第66話:目指せナンバーワン
「っしゃあ! 今日も気合い入れていくぜ!」
ニシシっと笑いながら、ハルルはローブを羽織って。目深にかぶったフードで、顔を隠した。
「おぅ!」
同じくオレもローブを羽織って、フードで顔を隠す。
「今日も、あの神の名を出すんだよな?」
「おぅ。昨日もかなりの売り上げだったからな。例え双子の神以外の神を賛美し続けても……店主的にはオレらを追放したくはないだろ」
「だな!」
ニシシっと笑いあう俺らに、アニーさんも微笑んでくれた。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
アニーさんの美しい目礼に笑顔で応じながら、舞台を目指し廊下を歩く……と言っても、控え室から部隊までは、僅か三メートルほどだけど。
部屋を出た俺らに気が付いたらしい。ステージに続く幕の脇に立つ入れ墨男―――ここマカルディズ・ハウスの店主が、深々と頭を下げた。
「へへっ……カイトの旦那にハルルの旦那! 今日もよろしく頼みますぜ?」
揉み手でゴマすりしながら、下品な笑いを隠そうともしない。
「マカルディ、今日の客の入りは?」
ガタイのいい筋骨隆々スキンヘッド男が、かしこまってるせいか縮んで見える。
「へへっ……今日も最高記録を更新でさぁ。なんと二百五十人ですぜ!」
「そっか」
「今日の売り上げも最高記録を更新間違いなしでさぁ!」
ニヤニヤが止められないってところだろう。
オレとハルルが前座を務めるようになって十日め。最初は、命の恩人の頼みだからと、渋々、オレらに前座を任せた店主は、三日めの開店時には手のひらを盛大に返した。
店の前に行列ができたのを見て。そして客の要望が、前座を見ることにあると分かって。
そして堂々と、オレとハルルは、一日当たりの最高額を更新してみせたわけだが、その瞬間からマカルディの態度は、こんな感じで。オレらの手下っぽく振る舞ってやがる。
「二百五十人ね。今日あたり、三千万ジェムに手が届くんじゃね?」
「へへっ……さっすがハルルの旦那! 私もそう思いますぜぇ?」
ニヤニヤしたハルルの口元に、マカルディも気をよくしたようで。大きく何度も頷きながら、酒の入ったグラスを差し出した。
「お? 今日はシャンパンか? どれどれ…………」
「へへっ……旦那のお口にあいましたかね?」
「……まぁまぁ、だな」
「し、失礼しました! 明日からはもっといい酒を用意させます!」
「頼んだぜ?」
飲めればだいたい幸せな男だから、ランクなんてどうでもいいはずだけど。ハルルの機嫌は酒のランクで変わると、マカルディは思ってるらしい。
「カイトの旦那も、よろしければ……」
「酒は要らない。オレの要望は一つ。分かってるよな?」
「も、もちろんでさぁ! 今日も旦那方の名前は伏せありますぜ」
「なら、それでいい」
「へへっ…………安心してくだせぇ」
「なら、それでいい」
「へへっ……どうやら他店の奴らが嫉妬してやがりましてねぇ。お二人の正体を探って引き抜こうとする動きもありますが……任せておいてくだせぇ。探りを入れてきた奴は、コテンパンにしてますので!」
ググっと握りしめた拳には、無数の傷跡がある。腕に自信ありって感じの様子から察するに、若いころは冒険者だったんだろう。
「そうか」
「…………へへっ」
この話を聞くのは、もう五度めだ。
良い稼ぎ頭を逃したくはない。だから、積極的に自分の功績をアピールしてくる。
オレの約束を守るために頑張ってると伝えれば、オレの機嫌がよくなると思っているらしい。
でも、コイツにとっては残念なことに……マカルディにオレが気を許すことはない。マカルディを高く評価することもない。
ドワーフにした仕打ちを、忘れられるはずがない。
「行くぞ、ハルル」
「おぅ!」
グイグイっと酒を飲みほしたハルルが、グラスを床に放り投げて。
粉々に砕け散った高級品を、マカルディは青ざめながら見守った。
「あ、悪ぃ。癖でな」
「いえ……へへっ」
ハルルも、マカルディを許してはいない。高いランクの酒を買わせたり、それに見合うグラスを買わせたりと、地道な嫌がらせに余念がない。
「じゃあ、稼いでくるか!」
「おぅ」
ハルルは黒い狐の面、オレは白い狐の面。口元だけが露わになるデザインのお面は、アニーさんが知り合いに頼んで作ってくれた特製品。どんなに動いても、ズレたり、外れたりしない逸品だ。
