第72話:神と神と
神威。
時折オレの体を覆うプラチナのオーラを、そう呼ぶらしい。
イケボさん曰く、神威とは神の力であり、神にしか扱えぬエネルギーなんだそうだ。
だから本来なら、オレにも扱えないはず。
でも、なぜだか引きこもり神は、オレに神威を分けることができるらしい。そんで、引きこもり神から渡された神威なら、オレも使えるんだよな。
『カイト様。作戦に変更は?』
『ないよ』
『かしこまりました。適しているのは二百五十二。あるいは……三百三十五あたりがよろしいかと』
『ありがと!』
イケボさん、超有能!
「メモリー・ロード」
呪文と共に、右手に装着してるバングルが光を放って……アルバムへと形態変化する。
「二百五十二枚めを選択」
イケボさんのおすすめに間違いはないのであるからして。
アルバムから浮かび上がった一枚のカードには、かっちょよい技を放ってる赤髪のイケメンが写っておられるせいか、なぜだか卑屈な気持ちになるけれども……。
「太陽神アポロンの力を代行する! 陽光……発動!」
カードの説明文を読み上げると、譲渡された神威が体から抜けていくのがわかる。
でも、それ以外に変化はない。
以前は神威なしで使ってたんだけど……そしたら虚脱感山盛りだったんだけれども。神威譲渡状態で使うと虚脱感激減だってことに気が付いてから、イケボさんのお世話になってる。
「……ってアレ?」
発動、しない?
『イケボさん? なんかエラー?』
『か、カイト様っ。技の発動と同時に……介入がございましたっ』
『介入?』
『は、はい。今そちらに―――……が…………り………』
『え? どうしたの?』
まさかイケボさんに何かあった?
「カイト! なんで僕のカードを選ばないんだい?」
「へ?」
「よりによってアポロンの力を求めるなんてね! 太陽の力が必要なら僕―――偉大なる太陽の女神を選ぶべきだ!」
「へ?」
誰?
右手に桜餅パックを抱えた……この美しい女神様は?
「じゃあ、しっかりと見ているがいい! 偉大なる僕の大活躍を!」
「……はぁ」
「ぼんやりして見過ごすんじゃないぞ?」
え?
だから誰?
なんで上からなの?
なんかちょっとイラっとすんだけど?
「じゃあいくぞ! 神権―――陽光、発動!」
え?
その技ってアポロン神のじゃない? ……なぁんて思った瞬間。
美女が天にかざした左手から……一筋の光が解き放たれて。天井画を貫通する音がした後……地下深い世界に陽光が差し込んだ。
「どうだい! すごいだろ?」
「え、や、まぁ……はい」
「うん! 分かればいいんだよ!」
「はぁ……」
「じゃあ帰るから! しっかり頑張るんだぞ!」
ドヤ顔で手を振る女神に、反射的に手を振り返して。
それからようやく、気が付いた。
「いや、思ってたんと違う」
僅か二十センチの穴を開けたいんじゃなくてさ。
十メートルくらいのデカい穴をあけたかったんだよ、うん。
しかも、ガウェインが投獄されてる部屋に、陽光が差し込むように角度調整してさ……。で、ガウェインに向けて、超光度を誇る大量の光を送ってもらうつもりだったんだよ。上空待機してる光の精霊たちから……。
「うぉいカイト!」
「はっ!?」
しまった。
「それで? うまくいったのかよ? てかさっきの美女は誰だよ?」
「知らね。てか失敗したっぽい」
「はぁ!? ミスんじゃねぇよ!?」
いや、オレに怒られても。
「悪ぃ。もうちょっと頑張って!」
「おぅ!」
オーラを全身にまとった親友は、踵落としを繰り出して。蛇人を地面に叩きつけた。
『イ、イケボさん? 聞こえます?』
『はい。先ほどは……申し訳ございませんでした』
『いや、イケボさんのせいじゃないでしょ?』
あの美女神……イラっとする感じの。どう考えてもアイツのせいでしょ?
『……恐縮です』
『てか、どうしたらいい?』
もっかい、神威を分けてもらえたりするんでしょうか?
分けてもらえないとなると、作戦行動に支障が出る。神威なし状態でメモリー・ロードを使用すると、虚脱状態になっちゃから。カイト君、戦線離脱不可避なんだけど?
