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第79話:ルート

 


 ふむ。

 これは、まったくもって不要な情報なのである。

 誰にとって不要かって?

 全ての生命体にとってだよ。

 間違いないね。

 知る必要がない。そう断言していい。

 つまり、オレだけが知っていればいい。

 神々も知ってるだろうけれども。

 神々は生命体ではないので、放っておいてよいのである。

 ふむ。

 つまり、生命体の中で、知っているのはオレだけでいい。オレだけがいい。それが故にオレは今、葛藤を抱えているのである。

「カイト? 変顔浮かべて何してやがんだ?」

「いや、ちょっとその、ハルルの記憶を消そうかと。ぶん殴って」

「ほぅ? ケンカ売ってんなら買うぜ?」

 これこれハルルさんや。そういうとこ、よくないと思うよ? ケンカっぱやいって言うの?

「や、冗談だから」

「……」

「マジで冗談だから」

 だからその、天にも届きそうないかつい水竜のオーラを引っ込めなさい。ないないしてください。

「……つまんねぇなぁ」

「つまねぇとか言うなし。てか親友たるオレとのケンカを回避できたことを喜べよ」

「はいはいそうですね。とっても嬉しいですよ」

「ふ~ん。ハルル君は嬉しい時に、そんな変顔するんだぁ~。知らなかったなぁ~」

「だろ? てか、俺の記憶を消すって? 何のだよ?」

 ふむ。仕方ない。私的な理由で友を殴ろうとした詫びに、教えてやろう。変顔しながら。

「……最強のエルフ」

「あぁ。なるほどな。あの人のことか」

 おぃ。人の変顔スルーすんなし。

「……」

 次にハルルが変顔したらスルー決定で!

「あの人に関する記憶って……綺麗な人だってことくれぇしか思い当たる節がねぇんだけど?」

「……そうだよ」

 それであってますよ。

「てか、何をもじもじしてやがんだ? 何かキモイぞ」

「してねぇし!」

「それにしても……ふ~ん。記憶を消したいねぇ」

「何だよ」

 ニヨニヨすんなし。せっかくのイケメンが台無しだぞ? まぁ、この際、台無しになってくれてもオレは全然問題ないけどな。その方が世界が平和になるだろうし。

「へぇ~? ふぅ~ん? カイトがねぇ~」

「うっざ」

 何が言いたいんだよ。

「いやぁ、カイトがねぇ。まさかまさか……いっちょ前に独占欲ってやつか? え?」

「べ、別にそんなあれじゃねぇし」

「まぁ、いいんじゃねぇの? 新しい恋に向かってるってこったろ?」

「ち、ちげぇし!」

 オレには恋人がいるのであるからして! 決してオレとカグヤさんは別れていないのであるからして! 振られてはいないのであるからして! 単に冷却期間的なアレを設けているだけなのであるからして! ほんの……十年くらい。

「まぁ、いいや。新しい恋を認めたくねぇ気持ちは分かるしよ。とりま、そういうことにしておいてやろう」

「だから違うってば!」

 コイツマジデヒトノハナシキキヤガラネェ……。

「なぁカイト、よく聞け」

 お前が言うなし。

「人生の先輩からのアドバイスだ」

「なんだよ」

 急に真顔になって。何かキモいんだけど?

「いいか? 独占欲が生じるのはいい。そりゃ、誰にだってよぉ、大なり小なりよぉ、惚れた相手によぉ、自分だけを見ててほしいって思う気持ちが湧くってもんだ。でも、それを実際に言動に移す際は……いいか? 絶対に気をつけろよ? 少なくとも恋人関係にある相手だって免罪符が必要だからな? 付き合ってもねぇ相手によぉ、思いっきり独占欲をむき出しにすんのは……犯罪だからな? ストーカーだからな? たとえ付き合ってる相手だとしても、ほどほどにしとけよ? 行き過ぎた独占欲は相手にとっては迷惑極まりないどころか、恐怖心を与えることになるからな? めちゃめちゃ嫌われるからな? 分かったか?」

「お、おぅ。わ、わわわ、分かった!」

 分かったから。距離が近いから。顔が近いから。離れてくれない?

