決意の変身+Another branched leaf
病院の窓ガラスを突き破り、ネメシアとシン・ユキワリがもつれ合いながら落下。ネメシアは翼を開いて着地、シン・ユキワリは地面を破りながら着地する。
「蒼葉を、返しなさい!!」
ネメシアの蹴りがシン・ユキワリの胸部を捉える。しかし黒い鎧には一切の傷がない。
反撃に振るわれる腕の刃がネメシアの足のクローを叩き伏せる。これだけで足が粉砕される様な衝撃が伝わる。
「うぅっ、ぐっ!!」
もう片方の足を振り上げ、シン・ユキワリの頭部を蹴り上げた。頭は斬れるどころか微動だにしない。
『頑張るわね、お人形さん』
刃がネメシアの肩に叩きつけられる。骨が砕ける乾いた音が鳴り響いた。
「う、ぇっ!!」
続いて腹を貫く様な前蹴り。ネメシアの鎧が陥没し、花壇を破壊しながら壁に叩きつけられた。
『身体は、そう、再生しないか。確かヒガンバナに強制破壊チップを渡したんだっけ。じゃあ本当に無価値になっちゃったわけ』
「ふっ、ぐふっ! 随分、言ってくれる、じゃない……」
壁から身体を剥がし、ネメシアはシン・ユキワリ目掛けて飛翔。
《Finale Stage ハイフライトフィニッシュ》
巨鳥のエネルギーを纏った蹴りを、シン・ユキワリは一切構える事なく受け止めた。拮抗していたのは僅かだった。
ネメシアの足は、真逆の方向に折れ曲がる。
「そん、な……」
一切傷つかないシン・ユキワリの踵落としで地面に叩き伏せられる瞬間が、追いついたエリカと睡蓮の目に映った。
「紅葉ちゃん!!」
『大丈夫。死んでないから』
変身が解けた紅葉の頭を踏みにじりながら、変身を解いた蒼葉は笑って見せた。
『こんな簡単な事も出来ないなんて、やっぱりノアなんていらなかったのよ。お父様もお母様も、何も分かってなかった』
「紅葉ちゃんから離れて!!」
『次は貴女よ稲守エリカ。まだ残っているインフェルノコードの残滓、そして稲守セラと共有している、嫉妬のヘルズローダーを』
「こいつ、社長だけじゃなくてエリカ達まで!」
エリカを守る様に前へ出る睡蓮。しかし更にその前に現れる影があった。
『んー? ッフフフ、誰かと思えば、No.1』
「初めてかもしれない。これほど、強い感情を抱いたのは」
ブレイクソードを握りしめる彼岸の顔は、いつもの冷静なものではない。
『怖い顔。このお人形の事、好きなの?』
「紅葉は人形ではない。人間だ」
『お人形同士のおままごとに付き合ってる時間はない。貴方の相手は、懐かしいお友達に任せて貰おうかしら』
蒼葉は紅葉を抱え、黒い渦潮の中へ消えていった。
『最後のヘルズローダー、無くさないでね』
エリカへ言葉を残して。
入れ替わる様に、彼岸の前に人影が姿を現した。それを見た彼岸の目が見開かれる。
「久しぶりに顔が見れたな。No.1、いや、彼岸だったか」
「No.3、なのか……!?」
11年前、彼岸がスレイジェルのプロトタイプとして生を受けた時。他に2体のプロトタイプが存在していた。1体はNo.2。試験の最中に中破した後、記憶を失くし、人間として生きてきた。名を″睡蓮″と変えて。
そしてもう1機。自らの使命の為に彼岸や睡蓮を犠牲にしようとし、最後は復讐の力に呑みこまれたヒガンバナによって破壊された個体。
「No.3……違うな。今の貴様に名がある様に、私にも名がある」
右手に備えたプラグローダーを彼岸に見せつける様に掲げる。
「リンドウの……日向桜のプラグローダーだと!?」
「これは、私のプラグローダーだ。私の記憶なんだよ」
純銀のプラグローダーが見る見るうちに錆びていく。やがてその表面を新たなローダーが覆った。まるで錆びたアウェイクニングローダーの様な姿に変わる。
「今の私の名は、弟切だ」