『ご安心ください。今、五賢帝のお一人が向かわれました』
『五賢帝?』
『はい。わが主が絶大なる信頼を寄せておられる神々の総称です』
『信頼って……引きこもり神が?』
『はい』
それって……引きこもり仲間なんじゃないの? 大丈夫なの?
『ご安心ください。五賢帝の皆様は、非常にお強い』
『わかった』
イケボさんが断言するなら、間違いない。
「おぃ! カイト!」
ハルルの大声が、室内に響き渡る。
蛇人に蹴り飛ばされたハルルが、空を舞う。
その隙をついて、蛇人は捕食を果たそうと……おっさんに向かって駆けている。
反射的に地を蹴ったオレ。距離を一気に詰めるために……大きくジャンプした。
「っ!?」
それを待ってたと言わんばかりに、ニヤリと笑って。大きく顎を開きながら……ハルルの水竜破を交わす蛇人。
「―――やばい」
ヤバいヤバい。空中で姿勢を変えるのは……キツいっ。
「クキャキャ!」
このままじゃ……全身すっぽり飲み込まれ―――
「控えろ。愚か者よ」
「―――っ!?」
灼熱の防壁。
「クキャ!?」
グジュリと……鱗が焦げる音。慌てて後退する蛇人が負った……深い火傷。
それは数秒後のオレの―――
「ボス。待たせたね」
―――姿、にはならなかった。
太陽を思わせる赤髪のイケメンが、満面の笑みで受け止めてくれたからだ。別名、ハグとも言う。
「えっと……あの?」
ボス、とは?
「おっと、これは失礼した」
ゆったりと、オレを地面に降ろしてくれたイケメンは、優雅な仕草で片膝をついて。それからそっと手を取って……腕の汚れを拭ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「礼など不要だよ、ボス」
「えっと……五賢帝さん? です?」
「あぁ。我が力になろう」
「……どうも」
この御方……ひょっとして?
「我が名はアポロン。偉大なる神に仕えし……太陽神だ」
やっぱり。
カード集って、神の雰囲気は伝わってくるんだけど。神々のお顔が、必ずしもはっきりと描かれてるわけじゃあない。
けど、不思議とオレには分かるんだよな。顔のイメージが脳内に連想されるって感じで。
「……カイト! 無事か?」
「おぅ! お疲れさん!」
ハルルの視線は、手前のイケメンさんにロックオン。
「あなた様は……」
「神様だってさ。アポロン神だって」
ヒュム族の集落近くにあるダンジョンの一つが、太陽神アポロンの創造物だとされてて。美しい神殿タイプのダンジョンは、けっこう冒険者から人気がある。
だからこのイケメン神は、ヒュムのオレら的には、馴染みの深い神でもあるし、たいへんお世話になってると言っていい。
「ハルルか。君には会ったことがあったね?」
「覚えていただいていたとは……恐縮です」
ハルルは片膝をついて……目礼したまま動かない。
「面を上げよ」
「……承知しました」
アポロン神を見上げながら、ハルルは緊張で震えてる。
「よい機会だ」
片膝をついたハルルの肩に、イケメン神は手を置いて―――
「汝らが常にカイトを守護してくれていること……神々は感謝している」
―――ポンポンと叩きながら、労いの言葉をしみ込ませた。
「恐縮です」
神に労われる日が来るとは、思ってなかったらしい。ハルルは身を震わせて、名誉を噛み締めている。
しかし……解せぬ。
オレを守ると神に感謝されるの? どんな仕組みでそうなってんの?
「では……ボス。神権を発動しても?」
「あ、お願いします!」
「承知した。偉大なる太陽神たる我が神権―――【陽光】をご覧あれ」
ふむ。このイケメン神は、更にイケイケするおつもりらしい。
天に掲げた右手が燃え盛り……部屋の全てが蒸発しそうな熱を……一筋の刃に変えた。
それを緩やかに振るうと………空が……切り取られた。
「すげぇ」
「……あぁ」
いや、実際には天井の岩は全て……蒸発して消えてた。だから、そう見えたのは、オレの気のせいなんだけど。本当に……まるで空を切り取ったように……見えたんだ。
「光路はできた」
ガウェインが封印された空間に、陽の光が差し込む。そしてすぐさま隕石のような大量の光が……ガウェインを救い出した。
光の渦の中で目礼したガウェインに特大の笑顔で応えると、小さく……微笑んでくれて。それがうれしくて……思わず拳を掲げた。
クシャリと顔をゆがめたガウェインは……もう一度目礼して……それからすぅっと……光と同化して消えた。
「かなり……弱ってたな」
「あぁ」
上空に待機してた光の精霊たちに、感謝。
合図を見逃さずに……ガウェインの気配を知覚して、逃亡を支援してくれたんだから。
「さて、カイトよ」
「なっ、なんでしょう?」
「まず……よければタメ口で」
「おっけ!」
アポロンさんも、気さくな神らしい。接しやすくてありがたい!
