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第75話:チューニング

 



「……の野郎がぁぁぁぁぁっ」

 まさに。

 これぞまさにまさに。

 本当にまさに絵に描いたような脳筋バトルを展開中のハルル。

 そんな彼のお相手は、巨大なタコさんだ。

 もちろん、ここはダンジョン。危険な敵がわんさかと出る冒険者の聖地。

 今、ハルルが戦ってるタコさんも、単に巨大なだけではないのである。

 もちろん、巨大なだけでもやっかいなのは間違いない。なにせタコさんには、八本の長くウネウネした脚がデフォルト装備されているのであるからして。

 でも、くどいようだけど、ここはダンジョン。

 ただのタコさんではないのである。

「くっっっそダコがぁっ!」

 ふむ。

 ハルルがイライラモードになるほどの強敵。

 そんな巨大なタコさんの脚は、普通のタコさんと違う。

 何が違うかって?

 ふむ。

 いつだって答えは単純明快なのだよ諸君。

 みんなも、一目見ればわかるだろう。

 なにせ……ぬめんぬめんのニュルンニュルンでピッチピチのビショビショなのである。

 何がって?

 ふむ。

 何を隠そう、八本の脚に装備された……網タイツが。もう、ぬるんぬるんなのである。

 しかも無駄な絶対領域披露モード。

 ひょっとしたらそれが(かん)に障ったのか。タコさんの脚を見るなり、ハルルは激おこモードにシフトされたのであるからして。

「うっっっぜっえ!」

 ふむ。

 友を助けるのも、友の役目か。

「ハルルさん? 手を貸そうか?」

 貸したくはないけど。

「ひっこんでろ! 俺様がぶっつぶす」

「では、お言葉に甘えて。解析に専念するわ」

「おぅ!」

 タコさんが繰り出す長さ十メートル程のウネウネアタックを、拳や蹴りで迎撃したり、回避したりしておられるハルルさん。

「うっぜぇぇぇっ! ぬめぬめすんじゃねぇよ!」

 ふむ。これで三度め。ハルルの攻撃がぬるんっと、タコさんの脚の側面を滑り抜けていく。ぬるんぬるんの網タイツのせいで。

 ふむ。

 やはり諸悪の根源は網タイツ。

 ならば……

「……いっそのことさ、掴んで破けばよくね?」

 ビリビリっと。

「それだ!」

 ガッツポーズをかましたハルルが、巨大なタコさんの脚を一本、踏みつけて。グリグリっと地面に固定する。

「くそっ。こんなに興奮しねぇタイツ破りは初めてだぜ」

 そうなの?

 網タイツって破ると興奮するもんなの?

 そういうアイテムなの?

「くらいやがれ!」

 両手でワシャリと掴んだ網タイツを、左右に引っ張る。

 しかし………

「……破れねぇじゃねぇか! 無駄にいい素材使ってんじゃねぇ!」

 ふむ。

 ハルルのご指摘の通り。

 みょみょみょみょ~んと左右に伸びた網タイツは、パチンっと元に戻ってしまわれた。

「天の羽衣製の生地でも使ってんじゃね?」

 ハルルが破れないなんて。

「破れねぇ網タイツなんて存在意義ねぇだろが! マジでざっけんなぁぁぁぁあああああ!」

 ほぅ?

 ここで水竜のオーラ大解放ですか?

 マジでマジ切れですね?

 てか……なぜかうっとりと赤面したタコさんの顔面を目掛けて飛び込んだハルルが、網タイツを纏った脚の反撃にあって、あっという間に全身ぬめぬめにされていくの……誰得?

