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第70話:茶番

 


「うおっ!?」

 軽く叫びながら、ハルルが口元を手で覆う。ついデカい声を上げそうになって、自重したんだろうけど……

「……ちょっとやそっとじゃ起きねぇから。大丈夫だって」

 だから、ニヨニヨすんなし。

「……失神中?」

「そうそう」

「いや、お邪魔しちまったかと思ったぜ」

「全然? 全然ですけど?」

「てかすっげぇな! やるじゃん? 何人? 何人だこの野郎?」

 肘で人の顔をウリウリすんなし。

「……四十八人」

 そう。教団からオレにあてがわれた、大きな寝室。

 のんびりと思考を整理しながら、ガウェインの救出策について確認してたのに、部屋をノックする音が聞こえて。

 ひとり、またひとりと、代わる代わる若い男女がやってきた。

 いわゆる、夜這いってやつだ。

 その数、合計で四十八人。

 どうやら、オレとハルルが未曽有の性的快感を提供するって噂が、しっかりと広まってたらしくて。一晩の情事を楽しみたいってお方が、続々とやって来たのである。

「しっかし、ニヨニヨ顔で失神させるたぁ……やるじゃねぇか!」

「……おぅ?」

 基本、みなさん全裸。絶頂の雄たけびを上げた後に……失神。だからきっと、ニヨニヨしておられるんだろう。

「ハルルは?」

「俺んところは、八人だな」

「……ふぅん」

 御立派様が顕現されたわけですね。大暴れされたわけですね。

「それで? 全員? 相手したのか?」

 腰を振るなよ、腰を。

「……まぁな」

「やるじゃん!」

「……おぅ」

 ま、まぁ、オレも?

 ちょびっと本気を出せば?

 これくらいできるわけですけど?

