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第77話:頂の世界

 


 ふむ。

 いや、分かるよ?

 男だもん、オレだって。

 心身ともに疲労の極致。睡魔が誘う、心地よいまどろみの世界。

 (うつつ)と夢の狭間に居るような、フワフワした感覚。

 そういう時に、なるよね。

 疲れてれば疲れてるほど、()()なるよね。

 けど、たいていそういう場合は、布団や毛布がガードしてくれているものなのであるからして。

 つまり今は、よろしくないのである。タイミングが。

 階層主とのバトル後、送り出されたのは小さな島。

 砂浜が広がり、青空が広がり、太陽さんがテラテラしておられる空間。

 どうやらこの島は、セーフゾーンらしくて。何組かの冒険者たちが休憩をとっていた。

 そんな場所に、空から落ちてきたわけだから。オレたちに、周囲の注目は集まるわけである。ワラワラと集まってきたわけである。

 そんな皆様の注目は、今、一点に注がれている。

 今も、じぃ~っと、ハルルの左サイドから、獣人族の冒険者たちが見学しておられる。ちなみに、虎の獣人さんと、兎の獣人さんは、とてもとても残念なことに、非常にイケメン青年さんである。虎の獣人さんはやんちゃな頬傷が印象的。兎獣人さんはパーツが整った中性的な御顔立ちだ。

「なぁ、あれって、あのハルルだよな? 名高いランクS冒険者の」

「あぁ、間違いねぇさ。俺は武術大会で見たことがあるさ」

 ほぅ?

 兎獣人さん、ちょっとした方言がまたいいアクセントですね。モテるアレですよね、それ。

「なら間違いねぇか。しかし……さすがだな」

「あぁ。ランクSだけのことはあるさ。豪胆だぁ」

「だな。てかハルルって土竜の系譜だったっけ?」

「いや、違うさ。水竜だよ、水竜」

 正解です。水竜です。今はちょっと、砂で覆われているだけです。

「てかお前、方言出てるぞ?」

「やっば。無意識だったし」

「衝撃のあまり、つい、出ちまったんだろ? まぁ、分かるよ」

「なぁなぁ兄ちゃんたち、話に割り込んで済まねぇがよぉ、ちょっと聞きてぇんだよぉ」

 ふむ。

 アライグマの獣人さん追加されました。こちらは年配のおじさんって感じ。

「いや、構わねぇよ」

「どうしたんだ?」

「いやぁ、ちらっとあんたらの会話が聞こえてきてよぉ。ハルルと言えば水竜だよなぁ?」

「そうさ?」

「あぁ、間違いねぇよ」

「だよなぁ。でも実は俺よぉ、さっきちらっとよぉ、砂の下の本体を見ちまったんたけどよぉ……」

「それで?」

 ふむ?

「その……暗黒竜だったんだよぉ」

 いいえ、違います。

 ハルルは水竜種です。

 暗黒竜の方は見なかったことにしてください。

「た、確かめてみるか?」

「お、おぅ」

「あ、すいません。お触りは禁止です。ハルルは水竜種ですから確認不要です」

「「わ、わかりました」」

「いやでもよぉ、確かによぉ……」

 ふむ?

 何か言いましたかね?

 聞こえませんけど?

「「「……はぁ」」」

 定期的に聞こえてくる、うっとりとした溜息。

「さすがは竜人族……」

「えぇ」

「天に上る竜がごとき……」

「「「……ゴクリ」」」

 こちらは、奇麗なお姉さんたち三名。品評会を開催中のようです。

 鑑賞するのにどうやら前髪が邪魔だったらしく、先ほど三名とも、とても奇麗なピンクの髪を括り上げられた。それからゴロリと砂浜に寝そべって、ハルルの左サイド、まさに品の真横のアリーナ席から眺めておられるのである。

「「立派ねぇ」」

「えぇ」

 そう。

 右サイドも左サイドも、みなさん、我が親友の息子さんに視線をロックオン状態なのである。

 ……ふむ。

 いや、だから分かるよ?

 オレだって男だもん。

 疲れてる時ほど、おっきくなるよね。

 でもね?

 階層主のバトルで全身水浸しのハルルさん。

 そのおズボンがね? ちょうどいい感じの所が破れててね?

 お外に遊びに出ちゃってるんですよ、息子さんが。

 いや、オレだって対応しようとしたよ?

 これはマズいと思って、とりあえず砂を振りかけたオレも悪いよ?