「うぜぇ!」

「てかもう、吸盤を殴ればよくね?」

 そこなら、面になってる感じだし。殴れるだろ。

「了解……。マジでぶっ飛ばす」

 防御主体の粘り強いバトルが性に合わない、基本的に短期決戦タイプのハルルさん。

 それに加えて、ぬめんぬめんのニュルンニュルンでピッチピチのビショビショ網タイツがお気に召さないわけだから。

 タコさんの運命は、既に決まったようなもの。

「……解析完了。弱点部位は脳天、弱点属性は雷と炎」

「了解」

 ふむ。

「いいかこのタコ野郎! タコの分際で舐めたマネしてんじゃねぇってんだよ!」

 空高く跳躍したハルルが放った……踵落とし。

 まさに、怒りの一撃。

 相手の防御のウネウネの上から叩き込んだ踵が、タコさんの頭にめり込む。その衝撃で、波が起こった。まるで巨大な落下物が水面を打ったように。

 それから間もなく、タコさんがフラフラと揺れながら、霧散して消えて。やがて水面も、落ち着きを取り戻した。

「クソがっ。せめてドロップアイテムくらい寄こしやがれってんだよ。なぁ?」

「そーですね」

 でも、ドロップアイテムが網タイツだったら、もっと怒ってたでしょ?

「てかこっちが求めてんのは墨じゃねぇんだよ! アイテムを寄こせってんだよ! なぁ?」

「そーですね」

 ふむ。

 なんかいつも以上にオラついてませんか?

 あれですか? さっきの受付担当御姉様の件でイライラしておられるわけですか? それともやっぱり網タイツにトラウマでもあるんですか? さっきの受付の御姉様も網タイツでしたかね?

