第8話:幸福な試練
世界は、、、こんなにもどんよりしている。
朝一番で学長室とは、、、初パターンだ。
父さんと母さん、学長の北斗おじさん。
そしてヘンゼルさん。エルフ族の天才で、多くの同族から慕われている。
救星の一人なんだけど。ハッキリ言って、とっても怖い姉ちゃんだ。超絶綺麗だけど。
実はちょっとオレは苦手。ヘンゼルさんは頭が良すぎる。だからこっちも何を話していいのかわからない。
何よりヘンゼルさんは無駄なことは話さない。
論理的でない会話や合理的じゃない時間の使い方は大嫌いらしい。
つまり、子どもの相手は苦手だってこと。ガキだった頃、ヘンゼルさんはうちの家族と一緒に旅をしていたことがある。その間、ヘンゼルさんはオレにずっと超塩対応だった。今も昔も超絶綺麗だけど。
「光属性の精霊を一斉召喚をしたのね?」
「しました」
「光精霊の召喚はこの世界に残されていた【偉業】の一つなのよ」
「…… はい」
存じ上げております。
オレだって試しにやってみただけだし。そしたらできちゃっただけだし。
「それをあなたが達成した。間違いない?」
「間違いございません」
じっと瞳を見つめられる。
やっぱり超綺麗だ。短めに整えた金色の美しい髪。色白い肌に映えるエメラルドの瞳。まるで暗闇に浮かぶ半月のように魅惑的だ。
見つめるだけで癒されるような。高貴すぎて萎縮するような......
「学長。後でコロシアムをお借りしますね」
「それは構いませんが」
「実際に精霊を召喚してもらいます」
なるほど。
検証役ってわけか。
「大和とクルルに質問。陸人くんは?」
「あぁ。同属性の二重弱点化による虚弱性疾患―【二重症】」
それが今朝改善されたこと、その理由が精霊憑依にあること、憑依したのは光属性のペガサスであることが伝えられた。
「これも【偉業】ね」
無感情な表情で確認される。
ちいさく知ってますと答えた。
試しに光の精霊にお願いしてみただけだし。やってくれたのは光の精霊だし。オレが達成したわけじゃないし。
無言で見つめて訴えてみるけど、ヘンゼルさんには通じない。端的に説明しなさいと言われておしまいだ。
「精霊が憑依して陸人に調光の膜を同化してくれました」
「なるほど。合理的ね」
「徐々に体質改善も見込めるようです」
お茶をゆっくり味わって。超絶美女は小さく頷いた。
どうやら美味しかったらしい。
「私はね。同じ症状に苦しむ人に薬学的なアプローチを採ってきたわ」
「そうですか」
「時間の無駄だったようね。でも今後の無駄が省けたわ」
淡々と告げる表情には感情が見えない。
「お役に立てて何よりです?」
この回答で正解なんだろうか。表情が読めない...... まったく。
「偉業が同日に二件。さすがあなたたちの子ね」
あ、回答スルーされた。
父さんと母さんが苦笑して、ガキに振り回されるのは悪くないって笑ってる。
北斗さんも一緒になって苦笑してる。
「学長。コロシアムは止めておきます」
「よろしいので?」
「えぇ。ダンジョンに行きます。息子さんは預かるわね」
「え?」
ヘンゼルさん何て?
「あぁ。任せる」
「え?」
父さん?
「カイト迷惑かけちゃだめよ?」
「え?」
母さんも?
「じゃあさっそく。時間を無駄にしないで」
「え?」
「行くわよ?」
「……はい」
ということになった......
