11.王立ワルフラーン学園
王都に到着して一週間と少し。
隠れるように暮らしながら、入学試験を待った。
思ったよりも早く試験日になる。
千年間を過ごした俺にとって、数日は時間のうちに入らない。
ラルフにとっては緊張で、それどころじゃなかったようだけど。
「今から緊張してどうするんだ?」
「わ、わかってますけど……」
俺とラルフは試験会場である学園の敷地内を目指していた。
人気の少ない早朝に出発したが、目的地に近づくほど人影が増えていく。
ほとんどラルフと同年代くらいの男女で、種族もバラバラ。
人間がほぼすべての王都では、とても珍しい光景……という話を、開店準備に勤しむ労働者が話していた。
「確認するけど、俺もちゃんと受けられるんだよね?」
「受けられます。誰であれ、どの種族であっても。指名手配されているような危険人物でなければ」
「指名手配はされてないから安心だな」
されていても、千年前の純血たちだろう。
現代で俺のことを知っている奴は、おそらくいない。
「まずは知られる所から……か」
「あの……以前も話しましたけど、変に目立たないほうが良いと思います」
「余計なちょっかいが増えるから?」
ラルフはこくりと頷く。
確かにと思いながら、俺は周囲を見回す。
歩く速度は落とさないまま、道行く人や、同じ方角へ進む者たちを観察する。
その中に吸血鬼の姿はない。
周りの者たちも、日の元を歩ける俺とラルフが吸血鬼だとは思っていないだろう。
何もしなければ溶け込める。
誰も気づかない……俺たちのことなんて見ていない。
「それじゃ駄目なんだよ。今の……吸血鬼の立場は弱すぎる。目立つとしても、悪い目立ち方しかしてこなかったからだろうけど」
「仕方ありませんよ。日の下では生きられません」
「そう。吸血鬼は日陰者……その時点で大きなハンデがある。まずは周囲の認識を正さなきゃな」
「だから目立つんですか?」
「別に目立つことが目的じゃないよ。あくまで試験を突破することが最優先。そのためにこの一週間、現代の常識をラルフに教わったんだ」
試験は二部構成。
午前中に受付を済ませ、各教室に分かれて筆記試験を行う。
内容は例年違うが、大まかに現代の常識や魔術やスキル等の知識を問われる。
大体はわかるだろうけど、現代の知識なんて引き籠っていた俺にはない。
筆記で基準点を下回るとその時点で不合格らしいから、後の実技試験も意味がなくなってしまう。
「普通は筆記で落ちる人なんていませんからね」
「よほどの馬鹿を振るい落とすための筆記試験って感じか」
「はい。なので重要なのは午後の実技です。力を示し勝ち残ることさ出来れば……」
話ながらラルフは、握りこぶしをギュッと作る。
勝ちたい、勝たなければならないという想いが溢れて、身体に力が入っているようだ。
気持ちはわかるが、そんなんじゃ最後までもたない。
「そう気負わなくて良い。俺も一緒にいる」
「は、はい。いざという時は……頼ってしまうと思います」
「悪いことみたいに言うなよ。仲間なんだから助け合って良いんだ」
「仲間……そうですね」
仲間という言葉はしっくりこないのか。
一人で村を出て、一人で戦うことを覚悟していた彼女にとって、俺との出会いは予期せぬハプニングだったのだろう。
そうでなくても、吸血鬼に味方するような物好きは現代にいない。
試験の前から、ずっと孤独感と戦ってきたはずだ。
ならせめて、彼女の覚悟が実を結ぶように、混血の先輩として導こうじゃないか。
「……確かに力が入るな」
そうこうしている内に、俺たちは試験会場の敷地内へ入り込んでいた。
周囲の建物の雰囲気がガラッと変わる。
民家やお店はなくなり、歴史を感じる古い校舎がいくつも建っていて、道の両端には木々が植えられている。
近くを歩いている全員の足先が揃い、しばらくして人混みに入った。
到着した頃にはもう、学園の広場は人で埋め尽くされ、前すら見えなくなっていた。
「すごい人数だな」
「世界中から集まりますから。あっちが受付です」
指をさしたのは長蛇の列。
受付ごとに列が出来ているらしい。
「あれに並ぶのか……」
「いきなり嫌そうな顔を見せないでください。一時間くらい終わりますよ」
「時間は別に良いよ。そうじゃなくて、退屈そうなのが嫌なんだ」
そう駄々をこねても並ばなくては進めない。
俺たちは一番少ない列に並んだ。
それから彼女の予想通り一時間くらいかけて、受付カウンターに到達する。
「お待たせいたしました。まず種族を教えて頂けますか?」
「吸血鬼です」
「……わかりました。ではこちらの灰色のバッチをお取りください」
受付のお姉さんは、あからさまに嫌そうな顔をした。
第一に種族を聞く当たり、街の店と同じだな。
種族がわかるように色違いのバッチを付けさせるのも、差別の一環に思える。
「あとはこちらに必要事項を記入ください」
「はい」
名前と年齢……魔術適性とスキル。
志望動機もか。
この辺りは試験に影響しないらしいし、適当に書いておこう。
年齢は千と……いや、これもラルフに合わせるか。
現代の吸血鬼、その平均寿命は三百から七百年。
永遠を生きた純血とは大きな違いだ。
長寿をうたっているエルフでも千年弱だし、当時の戦いを直接知っている種族はいないかもしれないな。
 





