第3話「4歳児、初陣する」
現在4歳。この間、何の気なしに歯ブラシを握ったらバキバキに折ってしまった。
洗濯を手伝おうと思って服を持ち、引き裂いてしまったこともある。内なるゴリラの進行があまりに凄まじい。何も壊さずに生きていこうとするだけで一苦労だ。
こんなに怪力な4歳児、世界中を探しても他にいないだろう。
これは思うに、転生する前に女神に与えられた力のせいなんじゃなかろうか。
『圧倒的な力』という言葉が額面通り受け取られた結果、こうなってしまったとしたら最悪すぎる。日常生活に支障をきたすほどの力なんか、望んじゃいなかった。
「リヒトー!」
外から、ハスキーな女の子の声が聞こえてきた。どうせイヴだろうな。全く、ボクに構って何が面白いんだか。
はいはい、と雑に返事して、ボクは玄関に向かっていった。
* * *
扉の前で待っていたのは案の定、近所に住んでいる同い年の少女、イヴだった。彼女は長い茶髪の髪をフワフワと揺らし、満面の笑みでボクの手を掴んできた。
「リヒト、あそぼ!」
ボクが何か答える前に、彼女はボクの手を引いて走り出した。
彼女のおぼつかない足取りに、歩幅を合わせてちょこちょこと走る。手を握り返しちゃったりなんかしたら絶対に捻り潰しちゃうし、彼女と付き合うのは疲れるんだけどなぁ。
彼女は、ボクを問答無用で林の中まで連れてきた。
「みてみてっ!」
あんまり楽しそうに喋りかけてくるから、無視もできない。ボクは彼女が指さす先に視線を落とした。
……岩陰にアリの巣がある。大量のアリがぞろぞろと出入りしていて、ちょっと気持ち悪い。集合体恐怖症の人なんかが見たら卒倒するだろうな。
なんて考えて見ていたら、視界に足が飛んできた。
イヴはダンダンと、アリの巣の上で楽しそうに跳ねまわっている。裁断された黒い粒が辺りに散らかる。
「ハハハハハ!リヒト、みてー!ハハハ!」
無邪気な笑顔の裏で、大量のアリが死んでいく。引くほど面白くないんだが。
ボクは不快感を隠さずに、顔をしかめた。どうして子どもってこう、残酷なことをしたがるんだろうか。
たららたったら~!
脳内に軽快な音楽が響く。ボクは思わず顔を上げた。
「あっ、レベル上がった!3になった!」
イヴ……。アリ殺してレベルアップしちゃったのか。
ボクはしゃがみ込んで、ため息をついた。
この世界には、レベルとかスキルという漫画のような概念が存在している。
モンスターを倒したり、人や動物を殴ったりといった戦闘経験を積むことで、レベルはどんどん上がっていくらしい。アリから得られる経験値なんてカスみたいなものだろうが、イヴはよっぽど大量に殺したんだろうな。
レベルが上がると、さっきみたいなアナウンスがあって、各種ステータスが向上し、新たなスキルを覚えることもできるらしい。
各種ステータスというのは、攻撃力や防御力、それに”マナ値”などだ。マナとは、スキルを発動する際に必要になる、まあ”MP”みたいなものだろうな。
スキルについては、ボクも詳しくは知らない。ボクのレベルは上がったことないし、イヴもスキルなんか覚えてないし。
無から氷を生み出したり、洗脳して動物を操ったり、傷を治したりできる、魔法のような力を”スキル”と呼ぶらしい。詳しくはあまり知らないが。
将来のため、今のうちにレベルを上げておきたいとは思っているのだが、いかんせんこの村にはモンスターが現れないからレべリングができない。モンスターも住む場所は選ぶんだろうな。田舎は嫌ってか。