「ったくよぉ。まだ四層めだぜ? 雑魚の分際で手こずらせやがって」

 ふむ。

 そこは確かに、ハルルに同意。

「なぁ、ハルルさんや」

「あん?」

「なんかおかしくね?」

「はぁ? 俺はいつも通りだけど? 全然だけど?」

 いや、その点についてはもう原因の推測がついているので、カイト君はスルーします。友のプライドのために。

「ハルルのことじゃなくてさ」

「なら、何がおかしいってんだ?」

「敵だよ、敵」

「敵?」

「あぁ。浅い層には弱い敵。深い層には強い敵。これが経験的に確かなダンジョンの法則だよな?」

「そーだな」

 この法則に反するような異常事態は、星外の魔物の侵攻くらいだ。もしそうした事態なら、神々から天啓があるはず。

 でも、そうした知らせは届いてない。

「ランクS冒険者のハルルが、肉弾戦で多少なりとも手こずるような敵が出たわけだ」

「確かになぁ。てか三層までのエントリーゾーン。そこの敵はワンパンだったのにな?」

「そうそう。急に敵が強くなってんだよ。いきなり中層からスタートかよって感じの手こずり方じゃね?」

「……だな」

 ハルルが見つめる先。約四十メートル先と六十メートル先。それぞれの地点で、タコと戦ってるパーティの姿が見える。

「あちらさんも苦戦してやがるな」

「ハルルに同意」

「どっちも、それなりのパーティランクじゃね?」

「Cか、ひょっとしたらBかもな」

 まず、装備品がいい。

 そしてパーティプレイがお上手。どちらのパーティも五名構成で、支えるものや癒すもの、切り裂くものの役割分担と連携が、しっかりできてる。

「パーティランクCやBなら、中層まで駆け足で進めるだろ。普通ならよ」

「ハルルに同意」

 やっぱり、タコさんがお強いってことになる。

 異様に。

「それに、この環境だ。まったくもって……えぐいよな」

「そこも同意」

 まだ序盤なのに、中層並みの環境設定だ。

 膝下くらいまでの深さとはいえ、フロアが全て巨大な湖。足を取られて進みにくいし、バトルにおいて生命線ともいえる機動力が、大幅に削られる最悪の環境。

 ランクSのオレとハルルには、経験値がある。ダンジョンに挑んで攻略してきた実践知がある。だから、これくらいの環境は、どうってことはない。

「三流は、環境に負ける。二流は、環境に抗おうとする。一流は、環境に左右されない」

「……ハルルのくせに。かっこいいこと言いやがって」

「あん? 俺様はいつだってカッコいいわけだが?」

「そーですね」

「そーですとも」

 ニシシっと笑いながら、バトルを眺める。

 支えるものが水をはじく結界を展開して……パーティのバトルを支えてる。二流、つまりランクB前後くらいの冒険者だと考えていい。

「どうする? 俺とカイト、それにガウェイン殿なら問題ねぇレベルの敵と環境だが……このまま進んでみるか?」

「そうだな……」

 ふむ。

 確かに、ハルルの一撃で倒せる相手ではある。

 だから、脳筋ごり押しで進めないこともない。

 でも、見落としてることがあるかもしれない。それを理解しないと、先々で苦労するかもしんない。

「せっかくだし、ちょっと観察させてもらおうぜ?」

「了解!」

 ハルルの見つめる先で、バトルを繰り広げる二組のパーティ。何かヒントがもらえるかもしれない。

「しっかしあのタコ野郎も……猛攻だな」

「……あぁ」

 脚を鞭のようにしならせた攻撃は、しなやかで重たい。それが八本、同時に繰り出されるわけだから、威力は相当のものだ。

 ちなみに、普通は、支えるものが展開したシールドで身を守る。二組のパーティが実演してるように。

 脳筋のハルルさんは、タコさんの脚を殴り返したり蹴り返したりしておられたけどもね。浅い層で、敵の攻撃から守られるなんてプライドがお許しにならないそうで。

「……長くはもたねぇな」

「あぁ」

 支えるものの展開したシールド。それがギリリリリっと軋りの音を上げはじめた。

 それが嬉しいのか、楽しいのか。タコさんは強固な守りの壁を破らんと、ますますハイテンションで高速ウネウネしておられる。

「お? 間に合ったな」

「らしいな。詠唱完了だ」

 唱えるもの。パーティの大砲役が、複雑で長い詠唱文を見事に唱え終えた。上空を覆う雷雲が放つ、朝陽のような照度の稲光が、その証拠だ。

「中位魔法―――轟雷(メガトール)か」

「やるじゃねぇか」

 ハルルの言う通り。実に見事な威力だった。

 それに、チョイスもいい。連続する三本の雷が対象を穿つ魔法は、麻痺の副効果を高確率で対象に付与するのだから。

「勝負あり」

「だな」

 麻痺したタコさんの頭を、切り裂くものが貫いて。最後の声を上げることすらできずにタコさんは霧散した。

「おぃ、見ろよカイト。奥のパーティは精霊を召喚したらしいぜ?」

 空中に登場した召喚門から、美しい黒馬のような精霊が姿を現した。足もとに雷雲を携えて。

「あれは? なんて精霊だ?」

「雷の上位精霊、黒麒麟(くろきりん)だよ」

「へぇ? 黒麒麟ねぇ」

「どうした?」

「いや、かっけぇなって思ってよ!」

「だよな!」

 タコさんの頭上を優雅に舞う黒馬は、足元の雲から、雷の雨を降らせる。

「くをぉぉぉぉっ……」

 スコールのように絶え間ない、まさに高密度の雨雷に耐えかねたタコさんは、断末魔とともに霧散して消えた。

「やっぱあいつら、なかなかやるじゃねぇか」

「だな」

 上位精霊の召喚に成功するってことは、少なくともランクBの冒険者だろう。Aに届きそうな高みにいるパーティかもしれない。

「そこそこのランクのパーティがフルメンバーで手こずるとはよ。やっぱおかしくね?」

「ハルルに同意」

 精霊の召喚にも成功して、しっかりと協力バトルができてるし。轟雷を放った唱えるものの詠唱も、そこそこ早くて正確だった。

 個としての力量がそこそこ備わったメンバー構成。そんなパーティが、エントリーゾーン後の最初の階層で、ここまで苦戦するなんて。

「それで? なんかわかったか?」

「まぁ、うん。多分、だけどな?」

「うおっし! さっすがカイト! でかした!」

 バンバンっと背中を叩かれると、当然、前方にぶっ倒れるわけで。全身、ずぶ濡れになるわけで。タコさんのぬめぬめが漂ってたわけで。パンツまでぐっしょりぬめぬめ状態でダンジョン攻略に挑むことが、確定したわけなのである。