「てか、珍しくね?」

「あん?」

「ハルルが恋愛関係でアドバイスするなんてさ」

 オレ、ハルルのことは、下半身自由奔放ご立派様大権限教の教祖か何かだと思ってるから。だから、ハルルが誰かと長いお付き合いしたことないと思ってるし。だからだから、付き合う上での礼節みたいなもんを説くってイメージ、ハルルにはなかったし。

「まぁ、実体験ってやつだよ」

「実体験?」

「おぅ。ま、暇だから話してやろう」

「暇ってことはねぇだろ」

 現在進行形でそれなりに忙しいだろ。

 なにせオレとハルルは今、凍った湖面を駆けているのだから。

 今は遠くに消えてしまったけれども、ここ第二十六階層で、オレとハルルを待っていてくれたあのお方を追いかけて。結構全力で。

「まぁな。でも、話す余裕くらいはあるだろ?」

「当然」

 誰に言ってんだよ、誰に。オレだぞ? ランクS冒険者のカイト君だぞ?

「ってことで、聞いてくれ」

「おっけ。話してみろ」

「おぅ。その昔、一晩限りの相手だって思ってた女によぉ……斬馬刀振り回されながら追っかけられたことがあってな」

「は? 斬馬刀?」

「おぅ。冒険者だよ、冒険者。ヒュムの。酒場で盛り上がって意気投合してよぉ。で、たっぷり楽しい一夜を共にして、宿で別れたんだけどなぁ。翌夜に、俺が酒場で別の女とキスしてんの見かけたソイツが、ブチ切れちまってなぁ。で、追っかけてきやがったんだよ」

「追っかけてきた? お前の宿まで?」

「違ぇ。深夜に隣町までマラソンするはめになっちまったって話だ」

「マジか」

「実話だ」

「まさか……その間ずっと斬馬刀振り回して?」

「おぅ。表現を控えめにして言うけどな。追っかける間ずぅぅぅっと、叫んでやがったんだよ。その、俺の息子を斬馬するって……」

「……怖っ」

 ヒュンってなった。オレの息子さんが。

「ちなみにその街には二度と行かねぇって決めてる」

「そうしてさしあげろ」

 息子さんの健康と安全のために。

「だからお前も気をつけろよ?」

「え?」

「え?」

「いや……え?」

「何だよ?」

「だって今の流れだとオレ、斬馬刀もって追っかける方ってこと? そっちになるなってことじゃね?」

「そりゃそうだろ。お前が俺のように一夜の愛を楽しむ側ならまぁ、ストーカーされる側になる可能性はなくもねぇがな。いや、やっぱりねぇな。その可能性はよぉ。モテねぇもんなぁ。お前ほんとマジで……何でなんだろうな」

「……」

 そんなしんみりとした声音で、真顔で指摘する話題じゃなくない? 大親友のカイト君が傷ついちゃうよ?

「……」

「……はぁ」

「てめぇハルル……今のは何のため息ですかコラ?」

「悟りを開いた瞬間のため息だ」

「悟り?」

「モテるからって得なわけじゃねぇよなって悟りだよ」

「ほぅ?」

 嫌味ですかね?

 いや、嫌味ですよね?

 ぶん殴ってもいいですかね?

 いいですよね?

 ね?

「まぁ、聞いてくれよ。モテるからって得なわけじゃねぇって話だ」

「言ってみろ」

 場合によっちゃぶん殴るからな?

「これまたその昔の話だ。一夜を共にしたエルフの女冒険者が居てな?」

「へぇ」

 はい、ワンストライク。あとツーストライクでぶん殴るからな?

「もちろん、楽しくも激しい逢瀬だったわけだよ」

 大丈夫? 今のでツーストライクですよ?

