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第69話:双子の神マルとモル

 

 ネオ・アールブ。

 世界中の様々な地域に支部を持つ……未だに全容のつかめない組織。

 けど、そのねらいの一つは、明らかになっている。

 それが、生命体の現人神化だ。信仰心を生命体に集めさせ、神の模倣をさせるわけだけども……。その生命体は、教団の者とは限らないらしい。

 教団の奴らに無理やり現人神に仕立て上げられるケースが、幾つか確認されてる。

 ジェイの恋人……マリアさんも、その被害者だ。

 マリアさんを信仰の対象にして、現人神化させる。そして、マリアさんを操り、神樹とかいう神々の秘密の何かに不当アクセスさせて、自分たちの願いを叶えようとするんだとか。

 で、こういった場合、神々から神罰を受けるの現人神ってことになるらしい。

 これからオレらが謁見する双子の神マルとモル。そのひとりも、現人神なんだとか。

「今より我が偉大なる神に語り掛け、暫しの降臨を願い奉る。そこにて待つがよい。よいな? それくらいはお主らにとっても難しいことではあるまい? よいな?」

 この……教団のおっさん。出会ってからずっと偉そうなんだよなぁ。

 なにやら偉い立場にあるっぽいし、神に会わせないとか言い出したらめんどくさいから、今は指示に従っておいてやるけれども。

「よいな? 神との謁見など、本来ならお主らには過ぎた栄誉。それを今回、この私が、格別の温情をかけて対応してやっているのだぞ? この私への感謝を決して決して忘れてはならぬぞ? よいな?」

 それもう十回めなんだけど? 耳タコなんですけど?

「よいな?」

「「……わかりました」」

 はぁ。

「おぃ、相棒」

「ん」

 目配せすると、ハルルが僅かに前に出た。いざとなったらハルルが前の敵に対応し、オレがその背を守る陣形を取るって合図。

 場慣れしてる感満載の相棒で、頼りになるよ。本当に。

「では、祈りを始めよう!」

 きっと、重要なポストに就いてるおっさんなんだろうけど……お顔は見えない。帽子から垂れ下がった薄い白布が、顎のあたりまで顔を覆ってるせいで。

 まぁ、おっさんの顔とか立場とかは、今のところどうでもいい。

 重要なのは、双子の神。

 偽ダンジョンを開設したとされる双子の神マルとモル。この神々の情報は、かなり乏しい。

 ハルルも御立派様を顕現させて探ってくれてたらしいけど、結局、ポセイドン先生からの提供された情報以上のことは、わからなかった。

 まず、神モルは正体不明だってこと。

 そして神マルは現人神として偽造ダンジョンの最下層―――ここで生活しているらしい。先生の情報通りに。

 恐らく、ネオ・アールブにとって最重要機密扱い。ハルルが探っても情報が得られないってことは、教団のなかでも、双子の神に会えるのは上位の幹部クラスだけなんだろう。

 信者でもないオレらに謁見が許されたのは、超異例の対応だってことになる。膨大な信仰心の獲得資源になると、オレらを高く評価してくれているらしい。

 なにせ、御簾(みす)の向こう……恐らく双子の神が降臨する場。その僅か五メートル手前まで、接近を許されたのだから。

 もちろん、武器は全て没収。身に着けることが許されたのは、顔を隠すための面と、腰布のみ。

 そして、謁見が許されたのはオレとハルルだけ。

 御簾の左右には、武装した近衛兵が十名。

 手にした弓と長柄の鉈は、丸腰のオレらに狙いを定めた状態でスタンバイしておられる。

 でも正直、これが護衛のつもりだとしたら、マイナス二十点。ハルルも同じことを考えてるのか、クスリとほほ笑むのが見えた。

 まず、想定が甘い。ここがマイナス十点。

 いいところ、ランクAの冒険者レベルを想定した護衛体制でしかない。これがランクS冒険者クラスにも十分通じると思ってるんなら、浅はかだ。

 ランクSの凄さを理解できてない、としか言いようがない。

 まぁ、仕方ないと言えば仕方ないことだけども。ランクS以上の冒険者は、まだまだ数が少ない。会ったこともないんだろ。

 例えば、ランクSのハルルが今ここで、本気で動けば、構えられた全ての弓矢は虚空を切ることになる。鉈は、ハルルに突き刺さる前に折られるか、近衛兵が吹き飛ぶかの二択でしかない。