 水で濡れた息子さんに砂がまとわりついちゃったわけで。まるで砂で作ったリアルっぽい造形物みたいになっちゃって。息子さんのお姿を隠せてるようで隠せてない、そんな微妙な感じになっちゃってるのである。

 でも、すまんな友よ。これが精いっぱいの対応なのであるからして。なにせオレも、自分の服を脱いで、直接息子さんにかけてあげるのは、かなりの抵抗があるのであるからして。

「……ハルルの上着、脱がすのめんどいしなぁ」

 水に濡れて、服が肌にへばりついてやがるし。

 コイツ、無駄に図体デカいし。

「でも他に―――……」

 ……あった。

 うん。

 あったよわ、布っぽいの。

「ぬっめぬめの網タイツ………」

 六組十二本ある。

「「「………」」」

 ふむ。

 品評会中の御姉さまたちの視線が痛い。沈黙がうるさい。

「とりあえず……こうしておくか」

 砂が渇いて息子さんが徐々に姿を現しつつあるし。

「…………」

 まぁ、ないよりましかな。

 でも、網タイツだからほら。

 なんかもう、隠せてるようで丸見えですけどほら。ヌメヌメしちゃって余計に気持ち悪い感じになっちゃてるくらいですけどほら。

 辛うじて、全裸じゃないですと言えなくもないこともないのであるからして。

「へぇ? やるわね坊や」

 ふむ?

「まさか………そうくるのね?」

「えぇ、悪くないわ」

「網タイツの有効活用。天才現る」

 いや、なんか世界線がおかしいですよ?

 網タイツの有効活用って何? どういうこと? 息子さんに網タイツ装着するなんて、どう考えてみても変態さんなんですけど?

「なるほどね? これがチラリズム……」

「えぇ。男どもが騒ぐのも分かるわね」

「やはり天才現る」

 ……ふむ。

 もうこのお姉さんたちは、常識(ことわり)から外れた存在だと思うことにしよう。

 それにオレとしては現状、手元にある物で最大限のフォローを施したと信じたいし。

 まぁ、見飽きたら帰るだろうし。

 ハルルの息子さんだって、いつまでもお元気なわけじゃないだろうし。


 ……なぁんて思ってたオレがバカでした。

 もう二十分ぐらいお元気なんですけど?

 バカなの?

 御立派様も他の男の息子さんに顕現すればよくない?

 なんでそんなハルルの息子さんに縋り付いてるの? 顕現しっぱなしなの?

「あのぉ……品評会中すいません」

「「「………」」」

「そろそろ飽きません?」

 やはり常識から外れた三人が食いついて離れない。海人族のお姉さんと魔人族の姉妹っぽいお二人。みなとってもお奇麗なのに……。

「あの、繰り返しますが、みなさん飽きません?」

「「「まったく」」」

「そうですか……」

 解せぬ。

 至近距離で眺めて楽しい物ではないはずなのに。

「あ、そこ! お触りは禁止です!」

 右サイドに新たに加わったヒュム族の青年と美少女が、二人でそろりと手を伸ばした。どうやら恋人関係らしく、ぴったりと寄り添ったまま。

 てか皆さん、どうして?

 何でなの?

 隙あらば触ろうとしてくるの何でなの?

 触ってもご利益とかないよ?

 自分の息子さんが現状より高身長になったりしないよ? スタイルよくなったりしないよ? モテモテになったりしないよ? オレの息子さんが実証済みですからね?

「あの、本当にダメですか?」

「はい。絶対にダメです」

 他人が無許可で触れていい場所じゃないんですよ、そもそも。

「でも、ご利益があるって聞いて。俺も何とかこれくらいに……」

 視線を自分の息子さんに落とした青年と、それにシンクロする恋人の美少女。そして小さめの溜息を零した彼氏さん。そんな恋人を慰めるように、彼女さんが背中をナデナデしてあげておられる。

「やっぱ、すげぇなぁ」

 彼女の慰めも、さほど効果がないようで。悔しさの中に憧れをにじませたような、そんな複雑な視線をハルルの息子さんに注ぐ彼氏さん。

 その周囲で同意するように頷く獣人族の男性陣。

 まぁ、憧れる気持ちは分からんではないけども。

「御利益はないですから。デマですからそれ」

「でも俺……藁にもすがる気持ちっていうか。もっとコイツを立派にして、恋人を……その……」

「……あのさ? そもそも、息子さんの大きさに頼るって発想がもうダメでしょ? 恋人を満足させたいなら、誠心誠意全身全霊で愛すべきでしょ? そっちの方が重要でしょ?」