「まぁ、どうせ魔法使ったんだろ?」

「……うっせ」

 ご明察だよ、親友。てか分かってるんなら、ニヨニヨすんなし。

「今回はひとりひとり幻惑魔法にかけて、リクエストを聞きだした」

「なるほどなぁ。それでみんな個性的な失神姿勢ってわけか」

「だな」

 リクエストに応える幻惑を見せながら、次の魔法―――沈黙の身体、を使用。

 相手が絶頂しないよう性器を麻痺させて。散々、焦らしに焦らして……快楽をため込ませながら、こちらの質問に答えさせた。

 で、その後、魔法を解除したら、みなさんニヨニヨ顔で失神したって流れです。

「マジでおっかねぇな、その魔法……」

「……だよなぁ」

 五人は休めそうな、巨大なベッド。

 ニヨニヨしながら隣に腰かけてきた親友は、自然な動作でベッドに寝転んだ。もちろん、当然のように半裸である。

 ふむ。

 どうやら、事後には爪の痕跡を背中や腕にまとうのがお洒落だと思ってる節がある。そしてそれをみせびらかすのが武勇伝だと誤解している気がする。

 いつかちゃんと、指摘しなきゃな。

 そういうのは、大事な人とのプライベートな思い出だから、見せちゃダメなんだよって。

「にしてもよぉ……えっぐいカッコだなぁ」

「だろ? リクエストがえぐかったし」

 目隠しプレイ。拘束プレイ。赤ちゃんプレイに、お散歩プレイ。

 そして、いろいろな体位。

 みなさんは今まさに、ご自身の願望を満たすプレイを体現するような姿勢で、失神しておられるのだ。

 でも、違和感しかない。

 オレが偏屈なだけかもしんないけど……。

「どうした? なんか悩んでんのか?」

 さっすが兄属性……。弟の機微に察しがいい。

「悩みってほどのことはねぇんだけど……」

「よかったら聞くぜ?」

「まぁ、うん。なんでみんな、そんな簡単にやるんだろって思ってさ」

「……なるほどなぁ」

 オレの中で、セックスは付き合ってる人とする愛の行為で。

 だから、四十八人の相手をするのは、苦痛だった。

 例えそれが魔法―――幻惑を掛けるだけであっても、だ。

 リクエストを確認してる間に、性にかかわる欲求の吐露があって。要約すると、それは次の二つに大別された。

「愛されたいと、愛したい。その感情を強めるために、願望―――プレイ内容と体位が重要なんだってことは、今回、わかったけども」

「ま、そうかもな」

 ベッドの下に倒れてる若い男は、至福の笑みを浮かべてる。

 ただただ乱暴に、自分の口を犯してほしい。道具のように扱って欲しいと、願望を述べてた。

 その隣に眠る若い美女は、赤ちゃんプレイを希望した。大人の男性を赤ん坊のように世話することで、どうやら満たされるらしい。優越感と有能感が。赤ん坊をあやすような言葉から急変して、性的に煽る文言を高笑いしながら放った後……失神した。

 椅子の隣にいる若い男は、四つん這いの恰好。椅子になりたいって言ってた。罵られて、蹴り飛ばされる幻惑を見ながら、恍惚とした表情で謝罪しながら果てた。

 その椅子もどきに座ってる若い女は、かなりのぽっちゃり体形で。男性を押しつぶして、ジタバタと苦しむ顔を幻惑で見ながら、失神した。

 まだまだ、いらっしゃる。

 大きな鏡台の前で腰を振りながら、オレを罵る言葉を連発しては、繰り返し果てた男。

 複数のオレを相手に、メイドとご主人様プレイをしながら失神した女。

 全裸で逆立ちしながら責められたいって男。

 オレから恋人を奪うってシチュで果てた男。

 獣人族コスプレで野性的なセックスを求めた女。

 お触り厳禁の見るだけプレイを所望された男と女。

 やりながらやられたいって男。

 拘束されながら鞭で叩かれたいって女。

 拘束されながら踏みつぶされたいって男。

 石鹸プレイ。

 お散歩プレイ。

 精霊としたい。

 悪魔としたい。

 壁と床に擦りつけながら達したい。それを罵られたい。

 ま、幻惑だから好きにすればいいけども…………ふむ。

 プレイだけを見れば、みんなの性癖ベクトルは違うように思える。

 なのに、みんなみんな、恍惚を全面に打ち出した笑顔で、気を失った。うっすらと、歓喜の涙を浮かべてる者までいたくらいだ。

 最初は、わからなかった。なぜ、恍惚そうな笑顔をみせるのか……。

 でも、繰り返し、大人数に幻惑をみせてやるなかで、わかった気がする。

 性癖のベクトルは違っても、その始点は同じなんだろうなって……。愛されたい、そして愛したい。全ては、ここから始まる。

 なのに……歪むんだ。そして、みんな歪みを自覚してるんだよな。だから、隠すんだ。普段は、仮面で性癖を隠して生きてるんだ……。

「悩んでるのはそこか?」

「や、多分……違ぇ。えっと、どっちの顔が本物なんだろ……ってさ」

 ここで見せた、性癖に潜む顔。そして、日常生活の顔。

「ま、コインの裏表だろ」

「……そっか」

 そうかもしれない。

 どっちの顔も、自分。見せる相手と場所を選んでるだけ、なんだろうな。日頃は抑圧されてる人格が性癖を伴って発露し、発散される。それゆえの至福ってことか。

「なぁ」

「ん?」

「ハルルにも、あるのか?」

 隠してる性癖……仮面が。

「見てぇなら、見せてやってもいいけどよ?」

 ハルルを見上げて、ようやく気が付いた。

 ごく自然な仕草で、ベッドの上に押し倒されたってことに。

「……悪い」

「なんだ……怖じ気づいたのか?」

「質問、間違えた」

「質問?」

「おぅ。ハルルには、いるのか? ちゃんと全部、見せられる相手が」

 隠された方も含めて、な。

「……ふっ」

 鼻で笑ったハルルの頬を抓りながら、逆の手でデコピンをひとつ。

「お前には、本当に勝てねぇなぁ」

 頭を掻きながら隣に寝転んだハルルが、小さく笑って。

 それから背をこちらに向けて……大きく息を吐いた。

 その背中が小さく、小さく震えてる気がするから。ちょっとだけ、待ってやろう。

 なにより、反省しなきゃなだし。

 不用意な質問で、ハルルの傷に、触っちゃったかもしんない。「ごめん、今の質問なしで」って、謝りたいところだけども……。謝罪するって行為が、ハルルの負傷に触った可能性をオレが自覚してるってメッセージになる。

