第61話:逆光のバブル
「よく来たね?」
おぉっ……ま、眩しいっ。てか、眩いっ。
部屋の前方。山の頂点はスポットライトで照らされていて。王が使用するレベルの……大きな黄金の椅子が設置されてる。その席上で組まれた、優雅な優雅な長い脚……。完全にモテ脚だ。
肝心のお顔は……全く見えない。逆光のせいで。
でも、透き通るような声は空間を満たして……部屋に居る全ての人々の耳を、一言で虜にした。
なぜ、そんなことがわかるのかって?
「「「はぁっ………」」」
ざわついてた部屋が、一斉に、ため息を吐き出したからだ。うっとりする、嗚咽に似たため息を……。
そして再びの静寂。
逆光の向こうで、優雅に右手が動いた様を、みんな見逃さなかったらしい。
「静寂に感謝を」
この……透明感たっぷりのイケボ。
推しに感謝されるとか至福………なんて言わんばかりに、何人かが床に座り込んだ。
客であるガンマがみんな笑顔なのは、ここでは当然らしい。なかには、うっすらと涙をにじませてる人までいる。オレの周囲だけですでに二人に一人は泣いてるくらいだ。
パフォーマンスが始まる前に泣いてるって人はきっと、リピーターさんに違いない。単純計算で、この部屋の半分……百人程がリピーターさんなんだろうな。
「おぃ、ついてこい」
「わかった」
たったそれだけの会話。
でも静寂を破ったオレらに向けられる視線は、敵意たっぷり。どうやらここでは、バブルの言葉がルールらしい。
ハルルが腰を屈めながらたどり着いたのは、部屋の壁際。
デカいハルルは安どしたように、壁にもたれかかって座り込んだ。どうやら、背中に突き刺さる敵意に、疲れたっぽい。顔に、正直うんざりですって感じで、小さなため息を吐き出した。
「お疲れ」
「……おぅ」
オレらの周辺……いや、部屋の壁際はどこも、人が少ない。みんなステージの方へ集まってるから。
でも、耳のいいエルフや海人族がガバリと振り向いて、睨みつけてきた。バブル様の邪魔をするなと、言わんばかりに。
反射的にぺこりと頭を下げながら、ハルルの横に座り込む。きっとオレの顔にも、正直げんなりですって書いてあるに違いない。
けど、そんな顔してるのは、オレとハルルだけだろうな。みんな、ワクワク顔でスポットライトを見つめておられる。つまり今もって、逆光でご尊顔は見えないけれど。ここまでの出来事から察するに、バブルとやらはとんでもなくイケメン……つまりオレの敵側の住民、そのなかでもラスボスクラスのイケメンさんに違いなさそうだ。
「さぁ……今日はどこまでかな?」
スッと伸ばされた長い長い脚。高級シルクのバスローブっぽい衣装のスリットがめくれて、傷一つない白い肌があらわになる。
そして……クルクルまわる足の指先。人々の視線がそれを追いかけて、首がクルクルまわる。
まさに……完全掌握。
ガンマたちの視線を、心を、体を支配して。バブルはきっと今、満足そうに笑ってやがるに違いな……い?
「ハル、ル?」
「……」
マジか。
ハルルも膝立ちになって、ポカンと開けた口から……微かに涎をこぼしてる。
それが快楽のサインだってことは、間違いない。ハルルのご子息がフォルムチェンジしてるのが、服の上からでも明らかだから。それはもう、とんでもないご立派様が顕現なさっておられる……。
しかも、ハルルだけじゃない。
よくみれば、ガンマの客たちはみな、ご立派様モードになってるっぽい。女性も、同じような表情……ってことは会場全員が今、性的な快楽を得てる可能性が高い。
つまりこれって精神攻撃を受けてる可能性あり?
『引きこもり神、見えてる?』
『……うむ、ぼんやりとな』
『これ、魔法? 魅了かなんかの攻撃を受けてる感じ?』
『いや、そうじゃあないんだなこれが』
『違う? なら今、ここで何が起きてるわけ? なんかおかしくない?』
『ま、見てればわかるさ。危険はないよ、多分。知らんけど』
でた、守護しない守護神。こいつがニュータイプなのか……。それとも、これが神の通常運転なのか……。
『じゃ、健闘を祈るぞ!』
……ったく。マジで役に立たん。
てか、あのイケボさんの方が有能で役に立つわけだから。イケボさんに守護神に代わってもらえばいいのに。
「まったくみんな、欲しがりだねぇ」
おっと。バブルがなんか言って―――
「―――……マジか」
投げジェムが………空を舞ってやがる。
使用されてんのは……一万ジェムコインか。それが客席からステージ前の溝に………わんさかと。
「へぇ? 二億ジェムか。まぁまぁだね?」
バブルの一声で、ご婦人たち三十人程が前方に歩み出て。抱えてた大袋をまるごと、溝に放り込んでいく。
「五億ジェム……八億ジェム………九億ジェム……十、十二……いいね」
それ、地方都市の月別収入レベルじゃん……。てか増額スピードがやべぇ。一瞬で億を超えていく……。
どうやらご婦人たち、貯蓄用の高額硬貨を……一枚で百万ジェムもするプラチナコインをぶっこんでやがる……。
「うん! そろそろ僕は満足さ!」
ふむ?