「行ってらっしゃいませ!」
深々と頭を下げるマカルディの横を通り過ぎて。真っ暗なステージを、中央に向かって歩いていく。
客は静かに、だけどあわただしく……金袋を舞台脇の課金箱に放り投げ始める。袋には、席番号が付いていて。誰が課金したのかが分かる仕組みになってる。
つまり客は、今日も競い始めたわけだ。
今宵、最大の課金者―――グランドガンマの座を巡って。
やがて、人々の動きが止まって。慌ただしく回収された金袋が、舞台裏でカウントされる。
結果が出るまでの間が、オレとハルルの出番。
中央のスポットライトを独占しながら……ニヤリと笑ったハルルが、ゆっくりと、客の視線を楽しむように……ローブを脱いでいく。腰元―――御立派様が見えそうで見えないギリギリのところまで露わになった身体に、客はため息を零した。
ワザとらしく……客を煽るように、大きく、ゆっくりと………力強く動く筋肉を見せつけながら……腰をしならせる。
我慢できないと言わんばかりに体をまさぐる動きを見せる客たち。
それを見たハルルは、ニヤリと口元をゆがめた後……舌なめずりをした。
つまり、ノリノリである。
それからオレの手を引いて。軽々と持ち上げたハルルは、オレを空中に放り投げる。縦回転を加えながら……。
クルクルっと回りながら落下してきたオレをハルルがキャッチすると同時に―――…舞台は暗転する。
「うまくいったか?」
「おぅ」
空中から、客に向けて、無詠唱で二つの魔法を放った。
最初に放ったのが幻覚魔法―――ダーク・ウィッシュ。
その効果で、客は今、見てるはずだ。
おぞましい……何かを。
しかも、一人一人、違う幻覚。自分が見たいと願っているハルルとオレの絡みを……見ているはず。
それを見ながら………頭は、性的な興奮を覚える。
しかし、体は別。
脳が性的な興奮を覚えても、体が反応しない。でも、刺激を続けてしまう。でも、解放されない。幻覚の間中、解放への欲求と性的な刺激、そして不満が溜まり続けるわけだ……。
それが、二つめの魔法。
「麻痺魔法―――沈黙の体、ね。おっかねぇ魔法だよなぁ」
「だろ?」
男女問わず、性器を麻痺させる魔法。男性視点でいえば、御立派様が顕現しなくなる魔法。
「いいか? 絶対に俺にはかけんじゃねぇぞ?」
ハルルが毎日、念を押しまくってくる件について。
でもこれ、お前の御立派様の怒りを鎮める必要がある毎日のおかげで思いついた魔法だから。いつかお前の御立派様に恩返しとして、思いっきり魔法をかけてあげないといけないと思ってはいるんだよ?
「あ、そろそろじゃね?」
「話を逸らすんじゃねぇよ」
「……わかってるって。まっとうに生きてれば心配ねぇよ」
「なら大丈夫だな!」
どこから湧いてくるんだ、その自信……。
「お? アイツら……震えてやがるぜ?」
幻覚を見て興奮しているのに、性器が麻痺するせいで肉体的な快楽を得られない状態。それが、客によってはずっと続いてるわけだから。何人かはもう、我慢の限界を迎えつつあるらしい。
「そろそろ次のステップだな?」
「おぅ」
「にしてもよぉ。麻痺解除の仕組みで荒稼ぎしようとはなぁ」
「ま、コイツらわかりやすいじゃん? 特権を得たいんだよ」
「……だな。高額を払ってまで、その役を担いたい輩がいるんだもんなぁ」
グランドガンマが、麻痺状態からの開放役。
そいつがステージに上がり、とあることを語る。その語りを聞き届けることによって、体の麻痺状態が解け……ため込んでいた性的な刺激が、一瞬で体を駆け巡る。
つまりグランドガンマは、客たちの性的快楽の開放権を握ることになる。
ステージ上から、自らに向けられる懇願の瞳を独占し、じっくりと堪能することができるわけだ。他人を性的に虐げたいヤツらにとっては、まさに最高の興奮を得られる特権といっていい。
「実際は、お前がタイミングを合わせて連鎖型発動魔法―――ハーツクライを発動させてるだけなんだけどな」
「まぁな。でも、いいんだよ。無詠唱だから、コイツ等には分からないし」
なにより、本当に特権を握れているかどうかには、こういう奴らは、関心を寄せない。
「特権を握ってると錯覚できることが重要なんだよ。コイツ等にとっては、な?」
「さすがカイト……腹黒ぇ」
「だろ?」
実際、グランドガンマになることで、オレとハルルから特権を授かれると、みんな錯覚してる。