 実に解せぬ。

「お、おぉぉぉぉ! た、たたた確かに! その通りです! 俺、頑張ります!」

 突然繰り出されしは、大声による青年の決意表明。

 それに賛辞を贈るように、パチパチパチと、周囲にいる冒険者たちから巻き起こる拍手。

「ど、どうも! 」

「いいぞ坊主~」

「頑張れさぁ!」

「はい! 俺、頑張ります!」

 照れている美少女の肩を抱きながら、青年はドヤ顔でダンジョンを脱出したわけである。

 どこに何しに向かったかなんて、聞くまでもない。

 そしてなぜか、拍手を送った冒険者たちが浮かべておられる渋くニヒルな笑顔が、異様に腹立たしい。

「それにしても兄ちゃん!」

 ふむ?

「オレです?」

「そうそう! あんた、なかなかカッコいいこと言うじゃねぇか!」

「痺れたさ!」

「兄貴って呼ばせてくれよぉ!」

 ふむ。

 悪くない。

 悪くない賛辞キタコレ。

「いやぁまぁ……当然のことでしょ?」

「「「おぉぉぉぉ!」」」

 笑顔を浮かべながら次々と握手を求めてくる冒険者たち。

 気が付けば十人程に囲まれて、なぜか胴上げまでされて。

 最終的に肩を組んで並び立ち、太陽を見上げるてるの何でだろ? この穏やかな心持が永久に続いてほしいの、何でだろ?

「でもまぁ、大きさも硬さも大事なのよね」

「同意するわ」

 背後から聞こえる御姉さま方の声を全力スルーすることで高まりしこの連帯感があれば、我らに互いを慰める言葉など不要なのであるからして。

「ふわっ、ふわぁぁぁ~」

 ふむ? 目覚めたか親友よ。

「ふぅ~、よく寝たぜ。すっきりし……ん? 出てるじゃん。やべー」

 ケタケタ笑いながら、ゆっくりと上着を脱いで腰を覆う。

「「「…………あ~ぁ」」」

 そんな親友の仕草が、多くの美女から盛大なる溜息を引き起こしたわけだけれども。我らの連帯感は、そんなことでは決して揺るがないのであるからして。

「てかカイト? 何してんだ? 何かの儀式か?」

「美しい友情が生み出しし、至高の隊列ですけど何か?」

「美しい友情?」

「あぁ。お前には分からぬよ、永遠にな」

「そうさそうさ!」

「デカいヤツは帰れ~!」

 おぉ、我が新たなる友よ! 永久なる友情がここに芽生えたこの日を! オレは生涯忘れない! 永遠に胸に刻むことを誓おう! お互い名前も知らないけど!

「う~わっ。男の嫉妬、マジで見苦しい」

「無様ね」

「最悪」

 御姉さま方?

 何かおっしゃいました?

 聞こえませんでしたよ?

「デカい奴は帰れ、か。それに美しい友情、ね。はいはい、なんとなく分かった」

 溜息交じりの友人がニヤリとほほ笑んだ。

 それはもう、楽しそうに。

「なぁ、お前ら。どうせ何か、コイツがかっこいいこと言ったんだろ?」

「そ、そうさ! 我らのリーダーは大きさに頼るなと言ったさ!」

「恋人を満足させたいならよぉ! 息子に頼らずよぉ! 誠心誠意全身全霊で恋人に愛を注げってよぉ! カッコいいじゃねぇかよぉ!」

「そうだそうだ!」

「へぇ? カイトがねぇ?」

 ニヤニヤすんなし。

「まぁ、確かにアレだな? 心に響くって感じがして? かっこいい台詞じゃねぇの? さすがは俺様の親友だな?」

 い、嫌な予感がする。ハルルのニヤニヤが止まらない……。

「でもコイツ、童貞だぞ?」

「「「えっ!?」」」

「ど、童貞ちゃうわっ!」

 多分!

 いや絶対に!

 知らんけど!

「あ、あれ?」

 肩が寂しくなっていくんだけど?

「「「……」」」

「あれ? 美しい友情は? 奇麗な隊列は? 連帯感は?」

 一歩、また一歩と後退してく新たな友たち。

 その視線がオレと重ならぬように、皆さん砂浜を見つめておられる。

「ま、お兄さんも頑張って。色々と辛いことがあってもくじけないでね?」

「そうよ。応援してるわ」

「ドンマイ」

 ポンポンっと肩を叩いて去っていくお姉さんたち……。なぜかちょっと涙目なの、なんでだろう……。

「じゃあ、そろそろ出発するぞ!」

「あたいらも行くよ!」

 みなさん、ワープゲート目指して足早に去っていくの、何でだろ?