だから、ボクのレベルはいつまでも”1”だ。力ばっか強くなって、スキルの一つも使えないなんてますますただのゴリラじゃないか。
こんなことを願うのは不謹慎かもしれないが、ボクの眼前に、ひょっこりモンスターでも現れてくれたらなあ、と望まずにはいられない。ボクもゲームみたいにレベルアップしてみたい。
「きゃあああああああっ!!」
ボーっとしていたボクの魂が、イヴの絶叫で呼び戻された。心臓がひっくり返るかと思った。
「ななな……何!?」
「リヒト!あれ!」
イヴが、今度は前方を指さした。その先には、恐ろしい牙を剥き出しにした、異様に大きなウサギ……のような生命体がいた。そいつは涎を垂らしながら、じりじりボクらに近付いてきていた。
あれがモンスターか、初めて見た。一目でモンスターだということ、ボクたちに敵意があるということが分かる。
どうしてこんなに接近されるまで気付かなかったんだろう。ボクたち油断しすぎでしょ。
ボクが一歩足を動かすと、それを合図にウサギモンスター(仮名)が飛びかかってきた。
「ひあああああああ!!」
絶叫して固まるイヴの前に躍り出て、ボクは拳を突き出した。その手に、不快な感触が走る。
ウサギモンスターはボクの拳と正面衝突した瞬間、いくつかの肉片へと変貌し、脳髄や血液を辺り一帯にばらまいた。
足元を見やると、臓物がゴロゴロ転がっている。ひどい腐臭だ、アリを踏みつけて殺すよりよっぽどグロテスクな絵面が広がっている。
……記念すべき最初のモンスター討伐は、なんとも味気ないものに終わってしまった。ワンモーションでおしまいじゃないか。
たららたったら~!
【クレイジーラビットを討伐しました。
リヒト様のレベルが3に上がりました。
炎撃Ⅰ、氷撃Ⅰ、雷撃Ⅰ、隷属Ⅰのスキルを獲得しました。】
おお、初めてレベルが上がった!こんなアナウンスが流れるんだな。身体が温かくなって、力が宿るのを感じる。気持ちいいな、これ。
スキルも色々覚えたようだが、ええと……何だったっけ。急にベラベラ喋られたから忘れちゃった。
【炎撃Ⅰ、氷撃Ⅰ、雷撃Ⅰ、隷属Ⅰの4つです。】
うわ、ビックリした!この声はシステム的な何かだと思ったから、反応が返ってくるなんて予想外だった。心を読まれているのか?
【はい。私は女神“ジェニファー”。この世界を見守り、ステータスの変化等の必要事項を告げる存在です。まあ、ある種のシステムのようなものだと思っていただければ。】
へえ。……いや、ちょっと待って。ボクをこの世界に転生させたのは、確かアリシアとかいう名前の女神じゃなかったか?人が変わってるじゃないか。
【アリー先輩は、過干渉の罪で下界落ちの処分を受けています。後任に私が選ばれたのです。】
過干渉?下界落ち?分かりやすく喋ってほしいんだが。
【人間界に法律があるように、天上界にも法律があります。
アリー先輩は、一人の転生者に人には過ぎた力を与えてしまったために、過干渉とみなされ、処分を受けたのです。】
ふーん。よく分かんないけどそこまで興味なかったから別にいいかな。というか、天上界なんてとこに住んでる高尚な存在が、どうしてボク一個人にここまで付き合ってくれるのかが分からないんだけど。
【女神は言わば人格を持ったシステムです。レベルアップした人間にアナウンスしたり、スキルについて説明したりするだけの存在です。私は世界中の人間一人一人に仕えていて、私と他の私は交わることは出来ません。】
ってことは、世界中の人間の脳内に自分専属の女神がいて、こうしてお喋り出来るってこと?