コイツらが、それが錯覚だと気付くことはない。
オレが、全ての魔法を無詠唱で発動してるから。
この現象の正体が魔法だと気づかれる心配もない。この魔法たちの存在を知るのは、オレとハルル、ポセイドン先生とアニーさんだけだから。
ちなみに、魔法の詠唱文を知ってるのはオレだけ。だから、この危険な魔法が拡散する可能性はゼロ。
「ハーツクライも、おっかねぇ魔法なんだよなぁ」
「まぁ、そこそこに」
麻痺を解除する魔法。
同時に、直前に受けた魔法の効果を再現するっておまけつき。
「ハーツクライで麻痺を解除。性的快感の成就後にまた、性器の麻痺状態に至る……怖っ」
「つまり性的快感を得るにはまた、ここに来る必要があるってわけだ」
リピーター確保は大事って、ポセイドン先生が教えてくれたわけだから。真似させてらもらわないと、勿体ない。
「客席に見知った顔が結構いたもんなぁ。ほんとマジで腹黒ぇ……」
「お褒めの言葉をありがとう」
今回は、ポセイドン先生の手法を真似しただけだけど。
そして、それを実現する魔法を生み出してもらっただけだ。
『守護神である我に感謝の祈りを捧げよ! ふむ!』
『はいはい、どうもです』
自称、オレの守護神でありヒュム族の守護神。
でも、ヒュムの守護神って、かの有名な女神ガイア様のはず。あと、その後継と目されているのは洞窟の女神だ。イラっとする感じの。
だからコイツ、バレバレの嘘を毎度のごとくかましてるわけだけども……。触れないでおいてやろう。
多分、残念な神様なんだろうな。誰もかまってくれない、友達もいない感じの……寂しい神様。
『友達たくさんいますけど何か?』
『いや、別に。とりま助かったよ』
『感謝の祈りを! 我を称えよ! ふむ!』
『おつありで~』
『ふむ!』
ったく。
「カイト? 今夜のグランドガンマが決まったってよ?」
「あ、悪ぃ。ボケっとしてた」
神とダイレクトで交信してたとは、言えない。頭がおかしくなったのかって言われちゃいそうだし……。
「で、誰になったんだ?」
「例の……若ぇヤツだとよ。兎の面を被った、な」
「最前席にいる海人族の豪商……マリソンだな?」
「おぅ」
狙ってた大物が釣れた。貿易商を営む影で奴隷商を営んで、がっぽり儲けてやがるらしい。アーサーの調べだから、間違いない。
「じゃぁ、幻覚を解くぞ」
「了解!」
いかにもそれが終わりましたって感じに、わざとらしく衣服を乱して。ハルルに背後から拘束されたって感じに姿勢を整えてから、解呪する。
客は、幻覚の内容を覚えてはいない。
でも、性的興奮は残ったままなわけで。その興奮をもたらしたのはステージ上のオレらだと、錯覚するって寸法だ。
そして、ここで宣言。
「「さぁ、偉大なる神ポセイドンの恩寵に感謝の祈りを! 神ポセイドンよ……今宵もグランドガンマに祝福を与えたまえ!」」
両手を合わせて祈りを捧げる。
驚いた様子を見せた客は、ご新規さんだろう。でも、抵抗する気はないらしい。周囲の様子を確認しながら両手を合わせて……同じように祈りを捧げていく。
…………しばしの沈黙が、空間を支配した後。オレが手をかざすのと同時に、スポットライトが客席をランダムに照らし出す。
それが一つにまとまって……マリソンを照らし出した。
長い緑髪を束ねた優男は、自信たっぷりの笑顔で立ち上がって。周囲の拍手を受け取りながら、うやうやしく頭を下げる。
もちろん、全裸で。
ライトの導くままステージ中央に歩み出たマリソンは、そこで両膝をついた。
「さぁ、今宵のグランドガンマよ。神ポセイドンに心から、感謝の祈りを捧げよ」
オレの指示に頷いて、マリソンは両手を天にかざす。
「偉大なる神ポセイドンよ! 心からの敬意と感謝を捧げます! 愚かな迷い子たる我に力を授けたまえ!」
ステージから捧げられた祈りの仕草は、客席にも伝播して。みな、もう一度、感謝の祈りを捧げていく……。
「……さぁ、グランドガンマよ。汝のために席を用意した。感謝しながら座るがいい」
「はい。お導きに感謝します」
ゆっくりと、必要以上に時間を掛けながら……マリソンは王座のような特設席に座る。
無駄に長い脚をゆっくりと組んで……沈黙の笑みを浮かべた。
どうやら、しばしの特権に浸ることに決めたらしい。微動だにせず、客席をジッと見つめてる。