 こちらを振り向きもせず、ゲートに駆け込んで消えていくのは、何でだろ?

「さぁて! 邪魔者ども消えたことだしよぉ! 攻略、再開しようぜ!」

「……いや、餅つくがよい友よ」

「あん?」

「まだ疲れてるだろう?」

「いや、そんなこたぁっ……!?!!?」

「無理せず眠りに就くがよいぞ?」

「てんめぇぇぇぇぇっ! 痛ぇじゃねぇか!」

「イケメン税、徴収完了でぇ~す」

 今回は特別に、息子さんに払っていただきました。

「てか、お前の息子さんはあの高性能網タイツを装着してるんだぞ? 防御力高いだろ? 痛くないだろ?」

 まったく。大げさな奴だよ、ハルルは。

「ざっけんな! 痛ぇに決まってんだろ!」

「いやすまんな友よ。税の徴収は王族の辛く悲しい務めなのであるからして。オレも心が痛いのだ。痛くてたまらないのだ。だからそんな親友の気持ちに免じて、広い心で許すがよいぞ?」

「うっせぇ!」

 モダモダと砂浜で暴れておられるハルルさんの図…………やっばい。

 超快感なんですけど? ざまぁみろって感じなんですけど?

「……あれ?」

「どうした?」

 息子さんもげた?

「なぁコレ……外れねぇんだけど?」

「いやいやいや」

 息子さんにひょいっと被せただけだぞ?

「なんかこれ、ジャストフィットしてるんですけど?」

「……マジか」

 装備品のサイズが、冒険者の体格に合わせて変わるタイプか。

 一般にレアアイテムにのみ属する性能を持っているってことは、この網タイツが希少品であることは間違いない。

「超レア防具じゃん。やったじゃん。羨ましいなぁ」

「いやいやいや。本当に羨ましいならその棒読みの感想を止めやがれよ?」

「本当ですよ。本心ですよ。とっても羨ましいなぁ」

 オレは装備したくはないけれど。特に息子さんには装備したくはないけれど。

「冗談はおいといてよぉ、マジでやべぇってこれ。全然外れねぇんだけど」

「あっそ」

「いや、マジだから」

「あっそ」

「だからマジだから。てかちょっと外してみてくれねぇ?」

「嫌ですけど?」

 触りたくはないし。ご利益ないし。

「てか、破けばよくね?」

 レアアイテムみたいだし。ちょびっと勿体ない気もするけど。

「まぁ、そうだよな」

「そうだよ。思いっきり引っ張って破いちまえ……あ」

「……あ」

 そうでした。

 そうでしたよ。

 おっきなタコさんとのバトル中、ハルルが全力で破こうとしたんだった。

 でも、みょいぃぃぃ~んっと伸びるだけで、破けなかった。異次元の伸縮性を誇る網タイツなんだった。

「てか、お前の息子さんがいつまでも御立派様だからだろ? 御立派様が通常様になったら網タイツも外せるんじゃね?」

「……カイト先生」

「はい、ハルル君。質問ですか?」

「いえ、残念なお知らせです」

「何でしょう?」

「実はちょうど今、通常様に戻ったんだけどよぉ」

「マジで? なら……」

「……網タイツも通常様にジャストフィットです」

「………」

「………」

「……」

「……」

「……そっか、そうだったな」

 装着する者の体格にサイズを合わせるタイプのアレだった。

「……」

「……さっきのお姉さん、天才現るって褒めてくれたぞ?」

 もう、ファッションの一部だと思うしかなくね?

