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第78話:困惑のダンジョン

 



「消えた? 目の前で?」

「フフフ? その通りよ?」

「じゃあ、作戦は?」

「それはもう終わったじゃん!」

「へ?」

「トール君、報告は正確に」

「すまんじゃん! テヘペロじゃん!」

 ペルシャ先生の真顔指摘に、テヘペロで返したトール先輩。

 しかし解せぬ。

 テヘペロとは、実に残念な表情のこと。モテない表情のこと。これは不変の真理。

 なのに、テヘペロしてもクッソイケメンなのは何でなんですかね? 素材の良さですかね?スタイルが抜群だからですかね?

「まったくもぅ」

「我は話すのが苦手じゃん! 説明は先生に任せるじゃん!」

「はいはい」

 苦笑を零した先生は、仕方ないわねと笑った後、報告役を引き受けてくれた。

「まずは、作戦の確認。到達階層を競いあうパーティがピンチに陥る。神ポセイドンの恩情であると告げ、私たちが助ける。助けられたパーティは海ポセイドンへ感謝を、つまり信仰心を捧げることになる。ここまでのシナリオは無事、実現されたわ」

「さすがです、先生」

 ペルシャ先生の前で片膝を付いた親友は、キリっとしたイケ顔を炸裂させる。

「ダンジョン産の赤ワイン、三十年ものです。お口に合うといいのですが」

 透明なグラスに赤ワインを注ぐ親友は、悔しいけど様になってる。

 そして、そのイケ顔と姿勢の良さのせいで、忘れそうになる。さっきまで網タイツを息子さんに装着してた残念男だということを……。

「ちゃんと着替えを用意してたのね?」

「はい。居住系魔法の【学生之隠家(ワンルーム)】。俺はその空間の半分を衣裳部屋として使ってるんです」

「なるほどね」

 バフ系以外の魔法を滅多に使わないハルル。

 そんなハルルでもしっかりと覚えるくらい重要な魔法が、居住系。

 なかでも、最近人気なのは、小さめの居住空間【学生之隠家(ワンルーム)】。手狭な個室を召喚するこの魔法は、ダンジョン攻略時に物置きとして使えるからだ。

 気を付けないといけないのは、時間が経過する魔法だってこと。食料品は日持ちする物だけ入れておいた方がいい。魚や生肉を入れておいたことをすっかり忘れた冒険者が、自分の【学生之隠家(ワンルーム)】を召喚し、扉を開いた瞬間……パーティが全員気絶したって都市伝説がある。

 ちなみにオレも【学生之隠家(ワンルーム)】を持ってはいる。

 けれどそこは、男の隠れ家なのであるからして。今ここで開いてしまうにはたいへんアレなのである。

『性癖暴露はマズいもんな?』

『引きこもっとけ!』

 まったく。

 てか……

『……なんで知ってんの? 部屋の中、見たことあるの?』

『お客様がお呼びになった神様は現在電源を切っているか通信圏外におられます~』

 マジでアイツ、碌な神じゃねぇな。間違いない。

「ボトルが空きましたね。もう一本、いかがです?」

「あら? まだストックがあるの?」

「はい。俺の【学生之隠家(ワンルーム)】、半分は貴重な酒類を保管する暗室にしてあるんですよ」

「悪くない使い方ね? フフフ?」

「恐れ入ります」

「でも、いいのかしら? こんな素敵なワインをもう一本いただいちゃっても」

「フフフ? 確かに高級品だものね?」

「構いません。これは先生方へのお詫びですので」

「お詫び?」

「えぇ。先ほどは失礼しました。お目汚しを致しまして」

「フフフ?」

「お目汚し?」

 片膝をついたままスマートに頭を下げるハルルを、きょとんと見つめた後。ペルシャ先生は左右に首を振って、優しく微笑んだ。

「あぁ、アレね。アレのことなら大丈夫よ。だって、見慣れているもの」

「「えっ⁉」」

 ハルルとオレの驚き顔を眺めながら、クスリと笑った。いたずらが成功した時の嬉しそうな笑顔も、とってもチャーミングです。

「な、なんだ。冗談だったんですね。ひっかかりましたよ。なぁ、カイト?」

「お、おぅ! てかどう考えても冗談に決まってるだろ!」

「あら、本当よ? 見慣れているの」

「「えっ⁉」」

 今、時間系魔法使いました? 時が止まったんですけど?