「……それで?」

「で、束の間の休戦って言うの? いったん寝ようぜって話になって。で、夜にふと、目が覚めたわけだ」

「え? 休戦? お前が?」

「まぁ、朝からやってからな。で、腹も減ったってことで、昼過ぎに休戦してってわけ。で、飯食って、ちょっと寝て、起きてまたやろうって流れだったわけ」

「あ、なるほどね」

 朝からお盛んだったパターンね。まぁ、今のは単なる休憩の話題だったから、ワンボールってカウントにしてやろう。

「で、夜に目が覚めたんだけどよぉ。それがヤバくてよぉ」

「ヤバい?」

「真っ暗な部屋の隅の方から……変な音がしてよぉ」

「変な音?」

「そうそう。ゴリゴリ……グシャ……ゴリゴリ……グシャ……ゴリゴリ…ゴリゴリ……って感じのよぉ。何かを擦るような音だよ」

「え? まさかのホラー展開?」

「まぁ、ある意味でホラーだったな」

「それで? その音は? 何だったわけ?」

「それが……すり鉢を擦る音だったわけだよ」

「すり鉢って……あの?」

「おぅ。そのエルフの女、真っ暗な部屋でごそごそと、すり鉢で何か薬を調合してやがったんだよ」

「確かに不気味っちゃあ不気味だけどさぁ。まぁ、エルフならあり得るんじゃね?」

 目が覚めて暇だったから薬草を作ってたのかもしれない。まぁ、話の展開的には滋養強壮の秘薬かもしれないけど。

「だろ? 謎の音の正体も分かったことだし安心してもうちょっと寝よう―――そう思ってウトウトしてたんだけどよぉ……。はぁ……」

「え、まだ続くの?」

 今のところツーストライクワンボールですよ? 気をつけてな?

「そう。寝てる俺様の息子……玉の方まで、湿布薬を張り付けてきやがってよぉ」

「息子に? 怪我でもしてたわけ?」

「や、息子は超頑丈。だからまぁ、あっち系の効果のある薬を浸した湿布薬だと思って、されるがまま見ててやったんだけどな」

「それで?」

 ピッチャー、振りかぶりました。

「湿布薬の上から、網縄で息子と玉を絞ろうとしてきやがったわけ」

 しばっ⁉

 ここでまさかの牽制球だと⁉

 いや、餅つけオレ。ちゃんと情報を確認しよう。

「息子さんを縛るって言った? そういうプレイってこと?」

 場合によってはストライク判定に切り替えるからな?

「いや、分かんねぇからとりあえず、手を掴んで止めたわけですよ」

「ほぅほぅ」

「そしたらそいつ、ニヤリと笑いやがって……こぅ、呟いたんだ」

 ご、ごくり……。

「ねぇ? これ一つ、私に頂戴?」

「……怖っ」

 デッドボールです!

 危険球!

 ピッチャー一発退場で! むしろ交代させてあげて! 早く逃がしてあげて!

「だろ? で、話を聞いてみたら、俺の大事な玉を一つ寄越せってことらしくてよ。湿布薬は、痛覚を麻痺させるのと、失血を抑える効果のある薬だったってわけ」

「いや、そこじゃなくて。何で玉を欲しがったわけ?」

「あぁ、それな? もちろんやりながら焦らして焦らして……白状させたぜ? 薬の素材にすんのか? ってな。でも……違った」

「違った?」

 てか、息子を縛り上げようとする相手ともう一戦したところが、ハルルの怖いとこだよマジで。そして見事にスリーストライクだよ。ぶん殴ること決定だよ。

 いや、てかてか息子さんは麻痺の湿布薬貼り付けられてたんじゃねぇの? 麻痺耐性異常に高いの? 変態なの?