+++
洞窟のダンジョン第六層。ヘンゼルさんと二人っきり。
これはもう超絶美女とダンジョンデートだ。そう思って楽しむことにしよう。
会話を楽しみながら歩こう。
「ヘンゼルさん、、、なぜダンジョンに?」
「あなたを試すため」
「試す?」
確認ではなくて。試すと言ったよな今。
なんとなく嫌な予感がする。
でもどうやら答えてはくれないらしい。ヘンゼルさんの中で会話は完結したってことなんだろうな。
「お腹すきましたね~」
「…… 」
「ダンジョンに飯屋でも開こうかなぁ」
無反応だ。
どうやら無駄な会話と認定されたっぽい。
ふと立ち止まったヘンゼルさんは、無感情の表情を浮かべたまま口を開いた。
「光の精霊で弟を治せたのは偶然?」
「はい、、偶然です」
「論理的に思考し未来を確定できると判断して実行した。違う?」
「や、、えっと」
「症状の的確な分析と対応策の構想ね」
「……ありがとうございます」
「これは確かな知識や思考力の産物。それを偶然で説明するの?」
「ヘンゼルさん、、、質問が難しいです」
困った表情を浮かべてみるけど、全く通用しない。
全てを見透かすような視線に、汗がとまらなくなる。
「自分を偽るのは止めなさい」
そう言い放って、ヘンゼルさんはスタスタと歩いていく。
これ以上の問答は無意味と判断したに違いない。
それにしても不思議だ。
まったくモンスターが襲ってこない。
まぁ仮に襲ってきたとしても、ヘンゼルさんに勝てるレベルのモンスターはいないだろう。
ここは浅い階層だし。
特に会話もないまま。そして敵との遭遇もないまま。中層の大広間に到着した。
広大なスペースに天井からの鍾乳石、、、まさにダンジョンっぽい。
「敵がでないわね」
仕方ない、そう言ってヘンゼルさんはオレと距離をとった。
そのまま呪文を詠唱しシールドを展開する。
「あの、、、ヘンゼルさん??」
「仕方ないわ。私が相手になる」
「へ?」
「あなたはSランク。私もSランク……」
無表情のまま杖を掲げた。
「――っ!?」
背筋がぞっとして後ろに飛び下がる。
オレの判断は間違ってなかったようだ。
地面に落雷し、オレの足跡を焦がした。
周囲が焦げ臭いのは、攻撃がかすった服のせいだろう。
「…… マジですか?」
「いい勝負になりそうね」
救星の魔導士ヘンゼル。
呪文を戦略的に組み合わせる天才魔導士。しかも、超高速詠唱の達人。
その人が今、オレに開戦宣言をしたわけだ。
「開幕に歓喜せよ。滅びの音は我のもの。滅びの声は汝のもの……【ファウスト】」
超短文の身体強化魔法。
唱えながら腰を落として構えをとる。
ヘンゼルさんに長文詠唱魔法で勝てる気がしない。ここは肉弾戦に賭ける。
「何をしているの?」
「うわっと!?」
ヤバい…!
迫り来るシールドの群れ、、、いったい幾つあるんだよ!?
地べたを転がっても、、、やっぱり全部かわしきれない。
「クソっ」
眼前に迫ったシールドを拳で殴りつける。
シールドと拳がぶつかる鈍い音が響いて、、、拳が勝利した。
粉砕されたシールドが消え去っていく。
「やるわね」
「へへへっ」
完全にまぐれだけど。
「笑ってる場合なの?」
クソ!いつ詠唱したのかわからない......
巨大な水球がヘンゼルさんの頭上に浮かび、、、水龍の形状になっていく。
「いくわ…… 【水龍の舞】」
「ちょ、、、っと!?」
三又の龍。
それが大きな口を開けて襲い掛かってくる。
「第一の龍。視界を奪う」
直撃を交わしたのに。水龍が爆散した。
高温の水蒸気に全身が飲みこまれる。
「熱ぃ、、、」
「第二の龍が体を縛る」
考える暇もなく水龍が巻き付いてきた。
手足が水にめり込んで重くなる。
「第三の龍…… 汝を喰らう」
「くっそぉぉおおおお!!」
どこかの筋肉がちぎれるような音がするくらい、、、拳に力を込める。
まとわりつく水龍を引きちぎり、、、、ギリギリのタイミングで第三の龍の鼻っ柱に拳を叩きこむ。
「しゃあぁぁぁぁ!!!」
水圧に負けじと腹に力を籠めて、、、拳を振りぬいた。
水しぶきが爆発音とともに室内に広がって、、、ヘンゼルさんが笑う。
「第三の龍。止めたのはあなが二人め」
「はぁ、、はぁ、、、、はぁ、、」
ヤバい……
ヤバすぎますよ。
その笑顔。超綺麗すぎて直視できません。
「痛っぅ、、、、」
水龍を殴った拳と腕が悲鳴を上げた。
骨が折れているかと思ったけど…… 大丈夫そうだ。指も動く。
ただ、、、涙が出そうなくらい痛い。