「私は【救星】に所属してるのよ? ダンジョンでバトル中に衣服が破れても、あなたたちのお父さん……大和とクルドは気にせずバトルを続けるタイプ。救星の鍛冶師ロダンもね? だから何度も見てるの。流石に慣れたわよ」

 くそ親父が……。汚物で先生の目を汚すんじゃねぇよ……。

「ちょっとハルルさん? どこに行くの?」

「決まってんだろ?」

「え?」

「ちょっとあのクソ親父をブン殴ってくんだよ」

「それは止めて差し上げろ」

 お前とクルドさんのバトルは、事実上、この星の頂上決戦だから。都市中がこぞって観戦に集うビッグマッチだから。対戦理由が息子さん披露事件の復讐だなんてカッコ悪すぎるから。人に言えない理由だから。

「てか披露したのはお前もだろ? 同罪だよ、今回は」

「……ちっ」

 まったく。

 アカデメイアで出会った瞬間一目ぼれしたペルシャ先生に独占欲を抱いたり、さっきの受付のお姉ちゃんに思いをはせたり、初恋相手のヘンゼルさんのことを今も大好きだったり。

 本当に、ハルルの恋愛観は、意味不明なのであるからして。

 オレは、誰かを好きになったら、その人だけを愛したい。

 けど、ハルルは多分、そうじゃない。自分が好きになった人をみんな愛したいって感じだ。竜人族は長命種だから、長い生涯でたくさんの人を愛する必要があるのかもしれない……そう思ってた時期もあった。

 だって、ルルルも、モネとミルルの二人と同時に結婚したし。ハルルの親父さんも、三人姉妹と結婚してるし。

 でも、反証が一件。イルルだ。

 アイツは、ハルルとは全然違うんだよなぁ。恋愛そのものに興味ありませんって感じだし。アカデメイア時代も、後輩から大人気だったし。ガツガツしてないところがクールでカッコいいんだそうだ。

 廊下を歩くたびに周囲の教室がざわついたり、黄色い歓声が飛んできたりする。それだけじゃない。模擬バトルの講義後。汗を拭おうと上裸になったイルル。その色気に充てられて気絶した生徒が何人もいた。

 歩いてるだけでモテる。上裸になっただけでモテる。汗を拭うだけでモテる。常に、何をしてても、クッソモテる。モテやがる。

 でも、イルルは恋愛に興味がないらしい。

 それがオレには、まったく理解できない。

 全身が震えるほどの感情。秘めきれなくなってあふれ出した感情。

 大好きなイルルに振り向いてほしくて。自分の思いを、大好きなイルルに知ってほしくて。分かってほしくて。伝えたくて。

 必死に、感情と言葉を紡ぎ合わせながら、イルルへの愛を告白してくる後輩たち。

 震える声で、時に涙を浮かべながら一生懸命、自分の思いを告げてくる後輩たち。

 自分に向けられる、たくさんの人からの、熱い思い。

 そんな告白を度々受けながら、イルルは、どうして気にならないんだろう。興味がわかないんだろう。恋がどんなに素敵なものなのか……知ろうともしないんだろう。

「さて、話を戻しましょうか」

「そうじゃん! 三十階層くらいからは楽しめたじゃん!」

「え? 他のパーティも三十階層まで到達したってことです?」

「えぇ。ちなみに私たちは四十階層まで進んで、到達階層争いの方も勝利を確定させてきたわ」

「さすが先生方、お見事です」

「フフフ?」

 ハルルさんや。

 トール先輩とシヴァっち先輩も頑張ったんだから。褒める相手を、先生方に限定しないであげてほしい。

「しかし、いくらお強いとはいえ、ご無事でよかったです。無理はなさらないでください」

 ペルシャ先生の手をそっと握りしめるハルル。それを嬉しそうに見つめる先生。ちょっとうっとりしておられる気がするのは、オレの気のせいですよね? 百歩譲ってうっとりしてるとしても、それはお酒のせいですよね?

