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2.悲劇の序章

 逃げて、また逃げて。

 各地を転々としながらの生活は、身体にも精神にも負担が大きい。

 ここで言う負担は、人間の母にとってという意味だ。

 純血の父や、混血とは言え吸血鬼の力を持つ俺はともかく、純粋な人間の母には辛く過酷な旅だった。

 母は俺たちを心配させまいと笑うが、次第に笑顔にも陰りが見え始め……


 そして、若くして母は旅立ってしまった。

 二度と会うことのできない場所へ。

 母はずっと病を患っていたようだ。

 必死に痛みを耐え、笑い続けた毎日に、母の強さを感じる。

 俺にとっても、父にとっても、母は支えだった。

 そんな母との別れは、死ぬことが出来ない父にとって、文字通り永遠の別れとなってしまった。


 残された俺たちは、しばらく何も手につかなかった。

 悲しみに打ちのめされ、身動き一つとれず蹲る父。

 その隣で涙を流していた俺の腹が鳴って、父は立ち上がった。


「……俺がしっかりしなければ。あいつの分まで、プラムを立派に育てるんだ」


 父の力強い言葉は、俺の耳にも届いていた。

 最愛の母を失った悲しみは消えない。

 それでも託された者の責任を果たそうという覚悟が伝わって……

 俺も涙を拭った。

 母の想いを受け継いだのは父だけじゃない。

 俺も……母の代わりに、父を支えなければ。


 もしも、母が俺たちを見たとき、ちゃんと笑ってもらえるように。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 最果ての山奥。 

 誰も寄りつかないような秘境に、小さな街があった。

 その街に名はない。

 あえてつけるなら、吸血鬼の里。

 純血の吸血鬼たちが暮らす街に、俺たちは足を運んだ。

 人里で暮らしていくには、俺たちは異質過ぎる。

 母がいなくなった影響も大きかった。

 そこで父は、一つの賭けに出ることにした。


「――ん? お前は……デビスか」

「はい。ご無沙汰しております」

「ふむ。で、その子供は何だ?」


 里に入った俺と父を、吸血鬼たちが出迎えた。

 出迎えというのはピリピリしていて、睨まれているようで緊張する。

 

「私の眷属です」

「ほう、眷属を作ったのか。何故だ?」

「ただの退屈しのぎの一環です。眷属を作ることは、別に禁じられていなかったはずでしょう?」

「……」


 父と話している男が、俺のことをじっと見つめる。

 疑っているのだろうか。

 フードで顔を隠し、日の光が当たらないように着込んでいるから、確かに怪しくは見える。


「……顔を見せてもらえるか?」

「はい」


 俺は言われた通り、被っていたフードを脱ぐ。

 黒い髪と赤い瞳は吸血鬼の特徴、加えて無尽蔵の魔力。

 それを見せることで、俺が吸血鬼であることを証明する。

 こういう展開を予想して、日が沈んだ頃に里へ入ったが、どうやら正解だったようだ。


「ぬしの名は?」

「プラムです」

「そうか……良かろう。長旅の疲れを癒すが良い」

「はい」


 男がそういうと、集まっていた他の吸血鬼たちが散り散りに去っていく。

 どうやら最初の関門は突破で来たらしい。

 表情には見せない父も、内心ではホッとしていることだろう。

 掟を破った者が、掟を定めた者たちの元に戻る。

 中々分の悪い賭けだが、異質な俺を育てる環境として、吸血鬼の里ほど適したものはなかった。

 だが、大変なのはここからだ。

 混血であることがバレないように生活しなければならない。

 幸いなことに、吸血鬼同士は不干渉が基本で、こちらの事情に入ってくる者はいない。


 順調だった。

 滞りなく、不便もなく日々は続いた。

 俺がもう少し大きくなって、自立できるまで成長すれば、こんな風に隠れ住む必要もなくなる。

 あと少し……もう少しの辛抱。

 気の緩みはなかった。

 

 そうだとしても、隠しきれなかった。

 なぜなら、俺の身体は成長していたから。

 人間とは違う時間の中でゆっくりと、しかし確実に変化していた。

 その変化は、永遠を生きる吸血鬼にはないものだった。

 俺たちへの疑いの目は、日に日に増えていく。


 そして遂に――


「デビス貴様……掟を破ったのだな!」


 俺たちの嘘は暴かれた。

 疑念の目が増え、問い詰められ、日の元に出されたことがきっかけだ。

 俺の身体はまた燃え上がり、死の苦しみを味わった。

 父が庇って燃え尽きる前に影へ入り、何とか助かったものの……


「日の元に出れぬ身体……やはり混血か」

「掟を破るなど……デビス! 貴様何を考えているのだ!」

「……申し訳ありません」


 父は同胞から非難された。

 罵詈雑言を浴びせられ、殴られ斬られ。

 吸血鬼は死なないだけで、痛みに強いわけではない。

 殴られる痛みも、斬り落とされた腕を見る精神的苦痛も、ちゃんと感じる。

 そうして、父はいたぶられ続けた。

 まるでストレスのはけ口にされるように。

 次第に治まって、落ち着いた頃、父は同胞に告げる。


「私とプラムは出ていく。もう二度と、この地へ足を踏み入れない。それでどうか……」

「いいや、出ていくのはお前だけだ。デビス」

「なっ、どういうことですか! じゃあプラムは!」

「混血の子供はここに残ってもらう。以後、この地から出ることを禁ずる。デビスお前は、すぐにこの地から去れ、そして永遠に近づくな」

「そんな! 待ってくれ!」


 父の前に、同胞が立ち塞がる。

 

「去れ!」

「父さん!」

「プラム!」


 暴れる俺を押さえつける男たち。

 父は抵抗しようとしたが、人数の前になすすべもなく敗れ去った。 

 まさしく悲劇だ。

 母を失い、父とも引き離されて。

 俺は……一人になった。

 

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新連載(再掲載)です!
氷結系こそ最強です! ~氷魔術しか適性が無いなど一族の恥だ! 家を追放された僕は小さくて可愛い大賢者様と修行して最強になりました。今更認められても……もう師匠と結婚すること以外興味ないので~

最後まで読んでいただきありがとうございます!
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ブクマもありがとうございます!

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