この……この言い回し。どっかで聞いたことあるような……。
「ちょ!? お、おぃバカ! ハルル、やめとけ!」
こいつ、まさかその財布を放り投げる気か?
「正気になりやがれ!」
モギュっと頬をつねって、軽めの頭突きをいっぱつ。
「……お、おぉ。あれ? カイト? 俺、今……」
「いったん座れ。で、壁から離れんなよ?」
「わかった。悪ぃ」
真顔で謝罪してるところ、悪いけども。
「……そのご立派様、鎮めとけよ?」
「あん? なに言って―――……マジかっ」
「マジだよ」
「うわぁ……ちょっと出てる気ぃするし……」
黙れバカ長男。
「くそ元気だな俺の息子」
「不要な情報ストップで。あと、元気なのはお前の息子さんだけじゃなさそうだぞ?」
なかなかに不気味な景色なのであるからして。
「……みてぇだな」
「あぁ」
「なぁカイト。さすがにおかしくねぇ?」
「だな。こんな光景みたことねぇし」
見たくもねぇけど。
「や、そこじゃなくてさ。この俺、だぞ?」
「はぁ?」
「見ただけでちょっと出るって……童貞の夢精じゃあるまいしよぉ」
童貞の夢精は清純の証なわけだが?
「しかも俺、今朝、町娘二人とや―――」
「―――もげろ。てか黙れ」
「や、自慢じゃなくてよ。別に今、溜まってねぇって意味」
「……なるほど」
つまり、異常事態ってことだな。相当なレベルの。
「……薬の類じゃねぇよな。麻薬っぽい煙も臭いもしねぇ」
その通り。
「あと、詠唱もなかった」
「あん? つまり魔法じゃねぇってことか?」
「そうそう。無詠唱魔法でもないらしい」
引きこもり神が正しいなら、だけど。
「ってことは……魔法以外の精神攻撃」
「……かもなぁ」
部屋中にいる生命体に、一瞬で、恍惚とさせる魅了攻撃……。つまり、逆光のバブルは、とんでもない化け物ってことになる。
でも、逆光のバブルからは、悪意とか敵意みたいなものは感じないんだよなぁ。う~ん……。
「どうする? とりま逃げるか?」
「……や、逆に怪しまれるだろ。注意して、観察を続けよう」
「おぅ! 了解!」
「……なんだよ? やけにニヤニヤして」
「……懐かしいなぁって思ってよ!」
「……そっか」
「おぅ!」
そっか。オレ的には、こないだパーティでダンジョン冒険したじゃんか……って感覚なんだけど。ハルルからすれば、数年ぶりなんだもんなぁ。
「お? 動いたぜ」
のんびりと立ち上がって……ハルルは姿勢を整えた。動きやすい姿勢……つまり一段階、警戒を高めたってことだ。
「おぃおぃ。さすがに警戒しろよ」
「悪ぃ」
慌てて立ち上がったオレに、ハルルは苦笑をこぼした。
ヤバい。オレ、感覚鈍ってんのかも。だから逆光のバブルの放つ敵意を、感じ取れてない?
「合計、十三億二千万。みんな……欲張りだね?」
ふむ。
課金額に応じて、バブルが何をするのかが決まるってルール?
でも、これだけの数に?
お触りなしで?
この金額に見合うことを?
なにするのか……さっぱりわからん。
「じゃあ特別に……だよ? サービスさ!」
ふわりと、椅子からステージに舞い降りた美青年。
俯いてるせいで、ご尊顔は拝見できない。
「じゃあ今日は、ここから―――」
ふむ?
自分の体をなぞる指先が………首元からじわじわと下に……。
「―――……ここまで、かな?」
臍の少し下あたりで、ピタリと止まった。
その瞬間、
「「「「「わぁぁああああああああああ!」」」」」
会場が割れんばかりの大歓声に包まれて―――
「バブル様ぁ!」
「ありがとうございますぅぅぅぅ」
「はぁっ・・……もぅ限界ざます! 早くお恵みをぉ~」
―――……無数の感謝の言葉が、空を舞い踊る。
それを両手いっぱいに受け止めたバブルが、ようやく顔を上げた。
「お、おぃ。おぃおぃおぃ………。蝶のマスクで微妙に顔が見えねぇが……」
「……ハルルに同意」
『くっ。武装する錬金……そのど変態カリスマ蝶さん仕様とは……やりますねぇ』
『え? 引きこもり神? 今、何か言った?』
『別に? ほら、見逃すなよ?』
バブルはそっと……口元に人差し指を当てた。
優雅な指揮者の指示に逆らう者はなく……会場は……秒で静寂に包まれていく。
「子猫ちゃんたち……覚悟はいいね?」
ニヤリとほほ笑んだ瞬間、何人かが倒れる気配がする。
「間違いねぇ」
「だな」
ハルルもオレも、間抜けな顔になってるに違いない。
てかこんなところで何してんだ、あの人は。
「海王直伝秘奥義―――∻∻∻∻∻―――……怒セクシーパンチ・改」
シルクのローブが……はだけていく。指先でなぞった臍の下―――青いアンダーヘアが少し見える、そのラインまで。
その瞬間、人々が悶え始めた。
なかには倒れたり、しゃがんだり、ご立派様を抑えながらかがんだり……ひっくり返ったり。姿勢はそれぞれだけど。みんな、満足そうによだれを垂らして、ぐったりぴくぴくと震えておられる。
「うわぁ……」
「臭ぇ…」
青年には馴染み深い香りが、人々から舞い上がっていくわけで。
「みんな……昇天したね?」
バブルの問いに、答えられる者は誰もいない。
「ははっ。これは……さすがにマネできねぇなぁ」
「無理。絶対に」
上半身チラ見せするだけ。それだけで軽く十億を稼ぐ男。
「全裸で路上寝してたどっかの王子様とは……格が違ぇな」
「だな。オレの全裸なんて無料で見放題だったし」
観客ゼロだったけど。
「無料? 赤字じゃねぇか」
「マイナス五十億の男と呼べ」
全裸まる見せで、マイナス五十億。
上半身チラ見せ数秒で、十億。
この差は一体、なんなのか……。種族が違うから? 年齢が違うから? 脚の長さが違うから?
