14.久しぶりだ
血壊舞踏は血液操作の応用だ。
本来、血液操作で操れるのは体内の血液のみ。
しかし俺の場合は、体外から離れていても自在に操ることが出来る。
その理由こそが、混血に魔術が扱えない原因でもあった。
「俺は最初、魔術が使えなかった。無限の魔力はあって、確かに感じるのに……上手く扱えなかった。魔力操作がおざなりなんだと思ったけど、実は違う。混血である俺の魔力は、血液と完全に融合していたんだ」
「何をペラペラと……」
「気にしないでくれ。ただのおさらいだ」
血液は絶えず流れ続けている。
魔力の流れと、血液の流れはそもそも違う。
血液と混ざり合っている俺の魔力は、当然ながら血液の流れに支配されている。
魔力操作で操ろうとしても、血液の流れには逆らえない。
そもそも気付いていなければ、操れているつもりでいただけだ。
「だがそのお陰で、俺は血液を自在に操る術を手に入れた。血液操作と魔力操作、二つを一緒に使うことで血は最大の武器になる。と同時に、一つの可能性に気付いた」
流れる血液を操り、前方に集める。
細い血の線が円を描く。
「俺に魔術が使えない理由は、魔力が血液と混ざり合えているからだ。魔力を単体で操れない俺には、術式を展開することすらできない……と思っていた。けど――」
「な、なんだ……それは……」
「単純な話だったんだ。術式の展開も、こうして血でやってしまえばよかった」
俺の血と魔力は結びついている。
ならば血で作りあげた術式にも、魔力は通っている。
「くっ、撃たせるな!」
「お、おう!」
本能的に危険を察知したのか、男たちが術式を再展開し始める。
しかし遅い。
俺は血を操り術式を構築しながら、流星雨を放つ。
「くそっ」
「遅いと言っただろう?」
「はっ! そっちこそ時間がかかっているようだが?」
「ああ、期待に沿えなくてすまないね。これは単に、見せびらかしているだけだよ。俺の目的を果たすためには、ただ勝つだけじゃ足りないんだ」
血壊舞踏の派生。
自らの血を操り、術式を構築する。
あとは血液に混ざり合った魔力を消費すれば、効果は発動される。
「血壊魔創――五番」
焼かれる痛みを思い知れ。
「旋炎」
血の術式から放たれるのは炎。
渦巻く炎はまるで、血が燃え上がったように赤い。
男たちは魔力障壁を発動させ身を守ろうとする。
赤い炎は障壁ごと削り取り、男たちの身体を燃やす。
さらには後方。
様子を伺っていた者たちをも燃やし尽くす。
「ぐあああああああああああああああああ」
「あ、熱いぃ」
「そう、炎は熱いんだよ」
知らなかったのか?
それとも、理解できていなかっただけか。
太陽に焼かれる痛みはその程度じゃないんだぞ。
「血壊魔創。血で術式を構築して魔術を放つ。原理は単純だけど、これが結構難しい。血と魔力じゃ扱い方の勝手が違うからね。複雑な術式も出来るけど、少しでも描いた術式に綻びがあれば暴発する。だからまぁ、慎重に扱わないといけない」
ただ、実際の戦闘でそこまで気を回せない。
相手が純血ともなれば、細かい所まで考える余裕もないだろう。
ならどうするか。
俺が扱う術式はシンプルかつ、効果的なものに限る。
そうして考案した新術式の一つが、今の旋炎だ。
「く、くおあ」
「そう喚くなよ。火力はだいぶ抑えたし、ひどくて軽いやけど程度だ」
「な、なら何でう」
「動けないか? さっきの炎は赤かっただろう? あれはただ赤いわけじゃない、炎には俺の血が混ざっているんだ。それをお前たちは浴びた」
説明しながら無造作に近寄る。
地面に倒れた誰一人、上手く身体を動かせない。
俺は男の前にしゃがみ込む。
「知っているか? 吸血鬼の血っていうのは、他種族にとって本来毒なんだ。少量でも採り込めば、しばらく魔力操作はもちろん、身体の自由が利かなくなる」
「そ、そんなこと……」
「知らなかったか? そう、知らないんだよお前たちは……純血の恐ろしさも、混血の可能性も」
胸のバッチを奪い取り、立ち上がる。
「だから負けるんだ」
知らないから教える。
思い知らせる。
そのために俺は強くなったんだ。
「さぁ、試験を続けよう」
その後、俺はバッチ三二七個を獲得。
ラルフも俺のサポート受け、三十個を獲得した。
例年の平均は一人十七。
合格者は最低ニ十個を所持しているらしいから、俺もラルフも問題なく、試験には受かっているだろう。
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「あの……ありがとうございました」
「どういたしまして。でもラルフだって頑張ってただろ」
「いえ私は……プラムに比べたら」
「俺と比較しちゃだめだよ。事実年季が違うんだし」
帰り道。
夕日が沈み、夜空の星が輝き出していた。
もうすぐ宿屋に到着する。
「プラム……後で大切なお話があります」
「話? 今じゃだめなの?」
「はい」
ラルフは真剣な表情で返事をした。
何となく話の内容は予想できるけど、今は聞かないでおこう。
「わかった」
「ありがとうございます」
彼女がお礼を言った数秒後、俺は無言で立ち止まる。
「プラム?」
「……悪いけど、先に帰っていてくれないかな?」
「え?」
「すぐ戻るから」
「……わかりました」
宿屋はすぐ目の前だ。
この距離なら危険はないだろう。
「さて……やっぱり身を潜めていたか」
この気配は忘れない。
千年経とうと、忘れることはあり得ない。
「純血」
屋根の上から俺を見下ろしている。
フードとマントで全身を隠しているが、漂う魔力までは隠せていない。
いや、おそらく俺にだけ気づかせたんだ。
顔は見えないけど、あれが純血だということは間違いない。
「驚いたな」
「俺が生きていることに? それとも戦えていることに?」
「どちらにも……が、好都合。こちらへ来い。共に人類を……世界を壊そう」
差し伸べられる手。
予想通り、彼らは人類を恨んでいて、いずれ報復するつもりらしい。
「もちろん断るよ。俺が一体何のために修行してきたと思ってるんだ?」
「過去に囚われるな。今の世界は、我々にとっても、お前たちにとっても生きにくいはずだ」
「それは自分で何とかする。あんたらのやり方には従わない。わかってないようだからハッキリ言っておくぞ」
俺は拳を握り、右腕を突き出す。
「俺は純血を超えるために強くなったんだ。純血も、世界も、俺の力で覆してやる」
「……後悔するぞ」
「生憎だけど、そういうのは全部……千年前に置いてきた」
後悔はない。
あるのは意志だけだ。
「……残念だ」
純血は姿を消す。
思惑を語り、相いれないと知って立ち去った。
いずれ彼らは報復に現れる。
世界を敵に回して、争いを起こす。
ならば俺は、その対に立とう。
「ここからだ」
俺の戦いは、ようやく始まった。
 