「股間に網タイツを装着する冒険者ハルル……その二つ名は息子網目男(サンズオブアミタイツ)。かっけぇじゃん?」

「ほぅ? なら我が友よ。いや、心の友と書いて親友よ。もちろんお前も装着するよな?」

「いや、悪いが心の友よ。オレの息子さんはほら、そんなに御立派様じゃないからほら」

「いやいやいやカイト君、大丈夫だよ? レアアイテムだからこれ。体格に合わせてサイズが変わるヤツだからこれ」

「ちょっ!? 止めろバカ! 脱がすんじゃねぇよ!」

「うっせぇ! お前の息子なんて温泉で見飽きてんだよ! 勿体ぶるんじゃねぇ!」

「勿体ぶってねぇし! 装着すんのが嫌だって言ってんだよ!」

「っせぇ! 拒否権なんてねぇんだよ! お前のせいだろうがぁぁぁぁ!」

 ブチ切れハルルさんの背後から、水竜のオーラ顕現。

「自業自得だろうがぁぁぁぁぁっ!」

 オレも負けじと、神憑り状態へ移行。借り物の神威を身に纏う。

「へぇ? 本気かよ?」

「あぁ。悪いが、息子の安全は死守させてもらう」

 ランクS冒険者ハルル。超越者への道を歩む天才は、若くして竜人族で十指に入る強さを誇ると評される。

 ハルルを称える言葉は、数多ある。異能、鬼才、超越者候補、竜殺(ドラゴンスレイヤー)に、無敗の天才。華々しい異名を幾つも捧げられし、偉大なる武人。

 しかし、恐れる必要はない。

 オレも、ランクS冒険者だ。裸王の息子、勇者の息子、土下座親子など、数多あるオレの異名。

 その中で最も有名なのは……

「……神殺(ゴッドスレイヤー)カイト。噂に名高いその力、とくと見せてもらうぜ?」

「抜かせ。それはこっちのセリフだ」

 互いの口角が、ニヤリと上がり……静止する。

 その瞬間。互いの拳が、互いの頬にめり込む。

「「……っ」」

 それでも止まぬ互いの拳。互いに相手の脇腹と鳩尾を抉った後、全力で繰り出された互いの蹴りが交差して。衝撃波が周囲の空気を切り、小柄な竜巻を生んでいく。

「我が血に眠りし竜よ! 吠えろっ」

 ハルルの体を覆う水のオーラ。さっきまで穏やかな川のように流れていたそれが、まるで激流のように勢いよく流れ始める。

水竜装甲(ディープブルー)……発動」

 ハルルが誇る攻防一体の構え。デミゴッドとの数多の戦いにおいて、常に勝利を主にもたらしてきたこの技は、まさに無敵。

「―――くっ」

 放った拳が、激流に飲み込まれる。

 もちろん、オレの拳がハルルの肉体に届くことはない。最悪なことに、激流の流れに拳を奪われて、姿勢が崩れる。

「もらったぁ!」

 姿勢を崩したのは、僅か一秒。

 でも、その隙を見逃すはずもない。

 ハルルの拳が的確に、オレの脇腹を貫く。

「―――っ」

 痛みに悶えながら吹き飛ばされるのは……オレのはず。

「くっっそが!」

 しかし、オレは動かない。

 ハルルの拳は、確かにオレの脇腹を貫いた。その勢いで、遠くに体が吹き飛ぶはずだ。本来なら。

 しかし、オレの体は、一ミリたりとも動かない。

 むしろ、後ろに飛びのいて距離を取ったのはハルル。

 傷を負ったのもまた、ハルルだ。

「やっぱり……簡単には破れねぇな」

 水竜装甲のおかげで、ハルルは、皮がめくれる程度の傷で済んだようだ。

「当たり前だろ?」

 神憑り。

 引きこもり神の神威を譲り受けたオレの体は、いつもより頑丈になる。

 もちろん、それだけじゃない。

現人神衣(アラビトカムイ)……まさに神の衣か」

 空中を漂う白銀のローブへと変化した神威は、オレに降り注ぐ全ての衝撃を吸収する。

「ぶっちゃけ卑怯だよな、その技」

「そう言うなよ。コントロールは難しいんだから」

 十回に七回は失敗してると思う。

「でもまぁ、神衣(それ)を出したんだ。ピンチだったってことだろ?」

「っせーよ」

 現人神衣の発動には、集中力が必要。正直、発動後はぐったりする。

 だから、ピンチの時にだけ発動するようにしてるってことを、ハルルは知ってやがる。

「あと何回、発動できる? 二回か? 多くて三回ってところか?」

「全然? 全然ですけど? 百回はいけますけど?」

 ニヤリと笑い、腰を落とす。

 ハルルも、同じ構えを見せる。

「「開幕に歓喜せよ。滅びの音は我のもの。滅びの声は汝のもの……」」

 攻撃力を高めるバフ魔法。

「考えることは同じだな?」

「光栄ですよ、ハルル殿」

 お互い、相手の堅い守りを削り取る力が必要だ。

「……」

「……」