『……なぁ引きこもり神。オレ今、心が壊れそうなんだけど? 守ってくれね?』
『無理だな。なにせオレの心も今、壊れかけのレデェィオォ~状態なのであるからして……』
マジ、役立たねぇなコイツ。てかレデェィオォってなんだよわかんねぇんだよ……。お前ほんと、たまにわけわかんねぇ例えしてやがるからな? 気をつけろよマジで。
『ふむ。次元が違うんだよきっと。魂の……いや存在そのものの』
『……不本意だけど激しく同意するぞ、残念神よ』
『だな。そんなことより、ハルルの発言はスルーすんのか?』
ハルルの発言って……あぁ。あそこ、ね。
「てか、ハルル。なんで全裸のこと知ってんの?」
それは教えてないはずなんですけど?
「ん? 決まってんだろ? 俺もそこにいたんだよ」
「え?」
「え?」
おかしくない?
「オレが起きた時、お前いなかったけど?」
「先に目覚めたし。で、通りかかった美人姉妹の家に入って、三人で風呂に一緒に入って……って感じ?」
一緒に入ってって感じ……ってなに?
つまりお前、全裸の友を見捨てただけじゃなく、美人姉妹に拾われて楽しんできたと?
「ま、気にすんなって! 念には念を入れた口封じってやつだよ」
「口封じ?」
「おぅ。ま、お前は気にすんな!」
気にするけどな。一生覚えておくけどな。
「そんなことよりよぉ」
「あぁ、わかってるよ。さっき、なんか聞こえたよな?」
「カイトに同意。一瞬、だけどな。怒セクシーパンチの前」
「そうそう」
情報量の濃そうな、聞き取れない不思議な音。耳鳴りがしたような気が、しないでもない。けど、不快さはなくて。むしろ心地いい感じだった。
それでいて背中がゾクゾクするような……衝動が煽られるような感覚があった。
海人族は、音楽に秀でる種族。
そしてこの人は、そのなかでも、抜群に歌がうまかった。
「さてと。久しぶりだねぇ。元気だったかい?」
満足そうに微笑む逆光のバブルは、視線をこちらに定めた。
「はい!」
「ポセイドン先生もお元気そうで」
「あぁ! すこぶる元気さ!」
蝶のマスクが空を飛び……ユラユラと床に舞い落ちる。スポットライトを浴びたお美しいご尊顔が、ちょっとやんちゃな笑顔を示して……イケメンポイントを爆上げしていく。
「さぁ、二人とも、ついておいで。さっさと移動しよう!」
「え? お金は? 回収しないんです?」
「あぁ、部下に任せてあるよ」
反対の壁際に控えてる美男美女ペアが、軽く会釈をくれた。その美しい姿勢と仕草に、ついうっとりしてしまうくらいには、イケイケしておられる。
「さぁ! 行こう!」
「はい!」
ハルルはなぜかノリノリだ。
先生の背中を追い越して、扉を先に開いた。目上の者への礼儀をサラリとこなすあたり、さすが貴族の血を引く脳筋。
先生も先生で、それが当然という感じで目礼を返してるし。ポセイドン先生も、ひょっとしたら海人族でも有名な貴族の血筋なのかもしれない。
「どこへ行くんです?」
「決まってるだろ? 最高に気持ちがいいところさ!」
いい、ところ?
気持ちが?
……………………ふむっ。
「ちょ、先生!」
「どうしたんだい?」
「そんなエッチいところには、オレはちょっとまだ行けないっていうか。いや、全然、全然年齢的には行けるんですよ? でも緊張するっていうか……」
気持ちの準備的なアレが? できてない的な?
「……お前、その童貞臭消すとこから始めろよ」
「黙れ脳筋めっ」
おかげでオレは漏らさずに済んだのであるからして! 知らんけど!
今日もありがとうございました!