《イロージョンローダー》と名を変えたプラグローダーへ、灰色のチップを差し込む。
《Rust Load!!》
肌を掻き毟りたくなるように不快な金属音。やがて大きく息を吸い、静かに呟いた。
「変身」
《英雄 失意の果て 錆びた剣で全てを砕け Rust of Hero》
その姿を見た彼岸が連想したのは、《アウェイクニングブレイダー》。しかし似ているのは姿形のみ。各部装甲が逆立ち、胸の中央には赤黒い球体が埋め込まれ、体表を覆う錆は常に零れ落ち続けている。
ブレイクソードに手をかけ、変身しようとする彼岸。しかし弟切は小さく笑う。
「無駄だ彼岸。力の差が分からない貴様ではあるまい」
「確かにその通りかもしれない。だが時間稼ぎ程度は可能だ」
「っ、そういう事か」
彼岸の言葉の真意を汲み取った睡蓮。エリカを抱えると走り去っていった。
「それは悪手だ。街には既にスレイジェルを放っている。逃げ切れる筈がない」
「俺はもう1人で戦っている訳じゃない。彼女達は逃げ切れる。なら俺がすべき事は」
ブレイクソードが抜かれた。
「2人をお前達から救い出す事だ」
逃げる最中、謎のスレイジェル達は桜達を追撃せんと襲って来る。反撃する手段が乏しい中、路地裏を通り抜けるなどの逃走経路で対抗する。
「今のところは何とかなってるけど……」
「こんないつまでも追い回されちゃ、捕まるのも時間の問題だ。早く転校生達も見つけなきゃならねぇし」
「そうだねって山神、前、前!!」
「うぉ危ねぇ!!」
突然飛び出した人影に慌ててブレーキをかける。人影は何かを2つ肩に抱えて走っていたようだ。
「危ねぇコラァ!! 前見て走れ!!」
「うるっせぇお前の方こそ左右確認ぐらいしろ!!」
「あ、あれ、睡蓮?」
怒鳴り散らす人影、睡蓮が肩に抱えていたのは目を回しているエリカとセラ。
「お前ら病院にいたんじゃ?」
「それどころじゃないんだよー! 蒼葉に社長さんがやられちゃって、彼岸が時間稼ぎを……」
「はぁ!? 全然分からないんだが!?」
混乱する山神。しかし背後に迫るスレイジェルの羽音を察知した桜は2人の会話を遮った。
「と、とにかくここを離れないと!! って定員オーバーじゃん! 睡蓮、2人抱えたままバイク乗って!」
「桜はどうすんのさ!?」
「時間稼ぐ!」
「馬鹿か! 変身出来ねえのに……って、お前まさか!?」
「ほら早くして!」
バイクを飛び降り、睡蓮を2人ごとバイクへ押し込む。
「だぁもう! おい桜、死ぬのだけは無しだぞ!!」
「程々で逃げるから大丈夫!」
山神達が走り去る音を聞き届けると、桜は静かに目を閉じる。
プラグローダーは無い。だがジェノサイド達の中にはローダーが無くとも変身していた者がいる。それが自分に出来るかどうかは賭けだ。
「来い!!」
アウェイクニングチップがかつての様に黒く染まる。しかし、
「っ、やっぱり、ダメなのか……」
それ以上の変化はない。迫り来るスレイジェルを前に、今一度挑戦しようとした時だった。
何処からか飛来した銀色の装置。目の前に現れたそれを無意識のうちに手に取る。
「これ……いや、もうやるしかない!」
装置を左腕に装着。認証を待たずに中へチップを挿入。瞬間、大量の黒い電光に身を焼かれる。
「う、うぅぅぁぁぁぁぁぁ、ぁぁ、ぁぁぁ、変身!!」
《狂え! 滅ぼせ!! 殲滅せよ!!! Madness! Madness!! Madneeeeess!!!》
狂気の権化、破壊の力を身に宿した姿、ディノニクスジェノサイドへ変身。
「ウォアアアァァァァァァ!!!」
咆哮に耐え切れず、ビルの壁や道路が割れる。スレイジェル達すら押し返す力はもはや衝撃波だった。
「ヨシ、マダ正気ダ……今ノ内ニ!!」
