌だった。
「マジで髪の毛を抜くのは勘弁してよ、将来禿げるよ?ボクが。」
「流石に禿げるほど抜いてないよ!節度を持って抜いてるもん。」
節度がある人はそもそも人の髪を抜かないだろ。
「うわっ!」
玄関先から声がした。ちょっとハスキーな、男の声だ。
「何でドアがねえんだよ!!」
まあ、そりゃあ驚くよな。声からして、少し離れたところに住んでる同い年のモーリーだろう。遊びに来たんだろうか。
「そうそう、学校帰りにモーリーも来るって言ってたんだった。呼んでくるね!」
そう言うと、イヴは立ち上がって玄関に向かっていった。彼女はここを自分の家だと勘違いしてないだろうか。