我慢できずに、体を揺さぶったり、激しい刺激を加えたりする客たち。
それを澄ました顔で見つめながら……堪えきれずに口元を歪めるマリソン。どうやら、自分の解呪行為を求める男女の苦悶に満ちた顔を、一人ずつ、じっくりと眺めているらしい。
たっぷりと時間をかけ、焦らしに焦らした上で。
マリソンは、満足そうに口を開いた。
「あれは十二の頃。我が屋敷に仕えることになったメイド。名をヨハンナという。年齢は二十だったはずだ」
「「「おぉぉ」」」
客席が、歓声で合いの手を打つ。
「とある夏の日。銀髪の美女ヨハンナは、私の部屋にティータイムの用意をしに来たのさ。大きなシルバーのワゴンに、ティーセットや菓子類を載せてね。あぁ……間違いない。あれはあの夏で一番、暑い日のことだった」
「「「おぉぉぉぉ!」」」
観客の反応を楽しむように、少しの間をとって。マリソンは、舌なめずりをした。
「わかるだろうか? 夏の薄着に、透けて見える下着。首筋を滴る汗の流れと、それが辿る先の肢体を無意識に想像して―――私は初めて……欲情を覚えた。そして、いきり立った愚息を思わず両手で隠したのさ。それがバレてはいけない、恥ずかしいことのように思えたからね」
無言でうなずく男どもと、くすくす笑う女性陣。
「お坊ちゃま、汗を拭いましょう―――ヨハンナは微笑みながら、純白のハンカチでそっと、私の頬と首筋を拭ってくれた。優しく、丁寧に。しかし、私は気が気じゃなかったよ。汗を拭うために跪いたヨハンナの胸のせいで、両手で愚息を抑え込むのに必死だったからさ」
会場を包む笑いが大きくなった。
「ヨハンナは、気づいていたのだろう。汗を拭いながら、そっと私の膝に手を置いて……ゆるゆると太ももをなぞったのだから」
会場が静まりかえる。
「あぁ、その通り。もちろん私は、その手を払いのけようとしたさ。使用人の分際で、断りもなく主人の体に触れてるなと……。でも、できなかった。その瞬間、ヨハンナと目が合ったからね。クスリと口角を上げてほほ笑んだヨハンナの笑顔に……まるで悪女のような挑発的な視線に……堪えきれずに愚息は粗相をしたのさ。心臓が壊れるほどの動機のなか、幸福をもたらす性的な達成感と、やがてくる罪悪感。その全てを私の顔から読み解いた後………湯あみの用意をしますねと、ヨハンナはハンカチを渡してくれたのさ。それを手に取った私は………こらえきれずに……震える手で、その臭いを嗅いだ。蜂蜜のような甘い香りに……脳が痺れたよ。あぁ…………間違いない。アレが私の、初恋だった」
今、解除条件は満たされた。
「ハーツクライ、発動」
「「「「―――っ!?」」」」
マリソンの初恋話を聞いて、拍手を送るものなどいない。
いや、拍手できる状態のものなど、ひとりもいない。
体を襲う膨大な性的な快楽に、みな、体をよじりながら浸っているのだから……。
もちろん、マリソン自身も。快楽に歪んだ顔で、恍惚とした表情を浮かべながら……天井を仰ぎ見ている。
「…………臭ぇ」
性的興奮の印が、会場を生々しい臭いで包んでいく。
「ハルルに同意……。行こうぜ」
オレとハルルの前座ステージは、これにて終了。
このあと、個室でサービスを受けようと思う奴もいるだろうが……そこで気づくことになる。性器が麻痺して、性的快楽が得られないことに……。
そして、オレとハルルのリピーターになる。
「だ、旦那! 過去最高額ですぜ!」
「へぇ? いくらになったんだ?」
差し出されたシャンパンを煽りながら、ハルルは面を外す。
「い、いいい、いちおく! 一億ジェム突破です! マリソンと競った客たちのおかげでさぁ!」
「そっか。なら、約束通りここの従業員―――接客係を解放してやれ」
「わ、わかってます! 書類は準備済みでさぁ! ほ、ほら旦那! この通りで!」
書類には、借金を返す必要はないことと、自由を保障することが記されている。客を取る必要のない接客係を、マカルディも雇う理由がない。彼ら以上に稼ぐオレらがいるのだから。
「確かに……全員分だな」
行方不明になったドワーフたちの書類もある。
「へへっ……そこはちゃあんとご要望通りで。旦那方、明日からも頼みますぜ?」
マカルディの揉み手ゴマすりをスルーしながら、デカい鞄を四つ、拾い上げる。オレとハルルの取り分は、今日の売り上げの半分。
オレの借金返済も順調に進みそう……かな?