押し寄せるスレイジェルへ飛び掛かる。陥没する程の脚力は空を舞うスレイジェルまで一気に到達。組みついたと同時にクラッシャーを展開して喰らい付いた。
「サク、サクジョ、サササササササ」
ジェノサイドウィルスを流し込まれ、プログラムが崩壊。ディノニクスジェノサイドが離れた瞬間、仲間のスレイジェルへと襲い掛かる。
更にディノニクスジェノサイドは吠える。足元から大量の分身を呼び寄せ、洗脳した個体と同じ様にけしかける。
「話ハ聞カナイケド、イナイヨリハ!」
手元にスラスターブレイドを呼び出し、分身が逃した個体を狩る。爪で貫き、スラスターブレイドで身体を両断し、足で押さえて噛み付き、洗脳。長い時間の中で過去に変身した時よりも力を使いこなしていた。だが、
「ウッ!? ジ、カンガ……!!」
目の前が真っ赤に染まる。全ての感覚が何倍にも増幅する。暴走の予兆だという事はすぐに理解した。
際限なく昂っていく破壊衝動の中を掻き分け、中からチップを無理矢理引き抜いた。
変身は解除、同時に分身や洗脳した個体は消滅する。そしてのしかかる様な疲労が全身を支配する。
「ぁぁ、ったく、情けないぞ……半分も減ってない」
未だ通路を埋め尽くすスレイジェル。しかし再変身するほどの体力は残っていない。
「でも時間くらい生身で、もぉぁっ!?」
群れに向かって走り出そうとした瞬間、何者かに手を引かれた。殺到するスレイジェル達は一瞬その動きを止めたが、やがて散って行った。新たな獲物を探しに。
「だ、誰……」
「静かに。まだいる」
暗く、狭く、カビ臭い空間。ここが捨てられたロッカーの中だということに気がついたのは、後頭部に当たるハンガーのおかげだ。
しかし今はそんな事を気にする余裕はない。耳元で囁かれる鈴に似た声、カビの臭いに混じる仄かな甘い香り、首回りを包む柔らかな感触。
「……うん。全部行ったみたい」
「これ何だ? クッション?」
ロッカーに押し込まれていたのだろうか。状態を確かめるべく握った瞬間、
「ひっ!?」
「あっ、これ違グウェッ!?」
小さな悲鳴と共に、首にあった柔らかな感触が凄まじい衝撃に差し変わる。ボロボロなロッカーの扉を破壊、射出された桜はゴミ捨て場に頭から突っ込んだ。
慌てて顔を上げると、そこには自らの胸を払う白髪の少女がいた。唇が硬く結ばれて震えてるのを見るに、桜が掴んだものの正体は想像したもので間違いないようだ。
「ご、ごめん。それとありがとう、匿ってくれて」
「……別に、それは良いけど」
別の事は許さないと言わんばかりの目つきに震えが走ったが、桜はもう一つの質問をしなければならない。
「君は……あ、あれ? いや、んん?」
どうしても少女を他人とは思えなかった。
何故ならば、髪と同じく瞳が白い事を除けば彼女達とそっくりなのだ。
「だって2人は姉妹だけど、もう一人妹がいるなんて聞いてないし……」
「私は」
身に纏った白いカーディガンとスカートが風で僅かに揺らめく。
「私は忌魅木白葉。貴方に、私の姉さん達を止めて欲しい。その為に力を貸しに来た」
「白葉? 2人から君の事を何も聞いてないんだけど」
「それについては後で説明する。今は合流する事を優先して」
「合流、って、山神達と?」
「正確には稲守エリカと。計画を止めるには彼女の力が必要になる」
状況がさっぱり理解出来ていない桜を他所に、白葉は足早に歩き出す。
「早く来て。その為にそのプラグローダーも用意したんだから」
「あ、うん」
言われるがままに立ち上がり、後を追う桜。腕に嵌めたプラグローダーの色を見た時、初めて変身した時のものと同じ様に見えた。いくつもの戦いを経る前の、穢れや苦しみを知らない無垢な銀色。
桜にはそれが何かを伝えようとしている様な気がしてならなかった。
続く