 プライドの高いハルルはきっと、お兄ちゃん属性を発揮して笑いとばしてくれるだろうけど……今は沈黙を選ぼう。

「……はぁ」

 静かに吐き出された溜息。

 でも、呼気のリズムが教えてくれる。どうやら、いら立ってるわけじゃなさそうだ。呼吸を整えるための丁寧さがあった。

「なぁ、カイトさんよ?」

「ん?」

 急に、さん付け?

「お前は?」

「オレ?」

「そうだよ。裏とかなさそうだけど? あんのか?」

 この心配そうな優しい微笑みは、ハルルの痛みの裏返し。自分(ハルル)と同じ痛みを抱えて生きてるんじゃないかって、気遣ってくれてるんだろうな。

「……そうだなぁ」

 裏って言っていいのか、わっかんねぇけど。

「ある、とは思う。んで、ハルルにも見せてる気がする」

「……へぇ。俺にねぇ?」

 お?

 どうやらちょびっと、元気が出てきたっぽい。

「てか、リクにも、イルルルルの二人にも見せてる気がする」

「つまり、駄々洩れってことかよ?」

「おぅ」

 だんだん、恥ずかしくなってきた。

「で? その裏って?」

「恋焦がれるような……甘酸っぱい恋愛がしたい。ドキドキして、ワクワクして、ソワソワしてメソメソしてさ。とにかく、頭と心が不安定になるくらいの……恋愛がしてぇ!」

「へぇ?」

 照れ隠しでニシシっと笑ったのに、ニヨニヨっとしやがった。基本、イジリたい属性なんだよな、ハルルって。

「それはそれは……素敵な裏ですこと」

「おや? ハルル君? 今なにかバカにしたかな?」

「全然? 全然ですけど?」

「はいバカにしてるの確定~」

「ば……っかやろ! 蹴るんじゃねぇよ!」

 ゲシゲシっと背中を蹴ると、クスクス笑いながらベッドから転がり落ちて。

 軽く飛び上がりながもう一度、隣にダイブしてきた。

「お前って、恋に恋するタイプだよな」

「へ?」

「性欲と恋愛が結びつかねぇタイプって感じ?」

「や、そうでもねぇよ? 性欲あるし?」

 たっぷり。

 だってほら、まだ若いし。

「そりゃ、性欲はあるんだろうけどよぉ。体の充実より、心の充実を取るタイプなんじゃねぇの? って意味なんだけど?」

「どうだろ?」

 指摘は、的を射てる気がする。

 当たってるって断言できないのは、浅いからだ。体の充実に関する経験が。

 でも、心の充実をとるって指摘は、しっくりくる。誰かを好きになってる時の自分が、好きだしな。

「ま、わっかんねぇけどな! とんでもねぇ変態プレイをかますど変態親父になる可能性もあるしな!」

「ハルルさんと一緒にしないでいただけます?」

「え? 敬語止めて? 傷つくんだけど?」

 クスクス笑いながら、戯れにゲシゲシと蹴りあって。

 同じタイミングでベッドから落ちて、ベッドを挟んで川の字になる。

 それから少し……床に寝転びながら笑って。

 おかげでかなり……元気が出てきた。

 どうやらさっきまで、へこんでたらしい。

 確かに、大人の性癖と性欲にうんざりしてたとこあるし。

 コイツ等みたいに……歪むこと……恋愛を軽んじる年齢になることへの恐れが……あったのかもしれない。

