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一縷の希望を掴んで

 

 地球を飛び出したユグドラシルが向かうのは、サーバーノア。制御していた人格プログラムは既に封印している為、ユグドラシルが外部からコード入力を行うだけだ。

『衛星外装に到着。コード、入力開始。0、0、1、3、M……』

 最後まで入力されたその時が、人類が地球から消え去る時。ユグドラシルの中にはもう既に怨念や悲哀はない。ただ自身に課せられた義務として、この行いを遂行するのみ。

『A、0……』

 だが、突如飛来した光線によってコード入力を阻まれる。リンドウではない。顔を上げた先にいたのはユグドラシルが予想していなかった存在だった。

『ノア……? データは、奥深くに封印した筈デス』

「うん。おかげでこの姿になれるまで拘束プログラムを解除するのは骨が折れたよ」

 ノアは変身した姿でユグドラシルの前に立っていた。しかし所々身体にノイズが走っている。未だ完全ではないようだった。

「そして残念な事に、私と君とじゃいつまで経っても決着は着かない。私では君をこの世から消せない、だが私がいる限り君は衛星を好きに使えない。私の本体である衛星が無ければ君の願いは成し得ないだろうから、破壊する事も選べない」

『この問答に意味はありマセン。衛星ノア、再び貴方を衛星内に封印スル』

「問答に意味はあるさ。君がどんな存在なのかを一目見ることが出来たし……」

 ここでようやくユグドラシルは気がついた。背後に迫り来る忌まわしい気配に。

「君を終わらせてくれる存在が来るまでの時間を稼げた」

 そう言い残すとノアは姿を消した。だがそんな事に構っている暇はユグドラシルに無かった。


「追いついた!!」


 輝く竜に跨り、限りなく広い宇宙の中から自身を見つけ出した。この事実がユグドラシルの思考と情報処理を鈍らせる。

『……排除、スル。排除、しなくテハ』

 ユグドラシルは飛び立つ。その背から伸びる水晶の力で、無の空間である宇宙を高速で飛行。竜に跨るリンドウを撃墜すべく、光弾を乱射して弾幕を形成する。

 リンドウは竜の背から離れると、ユグドラシルと同様に翼の力で宇宙を泳ぐ。竜は彼に飛来する光弾を、口から放つ白銀の矢で相殺。リンドウをユグドラシルの元へ導く道を切り拓く。

