滅亡への歩み+Why did she betray them?
「紅葉……それに、蒼葉……!」
『ンフフフ、違う違う。私達は虹葉。蒼葉としての人格はもうない。そして、紅葉もこれから同じ様に消える』
対峙する桜と虹葉。しかし彼女の視線は少し離れた場所に立つ白葉に向けられている。
『あら、私達に貴女みたいな妹、いなかった筈だけど?』
「私は姉さん達を止める為に来た。人類の滅亡なんて、絶対にさせない!」
『あぁ、その為に正義のヒーロー様に助けを求めた訳。自分じゃ何も出来ないから。蒼葉と紅葉と一緒』
「違う!」
2人の会話に割って入る桜の一喝。虹葉の目だけが桜を向いた。
「2人も、白葉も、自分に出来る精一杯をやってる! だから俺はここまで来れた。そして」
桜は竜を模したVUローダー、《ドラゴニュートローダー》を装填する。
「みんながお前を止める力を、生み出してくれた」
『……ふぅん。中々ご機嫌なコネクトチップを生み出したようね。でも残念。当の紅葉は貴方にそれを望んでいるかしら?』
「何?」
桜は紅葉を見た。涙に濡れ、苦痛と悲哀に敗けた小さな笑みを浮かべた顔。微かに動く唇が紡ぐ言葉だけがはっきりと耳に届く。
「桜くん……虹葉とは、戦わないで。私を消せばこの計画は完遂されない、だから私を……」
「どう、して……そんな事出来るわけないだろ!! 紅葉が消えたらみんな、俺も、彼岸だって悲しむんだぞ!!」
「その、彼岸を……私は今、殺した……」
桜は息を呑んだ。まるでそれを見計らった様に、虹葉はモニターを桜達の目の前に出現させる。
倒れ伏した彼岸を見て、白葉は身体を震わせた。
「彼岸が、そんな……」
『こんなにあっさりと脱落するなんて予想外だったなー。ま、一重にこの子のおかげなんだけど』
紅葉の頭を撫でる虹葉。そこには当然労りや慰めの意思など込められていない。あるのは嘲りだけだ。
俯いたまま頭を上げない桜。戦意を失ったとしても無理はない状況に白葉が焦りを感じ始めた時だった。
「虹葉、お前は彼岸の事を何も分かってない」
『……ンン?』
首を異様な程に傾げる虹葉。しかし桜は既に紅葉の方を向いていた。
「紅葉、彼岸は何の考えもなしに行動する奴じゃない事は、誰よりも紅葉が一番理解している筈だろ」
「ぇ……?」
「冷静に、思い出して。彼岸は何か、紅葉に残さなかったか?」
ぐちゃぐちゃだった脳内を、紅葉は探す。彼が自分に残したメッセージ。無残にも引き裂かれる間際、彼の口は何を告げていたのか。
「……俺、を、しん、じて、くれ」
「……だったら信じて待ってくれ。彼岸が来るまでに、ここは俺が何とかしてみせるから」
「桜くん……!」
『はぁ、やはり貴方は危険だわ、日向桜。人に希望を撒き散らす病原体はここで駆除しなきゃ』
虹葉は懐からディーププレシオフォンを取り出す。対抗するように桜も2つのコネクトチップをプラウローダーへ挿入する。
金色のチップ、《インフェルノフォックスチップ》。黒いチップ、《エンヴィスネークチップ》。この2つにいったいどのような力が込められているのかは桜には分からない。だがこの力を自分へ届けてくれたエリカとエヴィを信じている。
『変身』
《Deep Sea!Shadow Abys! HeavyFang! Memory Revive!! Wake up Deep Ocean!!》
先に変身を遂げたのは虹葉。重厚な装甲を纏い、高台から飛び降りると床に亀裂が走る。腕のブレードが赤熱し、臨戦態勢に入っていることを告げていた。
「……行くぞ!」
シン・ユキワリヘ、自分自身へ、コネクトチップ達へ告げる。
《Evolving Connections》
2つのチップが装填されると同時に、プラグローダーから電光がほとばしる。暴走の予兆でないことは理解したが、それでもなお体を襲う強烈な痛みと麻痺に苦痛の声が漏れる。
「ぅ、ぐ、ぅぅぅ、変、身!!」
《英雄 真の姿と共に新たな境地へ進化せよ!! Evolution! Evolution!! Evolution!!! 》