 部屋に入ってすぐ、ハルルはきっと、気づいたんだろうな。オレが元気なさそうだってことに。

「サンキュ」

「あん? なんか言ったか?」

「別に」

 飛び上がりながら、ベッドにダイブして。ゴロゴロとしだしたオレの背に、ハルルは笑いながら気合を注入してくれた。

「痛ぇよ!」

「我慢しろし!」

 ニシシっと笑ったら、ニシシっと笑ってくれる。気合注入の威力が高めだったのはきっと、さっきの失言を帳消しにするってサインだからだろう。

「そういやカイト。お前の方にも、刺客が紛れ込んでたろ?」

「いた。やっぱハルルの方にも?」

「おぅ。やってる最中に、毒針を刺そうとしてきた女がいた。鳩尾ワンパンで失神させたけどよ」

 さすがです。

 愛の営み中ですら、油断がないとは……。

「そっちも毒針か?」

「同じ。こっちにも一人いた」

 教団からの刺客。

「それで? 幻惑かけて聞き出したんだろ?」

「おぅ。刺客の目的は三つ。オレらの手法を白状させて、マネできるかを確認すること」

「なるほどな。なら、もう一つは俺らの傀儡化か、抹殺か」

「……あぁ」

 一晩で数十億稼ぐ手法。それは同時に、強い信仰心を獲得する手法でもある。

 このカラクリを白状させて、マネできるようなら抹殺する。

 マネできないときには、麻薬を使って中毒状態にして……傀儡にする。こういうミッションを背負った刺客だったらしい。ちなみに、拘束プレイを所望されたので、ソファーに縛り付けてある。

「それで? 最後の一つは?」

「ガウェインを助ける気かを、白状させること」

「やっぱ……そうなるか」

「あぁ」

 ガウェインを拘束してる奴は、ガウェインが光の精霊だと気が付いてるはず。

 これを救い出そうとする者は、オレか、オレの関係者ってことになる。光の精霊の召喚に成功した例は、公式には、オレ一人なのだから。

「カイト、お前は今回の謁見、どう評価してる?」

「そのために……どこからどこまでが茶番なのかを、考えてた」

「茶番?」

「あぁ、大神官ドリトルは、器としては小さすぎるだろ?」

「カイトに同意。俺も、アイツは小物感がやべぇと思ってた」

 やっぱり、ハルルもそう思うよな?

「口を滑らせすぎだし、交渉も弱気だしな」

「ハルルに同意」

 自分で三頭取の一員だとにおわせる発言をした時には、本当に、バカだと思った。

 ま、だからこそ、違和感が生じたわけだから……オレ的には、おっさんグッジョブって感じだ。

「それで? カイトの見立ては?」

「……今回の件、黒幕がいると思う。あのおっさん―――ドリトルはフェイクだってことになる。だとすると、その黒幕は、何らかの目的をもって、策を講じてるはずだ」

「なるほど。それで……あのおっさんが主役だった謁見を、茶番だって考え始めたわけだな?」

「その通り」

 問題は、どこからどこまでが茶番か、ってこと。

「検証点は、今のも含めて三つある。検証点ひとつめ……双子の神そのものがフェイクなんじゃね? 検証点ふたつめ……三頭取の最後のひとり、あのおっさんはフェイクじゃね?」