【そうですね。ですが、自分と会話することを試みたのはリヒト様を含めて極少数の人間のみです。システムと会話しようなどという発想に至る人間はほとんどいないんですよ。】
へー。女神について少しは分かった気がする。あと、大して役に立たないってことも。
【一応分類的には神様なんですから、もうちょっと敬ってくれてもよくないですか?】
女神にも敬ってほしいという感情はあるのか。
【ていうか、今雑談してる場合ですか?ほら、前、前!】
女神に促されて前を向くと、水色のプルプルとした生命体が、林の中からのそのそとこっちに迫ってきているのに気付いた。早速2体目か、ありがたい。……どうでもいいが、どこか見覚えがありまくるフォルムのモンスターだな。
「ひ、ひいいい……!」
イヴはボクの背中を掴んで、ガタガタと震えている。顔が見たくてチラと振り返ったら、見たこともないほど弱々しい表情をしていた。涙目じゃないか。珍しいもの見た。
なんてしょうもないことを考えていたら、そのプルプル(仮名)は、ボクの足に勢いよく飛びついてきた。イヴが泣き叫ぶ。対してボクは冷静に足を上げた。
「おりゃあああっ!」
そしてプルプル目掛け、もう片方の足で本気の蹴りを食らわせた。ボクの足は風切り音を上げ、プルプルを一刀両断する。
刃物で切られたかのように綺麗に二つになったプルプルは、べちゃっと地に伏した。予想通り、この手の見た目のモンスターは雑魚だったみたいだ。
【ちょっと!何ぼーっとしてるんですか!】
女神に大声で呼ばれ、ボクはハッとして足元を見た。
さっき蹴り飛ばしたプルプルが、ボクの右足と左足をがっしりと掴んでいたのだ。2つに分かれたプルプル、それぞれが意思を持っているかのようだ。
「おわ……!」
ボクはまたしても足を全力で振って、プルプルをさらに細かく刻んだ。プルプルは6つに分裂し、さらに小さな姿になってボクに迫ってきた。これ、何回蹴っても同じことなんじゃないか⁉︎というより、刻むたびに数が増えて厄介なことになってる気がする。
【リヒト様!今こそスキルを使ってください!】
スキル?って言うと、さっき覚えた炎とか氷とか?
【はい!モンスターには耐性というものがあり、特にこのモンスター“プニプニ”には基本的に物理攻撃が効きません!そういう時はスキルで倒しましょう】
なるほど、このモンスターの名前はプニプニだったのか。結構惜しかったな。それより、さっき覚えたスキルって言うと……炎撃Ⅰ、氷撃Ⅰとかだっけ?どうやって発動させるんだ?
【攻撃系のスキルは、強度に応じてナンバリングされていることが多いです。炎撃はⅠからⅤまであり、レベルが低いリヒト様はまだⅠしか使用できません。とりあえず今回は炎撃Ⅰで倒してみましょう。まずスキルを発動させるためには、】
「おおおおおおっ!」
細かく分裂したプニプニは、ボクの足をつたって腹に登ってきていた。ちんたらスキルの説明を聞いてる場合じゃない、ボクはなりふり構わずプニプニを叩いた。プニプニは地面に身体を打ち付け、さらに細かく分裂した。
【ちょ、何殴ってるんですか!増えちゃいますよ⁉︎】
だからって、悠長に話を聞いてる余裕ないんだよ!今は戦闘中だぞ!?
ボクは地面を這う無数のプニプニを、全力で踏みつぶした。一心不乱に足を上下させ、徹底的に踏みつけた。何分もプニプニを足の裏ですり潰し続けると、じきに足元から小さな煙が発生した。
急に煙が上がって気味が悪かったので思わず足を上げると、プニプニは跡形もなくなっていた。よく分からないが、倒せたんだろうか。
【プニプニを討伐しました。】
なるほど。じゃあ倒せたんだな!
【スキル使えばサクっと倒せるんですけどね。物理にこだわる派なんですか?】
だから、さっきは襲われてて時間なかったでしょ?話聞いてる余裕なかったんだって。
【では今から、スキルの「リヒトーーーーーっ!!!!」……いて説明を……】
超至近距離から、鼓膜を破らんばかりのクソデカ大声が飛んできた。イヴは熱った顔でボクのことを、力強く抱きしめてくる。
「すごおおおい!!つよいよおおおおお!!」
身体が震えるくらいの声量だ。遮られてしまって、女神の声が全く聞こえない。いつもはしゃぎ倒してる彼女だが、ここまでテンションが高いのは初めて見たな。こんなんじゃ女神と話をすることもできないじゃないか。
「はいはい、強いよ強いよ!じゃあ今日は危ないし、もう帰ろうか!」
「すっごい!!ほんっとうにすごかった!!」
「はいはい、帰った帰った!」
そう声を掛け、ずっとボクの体に巻きついて大はしゃぎする彼女を家まで送ってあげた。
やっとこさスキルの説明が聞けるな。