「何ジロジロと人の股間を見てやがんだ?」

「いや、麻痺耐性カンストしてやがんのかって思ってな」

「そんなん気合と根性と興奮で何とかなんだろ」

「ソウデスカ」

「何だよ?」

「……別に」

 その状況で興奮したんですね。

 変態ですね。

 あ、変態だったそう言えば。

「で、そいつが言うにはよ? 愛し合った男たちの最もすぐれた一部を収集して……ホムン何とかを創るんだって」

「ホムン何とか?」

 初めて耳にするな語句だな。

『ふむ。おそらくホムンクルス。人造生命体って意味の語句だ』

『人造生命体?』

『新たな生命を性交渉以外の手段で創造しようとするってことだ』

『なんでまた、そんなめんどくさいことを?』

『動機までは分からん。けれども、エルフってとこが気になる。神への挑戦、あるいは……』

『……自らが神であることを証明するため?』

『同意見。つまり例の関係者である可能性は高いと思うぞよ』

『だな。サンキュ、引きこもり神』

『おぅ。こちらでも探っておくが、お前も気をつけろよ……って言おうと思ったけど、まぁ大丈夫だな。うん、なんかごめん……』

『うるっっせぇな!』

 まったく。別に、思ってねぇからな? オレってモテないから安全です……とか思ってねぇからな? 勘違いするんじゃねぇぞ?

「カイト? 大丈夫か?」

「おぉ、大丈夫。てか悪ぃ。ホムンクルスの話だったな?」

「あぁ、それそれ! ホムンクルスって言ってた。てか、語句を思い出してもなんのこっちゃよく分からんが、とりあえずどんな理由でも玉をやる気はねぇって言って、やった後ダッシュで部屋を飛び出したってわけ」

 マジで最後までやったのかよ……。お前のメンタルどうなってんの? マジで。ご立派様が本体で、お前の意思はご立派様に握られてるわけ?

「ところでカイトさん? なんで今オレ腹を殴られたの?」

「イケメン税の徴収です。不本意ながらも王族の務めなので許せよ親友」

「理不尽な課税を続けると市民が革命を起こすぞ?」

「友よ、ご忠告耳が痛い。けれどもイケメン税の徴収に反対する市民の方が少数なので、安心するがよい」

「……確かにな」

 そこで認めちゃうのがイケメンの余裕ってやつですかね? 議論で負けてもモテ勝負には勝ってるって余裕のなせる大人の対応ってやつですかね?

「てか、話を戻すけどよ。最もすぐれた部分が玉ってところが、さすがにちょっと複雑でなぁ」

「そうなの?」

「まぁ、息子も優れちゃいるけどよぉ。腹筋とかじゃねぇのかよって話だよなぁ」

「や、まぁそうだけども。てか今の話、ストーカー関係なくね?」

「関係あるぜ?」

「そうなの?」

「あぁ。俺の玉を奪うまでは諦めねぇらしい。たまにそいつの手下どもが俺様を誘拐しようと、今でもたまに絡んできやがるからよ。玉だけに」

「キモっ」

 親父ギャク厳禁でお願いします。

「まぁ、冗談にでもしねぇとやってらんねぇんだわ」

「それはまぁ……たいへんかもな」

 執念深く自分の玉を狙う一味に付きまとわれてるって思うと、さすがに同情してやらんこともない。だって、別の男の玉でもいいだろうに。

「だろ?」

 ニヤリと笑ったハルルは、ひょっとしたら気が付いてるのかもしれない。そのエルフが、例の教団の関係者かもしれないってことに。

「もういっそのことさ。片玉くらい無料でサービスしてやれば?」

「絶対ぇ嫌だし。てかお前のやれよ」

「くぅっ。残念ながらオレは一途なのでそういった相手とは無縁なのであるからして」

「ま、確かにな。それにもしそういったことになったとしてもよぉ……最もすぐれた部位は息子さんじゃぁねぇもんな?」

「ほぅ? ケンカなら買うぞ?」

「いや、いい。弱者をいたぶる趣味はねぇ」

「ほぅ?」

 試してみやがりますかコラ? てか、トール先輩に邪魔されなかったら、さっきの勝負はオレが勝ってましたけど?