 その間に、オレなら、御簾に辿り着くことができる。

 つまり、近衛兵の存在意味はゼロってことになる。

 もちろん、この薄らぐらい部屋の隅に、手練れを数名、潜ませているらしい。気配でわかる。

 問題なのは、その手練れですら、気配で居場所がわかるレベルだってことだ。

 それに一般論だと、力で秀でる竜人族が前衛、後衛には武具の扱いに長けたドワーフ族が護衛に加わるところだけど……ここにはエルフ族しかいない。

 エルフと竜人は、歴史的には仲がよろしくないから仕方ないとしても、だ。

 ドワーフが居ないところをみると、どうやらネオ・アールブは他種族を見下してるんだろうな。

 自分たちの方が優れていると。護衛として適任だと思っているんだろ。

 そして、これが追加のマイナス十点。

 警護体制から、コイツ等の考えが透けて見える。双子の神を守るよりも、自分たちの過信に満ちたプライドを優先する奴らだと、ご丁寧に教えてくれているに等しい。

 つまり、気配を隠してる手練れも、エルフってことになる。魔法に秀でているだろうけど、そうだと分かっていれば、いくらでも対処できる。

 ちなみに、ネオ・アールブが他種族を見下していると考える理由が、もう一つ。この、眼前に広がるつまらない脅し、だ。

 全体的に薄暗い地下空間。その巨大な空洞。おそらく、その壁面を繰り抜いて作った神殿では、松明(たいまつ)の灯りだけが頼り。

 同じく薄ら暗いこの部屋―――謁見のための空間。数十メートルの高さを誇る天井の彫刻が、異様な存在感を放ってる。

 天然の鍾乳石を、巨大な竜に彫刻したんだろう。

 邪悪そうな竜の顔が二つ、天井から床に向かって伸びていて。御簾の左右から、客であるオレらを威圧するように睨みつけてる。

 こんな彫刻が脅しになると、これで他種族がビビって大人しくすると考えてるんだとしたら……実はバカなんじゃないだろうか。エルフは賢いはずなんだけどなぁ。

「我らが尊き偉大なる神マル様、偉大なる神モル様のご降臨~」

 おっと、来た来た。

「来たな」

「……おぅ」

 御簾の向こうに、影が見える。

 そして、その影が放つ異様な存在感……。空気が一瞬で重たく濁ったような錯覚を覚えるくらいの……圧。

 殺意や嫌悪、憎悪を全開にした神のような……捕食前の蛇のような……静かな威圧感。

「…………」

 これを受けて微塵も動じた様子を見せないとは。きっとハルルも、オレの知らない間に死地を潜ってきたんだろうな。

「さぁ、挨拶を」

 おっさんの促しに応じて、片膝をつく。

「我が名はヨリト。今は廃れたヒュムの集落出身です」

「我が名はモルル。竜人族の廃れた里の者です」

 もちろん偽名。

 だけどきっと、コイツ等にとってオレらの名前や正体なんて、どうでもいいはず。信仰心を稼ぐために利用する道具くらいに思ってるだろうから。

「ヨリト、モルル。汝らの願い通り、謁見は叶った。以降、汝らの信ずる神としてモル様とマル様を尊ぶように。よいな?」

 いや、よくないです。さっさと謁見を済ませたいらしいけど、そうはいかないのであるからして。

「お待ちください。二つ、ご相談がございます」

「……相談?」

「はい。一つは、神ポセイドンへの手切れについてお認め頂きたい」

「手切れとな?」

「はい。ご存じの通り、我らは此度、神ポセイドンからモル様とマル様へと信仰の対象を変えることとなります。しかし、神ポセイドンの怒りを買いたくはありません。そこで彼の神のダンジョンに、我らの雇用主たちを派遣します。そこで彼らから捧げられる信仰心を手切れ金代わりにしたいと思いますが、よいでしょうか?」

