ルルルの結婚決意証明書
カイト曰く、三バカ兄弟。
その末っ子ルルルの、結婚前エピソードです。
「………だって、なに書いていいか……わっかんないんだもん。なんかモヤモヤしてさぁ」
真っ白なままの……記入欄。
「ルルル………」
「………助けてよぉ」
困った時。まっさきに浮かぶ、頼りになる親友。
「………とりあえず、じっくり振り返ってみたら? なんで結婚しようと思ったのかを。モヤモヤの理由も見つかるかもよ?」
「そっか! ありがと! そうする!」
さっすがリク!
「え? そこで書くの?」
「うん! 日光のあるところで太陽の女神に感謝しながら書く………ヒュムの文化でしょ?」
「や、そういうことじゃないんだけど。てかルルル竜人じゃんヒュムじゃないじゃん……って………はぁ。ま、いいか」
「ありがと!」
王城にあるリクの私室……東館の方。
綺麗な木目のテーブルは広々としてて、物を書くのにぴったりだし。椅子も座り心地いいし。
「……おやつの要望は?」
「ポテト揚げ揚げしたの! あとチョコマシュマロ!」
ここ美味しいお菓子、いっぱい食べれるし!
「はいよ~。ちょっと待っててな。ふ…ふぁぁぁああああ~………眠ぃ」
「お疲れ~」
「ん~」
睡眠時間を削ってまで、ダンジョンに潜る毎日。カイトを探すために。ダンジョンには、世界中から冒険者が集まるから、ちょうどいいんだとか。
もちろん、王族として、平日の公務をしっかり務めることで………夜、私的な時間で何をしようが、誰にも文句を言わせないようにしながら。だから、リクが疲れてるんのは、よくわかる。
……よくわかるんだけどさぁ。
「ふぁああああっ……眠ぃ眠ぃ」
リク………仮にも皇太子様なんだから。欠伸しながら扉を脚蹴りで開くのは、行儀悪すぎると思うよ?
「陸人様! はしたない!」
「やっべ」
「今のはいかがなものかと。爺は………嘆かわしゅうございます」
「……はい」
「それに、なんとふしだらなお召し物か!」
「だってハーフパンツ、楽なんだもん」
「なんとなんと嘆かわしいっ。陸人様はもっとよく、ご理解なさる必要がございますぞ!」
「なにを?」
「見め麗しい陸人様の肌は民心を惑わせる……そう心得なさいませ!」
「えぇ~! てかこのフロアならいいじゃん! 家族と護衛しかいないじゃん!」
「なりません! メイドもおります!」
「………ほぼほぼ家族みたいなもんじゃん」
「なりません! さ、お着替えを! ドレスルームまで同行しますぞ!」
「………はいはい。ふぁぁぁぁ~………眠っ」
「陸人様!」
「はい! ごめんなさい!」
………やっぱり、爺やさんに怒られちゃったね。
「ま、みんなわかってるけどさぁ」
昨日も遅くまでダンジョンに潜ってたんだよね。カイトを探すために……。
「………寝てるとこ、起こしちゃって悪かったかなぁ」
深紅のカーテンが、風になびいて。
ベランダの向こうに広がる街並みに、ほっこりする。だってここから、見えるんだもん。カイトたちが昔住んでた区画が。俺たちの仮住まいも、そこにあったし。
「あ、やばっ」
風を受けて飛びかけた紙を、慌てて抑えて。逃避しかけてた現実に、もう一度向き合う。キリっとした顔になるよう、両頬を軽く叩いて。
「でも………結婚かぁ」
う~ん……。参考になりそうなのは、やっぱ父さんだよねぇ。
「父さん、なんで母さんと結婚したんだっけ」
確か……アプローチは母さんからだったはず。
父さんは、ものすごい奥手で。結婚どころか付き合うのもまだ早いって……渋ってたらしい。武人として高みを目指すのに、結婚はまだ早いって考えてたらしい。
けど、俺の婚約を一番喜んでくれたのは、父さんだったし。結婚して良かったって思ってるんだろうなぁ。