「悪ぃ!つい力んじまった! 嬉しくてよ!」

 確信犯。そう顔面に描いたようにニヤリと笑う親友に、ニシシっと笑い返して。両手ですくった水を、ご尊顔にぶっかけてやる。

「てめぇ……何すんだよ! ちゃんと謝っただろうが!」

「ほぅ? それでいいなら、オレも謝るぞ? もっと水をぶっかけた後にな?」

 タコさんの墨が大量に漂ってる……あの辺りの水とか。まだまだたっぷりぬめぬめしてそうなところの水とかを。

「……さーせんっした」

「ふむ。次から気を付けるように」

「あいよ」

 ニシシっと笑うイケメンは、水も滴るなんとやらで。とりあえず脛に一撃くらわしておくことにする。

「は? え? 何だよ今の? 地味に痛ぇんだけど?」

「イケメン税、徴収完了で~す」

「はぁ?」

「すまんな友よ。税の徴収は、王族が担っている辛くて苦しい不本意な役目なのであるからして。オレも好き好んで徴収するわけではないのであるからして。ゆえに、積極的に許すがよいぞ?」

「出たよアンチイケメン信仰。闇が深ぇ……」

「聞こえませんが?」

 耳はいい方なんだけどなぁ。

「ったく。てか、さっさと教えろって」

「あぁ、タコさんの件な」

「そうそうそれそれ」

「それなら……ふむ。ちょうどいい」

 なにせ、ハイパージャンプをぶちかまして距離を詰めてきたタコさんが、デデンとご登場なさったのであるからして。

「実技で説明してやるから、手伝えよ?」

 すっと腰を落として、バトルに備える。

「……実技って、エッチぃ響きだよな」

「はいはいそうですね。アホなこと言ってねぇで、もう一戦、いくぞ?」

「実技でイクとか……そんな低次元の童貞だけが笑う下ネタ……童貞チェッカージョークをかますとはよぉ……さてはお前、童貞王族だな? あ、童貞だった。そうだった」

「脛を蹴ってすいませんでした」

 だから心をえぐるの止めて?