「構わぬ」

「寛大なお言葉に感謝を」

 深々と頭を下げる。権力の欲を持つ者は、他者を支配できている瞬間を好むものだから。

「では、以上で―――」

「―――お待ちください」

 さすがハルル。謁見終了宣言を堂々と遮ってくれた。

「なんだなんだ? 無礼だぞ? まだ何か申したいのか?」

「私は腕に覚えがあります。つまり気配に敏感なのです」

「だから? 何を申したいのだ?」

「双子の神マル様とモル様が御簾の向こうにいらっしゃるとのこと。しかし、気配が一つしかない」

「そ、そんなことはない!」

 おっさんの動揺が激しい。後ろに一歩後退するなんて、分かりやすすぎるリアクションをありがとう……。引きこもり神レベルの分かりやすさなのであるからして……。

「確かにここにいらっしゃる! 無礼なことを申すな!」

 おっさん、大激怒……。プライド高そうだもんな。

「いえ、気配は一つ。我らを欺くおつもりか?」

 でも、ハルルが怒鳴り声で動じるはずないわけで。

 それに、この議論に分があるのはハルルの方だ。仮面をつけてるとは言え、ハルルが竜人族だってことは、コイツ等にもわかってるはず。しかも、鍛え抜かれた肉体と戦いの足跡を目の当たりにしてるわけで。一目で、ハルルが武に秀でてるってことがわかる。

 そんなハルルがきっぱりと断言しているわけだから、これ以上ごまかすことはできないと、おっさんにも悟ってほしい。

「嘘はついておらぬ! よいな?」

「……では、此度の話はなかったことに」

 おぉ、さっすがハルル。わかってるじゃん。強気のセリフを吐きながら立ち上がるとは……。オレも便乗しよっと。

「モルル、行こう」

「おぅ」

 どや?

 どうする?

「ま、待て! 待つのだ!」

 ま、止めるよな。

 そうするしかないもんな?

「では、説明をしてくださるのですね?」

「う、嘘はついてはおらぬ! 本当だ!」

「私はモルルを信じます。嘘ではないと言うなら、御簾を開けてください。一瞬で構いません」

「ならぬ! 神の御姿を直視するなど許されぬことなれば!」

「わかりました。では失礼します」

 ここは、こっちに分がある。相手がオレらを欲してるのだから。この話が破断になっても、オレらが失うものはないと、向こうは思ってるはず。

 だから、強気でいい。要求は明確に示したのだから。後は相手が、応じるかどうか。

「……くっ」

「仕方ない。モルル、お暇しよう」

 今日はこれで帰ってもいい。どうせ後日、お声がかかるだろうから。それに最低限の仕事―――道中でガウェインの状態確認も済んだから。テネブリスさんが先日、温泉から探ってくれたおかげで……迷わずに済んだ。

「こ、近衛兵! さがれ!」

「「「はっ」」」

 お?

 人払い、だと?

「ヨリトにモルルと申したな。特別に……御簾の向こうを見せてやろう。ただし、他言無用だ。よいな? よいな?」

「……えぇ」

「もちろん」

 よし。これで双子の神の正体に、また一歩迫れる……。

「では……見るがいい」

 深呼吸をした後、おっさんが開いた御簾の隙間から………確かに見えた。

「………マジかよ」

「……あぁ」

 ハルルに同意。

 御簾の背後にいたものの正体。

 それは、白髪の少女。白衣に身を包んで床に坐した獣人族の少女は、御簾が開かれたことに気付いてもいないようで。ぼんやりと床を眺めたまま、動かない。

 そして少女の首筋。

 そこに歯を立てて噛みついている巨大な……白蛇。こちらもまた、身動き一つしない。

「さぁ、もうよいな?」

「あれが双子の神なのか?」

「あぁ。少女がマル。蛇神様の名をモル。二人は双子の姉妹だ」

「蛇と娘が? 双子だと?」

「そうだ。さ、帰れ。そして忘れよ」

 オレとハルルの体を押して、扉の方へ追いやろうとする。

 けど、ハルルはピクリとも動かない。

「おぃ、相棒。気配は一つだってことは……あの少女と白蛇は同一個体ってことだよな?」

「だよな?」

「詮索は止せ! 愚か者が!」

 なるほど。ハルルの指摘は、コイツ等が触れられたくないところに迫ってるってことだな。

「失礼。おっさん、あんたの名前は?」

「おっ!? おっさんだと!? なんと無礼な!」

「いや、名乗られてないし。オレら、双子の神を崇拝するとは言ったけど、おっさんらの部下になるわけじゃねぇし」

「そうそう」

 こういう線引きは、明確にすることが大事。関係を勘違いされると面倒だから。

「くっ……」

 おっさん……無駄な抵抗はやめとけよ?

「……大神官ドリトルだ」

 渋々って感じで教えてくれたけど……状況を理解できてはいるらしい。

 まぁ、双子の神との直接対峙を許した時点で、おっさんがオレらに強く出れないってことを告白したに等しいわけだからなぁ。

「おっけ。ドリトルさんね」

「くそっ、生意気なガキめっ!」

 イライラ顔しても、無意味ですよ?