「だってそうだろ? 息子の勝負なら経験も成長度も俺様の圧勝だろ?」

「さぁ、先を急ごうハルル君。無駄な争いをしてる場合ではないのであるからして」

「あっそ。てかそれで? なんであの人に関する記憶を、俺から消すつもりだったんだ?」

「それはまぁ、いいじゃんか。別に」

 理由を実際に口出すと、すっげぇダサいことになるから。

「まぁ、言いたくねぇならいいけどよ」

「……おぅ」

 押す時はガンガン押してくるくせに、こういう時は、すっと引いてくれる。

 で、引く時は確実に、こっちの気持ちとか理由とかを察してくれてるんだよなぁ。ハルルからお兄ちゃん気質を感じる数少ない行動の一つで。とても心地いい。

『モテるハルルにあの人を奪われたらどうしよう? 的な? あるいはモテる奴にあの人を奪われたらどうしよう? 的な?』

『う、うるせぇし!』

 台無しじゃんかよ!

『少しはハルルを見習いやがれ!』

『ふむ。まぁ気持ちは分かるが……餅つくがよいぞ。あのお方は誰のものにもならないから』

『何でだよ? 運命が見えるのか?』

『いや、直感。神のな。偉大なる我を信じよ!』

『……分かった。信じることにする』

『ほぅ? 珍しく素直だな?』

『だって信じる者は救われるって言うじゃん?』

『ふむ。まぁ、気にはなる言い回しで張るけれども。オレへの信仰が篤くなるのであれば、信じる理由はどうでもいいか』

『うわぁ。神様としてどうなのそれ』

『いいんだよ。だって神だからオレ! あ、神お腹すいた! じゃあな!』

『はいはい』

 マジで疑わしい言動しやがるけども。

 引きこもり神は、どうやら間違いなく神だ。

 なにせ魔法を生み出してくれるし、いろんなことを教えてくれるし。あの超絶有能いい人なイケボさんがコイツの味方だし。ちょびっとは信じてやってもいいかもしれない。ほんのちょびっとだけだけど。

「おぃ、カイト。追いついたぜ」

「お、おぅ」

 ハルルが指さした先。

 小高い雪の丘。

 その頂上で、緑のローブを羽織ったエルフ。

 正確には、ハイ・エルフ。

 風にふかれるまま、ローブに備え付けられたフードが役目を放棄して。本物のエメラルドで染め上げたような美しいの緑髪と、陶器のような白い肌があらわになる。

「オッドアイ」

「……あぁ」

 左右の瞳で、色彩が異なる。黄金の右目と、紅蓮の左目。ちなみに今日は、メガネの装着はなし。ちょびっと残念。

「お待たせしました」

「いいのよ。私が急ぎすぎただけだもの」

 ふわりと優しく微笑む笑顔を、今、脳内に焼き付けることに成功しました。ありがとうございます今日もお美しいです女神のようです。

「それで、首尾は?」

 ハルルの問いに、僅かに頷いて。

 それから、左手側にそびえる氷山を指さした。

「やはりあの氷山の窪みに扉があった。おそらくあそこが階層主の部屋。本物の、ね」

「イブさんの仮説を証明するチャンスですね」

「そうね」

 イブさんの仮説。

 それは、第二十六階層から先、二つのルートにダンジョンが分岐しているというもの。

 そして片方のルートが失敗。イブさんの考えでは、失敗ルートはループしているんだってさ。こちらのルートを選択して、偽の階層主を倒し、二十六階をクリアする。もちろん次のフロアに進むことができる。そのフロアをクリアすると、また次のフロアが現れる。それを繰り返していうるうちに、また二十七階層に戻ってしまう……という食わせ物仕様らしい。