「あのデミ・ゴッドだが……神界に連行しようと思う」
いつのまに施されたのか……蛇人は焔の縄で拘束されてる。
「頼みます!」
アイツなんか、とっても嫌な感じなので。
「おぃ、カイト」
「ん?」
「アイツ……脱皮しやがった」
「へ?」
焔の縄を抜けるために? 脱皮したのか?
「ボス……申し訳ない」
「どうしたの?」
「アレは、デミ・ゴッドではなさそうだ」
「そうなの?」
確かに、オレも変だなって感じてたけど。アポロンさんが言うなら、間違いないんだろうな。
「ボス。暫しこの場を預からせてもらえるかな?」
「……ぜひ」
二度めの脱皮後の姿は……吐き気を催すレベルの異形さ。
「背丈は二メートルってところか……」
真白な肌に、奇麗な丸形のスキンヘッド。蛇のような細長い目と、無機質な冷たい瞳。
なにより恐ろしいのが―――全身に浮かぶアレ。
「……捕食した人の顔だろうな」
「なるほど」
苦悶の顔が、背や腹に浮かんでる。
「カイト……見えてるのか?」
「え? 見えてるけど?」
「悪ぃ。俺は見えねぇ……」
「へ?」
「見えねぇ。黒い靄にしか見えねぇ……クソっ」
「……了解」
「ボス。あれは神だ。邪なる、ね」
「マジで?」
「あぁ。先ほどの蛇を依り代にして降臨したらしい」
「なるほど」
生命体が神を視認することは、限りなく困難らしい。
神がそう望まない限り、姿を見ることはできないんだとか。だから今、アポロンさんの姿がハルルに見えるのは、アポロンさんが姿を見せようと思っているからってことになる。
「へぇ?」
どうやら人語を語れるようになったらしい。
「本当に……太陽神アポロンじゃないか」
言葉と同時に、靄を晴らしたのか。ハルルは邪神を見ながらヨロヨロと後退した。
「さて、そこのヒュムよ。ようやく会えたな」
その声はただ、事実を確認するためのもの。脅迫の音色を携えていない……無機質な言葉。
「……ぐっ……ぅぇっ……ぅぇっ」
なのにハルルは……吐いた。
低温と高温が重なり合ったような……黒板に爪を立てたような不快な響きが……心身を揺さぶったせいだろう。
「おぃ。その不快な音色を止めよ。これ以上話すな」
アポロンさんがハルルの前に歩み出て。優しい暖色のベールで、友を覆い隠した。
「偉そうな口をきくようになったものよ」
「黙れ」
「まぁよい。そこのヒュムよ。お前は一体、なんなのだ?」
「カイトに語り掛けるな」
「そう喚くな。興味があるだけだ。世界樹への侵略、そして邪竜の破壊的な攻撃。この星が滅亡を逃れる際には、必ずお前がいる」
「どうだったかな?」
「いや、こう表現した方が良いな。危機に立ち向かう汝に、必ず神々が手を貸している。それはなぜだ?」
「……さぁ?」
それはオレも不思議に思ってるところなのであるからして。
「答えぬ、か。まぁ、それでもよい。お主を手に入れれば、神々は首を垂れるであろうな?」
視界から、蛇神の姿が消える。
「我の言葉を受け入れるために、な?」
「っ!?」
耳元に音が響くまで、気が付かなかった。背後を取られたことに。
「その汚い声を聴かせるな。そう言ったはずだが?」
アポロンさんがオレの手を引いてくれなかったら……アイツに丸のみにされてたかもしれない。
「ほぅ? ずいぶん強気だな?」
蛇神の胸に浮かんだ、炎の手形。蛇神はそれを軽く撫でて、傷を癒した。
「邪神ジョルダバートよ。汝の知る……そうだな……かつての我とは違うのだよ……我とはな、とでも言っておこう」
太陽神。
まさに、その名前に偽りなし。
赤髪のイケメンがゆるやかに神威を解放すれば……バターのように地面が融解していくのだから。
もちろん、オレとハルル、おっさんとエース、それに少女を、空飛ぶ球体型の結界で守ってくれてる完璧っぷり。