「じゃあ、また明日」
「旦那方、ありがとうございました!」
でかい声は、大興奮の証。たった今、店の半月からひと月分くらいの売り上げが今日手に入ったんだから、無理もない。売り上げ至上主義者は、わかりやすくて扱いやすい。
「なぁ」
「ん?」
「思ったよりも順調じゃね?」
こそこそとハルルが耳打ちしたのは、控え室の手前。
「……だな。双子の神へ宗旨替えしてもいいと、明日あたり呟いてみるか」
「おぅ。マカルディの奴、ネオ・アールブの連中に慌てて伝えるだろうぜ?」
「あぁ。オレらを宗旨替えさせろって、せっつかれてるだろうしな?」
「だな」
売り上げ至上主義だから、対応を放置してるってところだろう。
「お帰りなさいませ」
ニヤニヤと笑いながら控え室に入ると、アニーさんが目礼で迎えてくれた。
「お疲れ様でした」
「はい! あ、これ、今日の分です。先生に渡しておいてください」
「確かに」
オレとハルルの取り分。その半分をポセイドン先生に渡して、活用してもらってる。
「奴隷たちの借金を帳消しにさせる。それだけではなく、かれらが家族のもとへ帰る旅費、そして当面の生活費を支給されるとは……さすがです」
「いえいえ」
美人さんに褒められると、恥ずかしい。
けど、嬉しい。つい顔が、ニヨニヨしちゃう。
それに……この店に従業員として潜入してたアニーさんは、なんと今、バニーさんスタイルなのである……。朝、お会いした瞬間にオレから盛大な鼻血が出たので、これは夢でも幻でもない……。でも、また鼻血出るから。二秒以上は直視不可……。足首しか見れない……。
「あ、そうだ。ドガとミレーは?」
行方不明だった二人は、ガウェインが探してくれたおかげで、一瞬で発見できた。
どうやら、マカルディズ・ハウスに乗り込もうとしてたらしい。オレの帰りが遅いから、心配になったとか。
無事、宿に戻ってきたとき。二人の勇気に涙しながら、御立派様を顕現させてただけの親友を一緒に蹴り飛ばして以来、仲良くなって。なんだかんだで、行動を共にしてる。
「今日はポセイドン様の御屋敷に。奴隷たちの社会復帰を支援する手助けをしてくれております」
「そっか。頑張ってんだなぁ」
恩返しのつもりなのか。
それとも、自分たちと同じ境遇の人を見過ごせないのか。
「あ、この書類、ドガに渡しておいてください」
「承知しました」
今、王城にて逃亡生活を送ってるドガの仲間たち。かれらの自由を保障する書類だ。たかが書類……されど重要な書類。
きっと、心が、心から自由になれるはずだから。
「では、私はこれにて失礼します」
「はい、今日もありがとうございました!」
「あ、送りますよ俺が」
そっと肩を抱いてエスコートするモテ男には、やはりあの魔法を発動してさしあげる必要があるように思うのは、オレだけだろうか?