「それで、目の前で消えたというのは?」

 オレの問いかけで、手を離したペルシャ先生。

 邪魔すんじゃねぇよと言わんばかりにギロリと睨みつけてくるハルルには、とりあえずニヨニヨ笑顔で応えておく。

「そ、そうね。時系列で整理しましょう。まず、到達階層争いに参加したのは、我々を除いて十一組。三十二階層で五、三十三階層で二、三十五階層で三組のパーティを助けたわ」

「お疲れ様でした。それにしても結構、進んでましたね」

「えぇ。私たちの予想以上だったわ」

 有力な冒険者は、この到達階層争いに協力しないだろうと思ってた。ちょうどオレの故郷……都市国家希望で武術大会も開かれてるから。そっちに参加してる冒険者も多いだろうし。

「ブラッディ・メアリ。あの都市にある地下闘技場から助っ人を手に入れたみたいね」

「なるほど」

 地下闘技場で借金まみれになった冒険者を雇ったってところかな。借金の肩代わりを申し出て。

「じゃあ、続きを話すわね。私たちは最後のパーティを追いかけたわ。そして、三十八階層で彼らと遭遇したの。もちろん窮地に陥っていた彼らを助けた。神ポセイドンの神託を受けてと恩情をかけると、彼らに告げながら」

「なるほど」

「そして、彼らを残して先に進もうとした瞬間、だったわ。パーティが消えたの、全員ね」

「脱出魔法を使ったのでは?」

「不可能よ。そもそも、二十六階層以降、魔法は使用できない。精霊の召喚は可能だけど、その気配はなかったわ」

「二十六って言えば……ハルル?」

「あぁ、間違いねぇ。あのランクAパーティの姉ちゃんが言ってた階層だな」

 魔法が使えない。いきなりそんな状態になれば、確かに、ランクAパーティでも慌てて引き返すだろう。

「では、脱出系や移動系のアイテムを使った可能性は?」

「それもないわ。アイテムを用いた離脱や移動は、パーティ単位で同時に発動するでしょう?」

「つまり、個別に消えて行ったと?」

「えぇ。まるで親指から小指へと……ピアノの鍵盤を押すようにリズムよく、一人一人、あっと言う間に消えたわ」

「なるほど」

「その後、私たちは四十階層まで到達。消えたパーティを探しながら進んだけど、手掛かりはなかったわ」

 気が付けば空になったグラスを見逃さず、ハルルがワインを注いでいく。ペルシャ先生とディーテ先生は満足そうに頷きながら、ワインで唇を湿らせた。綺麗な唇が赤く潤う様はとっても妖艶で……超色っぽいのは言うまでもないのであるからして。

「フフフ? カイトに見つめられるなんて……嬉しいものね?」

「す、すいませんっ」

 でも不可抗力です!

「それで? どうしてここに?」

 話題を変えなければ。ハルルがニヨニヨしてやがるし。

「トール君が騒いだのよ。お腹が空いたって」

「え?」

「そうじゃん! 我はカイトの飯が食いたいじゃん!」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど。オレがここに居るって、よく分かりましたね」

「当然じゃん! 偉大なる我にはすぐ分かるじゃん! カイトの匂いがしたじゃん!」

「え?」

 オレってそんなに臭いです?

「あぁ、童貞臭ですね。分かります」

「ハルル君? 今、何か言ったかな?」

「言ってません」

 ニヨニヨしやがって!

「てかお腹空いたじゃん!」

「でもオレ、携帯食しか持ってきてないですよ?」

「あら? ドロップアイテムは?」

「え?」

「海産物がたくさん出たでしょう? 食べちゃったの?」

「え?」

「だから海産物よ。魚、エビ、カニ、貝類や海藻類、イカの沖漬けや鯛の笹漬けなんかの保存食に、藻塩や魚醬なんかの調味料もドロップしたでしょう?」

「……ないです」

 一つもないです。

「え?」

「網タイツばっかりです」

「フフフ?」

 あれ?

 ディーテ先生の視線が、鋭くなったような気がする。

「フフフ? それで? いくつ手に入れたのかしら?」

「普通の?が、五個ありますよ。あと、階層主からゲットした色違い……白銀の網タイツが二枚入り一セットです」

「フフフ? どうかしら? 普通の網タイツを一つ二千ジェム、白銀の方を二万ジェムで買い取るわよ?」

「え?」

「あ、ズルいですよディーテ先生。私にも一つ買い取らせてくださいよ」

「え? ペルシャ先生も?」

「欲しいに決まってるでしょう? それ、かなりのレアドロップアイテムなのよ?」

「……なるほど」

 またですか。

 オレがダンジョンに潜ると、敵さんはレアアイテムばっかりドロップするんだよなぁ。何でだろ。

「フフフ? 私たちも一つ手に入れたけど、もっと欲しいのよ。なにせ破れない網タイツなんてねぇ? この世界では夢のようよ?」

「ですよね! 俺もそう思います!」

 ハルルさん? 嘘は良くないですよ? バトル中、破れない網タイツに存在意義はない的なことを言ってましたよね? 叫んでましたよね? 魂の叫びでしたよね?

