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消えゆく刃+Trust me

 

『健気ねぇ。本当にスレイジェルなのかしら、彼』

 ヒガンバナ達の決闘場とは対極の位置、最も衛星ノアに近いビルの最上階。

 広い空間の中心にそびえる巨大な電子基板と、そこから伸びる大量のコード。それらに囚われた紅葉の側には、虹色の瞳を伏せた蒼葉が立っている。

『足の具合はどう? ごめんなさいね、貴女があまり抵抗するものだからつい。でもこの装置、コネクトチップの技術を使っているからもう治癒している筈よ」

「貴女、誰なの……!?」

『だから蒼葉だって……ン、フフフフフフ、もうこんな冗談じゃ笑ってくれないか』

 蒼葉は一転、無邪気な笑みを浮かべる。全く安定しない情緒が彼女の不気味さを助長する。

『とはいっても、私達に名前なんてない。蒼葉だった私達の妹も、もう個人としての人格はないし……そう、今ここで名前をつけましょう。それがいい。私達がこの世に産まれた、生まれ変わった記念すべき日。人類滅亡の日に刻まれる名前』

 誰に語るでもない独り言の様に。しかしそれはまるで自分自身を祝うかの様な口ぶりで。


『虹葉。私達の名前は、忌魅木虹葉』


 虹。その言葉を聞いた紅葉はある事を思い出した。


「虹の葉、計画……?」


 遥か過去、突然愛していた父と母が失踪し、2人の帰りを待つ日々の中。紅葉はある計画を知った。

 それは蒼葉が生まれるきっかけ。だがそれは人間を管理する為に生み出された衛星ノアとは真逆のもの。一度人間達をデータとして総括し、纏めて消去する為の存在を創り出す計画がそこには描かれていた。

 その中にある一文が、心臓をじわじわと齧り取られる様な恐怖を覚えた。今まで自分が見下していた姉が、世界から人間を滅ぼす鍵の一つだという事を知って。思えばこの計画こそ、紅葉が蒼葉に対する劣等感を抱くきっかけだったのだ。


『あぁ、知ってたの? そう、私達が生み出された計画。人類を管理する衛星ノアのアナザープランとして用意され、結果その有用性を認めなかったお父様とお母様は』

 虹葉は紅葉の耳元に唇を寄せる。

『私達の、存在自体を抹消した』

「……当然でしょう。お父様とお母様は世界を救いたかった。そもそも貴女達を生み出して世界を終わらせる計画を作った事すら理解出来ないのに……」

『視野が狭いの、貴女。何も世界を救う事と人類を救う事は同義じゃない。2人は最初こそ人類の滅亡から世界を救う道を見ていた。だから何体も犠牲を生み出して蒼葉を完成させた。なのに……』

 背筋が震える様な憎悪の声が、紅葉の耳に纏わり付いた。

『だから貴女にも同じ絶望を味わって貰うわ。私達と一つになる前に』

「まさか、彼岸を痛めつければ協力するとでも?」

『勘違いしないで。その気になればすぐにでも取り込める。でも、それじゃつまらない』

 モニターを見つめる虹色の瞳が、怪しげに輝いた。



 ぶつかり合うブレイクソードとヴァイティングバスター。しかし力比べが起きる間も無くブレイクソードが押し負ける。

「やはり、出力差が」

 咄嗟に躱したものの、叩きつけられた衝撃は未だ腕を震わせる。あの錆び塗れの大剣に斬り裂かれたが最後、記憶を失い暴走させられるかもしれないという考えが思考を満たす。

 だが思考する数瞬すら命取りになるほど、リンドウ・イミテーションの攻撃は苛烈。始まって間もない戦いの中、何度目かも分からない鍔迫り合いが起きる。

「抑え込むな彼岸。自分を解放しろ、私の様に!」

 その言葉を拒絶する様に弾き、鍔迫り合いから逃れようとする。しかし身を翻したリンドウ・イミテーションはその力を逃し、空振ったヒガンバナのブレイクソードを蹴り飛ばした。

「私を破壊した形態がこうも情けないものとは」

 胸ぐらを掴み上げられる。ヒガンバナもリンドウ・イミテーションの胸部を蹴り続けて逃れようとするが、まるで通用しない。

「あの時の貴様はもっと、もっと……!!」


《That shadow is not hindered! You can not escape from the fate of death!! 復讐者よ、血濡れた手で魂を掴め!!》


 自身へ語りかける隙をついて《シャドウアサシン》へチェンジ。黒霧となって拘束から回避し、ブレイクソードを回収する。

「またその形態か、小賢しい。だが」

「っぐ!」

 掴まれた胸から錆が溢れ始める。ただ触れられただけで魂を蝕む呪いは、瞬く間にヒガンバナの身体に広がり始める。

「前と同じ様に抉り取るか? 馬鹿な事はよせ。それは貴様をあるべき姿に戻す祝福だ。あるがままに受け入れた方が楽になれるぞ」

 ヴァイティングバスターが振り下ろされる。両断される直前で再び霧となり、背後へと移動。リンドウ・イミテーションも即座に振り向くが、一瞬早くヒガンバナがブレイクソードを深く刻みつけた。