『ふむ……ひがむ男はモテないのであるからして?』
『へぇ? つまりお前もひがむタイプだと?』
モテない神なんだから。
『あ、急に聞こえなくなった。電波が悪いみたいなんで、これにて失礼~』
ったく。
調子のいい神だこと。
でもまぁ、今回は、あの神のおかげで順調に進んでる。
「借金返済も、着実に進んでる……」
あと四十九億五千万くらいかな……。
『カイト様、聞こえておりますでしょうか?』
『イケボさん? 久しぶり! どうしたの?』
『緊急のご連絡がございまして……』
『緊急? 誰から?』
『リクト様からでございます。武術大会にハルル様が出場なさらないことについて、客席から不満の声が上がっているとのことでございます』
『そうなの?』
『はい』
エントリーしてたんだ。
『でも、こっちもハルルが居ないと困るしなぁ』
『左様でございますねぇ』
ふむふむ。
『優勝者との頂上決戦にハルルが出るって企画を、リクに話してみてくれない? 復活したオレのリハビリパートナーとしてハルルが忙しい故の特例措置ってことで』
『なるほど。シード枠ということでございますね?』
『うん! ハルルの実力なら、その扱いでも許されるだろうし』
『承知しました。そのようにお伝えします』
『ありがと! よろしくね!』
『はい!』
よかった。
なんとかなりそうだ。
「てかハルル、大会出場のこと教えてくれればいいのに」
きっと、オレのために出場を取りやめてくれたんだろうけど。
さらっと黙って友のために自己犠牲しちゃうところとか……かっこいいんだよなぁ。
「……御立派様麻痺は見送ってやるか」
仕方ない。
ハルルの友情に免じて、見逃してやろう。
「大会って言えば……そうそう。リクが任せとけって言ってたけど……」
参加するって話だったっけ。邪竜と、ジェイとイルルとリクが。
「レーテも分身が相手らしいし。いいところまでいきそうじゃね?」
本気を出したリクは、超強い。
恐らく唯一無二であるリクの竜種は間違いないく、この世界で最強。
それに、ジェイ―――大天使ウリエルも味方だしなぁ。
「見たかったなぁ」
………はぁ。
「試合見れない上に、借金返済とか……」
それもこれも、全裸親父のせいなのであるからして……。
「とりあえず宿に戻るか」
面倒だけど……仕方ない。
「主よ」
「ん、わかってるよアーサー。ありがと」
「出過ぎた真似をお許しください」
「いいよ。心配してくれてありがと。いざとなったら助けて」
「承知しました」
控え室には、外に続く扉があって。その向こうから、分かりやすい殺気が漂ってくる。
「他の店に雇われた殺し屋ってとこかな?」
さてさて、どうしたもんかなぁ。
正体がバレるのは避けたい。
もちろん、殺されてやる気はない。
アーサーに頼んで、光の球になって飛んで帰るのは、ありだと思う。
でも、オレを見失った殺し屋たちが、正体を暴く目的でマカルディたちに危害を加えないとも限らない。そうなると、こっちの計画にも支障が出る。
アーサーに撃退してもらうのも、あり。
でも、根本的な解決にはならない。
ふむ。
ふむふむ………ふむ。
「おい、扉の向こうのお前。今から言うことを、お前の雇い主に伝えろ」
「…………」
「週に一度、お前の店でも商売をしてやる。売り上げは半々でいい。この条件以上をオレらに望むなら、この申し出は破棄する」
「……伝えよう。明日また来る」
ふむ。
行ったか。
「とっさに考えたにしては、いいアイデアだよな?」
暗殺者の攻撃に備えて控えていたアーサーは、嬉しそうにほほ笑んだ。
「さすが主。店を複数掛け持ちすることで、奴隷として買われた接客係を次々と解放していくわけですね?」
「そ、その通り!」
なるほど! さっすがアーサー! それ頂きました!
「同時に、主の市場価値を高めるおつもりですね?」
「ま、そうだね。そうなっちゃうね」
そうなの?
「マカルディズ・ハウス以外でも接客する。その時間枠を、多くの店が競い合うことでしょう」
「そうだね。そうなるよね」
「半々という取り分ですが、これから店側が二割程度の取り分で妥協する可能性も出てくることでしょう」
「そうだね。そうなるよね」
ふむ。
「やがて、報酬の条件は横並びになる。そうなると、それ以外のオプションを店主どもは提案せざるを得なくなる」
ふむふむ。
「その行きつく先は一つ。店主どもは主の要望を伺い、聞き入れざるを得ない」
なるほどね?
「その時、主はどのような要望を出すおつもりなのでしょう?」
あれ?
ここで質問来ちゃう流れ?
「くっ……主の真意を汲み取れぬとは。我が愚かさを恥じるばかりです」
いや、どうしよ?