 童貞じゃないけどね? 知らんけど。

「うむ。謝罪を受け取ろう。わかればいいんだよ、友よ」

 ニシシっと笑いながら、横並びに立って。互いの拳をぶつけ合う。

「てかハルルさん、アイツさっきの個体よりデカくね?」

 ジワジワと、脚をウネウネさせながらにじり寄って来るタコさんは、先ほどよりも二倍近い大きさ。

「デカけりゃいいってもんでもねぇって、教えてやろうぜ?」

「お前が言うと説得力ねぇんだけど?」

 竜人族はヒュムよりいろいろとデカいから。

「でけぇ俺様が言うから間違いねぇんだよ。大事なのはサイズじゃねぇ。動きだ、動き」

「卑猥なダンス禁止で~」

 クスクス笑いながら、友の背を叩く。力を込めてテンポよく、リズムを正確に刻んで。

「……おっけ、覚えたぜ」

「さっすが」

「当然だろ? それで? 順番は?」

「右パンチ、左蹴りを振り抜いてからの右回し蹴り。二アタック分防御からの左右パンチ二セット……」

「……そのまま左蹴り三連発で蹴り上げる?」

「おぅ。すかさずジャンプして……」

「……脳天に踵落としだな。了解!」

「さすがハルル!」

「いや、さすがカイトだよ。リズムに沿って、さっきのタコ野郎の攻撃……会敵してからの流れを思い出してみたけどよ。間違いねぇ」

「……よし。じゃあ、行くぞ相棒」

「卑猥な発言禁止で~」

 ニヤニヤ笑いながら、息を吐いて。互いの右拳を繰り出す。そのまま左蹴りを振り抜いて、タコのウネウネ攻撃を迎撃。続いてはなった右回し蹴りで、別のウネウネ足を迎撃。

 ウネウネ脚二本の攻撃を一回ずつ堪えて、眼前に揃った脚を左右のパンチで迎撃する。

「うごぉぉぉ」

 最初に迎撃した脚が攻撃にまわるまでの隙間を縫って……タコさんの顎舌を蹴り上げる。

「よっし!」

「行くぞハルル!」

 吹っ飛んでる最中のタコさん。その脳天をオレとハルルの右踵が奇麗に打ち抜いて……試合終了。

「「しゃあ!」」

 着水と同時に、ハイタッチ。もちろん、自然とタイミングはピッタリだ。

「気持ちぃぃっ」

「最高じゃね?」

「マジで最高っ!」

 互いの拳を重ねあって、健闘を称えあう。

 そんなオレらに、慌てて駆け寄って来る気配が二つ。

「失礼。実に見事な攻撃でした。ぶしつけな申し出で恐縮だが、よかったら情報交換をさせてもらいたい」

 礼儀正しいエルフの美女。金のロングヘアーは、異次元のいい香り……。

「僕とも頼むよ!」

 そしてドワーフの……美少女。ふわっふわのウェービーな御髪が……超キュート。

「申し遅れた。ランクBパーティ【秘薬(エリクサー)】、モーセルだ。リーダーを拝命している」

「僕はランクCパーティ【金剛(ダイヤ)】、リーダーのエッフェルだ!」

 二人とも、パーティプレートを差し出しながら身分を明らかにしてくれた。名と所属を偽りなく明かす……つまり敵意がないことを示す行為だ。

 名と所属を知られた相手を騙すと、当然のように報復にあう。騙した相手から。もしくは、騙した相手の所属するグループの上位のパーティから。

「俺はランクSパーティ【希望(ホープ)】のハルルだ。そしてこっちがリーダーの……」

「……か、カイトでひゅ」

「おぉ!? 僕は今、感動しているよ! まさかお会いできるとはね!」

「えぇ。かの高名なカイト殿とハルル殿とお会いできるとは……光栄です」

 ワシワシっと握手されて、ブンブンっと腕が上下に揺れる。そしてエッフェルさんとモーセルさんの御胸も……こう………ね?

「カイト殿?」

「ひゃい!?」

「あ、モーセル殿。話なら俺が聞こう。リーダーはちょっと、病を患っていてね」

「病?」

 ふむっ。

「深刻なのかい? なにやら顔が赤いようだが……」

「心配はご無用だ、モーセル殿。とある方面に免疫力が低いものの生死には全くかかわらない病なんで。本当に全然大丈夫」

 そうそうそう。女性にね? 免疫がね? あんまりないって言うの? 特に初対面で魅力的な女性には、防御力が機能しなくなるって感じ?