「カイト、先生方には世話になってるんだから。無料で譲って差し上げろ」

「それは全然いいけど」

 オレは使わないし。それどころか、ちょっとトラウマになりかけてるし。

「じゃあ物々交換じゃん! 我らがゲットした海産物をやるじゃん!」

「いやトール先輩、それってカイトに飯作ってもらいたいだけでしょ?」

「さっすがハルルじゃん! 話が早いじゃん!」

「フフフ? パールや珊瑚のネックレスも提供するわよ?」

「いや、いいですよ。海産物だけで。バーベキューでいいですよね?」

 香辛料と調味料は、バッグにストックがあったはず。

「飲み物は、ハルルが何か出せよ?」

「あぁ、任せとけ」

「フフフ? ワインなら、今度はこちらが出すわね?」

「え? いいんですか?」

 ハルルに出させますよ?

「大丈夫よ? こんなこともあろうかと、たくさん持ってきてあるわ?」

「じゃあ、お言葉に甘えます」

「フフフ?」

 きっと、そろそろ自分のワインを飲みたいってメッセージだろう。

「はっ⁉ あれじゃん! オレっちはカレーがいいじゃん! めちゃくちゃ激辛いやつ!」

「我もじゃん! カイトのカレーはうまいじゃん!」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、カレーは無理です。スパイスがないんですよねぇ」

 今回、食事は簡単に済ますつもりだったからなぁ。

「大丈夫じゃん!」

「へ?」

「我がいっぱい持ってるじゃん!」

「そうなんです?」

 なんでまた?

「大好きだからじゃん!」

 そうですね。

 確かに、いつも辛さ増し増しでしたもんね。

 それにしても、ディーテ先生といいトール先輩といい、ダンジョンに食料関係を多めに持ち込むとは。

 普通は、水や携帯食料といった生命維持関係、衣類や文房具といった攻略関係、薬草やマジックポーションといった状態維持関係を、手元にバランスよく用意しておく。

 後は、空間系魔法【学生之隠家(ワンルーム)】に入れておくことが多い。ハルルみたいに。

 あと、空間系魔法でお馴染みなのが【冒険者之隠家(ひみつきち)】って愛称で親しまれてる合体魔法だ。

 魔法がこの世界に広まった初期に、各種族が仲良くなるようにと神々が考えた結果導入された、合体魔法。それゆえに、パーティに全種族……ヒュム、竜人、海人、魔人、ドワーフ、エルフ、獣人が揃っていないと発動しないって設定の魔法。

冒険者之隠家(ひみつきち)】も、合体魔法の一つだ。

 地下室付きの大きな平屋、庭や草原、小川に池にバーベキュー会場と小さな演劇用舞台、温泉に足湯、鍛冶小屋まである空間が提供される魔法は、今も冒険者に大人気だ。

 使用条件が緩和されたり、空間が五倍ほど拡張されたり、天気だけじゃなく四季まで楽しめるようになったり、海浜ゾーンが新設されてサーフィンや素潜りなんかが楽しめるようになったりと、盛沢山である。

「主よ、食料や調味料でしたら、【謁見の間】にストックがございます」

 片膝を付いた姿勢で顕現したガウェイン。有能だとは思ってたけど、まさか食料関係品を持参してくれてるとは。

「じゃあ、それを貸してくれる?」

「喜んで」

 ズラリとならんだ調理器具に調味料。

 あとは提供された新鮮な魚介類を並べて……バーベキューだ。

「カイトっち! これも使って!」

「え? こんなに? 高級食材を?」

「おう! おっきな二枚貝、サザエとかアワビとか! バーベキューに必須だし!」

 それだけじゃない。

 ウニもいる。牡蠣もある。伊勢えびもあるし、ズワイガニも。ダンジョンの海でしか採取できない貴重な食材。その中でもレアな海産物ばっかりだ。

「マジですげぇっスね!」

「だろ?」

「さっすがシヴァっち! グッジョブじゃん!」

「てか気づかなかったっスよ! この辺でこんなのが採れるなんて!」

 帰る前に採りにいこっかな。リクのお土産に。ガウェインに王城まで運んでもらえば、鮮度も心配ないし。

「この辺じゃないし! 話が長くなりそうだったしな! さっきちょっと深層まで行ってきたし! で、深海まで潜ってきた!」

「へ?」

 潜ってきた?