桜の体がディノニクスジェノサイドへ変貌する。その背後に黄金の炎を纏い、9本の尾が蛇となった狐が出現。ディノニクスジェノサイドと融合すると、羽毛が抜け落ち、鎧を形成。黒い装甲に黄金のエネルギーラインが張り巡らされ、右手から鉤爪が消えて人間の五指に変わった代わりに、左手の鉤爪が伸長。胸の中央に魔眼のような球体が浮かび上がる。
《Inperfect Power》
ディノニクスジェノサイドの新たな姿、《エンヴィインフェルノ》。
『面白い姿ね。でも彼の理性は大丈夫かしら? そんな莫大な量のデータを処理できるジェノサイドがいる?』
「一人じゃ出来ない。でも、彼女がいる」
ディノニクスジェノサイドの背部からは一筋の光が伸びていた。その行く先は3枚のチップを生み出した少女の元へ繋がっていた。
「え、エリカ……なんか、光が」
エリカの胸元から伸びる一筋の光に戸惑うセラ。当のエリカは微笑みだけを返し、次に真剣な眼差しを睡蓮へと送る。
「……睡蓮ちゃん、少しの間、みんなをお願い」
「え……うん。分かった」
状況は理解出来ていないだろう。しかし親友であるエリカの言葉を信じて頷いてくれた睡蓮に、心からの感謝を笑顔で送る。
「桜は、私が繋ぎ止めるから……!!」
『本当、稲守エリカに頼りっぱなしね』
「ソウダ。ダカラコソ、負ケラレナイ!」
瞬間移動のように接近したシン・ユキワリの一撃を、左の鉤爪で受け止めた。右手にスラスターブレイドを出現させ、胸部の中心を突く。だがシン・ユキワリは微動だにしない。
『その形態、欠陥だらけの急造品って感じがして好き。継ぎ接ぎの不格好な人形』
振るわれる腕のブレードを間一髪で回避。しかし足を踏まれて体の位置が固定され、続く一撃をスラスターブレイドで防ぐことを強要される。
「ヌ、ゥゥ!!」
全身に伝わる痺れ、亀裂が僅かに入るスラスターブレイド。この一撃をまともに受けてはいけないという事実を突きつけられる。
一度競っていた刃を引いて力を受け流すと、大きく飛び退いた。逃がさんと再び距離を詰めるシン・ユキワリヘ、
《Come on Envy Snake》
背中から飛び出した大蛇が巻き付く。
『へぇ、これ、は、ぁぁぁ!?』
大蛇が纏う黄金の炎はシン・ユキワリの装甲を融解させていく。
(インフェルノコードの力と嫉妬のジェノサイドの力なら、シン・ユキワリの装甲だって突破できる!)
『へぇぇぇ、考えたわね白葉。で、も』
突如シン・ユキワリの体が床へ沈む。拘束から逃げられた蛇は唸りを上げながら周囲を旋回、捜索する。
「消エ……」
『て、なんかない』
背後に現れたシン・ユキワリの一撃がディノニクスジェノサイドの背中を打ちのめした。
「ウッ!?」
『あまりダメージを受けるのは良くないんじゃない? じゃないと貴方の大切なエリカちゃんまで』
「ソンナ事、分カッテル!!」
繋がっているからこそ分かる。遠く離れた場所で、自分と同じように傷つくエリカの姿が。それでも彼女は弱音を吐かずに自分を繋ぎ止めてくれている。
だからこそ、
「ヤリ遂ゲナキャ、ナラナインダ!!!」
『ンフフフフフフフフ』
再び潜航するシン・ユキワリ。しかし今度は焦らず、全神経を研ぎすまして姿を探す。空を飛び回る蛇の眼が、ある一点を睨んだ。
「ソコダ!!」
ディノニクスジェノサイドは一切の迷いなく、黄金に輝く左の鉤爪を目の前に突き出した。瞬間、虚空から現れたシン・ユキワリの腹部を刺し貫く。
『が、はっ!? な、どうしてぇ……!?』
その問いに答えることはせず、鉤爪を抜くと同時にスラスターブレイドで斬りつけた。吹き飛ぶシン・ユキワリに跳躍で追いつき、装甲が融けた右肩へスラスターブレイドを投擲。紅葉が囚われた電子基板に磔にすると、プラグローダーをスライド。
《Evolution Loading!!》
「蒼葉……今、助ケ……ッ!?」
直後、ディノニクスジェノサイドの背中へ錆びついた剣が突き立てられた。収束していたエネルギーは霧散。床へ倒れ伏した。
「偽物の分際でよくもここまで辿り着いたものだ」
弟切が立っていた。トドメを刺すべくヴァイティングバスターを振り下ろすが、ディノニクスジェノサイドは前方へ飛び出して回避した。
「オ前……ソウカ、アノ時ノ!」
「揃いも揃って情けない姿を晒しているとは。私達の犠牲をまるで役立てていない訳だ」