「あぁっ!?」


 しかし響いた悲鳴はリンドウ・イミテーションのものではなかった。それはモニターの向こう側。紅葉の口から漏れ出た苦痛の籠もった悲鳴だった。

「何……!?」

「彼岸、何故動きを止める? 今の一撃で勝負が決する訳がないだろう。構え直せ!」

 ヒガンバナの耳にリンドウ・イミテーションの声は届かない。代わりにモニターの向こう側から虹葉の声だけが鮮明に響く。


『彼への攻撃は全部紅葉にフィードバックされる。あぁごめんなさい、戦いに集中出来ないかしら?』

 虹葉は紅葉の口を右手で押さえてみせる。

「ん、んぐっ、んん!!」

『これで静かになった。さ、続きをどうぞ』

 手の中で紅葉の口が動き続ける。虹葉はその様子に舌舐めずりをすると、彼女の意思を一言一句違わず、彼女の声を真似て発した。

『彼岸、私の事なんか構わないで! 早く虹葉を止めて! ……ンフフフフフフ!』


「さぁどうした!? 構えろ!!」

 投げかけられるリンドウ・イミテーションの言葉ではなく、紅葉の悲鳴。それだけが彼岸の頭で無数に反響する。

 その様子を察し、リンドウ・イミテーションは空いた手でマスクを掻き毟った。

「ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなぁ!! 彼岸、貴様は私と戦っているのだぞ!! 忌魅木の小娘共に構うな!! 戦いに集中しろ!!

「……」

 とうとうヒガンバナの手からブレイクソードが離れる。リンドウ・イミテーションの怒りがその瞬間、頂点に達した。

「失望、した……今の貴様は復讐者ですらない。ただの脆弱で下劣な、人形に成り下がった!!」

 力任せに振り下ろされたヴァイティングバスターがヒガンバナの身体を削り取る。受け身すら取れずに床へ倒れるヒガンバナへ、リンドウ・イミテーションの執拗な追撃が襲い掛かる。


「んん!? んぐっ、んんんん!! んんん!!!」

『彼岸!? 早く、早く戦いなさい!! 彼岸!!』


 何度も踏みつけられ、胸倉を掴み上げられ、ヴァイティングバスターで何度も斬り付けられる。大量に舞い散る火花に混じり、錆びた粉が血飛沫のように巻き上がる。


「んんんんんん!!!」

『はぁ、声真似するのも飽きた。さ、愛しの彼岸くんを助けてあげたら? 貴女の声で』

 塞がれていた口が解放される。一気に侵入する空気に咽せながら、紅葉はありったけの声で叫んだ。


「お願い彼岸!!! 戦って!! 私なんかどうなったって良いからぁ!!」


「最後の機会だ彼岸。剣を取って、戦え」

 震えながら立ち上がるヒガンバナへリンドウ・イミテーションは語る。しかし彼は何も答えない。マスクの裏側にある瞳は、モニターの向こう側にいる紅葉を見つめている。

「彼岸……お願い……」

「紅葉……」

「……そうか」


《Rust Loading!!》


 リンドウ・イミテーションのローダーが錆びついた叫びを上げる。ヴァイティングバスターを投げ捨てると、右手が巨大な鉤爪を備えた錆色のエネルギーに包まれる。

「屑鉄になって消えろ、彼岸!!」



「俺を、信じてくれ」



《Update Complete Rust Finish!!》


 鉤爪はヒガンバナの身体に3つの残光を刻みつけた。砕ける鎧、四散するマスク。変身が解除された彼岸の身体に纏わり付いた錆は、寄生する主を失ったように散り散りになった。

 同じく変身を解除した弟切は彼岸に歩み寄ると、顔を蹴りつける。目を閉じたまま全く反応しない。

 弟切は理解していた。魂を汚す錆が散ったという事は、錆びつく魂が消えた事を意味する。しかしこんなにも呆気ない結末を望んでいた訳ではないのだ。

「完全に破壊……いや、死んだか」

『ご苦労様。戻って来てくれる?』

「余計な水を刺した事は気に入らないが……良いだろう。契約は守る」

『ンフフフ』

 モニターが消える。弟切は足元に転がったブレイクソードを拾い上げると、彼岸の側に突き刺した。

「さらばだ」


『そういう訳で。紅葉の大好きな彼岸くんは無様に負けて死にましたぁ』

「……」

 先程まで必死に動いていた紅葉の口は、小さく開いたまま動かない。対象に荒い呼吸が唇を震わせる。

『でも考えようによっては幸せよね。機械として生まれた彼は最期、人間として死ねたんだから。一つ不幸な事があったとし、た、ら』

「ぁ…………ぁ」


『貴女の所為で死んだ事かしらぁ!? ンッフフフハハハハハハ!! アッハハハハハハハハハハ!!!」

「ぁぁぁァァァァあああああぁぁ!!! 彼岸、彼岸、どうして、どうしてぇぇぇぇぇぇ!!?」


 この状況で、何を考え、何を思い、あの選択を取ったのか。普段の紅葉ならば冷静に思考し、彼を信じる事が出来ただろう。

 だが今の紅葉の頭を埋め尽くすのは、自分の所為で彼岸が死を迎えた事のみ。皮肉にも彼の最期の言葉は届かなかった。

『でもまだ足りない、足りない! 紅葉、貴女が今までに貰った愛、今までにやってきた事、その全部が私達の苦痛なのよ! 残りは私達と融合した後に味わって貰う!』

 未だ泣き叫び続ける紅葉へ、虹色の光を纏った手が迫る。しかし触れる僅か手前で静止した。

『その前に……』

 床が砕ける音、そして降り立つ2つの影。それらを出迎える為に虹葉は振り返った。


『ようこそ、日向桜くん』



続く

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