3.秘密の部屋
父と引き離された俺は、里の地下室に入れられた。
「プラム、今日からここがお前の部屋だ。出入りは自由が、この地を離れることだけは許さん」
部屋というより檻に近い。
鉄の柵に覆われて、明かりの一つもなかった。
立ち去ろうとする男に向って、俺は叫ぶ。
「何で! どうして父さんを追い出したんだ!」
「掟を破ったからだ」
「なら何で俺だけ残したんだよ!」
鉄の柵に触れた手がじりじりと音を出す。
焼けるように痛い。
鉄も混血の弱点の一つだ。
そんなことは気にせず、俺は柵を強引に開けて外に出た。
「掟を破ったなら、俺も一緒に追い出すべきだろ! なのに何で俺だけ!」
「違う……お前が混血だからだ」
「は?」
「お前のような半端者を、吸血鬼の同胞と思われるなど一族の恥でしかない」
「そんな……理由で……」
一瞬呆れて、怒りが湧き上がる。
ぐっと歯を食いしばり、俺は全力で駆けだしだ。
「どこへ行く?」
「決まってる! 父さんの所へだ!」
「それは無理だ。お前では――」
階段を駆け上がり、地上へ出ようとした。
先んじて出た右手が日光を浴びて、燃え上がる。
「ぐっ、う……」
「日の元を歩くことすらできない」
「くそっ……くそ!」
太陽の光が強すぎる。
この場所は標高も高くて、太陽にも近い。
街で一度焼かれた時より炎が激しく燃える。
日中は駄目だ。
なら夜に……
「そうでなくとも、お前だはこの地を抜け出すことはできない」
「ぐっ」
男はそう言って、俺を思い切り蹴飛ばした。
階段から転げ落ちて、部屋の前に倒れる。
起き上がろうとした俺に、男は重力を操る魔術を発動した。
「ぐぉ……あ……」
「立てないだろう? これが現実だ。弱点だけで、魔術すらロクに扱えない。そんなお前が、どうやって我らから逃げられると思う?」
冷たい言葉が胸に突き刺さる。
事実だ。
紛れもない現実だ。
俺は弱点だらけで、不完全な吸血鬼擬きに過ぎない。
無限の魔力を持っていても、それを扱う才能がない。
それでどうやって、純血の彼らを出し抜ける?
父ですら叶わなかった相手に……
部屋に戻された俺は、己の無力さを痛感した。
それから何日か、脱出を試みたけど失敗。
見つかってはボコボコにされ、なじられ馬鹿にされる。
「混血が純血に勝てるわけないだろ?」
「半端者が、分を弁えろ」
七回目の失敗を終えて、また部屋に戻された。
見張りもなく、抜け出すなら容易な環境でも、足が動いてくれない。
もうわかってしまっているんだ。
出た所で、すぐに見つかり連れ戻されると。
ちくしょう……何で……何で俺は弱いんだ。
こんな場所に入れられても、抵抗すら出来ないなんて。
カラン――
不意に足元から金属音がした。
目を向けると、落ちていたのは金色の鍵だった。
「これ……」
懐かしい。
俺が生まれた家の鍵だ。
父と母がともに過ごした思い出の場所でもある。
母が亡くなった日に、父が形見として俺に持たせてくれた物。
今となっては、母だけでなく父の形見にすら……
「父さん……母さん……」
思い出が溢れる。
決して楽しいだけではなかった毎日。
それでも、二人がいてくれたから幸せだった。
きっと二人も……同じだったと思いたい。
願わくば、あの頃に戻りたい。
もう一度二人と一緒に暮らしたい。
そんな思いは永遠に叶わないと知りながら、強く鍵を握りしめた。
痛みなんて気にせず、血がにじむほどに。
その時、金色の鍵が赤く光り輝いた。
「え?」
見たことのない光に、俺は声を失った。
そして強い光に包まれ、眩しさに目を閉じてしまう。
違和感が全身を襲い、次に目を開けると……
俺は見慣れない部屋にいた。
古い部屋だ。
埃まみれで手入れもされていない。
初めて見る設備や道具もある。
「何だ……ここ……?」
テーブルの上に、一通の手紙を見つける。
あて先には、俺の名前が書かれていた。
「これ、父さんの字だ」
父からの手紙には、この部屋について書かれていた。
地下室には秘密の部屋がある。
その部屋は、始まりの吸血鬼が過ごした部屋で、存在を知る者は里でもごく一部。
外部からも完全に隔離され、一切の影響も受けない。
出入りするための方法を知る者は、父一人だけらしい。
手紙の最後に、父は思いを綴っていた。
もしも一人になったとしても、どうか強く生きてほしい。
私と母は、お前の幸せを何より願っている。
「父さん……」
ポツリ、ポツリと涙が零れる。
父さんには、いずれこうなる未来が見えていたのかもしれない。
だからこうして、俺のためにこの部屋を残してくれた。
一人になっても強く生きられるように。
俺なら、純血の吸血鬼たちにも負けないと信じて。
「……やってやる。やってるぞ」
俺のことを半端者だと、あいつらは言った。
ならその半端者でも、純血に負けない力を手にしたら?
純血が何だ。
父さんも、母さんも間違ってない。
二人の想いは、決して半端でもなければ弱くもないんだ。
だから俺が証明してやる。
ここで力を磨いて、弱点を克服して……純血たちを打ち負かしてやる。
その後は堂々と里を出て、父さんを探そう。
「待ってて……父さん。見ていてくれ、母さん」
俺は強くなる。
混血が純血に劣らないことを、必ず証明してやる。
こうして俺は決意し、長い修行の日々が始まった。
部屋に残された道具を使い、書物で知識を付けて研究に明け暮れた。
そして――
千年の時が流れた。