 枝を絡めて纏めた七色の槍をユグドラシルが撃ち出すと、リンドウはそれを光の槍で打ち砕く。

『その、力さえ……その、コネクトチップの力さえ無ければ、私達は……』

 続け様に突き出された槍にユグドラシルの翼が貫かれ、衛星の外壁に両者はぶつかる。

 ユグドラシルの蹴りで吹き飛ばされたリンドウだったが、怯む事なく再び身体ごとぶつかる。何度身体を蹴られようと、何度頭を殴られようと、決して離さない。


『貴方達と出会わなければ、私達は私達のままでいられたノニ』


 至近距離で放たれた水晶の光線。それはリンドウだけでなく、ユグドラシルも同時に焼き尽くすもの。

「うっ、ぐぁ……!?」

 吹き飛ばされるがリンドウは諦めない。だが組みつこうとしたその時、


《Update Complete End of The World Finish!!》


 間を置かずに放たれた2射目の光線が眼前まで迫っていた。

「しまっ!!」

 しかし目の前を包む七色の光が阻まれた。竜がその身を呈してリンドウを守ったのだ。

 リンドウは、桜は知っている。今あの竜を操っているのは、地球で皆の帰りを待つ幼馴染。

「エリカ……!!」

 竜が吼える。身体を焼かれる痛みに抗い、光の激流を泳いでユグドラシルの元へ飛翔。その顎でユグドラシルを捕らえた。

『ナッ、ガ、ァァァァァァ!!?』

 衛星から引き剥がされ、竜とユグドラシルがリンドウの前へ躍り出る。

 恐らくこれがユグドラシルを救う最後のチャンス。プラグローダーをスライド。


《Hyper Evolution Loading!!》


 右腕に螺旋状の光を纏った。これが彼女達を救う為の、最後の鍵。


《FinalUpdate Complete!! Relief Finish!!》


 リンドウが突き出した拳はユグドラシルの胸の中央を確実に捉えた。だが温かな光は彼女達へ届いていない。

 最後の1枚。たった1枚の薄い障壁を突破出来ない。持ちうる限りの力、持ちうる限りの魂を込めて尚、伸ばした手が届かない。

 ここまで来て。


「届く! 届かせる! 届けてみせろ、桜!!」

「っ、彼岸!?」


 宇宙で聞こえる筈のない声。同時に打ち出された漆黒の長剣、クロスブレイクソード。

 その担い手であるヒガンバナは、《ヘルズドミネーター》となって最後の障壁を打ち砕こうとしている。

「今更壁を作った所で、俺達が諦めると思うな!!」

『ァ、ァ、ァァァ……!!!』

 ヒガンバナの叫びと共に、クロスブレイクソードの鋒が障壁にヒビを入れる。あらゆるものを破壊する力が、彼女達を閉ざす最後の殻を砕こうとしている。



「「ぅおおおおおおおおおっっっ!!」



 薄氷が割れる様な音を最後に、2人の意識は白い輝きに包まれた。





 去って行く母の背を追う事も、散らばった紙を拾う事も出来ず、ただその場に蹲って涙を流す事しか出来ない。お母様、お母様と、何度も呼び続けながら。

 あの時に見た幻覚、否、過去の映像の続きだ。ならば今、自身の目の前で泣いている幼い少女は蒼葉。

 桜は一歩踏み出した。これはもう夢でも幻でもない。握り締めたプレシオフォンが、桜の意識をこの世界へ導いてくれた。


 散らばった紙をかき集める桜の姿に、幼い蒼葉は気づく。過去にこんな記憶は存在しない。桜の事など本来は知る筈がないこの時間の蒼葉は、彼を不思議そうに見つめる。

「だ、れ……?」

「凄いなこれ。全部自分で考えて作ったの?」

 蒼葉の質問には答えなかったものの、拾い上げた紙を見つめる桜の言葉は、彼女が最も望んでいたものだった。

「……うん。お母様とお父様の発明を見て、自分で出来るだけやった」

「そっか。やっぱり、天才なんだな」

 自分が作ったものに興味を持ってくれた。自分に興味を持ってくれた。知らない筈の青年に、幼い蒼葉の心は惹かれていく。

「何処が、凄い?」

「……」

「ん? ねぇ、何処が凄いの?」

 途端に桜の目が震え始める。やがて彼が指差した箇所を見ると、蒼葉は呆れた様に溜息を吐いた。

「それ、中学生の数学で習う数式なんだけど」

「あれ? いや、違うんだ、えっ、と……っ、ごめん、頭悪くて」

「知ってる。桜がそんな感じだから、私も皆も……あっ」

 ここでようやく気がついた。幼かった蒼葉の身体は、既に成長した時へ戻っていたのだ。

「桜……」

「ここまでかなり時間がかかったけど……助けに来たよ、蒼葉」

「……本当、馬鹿なんだから」


 照れ隠しで口にした言葉さえ、涙で濡れていた。



 時を同じくして。


 呆然と立ち尽くす紅葉の前に現れた彼岸。あまりに突然だった為、幼い紅葉は目を丸くする。

「誰、お兄さん?」

「そうか。まだ俺を知らないのか。いつか出会う事になる、自己紹介はその時でいいだろう」

「へ?」

 奇妙な事を口走る彼岸を、紅葉は怪しむ様に見つめる。先程から父も母も、自分達以外の時間が止まってしまったかの様に動かない。

 手に持った鳥の様なスマートフォンに紅葉が注目している事に気がつき、彼岸はそれを手渡した。

「これ、何?」

「未来のお前が、未来の姉に渡されたものだ。これを使った時から、いや、これを使うと決めた時から、お前の運命が変わった」

「誰かに、やれって言われたから?」

 そう話す紅葉を彼岸は初めて見た気がした。自信がなく、自分の価値を自分自身が認められない。小さく震える肩がそれを示していた。

 きっと成長した後も、この考えを胸に秘めたまま生きてきたのだろう。幼い姿の彼女は、劣等感に満ちた彼女自身の心。だからこそ、ここで彼岸が伝えなくてはいけない事がある。

「いや。他の誰でもない、お前が決めた事だ」

 震えを彼岸の手が止める。

「嘘吐き。私、蒼葉と仲良くなんてないし。勝手に何かしようとしたって、邪魔扱いされるだけだもん」

「俺は嘘がつけない。未来のお前は間違いこそしたが、最後は仲間と、姉との信頼を築く。誰もお前を邪魔者だなんて考えていない」

「……本当、私ってあなたには敵わないわ。彼岸」

 呆れた様に、嬉しそうに、笑う紅葉の身体も、元に戻っていた。

「すまなかった。あの時お前を助け出せなくて」

「いいの。だって、あなたはここまで来てくれた」



 瞬間、閉じ込めていた思い出の世界に亀裂が走る。崩壊が始まったのだ。



      蒼葉

「「帰ろう、  。皆が待ってる」」

      紅葉



 蒼葉は桜に差し出された手を、紅葉は彼岸に差し出された手を、握る。


── イカナイデ ──


 しかし亀裂の間から湧き出た無数の黒い手が2人を引き止める。


 

── 外ハ怖イヨ ──


── 皆、皆、私達ヲ傷ツケル ──


── イッチャダメ、イッチャダメ ──



 そして、桜と彼岸を引き剥がそうと纏わりつく。



── カエレ、キエロ ──


── 私達カラ、妹ヲ取ラナイデ ──



 そう。蒼葉と紅葉とは違い、あの時命を散らした彼女達にとって、桜と彼岸は妹達を連れ去ろうとする敵でしかない。2人の言葉はきっと届かない。


 でも。



「姉さん達も、一緒に行こう」

 自らを掴む黒い手を、蒼葉は握り返す。


「姉さん達を、置き去りになんてしない」

 自らを掴む黒い手を、紅葉は握り返す。


── ……一緒ニ、行ッテ、イイノ……? ──




 蒼葉と紅葉の言葉なら、届く。




── イインダヨ。コレカラハズット、姉妹、一緒 ──



 亀裂から現れた白い手が、黒い手達を抱き締めた。




 ユグドラシルの身体は花弁が散る様に消失。蒼葉と紅葉を解放し、リンドウとヒガンバナは2人を抱き止めた。



 花弁達はやがて虹色の輝きを放ち、4人の身体を包み込む。地球を降りる際に生じる膨大な熱の洗礼から守ってくれているのだ。

 腕の中で眠る蒼葉と紅葉の顔は、全ての呪縛から解き放たれた様に安らかな表情だった。



「ありがとう、2人の姉さん達と……白葉」



続く

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