 深層まで行って? 会話の間に? お一人で? 嘘でしょ? てか深海まで潜ったの? 嘘でしょ?

「マジです?」

「当然!」

 いや、確かに嘘のはずはない。

 ズワイガニは深海でしかとれない。それが今、二十匹もピチピチしているこの現実を、否定できない。

「姿が見えないと思ったら……」

「フフフ? 氷魔法で冷たくした牡蠣には、冷たい白ワインがあうのではなくて?」

 ディーテ先生。そのボトルが既に空なのは、オレの気のせいです? さっきまで赤を飲んでませんでした?





 +++ +++ +++ +++


「オレっちもぉ~食えねぇ~」

「俺もですよ。伊勢えびにホタテ、うまかったぁ~」

「我も満足じゃん! カイトの飯はうまいじゃん! 激やばマジうまじゃん!」

「それはどうも」

 バーベキュー後のまったりタイム。

 三人とも、ゴロンと砂浜に寝転がってお腹をさする間抜けな姿なのに。こんな時にも変わらずイケメン。まったくもって解せぬ。現実はどこかおかしい。不公平すぎる。

「フフフ? ご馳走様? とても素敵だったわ?」

「えぇ、本当に」

 砂浜に転がった空のワインボトルは、5本を超えたところでカウントを諦めた。

 あれだけの量を、淡々とペース良く飲んでおきながら、ディーテ先生もペルシャ先生も、顔色一つ変わらない。

「かき氷も、いい口直しになったわ。ありがとう」

「お口にあったようで、光栄です」

 食後のデザートにと、魔法で作った氷を削ったかき氷。たっぷりの蜂蜜とレモン果汁、塩をほんの少々加えて煮詰めたシロップも大好評で。料理したオレとしても、幸福感いっぱいだ。

「なぁなぁ。カイトっちとハルルっちはさぁ、どうしてダンジョンに来たわけ?」

 シヴァっち先輩、実に鋭い質問です。

「双子の神モルとマルの討伐に成功しました。そして、彼らへの信仰を煽ってた組織、その中枢にいるおっさんを捕獲しました。そのおっさんの護衛役っぽい兵士も一人捕獲してます」

「フフフ? なるほど、そこでこのダンジョンに来たわけね?」

 さすがディーテ先生、話が早い。

「はい。神ポセイドンのダンジョン。その深層域の敵からドロップするアイテムを採りに来ました」

「それって、神ポセイドンの涙?」

「ペルシャ先生、ご明察です」

「どういうことじゃん?」

「ダンジョンを創設した神々の名を冠した、レアドロップアイテム」

「えぇ。ここ海人族の守護神ポセイドンの名を冠したアイテム。それが、神ポセイドンの涙」

「尊い愛に触れた時、そのアイテムは光り輝く。フフフ?」

「神罰からの救済を約束する慈愛の光であり、救済の光であるそれは……」

「……人々の状態異常を全回復させるわ? フフフ?」

 その通り。

 魔法の効果も打ち消すレアアイテムは、今回の作戦にピッタリだ。

「カイトが掛けた魔法の効果や状態異常を打ち消してあげるのね? 神ポセイドンからの慈愛だと称して」

「えぇ。捕獲した偉いおっさんに信者らを集めさせ、呪いをかけられていると告白させる。で、その場で、神ポセイドンの名のもとに、皆を救済してやる。これで、邪教の信者はみな、神ポセイドンを敬うでしょう」

