6.血壊舞踏
吸血鬼は様々なスキルを有している。
その内の一つが、『血液操作』。
文字通り、自身の血液を操ることが出来るスキルだ。
血の流れを加速させたり、意図的に固めたり。
傷口を塞ぐことも出来る便利なスキルだが、不老不死の肉体を持つ吸血鬼には必要のない。
言ってしまえばおまけみたいな力だ。
でも、そのおまけこそが、俺にとって最大の武器になった。
「血壊舞踏――血刀」
「な、なんだよその赤い剣! 一体どこから出しやがった!」
刃が砕かれた剣を握りしめ、男は怯えた顔で後ずさる。
たかだか武器を失った程度で動揺しすぎだ。
他の二人の男も、それに合わせるように慌てている。
本当にこれで用心棒が務まっていたのか……甚だ疑問に思う。
「謝るなら今のうちだぞ?」
「う、うるせぇ! どんな魔術かしらねーが調子にのんな!」
「魔術じゃない。これじゃ技術だよ」
「調子にのんなって……」
今の言い方が癇に障ったのか。
武器を持っている男二人が、その手をプルプルと震わせる。
「言ってんだろ!」
そのまま怒鳴り声をあげて襲い掛かってきた。
最初の一人と同じ、単調で遅い動きだ。
俺はヒラリと余裕をもって躱す。
「くそっ!」
「避けんじゃねぇ!」
純血の吸血鬼たちと、比べることすら烏滸がましいか。
いくら刃物を振り回していても、子供が駄々をこねて暴れているようにしか見えない。
「遅いな」
躱しながら血刀を振るい、二人の剣を斬り裂く。
真っ二つになった刃を見て、二人とも一気に顔を青ざめる。
これで終わりか?
「まだだ!」
叫んだ声に視線を向ける。
最初に襲い掛かってきた一人が、二人の後ろで魔術を発動させていた。
両手を前に突き出し、術式の円陣が青く光る。
魔術師だったのか。
あの術式は炎の……だが――
「燃やしてやるぜ!」
「それも遅いな」
血壊舞踏――
血刀の凝固を一部解き、小さな赤い球を生成。
赤い球を再凝固し、弾丸として放つ。
「彗星」
放たれた血の弾丸は音速を超え、人間には目視できない速度に達する。
弾丸は発動途中の術式に着弾。
術式は粉々に砕け散る。
「なっ……馬鹿な」
得意げだった表情は歪み、絶望の色に染まっていく。
剣術よりも魔術のほうに自信があったのか。
信じられない、という感情が顔に強く現れていた。
「術式の構築、発動までが遅すぎる。どんな術式も、発動させなければ等しく無意味なんだ」
「何だと……お前は一体……」
「言っただろう? 俺は吸血鬼だ。混血だけどね」
武器を失い、得意の魔術も破られた男たちは、怯えた表情で一歩ずつ後ずさる。
どうやら戦意も失ってしまったようだ。
今にも走って逃げだしそうな雰囲気を醸し出している。
もう十分思い知ってくれたかな。
物見客もだいぶ集まってきた。
これ以上の騒ぎになる前に、ここは離れた方が良い。
「これに懲りたら、相手を見下したり嘗めるのは控えるんだな」
と言っても、明日には忘れていそうだな。
俺は小さくため息をこぼし、しゃがみ込んでいる彼女に声をかける。
「立てるか?」
「え、あ、はい」
伸ばした手を彼女は掴む。
ぐいっと引っ張り上げて立ち上がる。
太陽に焼かれた傷も完治しているみたいだ。
「ここを離れよう」
「はい」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
街の外に森がある。
俺たちは森の中で、焚火を挟んで座っていた。
あれだけの騒ぎを起こしたから、街には居づらくなってしまったな。
「寒くない?」
「大丈夫です。それよりあの……ありがとうございました」
「気にしないで。困ってる仲間がいたら助けて当然だよ」
「仲間……」
彼女は俺の顔を疑うような視線でじっと見つめる。
「貴方も……吸血鬼なんですよね?」
「うん。君と同じ混血だ」
「ほ、本当に混血なんですか? 純血じゃないんですか?」
「え?」
何だ?
急に必死な感じを出して。
何かに縋るみたいに。
「残念ながら違うよ」
「で、でも! あんな力見たことない」
「あんな力? ああ、血壊舞踏のことか。あれは血液操作スキルの応用だよ。俺が独自に編み出した技だから、純血にも使えない」
純血の血液操作は体内でのみ有効だ。
俺の場合は、体外でも自在に操作できる。
その精度も効果も、純血のそれを上回っている。
「純血にも?」
「そう。君も俺と同じなら使える可能性はあるよ。まずは血液操作に慣れないといけないけど」
「無理ですよ。そんなスキル持ってませんから」
「え? でも俺と――」
いや、同じじゃないか。
さっき指輪をはめる時、彼女の体に触れて感じ取った。
彼女は確かに混血の吸血鬼だ。
だけど、俺のように純血と他種族の間に生まれた混血じゃない。
俺の吸血鬼度が大体五割くらいだとして、彼女の場合はもっと低い。
二割以下……いや一割と少しか。
さっきの男たちの彼女に対する扱いや態度、それに聞いたことのない言葉。
街の様子に違和感があるのも、何が原因なのか調べないと。
「えっと、あーそうだ。自己紹介してなかったな。俺はプラム、君は?」
「わ、私はラルフです」
「ラルフ、いくつか教えてほしいことがあるんだ。答えてくれるかな?」
「はい」
彼女から現代についての情報を集めよう。
もしかすると、俺が予想している以上に良くないことが起こったのかもしれない。