「ふふ……久しぶりに抱きかかえられたもんなぁ」
満面の笑顔で、何度も頷いて………。
隠すように目元を拭って………ハグしてくれた。高い高いのおまけ付きで。
「喜んでもらえてよかった」
今でも、父さんの笑顔を見ると………ほっとするんだよね。
…………ちょっとしたトラウマのせいで。
「………」
一度だけ。
本当に一度だけ。
父さんを傷つけたことがある。
あ、どうだろ。
…………………う~ん。俺の気づかないところで、いっぱい傷つけてるかもしれない。カイトといっぱいイタズラしたし。
………けど。
一度だけ、俺の目の前で、俺の言葉で。…………父さんの顔が歪んだのを見たのは…………うん。
やっぱり、一度だけ。
父さんは、有名人。
なにせ星を救った英雄なんだから。唯一無二の二つ名―――……救星の武闘家。
全竜人族のなかでも十指に入ると評価されてる。
十………十………十………。最初は、十なら大したことないと思った。
いや、それでもじゅうぶん凄いんだけどねぇ。
でも星を救ったって割には……トップ十って評価低くない?……って感じだった。
でも俺、誤解してたんだよね。
十指。
今生きてる竜人族のなかで十指って意味じゃなくて。
歴代で……十の指に入る武闘家。
しかもまだ、百歳にもなってない。四十そこそこの圧倒的な若さで、十指に数えられているんだよ?
………うん。
うんうん。
……………父さんは、凄い。
だからケンカ? 模擬試合い? なんて言っていいのかわかんないけど。なんかいろいろと試合を申し込まれることも多いんだ。
「救星の武闘家などと笑わせる! 若造が生意気なっ!」
……なんてほざく老害ばっかりだけどね。
そんなズレた長命の竜人……修練を五百年積んだような老害猛者と戦っても、父さんは割とあっさり勝っちゃう。
もちろん、父さんの竜種も凄いから強いってところもある。最強の一角に数えられる水竜だし。
でも、それだけじゃない。
修練の賜物だってことくらい、僕―――……俺にもわかるんだ。
朝も夜も、父さんが修練に励んでたとこ、ずっと近くで見てきたもん。
昼、時には何日も……ダンジョンに潜っては………お土産を一杯、持って帰って来てくれた。美味しいごはん、お菓子、パンに飲み物。
大きな箱いっぱい、肩に担いで帰ってくる父さんを、夕陽を眺めながらずっと待ってるのが……好きだった。
あのワクワク感と、ドキドキ感。父さん無事かなぁって不安もあって……夕陽の向こうから歩いてくる父さんが見えたときには、ほっとして泣いちゃうこともあったっけ。
あと………試合で父さんが勝つたびに、駆け寄ってハグしてもらうのが好きだったなぁ。
抱きしめてくれて、おでこをコツンって重ねてくれるのが好きだったんだよね。
うん。今日も勝ったぞって………笑ってくれるのが好きだった。
強くて、カッコよくて、優しい父さんが………自慢だった。
でも……ハルルとイルルは違ったんだ。
俺が望んだのはハグだったんだけどさ。
二人が望んだのは、ハグじゃなかったんだよね………。
試合に勝った父さんに。ダンジョンから帰ってきた父さんに。修練を付けてくれって……頭を下げて頼んでたっけ。
………そう。
そこで、俺の時間は終了。
ハルルとイルルを連れて、庭で修練をする。汗をかいて、泥まみれで、涙を堪えて……父さんに向かって行く兄さんたちは………カッコよかった。
そんな皆を眺めながら、食べるお菓子。
そんな時は決まって………美味しいはずなのに、あんまり味がしなくてさぁ。
そんな時は絶対………どれだけ食べても、お腹いっぱいにならなくて…………。食べ過ぎて母さんに叱られたっけ。
