1.鉄の掟
世界には数多くの種族が存在している。
どの種族も個性的で、それぞれに良さがあり、反対に欠点もある。
誰が一番かなんて、簡単には決められない。
だけど、最も優れた種族が何なのかは明白だった。
不老不死の肉体。
数多のスキルを有し、あらゆる魔術に適性を持ち、底なしの魔力量を誇る。
弱点は存在しない。
少数ながら、その気になれば世界を支配することも出来る。
全ての種族の頂点であり、最古の一族。
その名を――吸血鬼。
見た目は人間と変わらない。
特徴的なのは、ルビーのように赤い瞳と黒曜石のように黒い髪。
そして肌は、男女問わず透き通るような純白。
不老不死である彼らには、食事や睡眠は必要ない。
生きるという行為に制限のない彼らにとって、それらは単なる娯楽に過ぎない。
何でも出来てしまう彼らの天敵は、退屈だった。
慢性的に見舞われる退屈を紛らわす何かを、彼らは求めていた。
故に、退屈を解消するための努力を惜しまない。
それが成されるなら、何をしてもかまわない。
そんな吸血鬼にも、唯一普遍の掟があった。
吸血鬼は、他種族と交わってはならない。
交流は制限しない。
ただし、身体を混じらわせ、子を生すことは許されない。
そして、この掟に背いて生まれたのが……
「オギャー、オギャー」
俺だった。
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父の名はデビス、純血の吸血鬼。
ある日、暇を持て余していた彼は人里に足を運んだ。
退屈を解消する何かを探す目的もあったが、半分以上は戯れでしかなかった。
他種族なんて、吸血鬼の足元にも及ばない劣等種族。
自分たちより劣る者たちが、自分たちの退屈を解消できるはずもない。
それが吸血鬼たちにとっての共通認識だった。
そんな中、父は彼女に出会った。
母の名はミリス。
ただの人間で、小さな町で生まれた女性だった。
他人から目を引かれるような物は何一つ持っていない。
自由奔放で天真爛漫。
他種族から恐れられる吸血鬼を前にして、態度を一つも変えない。
度胸があるのか、単なるの馬鹿なのか。
どちらにせよ、そこを父は気に入ったという。
二人はともに時間を過ごし、恋をして、夫婦となった。
母の奔放さに振り回されながら、父は日々を謳歌していく。
退屈の文字は、いつの間にか頭から消えていたらしい。
そうして、二人は子供を作った。
父は長らく吸血鬼の里に戻っていなかったが、鉄の掟まで忘れたわけではない。
母も父から聞いて、掟のことを知っていた。
それでも二人は、子を成す道を選んだ。
理由は互いを想い。
永遠を生きる吸血鬼と、僅かな時の中でしか生きられない人間。
いずれ必ず別れは来る。
父は母のために、互いの愛を形に残したかった。
母は父のために、自分がいなくなっても、彼と共に生きてくれる存在を残したかった。
後悔はなかった。
例え掟に背いて罰を受けようとも、互いの想いに応えられたのなら本望だと。
だが、掟には必ず理由がある。
破ってはならないならないから、掟は守られる。
それを実感する機会は、すぐに訪れた。
ある日、晴天にて――
「ぅ、あああああああああああああああああああ」
「な、なんだこれは!?」
「プラム! プラム! どうして? ねぇ貴方、プラムの身体から炎が!」
日の光を始めて浴びた瞬間、幼い俺の身体は燃え上がった。
生まれて間もない赤子だったけど、その時の痛みは激しくて、強く記憶に刻まれている。
全身が文字通り炎に包まれて、焦げて、溶けて、消えてしまいそうだった。
慌てて二人は日陰に入り、父が魔術で炎を消すと、俺の身体はすぐに再生して事なきを得た。
その後、父と母は調べた。
俺の身体に何が起こったのか、その原因を。
結論は、弱点の発現だった。
太陽の光に弱い。
炎に弱い。
聖なる力に弱い。
十字架に弱い。
鉛に弱い。
完全無欠で弱点などないはずだった吸血鬼。
しかし人間と混ざり合ったことで、隠れていた多くの弱点が露出してしまった。
無限の魔力に数多のスキル……吸血鬼としての特性はもちろんある。
だが、それ以上に弱点の存在は大きな足かせとなった。
日の元を歩くことは叶わず、食事や睡眠という生命維持に必要な行為もしなければならない。
不老不死ではなく、限りなく不老不死に近い存在となった俺には、父と違い死の概念が存在する。
二人は早々に理解した。
なぜ固く掟で禁じられていたのか。
この掟を作った者は、きっと知っていたのだ。
吸血鬼の血に、他の血が混ざることで何が起こるのかを。
それを理解した上で、二人は俺を守るために尽力してくれた。
少しでも弱点を補い、普通に暮らせる方法をないとかと。
しかしそんな二人を……いや俺の存在を、周囲は認めてくれなかった。
「あそこの子供……太陽の下に出れないそうよ。何でも焼かれてしまうそうなの」
「それってまさか、悪しき存在だからじゃ」
「きっとそうに違いないわ」
最初は小さな噂でしかなかった。
それがどんどん大きくなり、尾ひれがついて広まる。
噂は人々の恐怖と不安を煽り、俺たち家族を村から追い出した。
それから俺たちは、各地を転々として生活した。
どれだけ蔑まれようと、石を投げられようと。
二人は俺のことを、必死に守ってくれた。
久しぶりのハイファンタジーです。
楽しんでいただければ幸いです!