ヴァイティングバスターをディノニクスジェノサイドへ、左手の指をシン・ユキワリヘと向ける。
『ン、フフフ……失礼な人形。でもお礼は言っておくわ』
スラスターブレイドを肩から引き抜き、地へ降り立つシン・ユキワリ。見る間に与えた装甲の傷が修復していく。
「グ、ッ、ウゥン!!」
対するディノニクスジェノサイドには、身体から這い出た蛇が背中に噛みつく。深く抉られた傷が再生した。
『第二ラウンドスタート、かしら?』
「待って」
それを止めたのは、戦いを見ていた白葉だった。ゆっくりとシン・ユキワリヘ歩み寄りながら語りかける。
「姉さん。もう終わりにしましょう」
『ン〜? 終わり? 何を? まさか、もう仲直りしてちょうだい、なんて言わないよね?』
「白葉、危ナイカラ近ヅクナ!!」
白葉は手を差し出した。揺るぎない意思が込められた瞳が、一際強く輝いた。
「そう、ある意味仲直り」
直後、口元に小さく歪んだ笑みを浮かべた。
「私も姉さん達に力を貸す」
「ナ、ニ……!?」
すると、今度は狼狽えるディノニクスジェノサイドへ顔を向けた。
「本当、疑う事を知らないのね貴方。少しは私の正体について考えなかったの?」
「正体……」
「私はね、蒼葉姉さんの予備として衛星ノアによって生み出された。どちらの計画にも蒼葉姉さんは必要不可欠だったんだから、当然私のようなスペア品は必要になる」
白葉の容姿は確かに2人と瓜二つ。しかしあの時感じた雰囲気に悪意や敵意といったものを感じなかった上、わざわざ自分たちを助けるという行為自体が今の行動と矛盾する。
「ナラドウシテ俺達ニ手ヲ貸シタンダ!? 君ガ蒼葉ヲ、姉サンヲ止メタイッテ言ッタノハ……」
「貴方達に手を貸したのは最後のヘルズローダーとインフェルノコードの残滓を回収する為。セムに接触してコネクトチップへ変換させる手間はあったけど、その方が確実だもの。それに……姉さん達を止めたいって言えば、貴方達は素直に協力してくれるのは分かっていたし」
紛れもない事実だ。更に言えばこの状況下では白葉の提案に乗る事でしか、蒼葉と紅葉を救う手段は無かった。それを分かっていて自分達に接触していたのだろう。
今の白葉は、虹葉と何ら遜色のない歪んだ笑みを突きつけている。
「第一、貴方達が姉さん達を止めるなんて不可能。もう世界の滅亡はほとんど確定しているんだから」
「マダ不可能ダッテ決マッタ訳ジャ、ウガァッ!?」
白葉に夢中になるあまり、背後から弟切によって斬りつけられる。
「いや、不可能だ。貴様はここに来た時点で忌魅木虹葉に嵌められている」
『なんて可哀想なヒーロー。こんな形で敗北するなんて』
《Deep Side Stage ブレイクファングフィニッシュ》
シン・ユキワリの装甲の隙間から溢れる漆黒のオーラ。やがてそれは巨大な古代魚の姿をとり、宙を泳ぐように突進。斧の刃に似た牙を剥き出すと、ディノニクスジェノサイドの身体に喰らい付いた。
「ウゴァァァァァァ!!!」
再生した身体も再びヒビだらけになり、飛散する装甲に混じって赤黒い液体が噴き出す。
同時にディノニクスジェノサイドの身体に異変が起き始めた。身体に灰色の炎が纏わり付き、身を引き千切られる様な感覚に支配される。見ればプラグローダーがシン・ユキワリヘと徐々に吸収されていた。
「ァ、ァァァ!?」
「虹葉姉さん。繋がりが弱くなった今なら桜を通して力を全て奪える。さぁ、やって」
「ンフフフ、おいで、私達の可愛い妹」
白葉の指先が光の粒となり、シン・ユキワリヘ流れていく。それと同時に、
「ん、くぅぅ……!?」
「紅葉ァ!!」
紅葉の身体も光となって吸収されている。このままでは自身と繋がったエリカも含め、一網打尽にされてしまう。しかし先程の傷と合わせて身体から力を引き抜かれている為か、力がまるで入らない。
「ヌァァ、あ、ぁぁ……!!」
ディノニクスジェノサイドの姿が薄れ、桜の素顔が露わになる。変身が解けかかっている証拠だ。
「このまま、じゃ……っ!?」
薄れゆく視界の中、桜の目と白葉の目が合った。
悲しげに伏せられた目蓋。その隙間に見えた意志を感じたのを最後に、目の前が暗闇に呑まれた。
続く