 暫しの沈黙。

 互いの頬を撫でる風。

 その優しい愛撫がいたずらに静止した瞬間。

 離れ離れになっていた二人の距離は、一瞬でゼロになる。

水竜崩御(カタストロフ)!」

神之落日(メテオ)!」

 跳躍。

 のけぞった背筋。

 背の後方に控えし右拳。

 それが今、しなやかな弓から放たれた矢のように、音速を越えて互いの頬を穿たんとす。

 同時に、矢を防がんとする水竜装甲と現人神衣。

 盾と矛。

 どちらの矛が強いか。

 どちらの盾が硬いか。

 試してみるまで、分からない。

 ランクSの領域に足を踏み入れた冒険者は、常勝と言っていい。

 そんなオレらに、ごくたまに許される対等な相手との戦いは、勝敗が不透明な故に興奮を授けてくれる。

 もちろん、勝ちたい。

 勝利することでその先へと……遥かに高い頂に続く扉を、文字通り力づくでこじ開けるのは―――

「―――我、降臨!」

「「―――っ!?」」

 稲光。

 その衝撃で吹き飛ぶオレとハルル。

「我が最強じゃん!」

 さっきまでオレとハルルが交差した地点。

 あの瞬間、確かに、この世界の武の頂きを競う中心地であったそこには、今、彼が居る。

「我の圧勝じゃん!」

 雷鳴のように遠くまでよく通る声。

 稲妻のように明るく世界を照らす、自信に満ちた笑顔。

 雷光のような眩い黄金の髪に、長柄の銀鉾。

 この世界に生きる生命体全ての自信の束ねた。そんな強烈な存在感を放つスタイル抜群のイケメンさんは、余裕のドヤ顔で、高らかに空へと勝利宣言を解き放った。

「……トール先輩」

「お久しぶりです」

 水竜装甲は爆散。現人神衣も吹き飛んで消えた。

「……まだまだか」

「あぁ。遠いぜ、本当によぉ……」

 遥かに高い頂に続く扉。

 間違いなく、その先の世界に住まう存在(せんぱい)の大きさに、苦笑するしかない。

「二人とも、ち……じゃなくて、息子さんに網タイツ被せて何してるんじゃん?」

「へ?」

 二人とも?

「はっ!?」

 ハルル、いつの間に?

「俺様を誰だと思ってやがるんだ?」

 ニヤニヤ顔の親友は、こと衣服を脱がすスキルにかけては、オレの遥か先を歩んでるらしい。

「フフフ? また新しい遊びに興じているのかしら?」

 相変わらずお美しいディーテ先生の、優雅な笑顔。

「まったく。彼らが学園が誇る英雄だなんて、笑えないわ」

 救星の守護者(オルガ)、ペルシャ先生。猫の尻尾を逆立てて、イライラしておられる。

「カイトっちはどこに居てもカイトっちだな!」

 シヴァっち先輩は、四本の曲刀をジャグリングしながら笑っておられる。

「それ、さっさと隠しなさいよ」

 眼鏡をクイクイしておられるペルシャ先生には、たいへん申し訳ないのですが。

「いやでもこの網タイツが外せない……って、あれ?」

 外れてる。

「「うおっ」」

 いつの間にかオレとハルルの息子さんがノーガード状態に。

「あれ? 網タイツは?」

「消えた、のか?」

 キョトンとするオレとハルル。

 そんなオレらの疑問に答えるように、ヒラヒラと網タイツを指先で回すシヴァっち先輩。

「それ? オレらの? です?」

「おぅ! オレっちが切った!」

「「はうっ!?」」

 オレもハルルも、息子さんを両手でムギュっと守りながら砂浜に倒れこむ。

 つい、想像したからだ。

 シヴァっち先輩がジャグリングしておられる曲刀。陽の光を浴びて黄金色(ゴールド)に輝くそれは、ヒヒイロカネがふんだんに用いられていて。岩を軽々と切り裂くほどの鋭さを誇ることを、オレらは知ってる。

 そう。

 想像してしまったのだ。

 そんな危険な刃が、オレらがまったく気が付かぬ間に、オレらの大切な息子さんに接近して、皮一枚傷つけることなく網タイツを切り刻んだシーンを。

 一ミリでもズレてたら大怪我。

 一センチもズレてたなら……死ねる。

「問題解決じゃん! さっすがシヴァっちじゃん!」

「サンキュー、トールっち! てかこんなん朝飯前だし!」

 笑顔でジャンピングハイタッチを交わす先輩たち。

 何がそんなに楽しいのか分からない。

 理解できない存在に自然と生じる畏怖の念。

 それが今、ただただ息子さんを小さく小さく縮めて止まないのであるからして。




 今日もありがとうございました!

 

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