「そ、そうか」

「なら良かったよ!」

「ひゃい!」

 ふむ。

 エロダンジョンでそこそこ鍛えられたと思ったのに……。日常生活空間で生じるお奇麗な人や可愛い人との対面接触については、慣れないところがあるのであるからして……。

「それで? 情報交換とは?」

「あぁ。我らの経験則に反する出来事について、だ」

「どうやら僕とモーセル君は、同じ違和感を抱いてるようだね!」

「エッフェル殿、やはり先ほどの敵が強すぎると?」

「そうだよ。ここは序盤も序盤の階層。なのにアレは、どう考えてもおかしい」

「お二人に同意する。カイトと俺も、同じ違和感を感じていた」

「いた?」

「あぁ」

「つまり、ハルル殿とカイト殿には、謎が解けたと?」

「えぇ。解いたのはコイツだけどよ」

「えへへへへ?」

「……さすがこの星の救世主カイト殿。もしよければ、教えてほしい。もちろん、無料でとは言わない。エルフ族の特性解毒薬を提供しよう」

「僕にも教えてくれ! お礼にアダマンタイトの鉱石を出すよ!」

「だってよ? どうする?」

「お、お礼は……大丈夫です」

 もう十分、いただいた気もするのであるからして。

「いや、失礼した。我らの提供する品など、カイト殿には無用ですね」

「僕もお詫びしよう。失礼なことを言ったね」

「あ、違うくて、ですね。その、お礼はもう十分でして?」

「「十分?」」

「あ~、すいませんね。カイトはつまり、こう言いたいんですよ」

 ニヤリとほほ笑んだハルルが、ぐっとオレの肩を抱いてきて。それからすっと、二人の前で片膝を付いた。

「美しいお二人との出会いに勝る礼などこの世界にはない、ってね?」

「「―――っ」」

 とたんに赤面する美女お二人。それを優しく見つめながら、手の甲にキスを落とす仕草をかますイケメン。

「それでもお礼がしたいなら、ダンジョン攻略後に俺らと食事会でも?」

 相手の動揺を見抜いてグングン攻めるイケメンは、両手に花と言わんばかりに、二人の肩を抱いたわけである。ごくごく自然な仕草で。超絶高速ムーブで。

「てめぇ!? 何してやがる!」

「そ、そうだ! リーダーから手を放せっ」

 そして、タイミングよく合流する【秘薬(エリクサー)】と【金剛(ダイヤ)】のメンバー。

「おっと、これは失礼。美しい女性がいたら口説くのが礼儀だと、父に教わってきたもので」

 嘘つけ。

 お前の父さん、超奥手じゃん。オレと同系統じゃん。

『ただしオレと違って超イケメンだけど……ってやかましいわっ!』

『いやそんなこと思ってねぇし!』

 でたよ引きこもり神。

『ふむ。偉大なる神が誇る必殺技(ノリツッコミ)の出番だったもので。つい、な』

『はいはい。お疲れ様でした』

『ふむ! まさにその通り! 我は疲れたので炬燵に入り強回復状態に突入することにする。頑張るがよいぞ!』

『……はいはい』

 ったく。

「……まぁまぁ、諸君も落ち着いてくれ。ハルル殿の申し出はありがたく受けるとして。食事会のことはいったん置いておこう」

「「「「え?」」」」

 しっかりとハモる【秘薬】の皆さん。

「り、リーダー? 断らないの?」

 動揺を隠しきれない魔人族の青年。

「と、当然だ。ランクS冒険者との交流は有意義だと認める。諸君もそう思うだろ?」

「それはそうだけど……」

「僕もそう思うね!」

「「「「……リーダー」」」」

 ふむ。

秘薬(エリクサー)】と【金剛(ダイヤ)】の男性陣が、肩を落としながらハルルを睨みつける。それを余裕のニマニマ顔で見つめ返すイケメンの、実に残念なこと。

「まぁ、リーダーの言うことも最もだ。ただし、全員参加させてもらおう。いいな?」

「あぁ、俺は全然問題ねぇけど?」

 ダンジョンでナンパして他の男ともめるランクS冒険者。そんな彼がオレの親友であることを、今は伏せておこうと思います。

「そ、それでは話を進めよう。いかがかな、エッフェル殿?」

「も、モーセル君に賛成だ!」

 ふむ。

 仕方ない。ここはオレが頑張るか。

「しょ、しょれではオレが、せ、説明します!」

 ふむ!

「えっと、このダンジョンはひょっとしたら、脳筋ごり押し作戦封じが、基本設定かもしれないです」

 大丈夫。ハルルを見ながら話せば大丈夫。

「でも、お二人は肉弾戦で圧倒してましたが?」

「その通りです、モーセルさん」

 美女に話しかけられても大丈夫。ハルルを見てれば大丈夫。

「敵には攻撃パターンがありました。それを見抜いて、適切に対処すればいいんですよ」

「どういうことだい?」

「二つのチームを攻撃するタコさん。二対を比べながら遠めに見ていたので気が付きました。個体は違っても、タコの攻撃には、パターンがありました。まるで演奏するようにリズムのよい攻撃パターンが。そのリズムに合わせて迎撃すると、敵の隙をつける。タイミングを逃さずに必殺の一撃を与えれば勝てるってわけです」