 ハルルの指摘によれば、教団は、本部で焚いていたお香や飲み水に、薬物を混ぜていたとのこと。薬物依存状態になっていたとしても、神ポセイドンの涙なら、全回復できる。

「なるほどね」

「もちろん、悪事を働けば神ポセイドンの慈愛は冷め、再び呪いが汝らを蝕むと伝えるようにします」

「さっすがカイトじゃん! 腹黒いじゃん!」

「それ、褒めてます?」

「もちろんじゃん! てかタメ口はどうしたんじゃん?」

「や、改めて先輩の偉大さを知ったんで。敬語不可避です」

 シヴァっち先輩も、だけど。

 オレとハルルの本気守備モード……現人神衣(アラビトカムイ)水竜装甲(ディープブルー)を、登場したノリで一撃粉砕したトール先輩。

 網タイツをいつの間にか裁断したシヴァっち先輩。しかも、オレらの息子さんには傷一つ負わせずに……。

「我はタメ口がいいじゃん!」

「オレっちも!」

「……善処します」

 強い。

 でも、偉ぶらない。気さくで接しやすい。

 かっちょ良い男ってこういうことなんだよと、まるでお手本を見ているようで、とても勉強になる。

「消えた最後のパーティ問題はどうする?」

「それな」

「先生たちは? どうするんです?」

「地上に戻るわ? 確認も必要だしね?」

「確認?」

「えぇ。ポセイドン先生に、消えたパーティの行方について聞いてみるつもりよ。先生は神ポセイドンの眷属とのことだから。神も問いに答えてくれるかもしれないわ」

「なるほど」

 今回の作戦も、ポセイドン先生が神ポセイドンと交渉してくれたわけだし。神ポセイドンが、先生の質問に答えてくれる可能性は高い。

「カイトっちは?」

「オレとハルルは、神ポセイドンの涙を探しに行きます」

「なら、オレっちも一緒に行くし!」

「ズルいじゃん! 我も行くじゃん!」

「フフフ? まさかあなたたち? か弱い私とペルシャ先生の護衛役を放棄するつもりかしら?」

「何言ってるじゃん? ディーテは弱くないじゃん!」

「フフフ? トール()? 今、何て言ったのかしら?」

「そ、そうだったじゃん! ディーテ先生はか弱いじゃん! わ、我らが守るじゃん!」

「そ、そうだぞトールっち! 守るぞ!」

 素晴らしい。

 有無を言わさぬ圧、さすがですディーテ先生。

「カイト?」

「は、いっ⁉」

 ここで……ハグだと⁉ あ、ありがとうございます!

「フフフ? いいかしら? ちゃんと気を付けるのよ?」

「ひゃい!」

 も、餅つくがいいぞオレよ。こ、これは、浮気ではないのである。

 先生から元生徒のオレに対する親愛の情を示すためのハグなのであるからして。

 でも、このすっごい甘いバラの香りと優しい体温に、ついバグバグする心臓のことは……スルー推奨だな。なにせ浮気じゃないのであるからして。

「フフフ?」

 大事なことなので、もう一度確認しておこう。

 なにせこれは浮気ではないのであるからして……。親愛の情のハグなのであるからして……。えっちぃ気持ちのバグバグじゃないのであるからして。先生に心配されたことが嬉しすぎて心臓が喜んでるだけなのであるからして……。

「カイト?」

「ひゃ、ひゃい!」

 くぅっ。

 温もりが名残惜しい……。

「いいかしら? ここの神ポセイドンはとてもとても残念なの」

「そうじゃん! 残念じゃん!」

「残念? です?」

「えぇ。とてもとてもとても残念なの。そこが美しくもあるのだけれどね?」

「……はぁ」

 残念なところが美点とは、いったい?

「カイト。あなたはきっと今、謎を解きたくなっているのではなくて? フフフ?」

「……はい」

 正直、ウズウズしてはいます。

「神ポセイドンの涙……レアアイテムを手に入れること。その第一目的を最優先するのよ?」

「はい! 分かりました!」

「ハルル君もね? 気をつけなさい? フフフ?」

「先生に気にかけてもらえるとは……光栄です」

 片膝をついて、ディーテ先生の手の甲にキスを落とすハルルの仕草には、無駄がない。

「それから、ペルシャ先生」

「何かしら?」

「先生も、どうかお気を付けて」

 ペルシャ先生の手を、軽く引く。

「―――っ」

 倒れこんだ先生を、ハルルが優しいハグで受け止める。

 先生のしっぽが、ピョンっとまっすぐ逆立って。すぐにフニャリと、左右に揺れる。その動きが、なんだかとても幸せそうに見えるのは、きっと、オレの気のせいだろう。





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