13.年季の違い
昼食を済ませ、あっという間に時間は流れる。
案内された実技試験会場は、入り口が闘技場になっていた。
一対一など、少人数の決闘や訓練に用いられる闘技場に、次々受験者が入っていく。
その闘技場を抜けた先に、屋外訓練場と呼ばれる広大な土地が広がっていた。
山、川、森、草原、渓谷……など。
人工的に作られた地形が複数繋がっていて、環境に合わせた訓練にはぴったりな場所と言える。
校舎よりも広い訓練場は、万を超える受験者が立ち入っても十分すぎる。
「そうはいっても入り口は大混雑だな」
「仕方ありませんよ。ここしか入り口はないらしいので」
つめつめの行列に流されながら、俺とラルフも実技試験の会場入りを果たす。
やっと闘技場まで到達したが、ここからさらに混雑して。
前後左右の人にぶつかり、もまれながら進む。
「っ、痛」
「あ、すませ――なんだ吸血鬼か。ぶつかってくんじゃねーよ」
「え、うっ、ごめ――」
「謝らなくて良い」
ぶつかって責められて、反射的に謝ろうとしたラルフを俺が制止する。
人混みの中でぶつからないように歩くことは難しいし、押されて背中に当たってしまったのも事実だが……
「あんな態度の奴に謝る必要ないよ。別に君が悪いわけじゃないんだし」
「プラム……」
「んだと? 吸血鬼の癖に生意気言うじゃねーか」
「何とでも。腹が立つなら試験でかかってくると良い」
煽りには煽りで返す。
険悪な雰囲気をギリギリで保ちながら、俺たちは闘技場を抜けた。
屋外訓練場に入ってからは、各自好きな場所に移動する。
俺とラルフは森へ向かっていた。
「あの、プラム」
「何だ?」
「どうして煽ったりしたんですか?」
「向こうが先だろ?」
「そうですけど……」
歩きながら、ラルフはチラッと後ろを見る。
俺たちの後ろから、さっきぶつかった男と一緒に、何人かついてきていた。
「目を付けられましたよ」
「みたいだな。あからさまに後を付けてる。でも別に、開始地点が近いと反則とかいうルールもないんだろ?」
「わ、私が言っているのはそういうことじゃありません。ただでさえ吸血鬼は倒しやすいから、標的になるのに」
「大丈夫だよ。むしろ集まってくれたほうが好都合だ。どうせバッチをたくさん集めないといけないんだし」
隠れられたり、遠くから邪魔されるよりずっと良い。
ラルフが心配する理由もわかるけど。
後ろを改めて見ると、徐々に人数も増えてきているようだ。
彼女の言った通り、俺たち吸血鬼は標的になりやすいらしい。
日光を浴びれば燃え、炎にも弱く、魔術も中途半端にしか扱えない。
そういう種族だと認識されているから。
「今も、森を選んだのは日をよけるためって思われてるだろうな」
「はい」
森を選んだのは敢えて、だ。
日が苦手だと思わせるために、さっきから影を選んで歩いている。
とことん油断してもらおう。
それから思い知ってもらわないと。
「そろそろ時間か」
「はい。この辺りにしますか?」
「そうだな」
ほどよく木々も少なくて、良い感じに開けている。
戦う場所としては申し分ない。
俺が立ち止まってから、ラルフも足を止める。
振り返ると、彼らも同様に足を止めた。
ざっと二十人くらいか。
もっと集まってるかと思ったが。
「そちらの方々はお友達かな?」
「いいや? 違うぞ」
「じゃあ何で一緒に行動しているんだ? しかもわざわざ俺たちの後を付けて」
「わからないか? お前らが楽な餌だからだ! そうじゃなくても生意気な口をきいて、みんな腹が立っているんだよ」
そう言ってニヤやける男とその周り。
見た所、集まっているのは人類種だけのようだ。
「まったく卑しいな」
俺が小声で呟いた直後、試験開始の鐘が鳴り響く。
「さぁ時間だ! たっぷりさっきの礼をさせてもらおうか!」
「プラム」
「大丈夫。俺の後ろへ」
「はっ! 格好つけんな!」
彼らは両手を前に突き出し、術式を展開する。
炎属性の魔術。
吸血鬼の弱点の一つ、炎で焼き殺すつもりかな?
だとしても――
「遅すぎる」
展開して、発動までのタイムラグ。
これなら街の用心棒のほうが早かったな。
拍子抜けだ。
「血壊舞踏――」
俺は強く拳を握り、手のひらから血液を放出。
放出された血液は小さな球体を複数形成して、正面に漂う。
「燃え尽きろ!」
「流星雨」
相手の術式が発動する。
よりも早く、血の弾丸が雨のように放たれ術式を破壊した。
「なっ……」
「のんびり屋さんだな」
「馬鹿な……何をして――」
「血壊舞踏は俺の血液を操る技で、今のは高圧縮した弾丸を飛ばしただけだ」
「血液だと?」
そう言っても彼らは納得しない。
魔力に干渉できるのは魔力だけだ。
血液を飛ばそうと、石を投げようと、魔力の塊である術式を乱すことはできない。
魔術の対応策はいくつかあるが、一番確実なのは術者を倒すこと。
次に発動されてしまったら、結界で防御したり、避けたりが普通。
展開された術式を破壊するのは、その中でも最も難しい手だ。
「本来、術式の破壊には手順がある。だが、俺の血液には魔力が溶け込んでいるんだ。だから直接ぶつけるだけで、魔力の流れを乱せるのさ」
「何を言ってる……血を操る? 血に魔力が? そんな力、お前たちにあるわけ」
「あるんだよ。お前たちが知らないだけで、吸血鬼は多芸なんだ」
自在に動く血を前に、彼らは違和感に苛まれる。
目の前にいる俺が、本当に吸血鬼なのかと。
「今度はこっちの番だ」
さて、場も温まってきた所で。
年季の違いを見せつけてやろうか。