 このダンジョン。おそらく、低い階層の敵も、素早さや体力、防御力はそこそこ高いと見積もっていいだろう。タコさんも、ハルルの攻撃を食らったのに、遠くに吹っ飛んで行かなかったたのであるからして。

「なるほど。つまり、敵とこちらの攻防が一つの合奏のように展開されると休符が……敵の演奏たる攻撃に、休みが生じると。その隙が、確実につける状況になるわけか」

「その通りです。パターンに乗っかれれば楽に勝てる。逆に、パターンを無視して倒そうと試みると、ランクSのハルルでも手こずるレベルの相手が平気で登場してくるってことです。皆さんがパーティプレイでも手こずったように、ね」

「全然? 俺は全然余裕だったけど?」

 はいはい、そうですね。ぬめんぬめんのニュルンニュルンでピッチピチのビショビショ網タイツが嫌だっただけですよね。それで手こずっただけですよね。

「はっ。見え見えの強がりとは……竜人族、しかもランクS冒険者のくせにだっせぇな」

「は? そこの魔人族の童貞(ウブガキ)、俺様とやんのか? ケンカは買う主義だぞ?」

「落ち着け、ハルル」

 ウブガキって言うな。

「くだらないケンカに割く余力があるなら、攻略にまわせ」

「……おぅ」

 まぁ、ハルルも本気じゃないけど。

 本気なら今頃、俺以外は尻もちをついてるはずだから。ハルルの気迫で。

「カイト殿の言は実に真理だ。ウーセルにコルト、(けい)らも倣うといい」

「「……リーダーの仰せの通りに」」

 良かった。

 下らないいざこざは避けたい。ダンジョンでは特に。

「いやしかし、僕は驚いたよ! さすがはカイト君だね!」

 なんと空気の読める美女なのか。明るい声音と元気のいい大語での話題チェンジ。エッフェルさん、最高です。

「えぇ。的確な情報の分析と対応力。私も感服しました」

「や、それほどでも」

 大丈夫。ハルルを見てれば大丈夫。美女に褒められても大丈夫。

「つまり、階層が進むにつれて演奏が複雑になると想定していいわけか」

「モーセルさんに同意です。低層ほど演奏のパターンが単純。深層に進むにつれ、演奏が複雑化する……集団戦になるかもしれませんね」

 ハードルは高めに想定しておいた方がいい。ここは、ダンジョンなのだから。

 それに、ハルルが収集してきた情報によれば……二十六層から難易度が爆上がりする可能性あり、だ。

「情報提供に感謝する。このお礼は地上で、改めて」

「僕もだ!」

 美女による美しいお辞儀の間、ハルルと他のメンバーの睨みあいが続いていたわけだけども。

「では諸君! さっそく地上にて対策会議を開くぞ! ダンジョンから脱出する!」

「「「はっ!」」」

「僕らもだ!」

「「「了解!」」」

 脱出魔法で姿を消したパーティに向かって、手を振りながら。ハルルの脛を軽く蹴り上げる。

「はいはい、イケメン税徴収徴収おつおつで~す」

「自分でイケメン言うなし」

 ったく。

「てか、お前のためにセッティングしてやったんだけど? むしろ感謝してほしいくらいなんだけど?」

「は?」

「だ~か~ら~よぉ。いい加減、次の恋に進めって」

「進む必要ゼロですけど? 別れてませんけど?」

「……ま、いいけどよ」

 不吉な助言禁止で。

「それで? 俺らはどうする?」

「とりあえず進もう。到達階層を競ってる全パーティが苦戦してる可能性がある」

 中層にすら到達できてないかもしれない。

「苦戦、ね。ただし先生たちを除いて、な」

「確かに」

 先生たちなら、余裕だろうな。トール先輩なら、脳筋ごり押し作戦でも、低層を圧倒するだろうと思う。

「メンバー、三人で行けると思うか?」

 ハルルとオレ、そして姿を消して控えているガウェイン。

「いざとなったら、精霊たちを召喚するってことで」

「了解!」