「なるほど」

「そして検証点みっつめ。エルフで護衛を固めたのはなぜ?」

「なるほど……。そこも、疑うか」

「あぁ。オレらを油断させて、アイツ等を見下させる。んで、この茶番が真実だと思わせる。そのための心理的トラップだったんじゃねぇかと」

「……ありうるな」

「だろ? で、そんな緩い警護で謁見させたってことが、最初の検証点につながらる」

「おぃおぃ、まさかマジで……」

「あぁ。白蛇と娘はフェイクなんじゃね?」

 間違いないと思う。緩い警備体制で、万が一、白蛇と少女が害されることになっても構わないってことだ。

「だとすると……謁見の時の、あの行動もか?」

「あぁ」

「少女と白蛇がが一心同体であることを、わざと見せて、オレらに知らせたってことかよ」

「ハルルに同意」

 おっさんは勿体ぶってみせたけど……。黒幕的には、こちらが要望しなくても、見せる段取りだったんだろう。

 いや……違うか。こちらが、御簾の向こうをみせろと要求するように、あの謁見の流れを仕組んでたって考える方が、しっくりくる。

「なんでそんなことを? 隠し通す方がよくね?」

「疑いを持たせて、疑いを晴らさせる。そうすると、答えが得られたと思って、それ以上のことを疑いにくくなる。自分で考えて得た答えだからな」

 さっき、オレ自身がそうだった。

 そういう時は、思考をゆっくりめにして、事実確認をした方がいい。だから、ハルルとの対話はありがたい。

「疑いを晴らさせるってのは……アレか」

「……あぁ」

「整理させろ。まず、御簾の向こうには一人しかいないと……双子の神は揃っていないと、疑問を持たせた」

「で、姿を見せた」

「だったな。で、白蛇と少女が別個体で、それぞれがマルとモルだと説明しやがった」

「あぁ」

「でも、俺らは疑った。いや、疑いを強くした。その説明は嘘だろう、と」

「その通り」

 オレもそうだった。

「疑いを強めた俺らは、答えを考えた。二人は同一個体で、別の神がいるんだろうと……」

「うん。これが黒幕が導こうとした……オレらの理解状態ってことだ」

「わざと疑問を提供して、疑問を晴らさせる……か。なるほどな。確かに実際、俺らは、白蛇少女か一心同体で、マルかモルのどちらかだと考えた。そして、もう一人別の神が潜んでると、疑問に対する答えを、考えて得た。例の、邪悪な気配を根拠に」

「うん」

 ミスリーディングってやつだ。これ以上のことを疑わないようにするための……。

「カイト、嫌な予感がするぜ。つまり、これ以上の疑問ってのは……」

「……あぁ。その疑問として想定されるのは……もう一柱、別の神が関与してるのか? だな」

 別の()()、かもしれないけど。

「それってつまりよぉ……少女と白蛇はマルでもモルでもないことになるよなぁ」

「ハルルに同意。ちなみに、刺客も夜這いにきた奴らも、双子の神については正体不明って答えやがった」

 御簾の向こう側は、不可視にして不可侵らしい。

「なら、三頭取最後のひとりは? あのおっさんもフェイクだと思うか?」

 そこ。

 まさにそこなんだよなぁ。

「ハルルはどう思う? 神がフェイクなのに、あいつが本物である必要性って……あ」

 待てよ?

 ふむ。

 ふむふむ………ふむ。

「あり得る、か。いやむしろ、しっくりくる」

 オレなら、そうする。

 だって一番、ミスが少ない。

「なんだよ?」

「あのおっさん自身も、残りの二人もさぁ。三頭取―――教団の利害にかかわる中枢関係者だと思わされている可能性、ありそうじゃね?」

「どういうことだ?」

「つまり黒幕……助言者のような存在。そいつが全部、シナリオを描いて……役者を揃えたんじゃね?」

 黒幕は間違いなく、教団の関係者だ。

「ちょっと待て。シナリオ? 役者を揃えた? どういうことだ?」

 ハルルのパニックも、理解できる。

 オレもまだ半信半疑だけど……話してみる価値はある。

「ま、仮説だと思って聞いてくれ」

「了解」

「まず、あのおっさんな。ドリトルのおっさんは、本当に大神官で、双子の神に仕える役目を果たしてる。で、三頭取の一人でもある」

「おっけ。おっさんは本物な。そこは理解した」

「で、おっさんは自身は、自力でのしあがったと思ってるだろうけども……。実際は、違う」

「違う?」

「あぁ、黒幕がそういう登場人物を要するシナリオを描いて、おっさんがその役者として抜擢されたってこと」

 少なくとも数年をかけて……。

「それって……こういうことか? あのバカおっさんは、その助言者とやらに、あの少女と白蛇がモルとマルだと信じ込まされるってこと?」

「だな。あのおっさんも、ひょっとしたら少女と白蛇も、無自覚な影武者ってことだ」

 おっさんは、黒幕の影武者。

 少女と白蛇は、双子の神の影武者。

「マジか……」

「あぁ。ありうると思わねぇ?」

 あの謁見の舞台。

 登壇してたメンバーみんな、自分が本物だと思ってた。だから、発言に嘘はない。刺客も夜這いに来た奴も、黒幕が与えたシナリオと配役だとは知らずに、自分の見聞きしていることを真実だと思って、オレの質問に答えたことになる。