 なにせ、こちらのルートは魅力的なのだ。バトルをして勝利せずとも、フロアの湖や海に潜るだけで高級魚介を手にできる。その手軽さと報酬の大きさを餌にして、冒険者を惑わせ、思考を奪い、永遠に彷徨わせるルートと言っていい。

 しかも、魔法を使えない状態にするっておまけつき。魔法が使えなければ、バトルを避け、潜り、高級魚介を手に入れればいいって発想になるだろう。金に目がくらんだ冒険者、向上心のない冒険者は、そちらのルートに導かれることになる。

 そうした冒険者を神ポセイドンは認めないってことなのか。あるいはそうした冒険者が稼ぎやすいように配慮しているのか。あるいはその両方なのかは、不明だけれども。

 ともかく、イブさんが引っかかったのは、この魔法を禁止にしているって点らしい。何しろ、そうするメリットが神にはないって前提が、この仮説設定の背景にある。

「それにしても、魔法を禁止するデメリットがあるとはね」

 ハルルの言葉に対して、イブさんが小さく首肯する。

「一般には知られていない話ね。でも、論理的に考えれば間違いなく誰でもたどり着く結論よ」

「納得っス。魔法を授けた神に感謝することで、神は信仰心を得られる、か。なるほど、そう言われてみれば、確かにそうっスね。ダンジョンで神ポセイドンが魔法を使用禁止にするメリットが、神ポセイドンにはない」

「ハルルに同意」

 恐らく、双子の神がつくった偽ダンジョンにヒントを得たんだろう。

 本物のダンジョンの中に、偽の……フェイクルートを創る。もちろん、攻略につながる本物のルートも創る。

「あの目立つフェイクルートの扉。そして、あの扉。このフロアに、他に扉はない。つまりあの扉が本物のルートである可能性は高い」

「「イブさんに同意」」

「どうも」

「こちらこそありがとうございます」

 美しすぎる笑顔、いただきました。

「ありがとう?」

「いえ、こっちの話です」

「そう?」

「はい」

「ところで、そろそろ手を放してもらえるかしら?」

「またもありがとうございます」

 困惑気味の笑み、いただきました。

「いい加減にしろ!」

「痛ぇよ⁉」

 友の腹に不意打ちグーパンくらわすとか、正気かお前?

「フフフ? 仲がいいのね?」

「「ひゃい!」」

 楽しそうな笑顔、いただきました。

 しかし毎度毎度残念なことに、ふわりとした微笑みは、一瞬で消えてなくなってしまうのである。

 そのはかない美の在り方を、どう表現すればいいんだろうか。リクあたりならきっと、オレの知らない語句や諺で表現するんだろうけど。あいにく、オレには適当な表現が思いつかない。

 でも、取り合えず美しいことだけは間違いないのであるからして。

「それで、私も合流していいのかしら?」

「えぇ、心強いです」

「お願いします」

「では、守備と回復は任せてもらうわね」

「「お願いします」」

 ディーテ先生が言ってた。

 最強のエルフが、先生たちのパーティに加わるって。

 でも、バーベキューをしたとき、エルフは先生のパーティには居なかった。

 離脱した理由は、この仮説を証明するためなんだろう。

 そういうところも、美しいと思う。生き方に美学があるって感じがして。オレは大好きだ。

「さて、どうなるかしらね」

 扉の先に、どんな世界が広がってるんだろう。

 とんでもない強さの階層主が潜んでいるかもしれない。

 とんでもないトラップが待ち構えてるかもしれない。

 うん。

 すっげぇ……ワクワクしてきた。

「行くぞ、相棒」

「おぅ」

 ハルルと互いの拳をぶつけ合う。

 それを合図にして、氷山に向かって駆け出す。

 なんとなく、引きこもり神が楽しそうに笑った気配がしたけども。

 きっと、気のせいだろうな。



本日もありがとうございました!

超鈍足更新となり申し訳ございません。。


【20231022】誤字修正

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