「……あいつ等の紹介だから信じてやったものをっ」

 おや?

「ん? ひょっとしてあんたエビルスネーク―――三頭取か?」

 ハルルに同意。

「なっ……んのことだ?」

 おっさん……嘘が下手すぎ。どっかの引きこもり神みたいだぞ?

「ほら……化粧でごまかしてんだろうけど……この距離ならわかる。首筋の入れ墨がうっすら見えてるぜ?」

「そうそう」

「なっ!?」

 慌てて首筋を隠しちゃったらもう、おっさんが三頭取最後の一人って自己紹介したに等しいわけだよ。

「ま、嘘だけど」

「そうそう」

「たっ、謀ったのか!?」

「「うん」」

 でもまぁ、こんなに奇麗に引っかかるとは思わなかったですけども。

 こんな嘘に軽々と引っかかったり、簡単に神との謁見を許したり。今回の騒動―――偽ダンジョンと信仰心略奪の計画を立てたのがコイツだとは……考えにくい。

 他にまだ黒幕が居ると考えて間違いないだろう。

 ドリトルのおっさんは、教団の中枢が資金繰りに利用している構成員の一人。その働きに見合う地位を与えてやってるってところかな。

 大神官ってのが、どの程度の役職なのかは不明だけど。御簾の前に立てるくらいだから、この支部の中ではかなり高いんだろ。

「おっさん、質問なんだけど」

「……なんだ?」

「今回オレらを紹介したことで、どんな報酬を約束されてる?」

「そんなことをお前らに話してやる義理はない」

「じゃあ、今回の話は―――」

「―――わ、わかった! 冗談だ冗談! なんでも聞いてくれ! よいな?」

 分かりやすい。

 そして、扱いやすい。

 こういう敵ばっかりだったらありがたいのになぁ。

「報酬は?」

「ネオ・アールブの本部神殿。そこへの訪問が許可される」

「本部?」

「うむ。本部の場所は秘匿事項。それゆえに、そこに訪問したことがあるというのは、生涯にわたって誇れる名誉なのだ!」

「なるほど」

 金はある。地位もある。今回は、名誉を欲したってわけね。

「おっさん、俺からも質問だ。御簾を開ける直前に、邪悪な気配が消えた。どういうことだ?」

「そうそう」

 ひとり分の、邪悪な気配。それが御簾を開ける直前に消えて……邪悪じゃない、空虚な気配が一人分残されてた。

 空虚な方が白蛇と同体の少女のものだとして……。邪悪な気配の方は、どこに行ったのか……。

「知らん。いや、わからん。かの神は呆けて居ることがほとんど。しかし時折、身震いするほど邪悪な気配を放って……ニヤニヤと笑うのだ。我らは、その状態を覚醒と呼んでおる」

「なるほど」

 覚醒、ね。

 あの少女に邪悪な神が降臨しているか……白蛇が目覚めるか……その両方か。

「法則は? あの少女が覚醒するタイミングに決まりがあるのか?」

「わからぬ。最近はめったに覚醒せぬ。以前はここを走り回っておったのだが……徐々に呆けるようになってな。寝ている時以外は、先ほど見たような状態だ」

 時間の経過と共に、か。

 ひょっとしたら、信仰心の集まりに比例してるのかもしれないな。

「おっさん。今日はここに泊めてくれるんだよな?」

「あぁ。お主らの要請通り。簡単だが宴席を設ける手はずになっておる」

「サンキュ。じゃあ、案内を頼む」

「……ついてこい」

 渋々、といったスタンスを崩せないのは、持ち前のプライドのせいだろう。ハルルの口元がずっとニヤニヤしてるせいかもしれないけど。

『おぃ、引きこもり神』

『うむ。見ていたぞよ。お主の目を通してな』

『それで? どんな感じ?』

『うむ。カイトの目を通して神が見ている。邪悪な気配の主は、これに気が付いた可能性がある』

『それで姿をくらましたと?』

『だろうな。神の目をかいくぐる力の持ち主ってことだ』

『つまり……神ってことか』

『うむ。気を付けるがいい。姿をくらます……やましいところのある神なのだろうからな』

『わかった』

 宴席。

 その後、深夜にひっそりスパイ活動をして、ガウェイン救出の段取りを整えるって計画なんだけど……油断せずに行こう。



 今日もありがとうございました。

 内容的に気になったので、悩みつつ、少し間を空けさせてもらいました。

 更新が遅くなり申し訳ありませんでした。

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