「下らぬ」
邪神が指を鳴らすと同時に、融解した地面が元に戻った。
「偽りの世界創造、か。相変わらずだな」
再度融解する地面。
深紅のマントを身にまとったイケメンは微塵も動じることなく……人差し指を邪神に向けた。
「太陽が……落ちてきやがった」
「……あぁ」
ハルルのつぶやきを否定できる者は、この世界にはいないだろう。小さな太陽が白光を携えて……邪神を飲み込んだのだから。
この星を焼き尽くすような……強烈な一撃。
このまま、あの太陽が爆発すれば、少なくとも海人族の里は全滅不可避だ。
「あの……アポロンさん?」
「なんだい?」
「ちょっとは手加減を……」
「すまない。今、その余裕はないんだ。だが、心配には及ばない。既に対処された」
「対処? された?」
「あぁ」
イケメンが見上げた先には、空がある。つまり……イケボさん? 引きこもり神が? 対処したわけ?
『カイト様、ご安心ください。既に、この空間を隔離しております』
『さっすがイケボさん! 超有能!』
『ふむ! 我を称えよ!』
『いやお前じゃねぇんだよ……』
なんでイケボさんの手柄を横取りしようとするかなぁ。
『あ、イケボさん。もしくは引きこもり神でもいいんだけどさぁ』
『ふむ? なんだ? 申してみるがよいぞよ?』
『偉そうでイラっとするんだけども。ま、それは後でいい。オレとハルル、あと生き残ってるのを、この空間から逃がしてくんない?』
『ふむ。お主が逃げれば、あの邪神も逃亡する恐れがあるのであるからして。覚悟を決めるがよいぞよ』
『……は?』
『ハルルもお前も、いざとなれば我が助けるから安心するがよい。あと、すみっこのおっさんと青年さんも助けてやろうと思ってはいる』
『え? ここにオレら放置ってこと?』
『ふむ。残念ながら我は、少しの間、全力で桜餅を配らねばならない』
『は? 会話になってねぇんだけど?』
『いや餅つくがよい。そもそも心配は不要なのであるからして! ふむ!』
『不要?』
『あぁ。アポロンさんは強いよ。こと大事な人を守る時には……無敵だ』
『……そっか』
『ふむ! それじゃあな! 気を付けろよ!』
『はいよ』
引きこもり神の言葉は、いまいち信用できないけど。
目の前にいるこの神は、信用に足ると思う。
なによりこの神は、太陽神。太陽を打ち負かす存在なんて、そもそもあるはずがないのであるからして。
「下らぬ。同じことを言わせるな」
指の鳴る音と共に、太陽が消える。
「……無傷かよ」
「みてぇだな」
あの攻撃を受けて、かすり傷ひとつない。とんでもなく強いってことが、今、証明された。
状況はきっと、更に悪化する。双子の神、マルとモル。こいつがそのどちらかの正体だとして、だ。あと一人、邪悪な神がこの後に控えてるはずだから。
『イケボさん。アポロンさん一人で大丈夫かな?』
『つまり邪神が少なくともあと一柱はいると、カイト様はお考えなのですね?』
『さっすがイケボさん』
『ご心配はもっともかと。しかし、ご心配には及びません』
『そうなの?』
『えぇ。アポロン様にお任せください』
『わかった!』
七つの恒星を天に浮かべたイケメンは……空を歩んで。邪神の上空から、恒星の雨を注いでおられる。
「そろそろか……」
ほほ笑んだイケメンは、自らが降らした星の雨を浴びに降りた。
やがて……指の鳴る音。
同時に広がる、異様な世界。
「―――っ!?」
茨の生い茂る地面に倒れこんだのは、右手をもぎ取られたイケメン。
その胸を踏みつけながら、邪神は満足そうに微笑んで。まるで見せつけるように……大きな口を開けて……戦利品を飲み込んだ。
今日も大感謝です!
【20230511 誤字修正】