「穢れなき心が汝を救い汝を癒す……【ヒール】」
ヘンゼルさんの回復魔法が痛みを緩和してくれる。
「ありがとうございます」
無表情のまま頭を撫でてくれた。労ってくれてるつもり、、、なんだろうか。
しかし撫で方がひどい。首がぐわんぐわん揺れ動く。力入れすぎです……
どうせならさっきの笑顔を見せていただけると嬉しい。
「スコアカード正しかったわね」
「……はい」
こんなのもう、認めるしかない。
Sランク、救星の魔導士ヘンゼルさんの魔法に対処できる身体。
「あなたのスコアは今、この星で三十番めに高い」
「そんなに、、、ですか?」
「あくまでもスコアカード保持者に限った話だけどね」
そっか。カードを持っていない強者もいるかもしれない。
「つまりアカデメイアに在籍する必要はないわ」
「え?」
それは、、、困る。
寮に入って、女子と仲良くなって、、、恋愛がしたい。
できたらナナちゃんと。
まぁ無理だってのはわかってるけど。
あと、いろんなイベントを楽しみたい。
三バカ兄弟もだ。一緒にもっとバカやりたい。
ここは頑張って在籍し続けよう。
「そして光の精霊」
そうだった。もう一度召喚できるかを試さなきゃいけないんだっけ。
「あなたを守るために常に控えてるようね」
ヘンゼルさんが右手の袖を捲った。
白くて美しい腕にうっすらと血筋が走っている。
「光の帝位精霊?」
『あぁ』
その問いかけに応えたのは……光だった。
周囲の光が寄り集まって光球になり空中に浮かぶ。
古代の書物に記載があった、、、そう言ってヘンゼルさんがうっすら笑った。
「帝位?」
「えぇ。彼らは上から二番目の高位にいる精霊とされているわ」
光球は無言でオレの両脇に控えた。
「あの、、、、お名前は??」
「主よ。我らに名はございません」
帝位精霊は存在であって個体名はないらしい。
どういうことだ??
「水は水、風は風、火は火という存在。彼らに光という存在名はあっても個体識別名はないということね」
ふむ。全くわからない……
でも名前がないなら付けてあげよう。
「アーサーとガウェインなんてどう?」
陸人が教えてくれた物語の登場人物だ。
すると球体が震え……明るくなっていく。
光のモヤから現れたのは少年時代のアーサー王と聖騎士ガウェイン。
オレが陸人の話を聞きながら想像していた姿にそっくりだ。
「これは、、、興味深い現象ね」
二体の帝位精霊が具現化像を付与されたと、またも難しい解説のヘンゼルさん。
でも、今日一番の笑顔で微笑んでおられる。尊い......
「我らは御身の剣と盾。常におそばに……」
言葉より速く二人は光になり消え去った。
「消えた?」
「正確には違うわね」
ヘンゼルさんが言うには、周囲の光が彼らそのもの、らしい。
名を呼べば先の姿を象って現れるだろう、とのこと。
なるほど。
「あ!? ひょっとして……」
ナナちゃんって名づけたらナナちゃんになってた?
いや、さすがにちょっと我ながらキモイ発想だなこれ。
止めておこう。
でもどうせ増やすならイケメン二体じゃないよな。美少女二体にしとけばよかった......
やり直しできないかなぁ。
さすがに無理だろうなきっと......
それに、「ごめん美少女にチェンジして!」って頼むのは…… 我ながらキモイ。
「バカなこと考えてないで帰るわよ」
「ひゃい!!」
な、なぜわかったんです?
オレの心が読めるんですか??
「大和そっくりね」
表情で考えていることが筒抜けらしい。
なんて笑えないジョークなんだ。
「…… 似てない、です」
ムスッとした顔で抗議する。
すると証明終了と、なんだか楽しそうにヘンゼルさんは微笑んだ。
けどその笑顔は一瞬で消え去ってしまう。
「……嫌な気配ね」
「え?」
「気のせい、、、だといいのだけど」
ダンジョン脱出魔法がいつの間にか発動し、入り口に辿り着く。
超高速詠唱、おそるべし。
「私はもう一度ダンジョンにもぐる。大和に‘星外’と伝えて」
「あ、、、」
声をかける間もなく姿が消えた。
移動の魔法を使ったんだろうか。
「アーサー、ガウェイン」
「ここに」
音もなく二体の精霊が姿を現した。
「ヘンゼルさんを追いかけて。何かったら助けてくれる?」
「承知しました」
こちらもあっという間にいなくなる。
光の帝位精霊、たぶんとんでもなく強いだろうし。
それにヘンゼルさんも強いし。
多分、大丈夫だろうな。
今日もありがとうございました。