4.1000年後の世界
一日、一月、一年……
流れていく時間を感じなくなったのは、いつからだろう?
修行に明け暮れ、研究にのめり込んでいくうちに、時間なんて気にしなくなっていた。
これが永遠を生きる吸血鬼の感覚だというのなら、やっぱり俺も吸血鬼なんだ。
ただ腹は減るし、眠くもなる。
そういう時は、人間らしさを感じたりもする。
そうして長い時間を過ごした。
一人閉じこもって、誰とも話すことなく。
ぼそぼそと独り言を口にする以外で、声を発することもなかった。
酷いときは、一月以上声を出さなくて、一時的に喉が潰れたこともあったな。
ああ、懐かしい。
待たせてごめんね、父さん。
母さんは見守っていてくれたかな?
「――ようやくだ」
準備は整った。
修行は完遂された。
もうここでやり残したことはない。
「さて、行くか」
俺は金色の鍵を握りしめる。
母の形見で、父が残してくれた大切な宝物。
部屋を出る条件は、入って来た時と同じ。
鍵に自らの血を吸わせること。
血を吸った鍵は赤い光を放ち、空間が歪んでいく。
異なる次元通しを繋ぐ術式が発動して、俺の身体を違和感が襲う。
この感覚も懐かしいと思っていると、いつの間にか薄暗い地下室に戻ってきていた。
「臭っ、相変わらずだな……ここ」
俺が閉じ込められていた地下室は、以前とかわらない見た目だった。
千年経っていて変わっていないのも不自然だけど、元からボロボロだったから、気づけないだけかもしれない。
千年前と同じく、見張りはいないようだ。
「不用心だな。でも、用心なんて必要ないのか。あいつらにとって俺は……その程度の相手だったわけだし」
だけど、今は違うぞ。
力を付けた今なら、純血とも渡り合える。
俺は拳を強く握りしめ、階段を上る。
途中、ふと思う。
俺が秘密の部屋に入っている間、純血たちはどうしていたのだろうか。
いなくなった俺を探し回ったのか?
それとも、気にも留められていなかったのか。
千年という時は、吸血鬼にとっては長いのかわからないけど、もしかすると俺のことなんて忘れてしまっているかもしれない。
「だとしても、顔を見れば思い出すか」
混血の俺は、一族にとっての汚点だ。
生きていると知れば、問答無用に襲い掛かってくるかも。
俺としては望むところだが、それよりまず、乗り越えるべき相手が待っている。
現在の時刻は十四時。
太陽が天に昇り、燦燦と光を照らす時刻。
混血の俺にとって最大の難敵――太陽。
その光を浴びれば、炎に包まれ灰になっていた。
千年前なら。
「眩しっ……」
太陽の光を浴びて、眩しいだけだ。
身体は燃えない、痛くもない。
「どうやらちゃんと、効果を発揮してくれてるみたいだな」
右手の中指にはめられた指輪。
この指輪の効果で、太陽の光を透過している。
正直、純血よりも太陽のほうが厄介な相手だと思っていた。
それの難所を乗り越えられて、心からホッとしている。
「駄目だ駄目だ! これくらいで安心してちゃ」
嬉しさはある。
だけど、あくまで一歩目に過ぎない。
純血との戦いが控えているんだ。
気を引きしてめて……
「何だ?」
何となくの違和感。
根拠も理由もない、不思議な感覚が風に乗って地下の階段へ入り込んできた。
まだ外の様子は見えない。
あと数段上がれば地上に出る。
ただ、あまり良くない予感もしていて、俺は意識的に足を速めた。
そして地上へ出た時、思わず絶句した。
「なっ……」
何だこれは?
そう言いたかったが、最後まで声が出なかった。
俺の記憶が正しければ、出口は木々に覆われていた。
千年前の記憶通りなら、木々の間から純血たちの集落が見えた。
長い時間が経っているんだ。
変化くらいはしているはずだと思っていたが、これはさすがに予想外すぎる。
千年後の、純血が暮らす吸血鬼の里は……滅んでいた。
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記憶に沿って、里を見て周った。
建物は確か二十かそこらあったはずだ。
吸血鬼のイメージからしたら簡素で、何もない部屋ばかりだったと思う。
寝る必要も食べる必要もない彼らにとって、棲家はそれほど重要ではなかったのだ。
「にしても……ボロボロすぎる」
管理していなかった、という状態じゃない。
明らかに破壊され、荒された形跡が残っている。
間違いない。
この地で戦いが起こったんだ。
それも例を見ないほど激しい戦いが。
「まさか……負けたのか? 純血が?」
ありえるのか?
神ですら迂闊に手を出せなかった奴らだぞ。
純血が負けるなんてありえない。
でもこの惨状を見る限り、勝利したとは思えない。
ざっと見て周ったが、どうやら自分以外に生き物はいないようだ。
木々も枯れ、大地も乾燥してひび割れている。
もはや生命が育つ環境ですらなくなっていた。
「嘘だろ……」
さっきまでの意気込みと決意を返してほしい気分だ。
ぽっかり胸に穴がい開いた、とまではいかなくとも、脱力感には襲われる。
まさかと思うけど、世界中がこんな状況じゃないよな?
「……確かめるか」
ここだけがそうなのか。
あるいは世界が……
答えを知るためには、里の外へ出なければならない。
無人になった里から、俺は堂々と外へ出た。
本当に予想外だ。
こんな形であっさりと、里を出られるなんて。