「ありうるっていうか……間違いないんじゃね?」

「ハルルは、なんでそう思う?」

「あのおっさん、嘘と知りながらさっきの芝居できるほど、器用じゃねぇだろ? もしそうなら、あんな失言はしねぇ」

「確かに」

 おっさんに芝居臭さはなかった。

 あの偉そうな態度も、恩着せがましい物言いも、いつもの通りの立ち振る舞い……口癖って感じだったし。

 双子の神について聞いた時、余計な詮索をするなって言ってたけど。アレも自分の言葉を真に受けない者を許せない……傲慢な性格からの日常的な言動だったんだろうな。

 深く考えずに権力には黙って従うし、まわりも従わせる。そういう性格が高く評価されて、大神官ってポストに配役されたんだろう。

「もしカイトの仮設通りだとしたなら……くっそヤベェな」

「あぁ……ハルルに同意」

 誰も黒幕のシナリオを、関係者は誰も知らない。これが茶番だと気がついてすらいない。

 けど実際は、全部がフェイク。助言者……影の存在が与えた役割を、シナリオを、真実だと思ってるだけ。

 今回の謁見も、そうだ。舞台上のキャストはみんな、茶番を演じてたってことになる。そうとは知らずに……。

 故に黒幕のシナリオの暴露……情報漏洩は起こり得ない。魔法を使われようが、脅されようが……彼らの自白する真実そのものがフェイクなのだから。黒幕の作戦遂行がミスる確率は、グッと下がる。

 いや、白蛇と少女は、気づいたのかもしれないな。黒幕とシナリオに。口封じのために意識を混濁させられてるのかも……。

「想像以上に……やっかいの相手だな」

「あぁ」

 敵は相当に、用意周到。

 シナリオを描いて、キャストに、自分たちの役まわりを現実……真実だと信じさせる手間。そのための舞台を整える手間。

 それらのコストを払ってでも、黒幕には成し遂げない目的があるってことなわけで。

 一般に、その目的が善行悪行どちらにせよ、絶対に成し遂げんとする強い思いは……行動力の資源になる。

 今回は、悪行だってことは明確なわけだから……褌を締め直さないといけない。

 それに―――

「―――ガウェイン殿の救出作戦、急いだ方がよくねぇか?」

「あぁ」

 ガウェインに残された時間は、思っていたより少ないかもしれない。

「ガウェインの拘束。これも心理的トラップかもしれない」

「ガウェイン殿の救出に気を取られて、この茶番を見抜きにくくするってことか……」

「おぅ」

 そして、踏み絵でもある。

 ガウェインを救おうと動いていることがバレれば、オレらの正体もバレる。つまり、【希望(ホープ)】が、あるいはヒュム族の王家が、ガウェインという餌に食いつくのを待ってたわけだ。

 だとすると……黒幕の目的に、オレらが関係してる可能性が高ぇ。

「茶番に気づいたってことがバレれば……ガウェインが危ないかもしれない」

 釣りは終わった……そう見なされるだろうから。

「……つまり、もうヤバいな」

「あぁ」

 刺客が戻ってこない。

 つまり、刺客が成果を上げていないと判断するだろう。

 刺客から情報が洩れた。そしてその相手がガウェインの関係者―――つまりオレだ。この場合分けも想定して、対応を考えるはずだ。

 例えば、捉えているガウェインを虐げてみせて、オレを服従させて……得たいの知れぬ黒幕の、得たいの知れぬ目的を、果たそうとする可能性がある。

 そうなる前に、救出したい。

「どうする?」

「ハルル……悪ぃ」

「なんだよ?」

「今からお前をボコってもいいか?」

「いいぜ? 信じてるからよ!」

「悪ぃ」

 ニシシっと笑った親友に向けて、思いっきり拳を振り抜いて。

 大の字で吹っ飛んでいく様を見ながら、痛む胸を握りしめる。

「絶対に……許さねぇ」

 どんな目的だろうとも……挫いてみせる。





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