 とりあえず、進めるだけ進もう。仮説を検証しながら。

「ただし、これまでの常識にとらわれないようにしようぜ」

「了解。ダンジョンのドロップアイテム、脱出魔法に、精霊召喚もか」

「あぁ」

 精霊召喚。

 さっき【金剛(ダイヤ)】が成功してたから、大丈夫だろうとは思うけど。一応、想定の範囲には入れておこう。

「違和感が生じたら、ガウェインの謁見の間に一時避難することも視野に入れて進もう」

「おぅ! 賛成だ!」

 あぁ、そうだよな。

 うん。

 わかるよ、わかるよ本当に。テンション爆上がるよな? ニヤニヤしちまうよな?

 だって……

「「……これでこそダンジョン!」」

 未知の冒険は、いつだって大歓迎なのであるからして!

「あ、ところでハルル」

「何だ?」

「網タイツ、嫌いなわけ?」

「いや? 大好物だが?」

「あっそ」

「むしろ嫌いな男なんていねぇだろ?」

「……ふむ」

 ふむふむ。好きでも嫌いでもない層が、一定数存在すると思うけども。自信たっぷりに断言するイケメンは、卑猥な方面では経験値豊かなのは間違いない。

 それに論点は、そこじゃあない。なにゆえにハルルがぶち切れたのか、だ。ひょっとしたら、大好物を身に着けたタコが許せなかったってことなのかもしれないけども。この仮説はもう少し、検証の必要ありだな。

「ほら、次の階層進もうぜ」

「お………ぅ!?」

 タコさんが現れた。

 タコさんその二が現れた。

 タコさんその三が現れた。

 合計、二十四本の、ぬめんぬめんのニュルンニュルンでピッチピチのビショビショ網タイツ脚が現れた……。

「悪ぃな、カイト」

「お、おぅ?」

「ダンジョン序盤だが……ちょっと本気出すわ」

「……了解」

 ランクS冒険者。竜人族のハルル。その竜種は……水竜。最強の一角に数えられる水竜の、偉大なる系譜に名を連ねる者。武の頂に迫らんとする多くの冒険者に敵視される天賦の才能に胡坐(あぐら)をかかない友は、修練を欠かさない。

「三流は、環境に負ける。二流は、環境に抗おうとする。一流は、環境に左右されない、ね」

 なら、超一流たるランクS冒険者は?

「……すげぇ」

 湖の水面がグググっと下がっていく。

 水位が低下したからといって、水が消えたわけじゃあない。

 まるで津波のようにハルルの背後に盛りあがった水は……そのまま空に浮かび上がって。轟音と共に、三つ首の巨大な怪鳥の姿を模していく。

「圧……」

 手のひらを握ったハルルにシンクロするように、怪鳥は縮む。

「このくらいでいいか……」

 ハルルの指先が示す先……三体のタコさんの頭上へと飛び立った怪鳥が……急降下。

「散っ」

 伸びた三つ首がそれぞれ、タコの頭を打ち抜く。やがて姿を崩した怪鳥の体は、豪快な水量で爆音を生み出す大瀑布となり……タコさんを押しつぶした。

「さすがだな」

 超一流は、厳しい環境下で、どう立ち振る舞うか。

 その問いの答えは、今、体現された。

 超一流は、環境に抗わない。環境を利用するんだってね。

「これに懲りたら、俺様の思い出を汚すんじゃねぇぞ?」

 ハルルのドヤ顔と決め台詞は、確かにタコさんには届いたらしい。バトルの様子を遠巻きに伺ってたタコさんたちの気配が周囲から一斉に、消えたのであるからして。

「……ふぅ。さすがに疲れたぜ!」

 ニシシっと笑ったハルルは、確かに少し気だるげで。本気を出したってことが、よくわかる。

 ふむ。

 ここまでハルルが怒るアイテムたる網タイツ。

 そう。

 プカプカ水面に揺れてるタコさんのドロップアイテムたる網タイツを、拾うべきか。それとも拾わざるべきか。

 それこそが問題なのであるからして。




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