なにお願いしたらいいんだろ?
『おぃっ! 引きこもり神!』
『お呼びになった神様は、現在、一狩りするのに多忙です。しばらく時間をおいてからお声掛けください』
肝心な時に限ってマジ役立たず……。
「我には思いもつかぬ大きな未来図を描かれる主に、心から敬意を」
「ま、まぁね。ビックな男だからね、オレは」
……どうしよ。
なんかいい感じのこと考えないと……。
「主よ……どうか」
ヤバい。
アーサーの瞳が、期待でキラキラしておられるっ。
「あ、アレだよアレ」
「アレ、でございますか?」
ふむぅっ……。
「あ、アーサーなら? 何を願う? その後にオレの考えを教えよう!」
ふむ!
「なるほど。答えを求めずに考えろと?」
「ま、まぁね? その方がほら、学びがあるって言うか? だから言ってみ?」
「そうですね。私なら……」
なら?
なんなの?
「争わせます」
「さ、さすがアーサー!」
それいいね!
「では、主も?」
「あいつ等を争わせるつもりだ!」
「では?」
「神ポセイドンの本物のダンジョン。その到達階層を競ってもらう」
「……なるほど」
「ダンジョン攻略を神ポセイドンに支援してもらうよう、引きこもり―――知り合いの神経由で頼んでみる」
「つまり、敵に塩を送るわけですね?」
「そうそう! 命の危機に瀕したアイツらを、神ポセイドンの眷属が救う。絶体絶命の危機を救ってもらったわけだから、アイツ等は神ポセイドンに感謝することになる」
「つまり、ネオ・アールブの偽りの神に横取りされてた信仰心を?」
「うん! ガッツリ回収するって寸法だよ!」
これ、いいアイデアじゃない?
「感服しました! さすが主!」
「ま、まぁね? これくらいはほら、朝飯前だよ?」
「さすがです!」
ダメだ。
この尊敬のキラキラお目めには耐えられないっ。
「いやぶっちゃけ言うとさ! アーサーの質問を受けて、オレも考えがまとまったとこあるから。アーサーのおかげだよ!」
「くっ……我がプライドを砕かぬように温かいお言葉まで……。主にお仕えできて幸せです」
「オレも。アーサーが居てくれて幸せだよ」
これは本音。
「では、後ほどその作戦をガウェインと共有し、我らで諸々の手はずを整えておきます」
「ありがと!」
マジで頼りになる! 引きこもり神より遥かに!
『ん? さっき呼んだ?』
『おっせーよ。もういいよ』
『あっそ。偉大なる我は一狩りするのに数時間かける必要があるので暫く連絡するでないぞよ?』
何だよ、その化け物。
神が一狩りするのに数時間って……。アレなの? 宇宙の大魔王でも狩るつもりなの?
『はっ、いかん! ドロップした素材で武器創るの忘れてた!』
いや、神にも武器必要なわけ?
てか神界にもドロップアイテムってシステムあるの?
『じゃあな! 我は忙しいのであるからして!』
『はいはい』
……はぁ。
「ダンジョン、潜りてぇなぁ」
今のやり取りで、思い出した。
敵と戦う興奮と、レアアイテムをゲットした時の興奮と、仲間と喜怒哀楽を分かち合う幸福感が……懐かしい。
「ぜひ、我もお供に」
「うん。楽しみだなぁ」
王城を離れ。
やっかいな政治を離れ。
めんどくさい会議と外交、腹を探り合う大臣連中との日常会話から離れて……今は、自由だ。先生からの依頼もあるけど、ダンジョンに入ろうと思えば、いつだって行けてしまう。
今からだって、可能だ
「……そっか。今回のミッションは家族からの快気祝いってことか」
早朝、親父と全裸で発見されたのも。
その罰を受けて借金を背負ったのも。
その返済を名目に旅に出れたのも。
そのタイミングで、ハルルが王城に来たのも。
そのハルルがこの地に連れて来てくれたのも。
「ずっと閉じ込められてたオレに……ひと時の自由を与えるための作戦ってことか」
主犯は……リクだろうなぁ。
もちろん、ここでの事態を収拾しろって意図もあるだろうけど。
「……ったく。合理的な弟を持つ兄は―――」
―――幸せ者だよ、本当に。
今日もありがとうございました!
更新が遅れ気味で申し訳ありません。。