そのモヤモヤがずっとわかんなかったんだけど………七つになるころに、しっくりくる言葉に出会った。
疎外感。
それが嫌で、俺も、それまでよりずっとずっと………父さんに修練を付けてもらうようになった。
でも、ハルルとイルルには勝てなかった。
だって二人は…………偉大なる水竜の継承者だから。
二人から水竜種が発現した時、父さんは見たことのない笑顔で笑ったっけ。
二人を強く抱きしめて、頭をグリグリっと撫でて。もう一度……ハグをした。
…………遅れること約半年。
僕の竜種も発現した。
誰よりも僕の期待を裏切った………カッコ悪い、ドロドロの粘竜種。
兄さんたちの拳から放たれる………清く力強い水流。
僕の拳からは放たれたオーラは………ドロドロと、地面に爛れ落ちる。
もちろん、父さんはハグしてくれた。
それから兄さんたちにしたように、頭をグリグリっと撫でてくれて。
もういちど、ハグしてくれた。
涙が止まらない僕を―――……俺を、ずっと、ずっと………ハグしてくれた。
…………運命は残酷なんだよね。
兄さんたちが水竜の力を発現させたって話は、爺ちゃんを通して、あっという間に里中に広まった。
だから、山のように客が来たんだ。兄さんたちの祝いの席に。「ぜひ弟子入りしてくれ! 我が技を継承させたい!」って、みんな熱く語って………。興奮して顔を赤らめながら、帰っていった。
…………僕の祝いの席。
訪問者は、ゼロ。じいちゃんと家族だけの………ささやかな席で。
そのおめでたい席で。
俺は………父さんを傷つけた。
「……僕が父さんの、子で、ごめんな、さいっ」
…………よく、覚えてる。
この瞬間に生まれた、静けさを………。
卓上に並んだ料理の色も、味も、覚えてる。
ハルルが大きく口を開けて。
イルルの顔が青ざめて。
母さんは口に手を当てて。
爺ちゃんは、箸を落とした。
そして父さんは………初めて俺に………涙を見せた。
その歪んだ顔と震える手を見て……やっとわかった。
俺は、一番言っちゃいけない言葉を、言っちゃいけない席で、言っちゃいけない相手に………言っちゃったんだって。
でも、時は戻せない。
言葉も、戻せない。
なんて言っていいのかも、わからない。
もういっかい、ごめんなさいって言おうかって思ったんだ。
でもさ………なにを謝ってんのか………僕にはちゃんと伝えられないって、思った。
誤解させて、また父さんを傷つけるのが怖かった………。
だから口をつぐんで、涙を堪えて……天井を見上げたんだ。
噛み殺した泣き声が………ヒグッヒグッって……しゃっくりみたいになったのを覚えてる。
…………そんな時、救ってくれたんだ。
バタバタと廊下を走る音。
遠慮なくガバリと扉を開く音。
ニンマリニコニコと笑って、俺にダイビングハグをしてくれた友。
その重みを支え切れなくて、床に頭がぶつかる音。
それが面白かったのか、大爆笑を始めた友。
おっきな笑顔とバカでかい声で………「おめでとう!」って喜んでくれた………友。
そう……カイトが、救ってくれたんだ。
ニシシって笑いながら。
そんで俺も、ニシシって笑えた。
ハルルとイルルも、笑って。
母さんも、笑って。
父さんは、大和おじさんを祝いのハグを交わしながら…………頷いた。
それから、ググっとハグをくれた救星の勇者は、頭をグリグリ撫でてくれて。
カイトにそっくりの………おおきな笑顔をくれたんだ。
「ルル坊、愛してるぞ。昨日よりも、ずっとな?」って、あったかい言葉と一緒に。
それから……父さんのターンって感じで、大和おじさんが俺を差し出したんだ。父さんの、膝の上に。
「ルルル……」
「……」
叱られるかもって、思った。
父さんを傷つけたこと。祝いの席を台無しにしちゃったこと。
謝りたいって思った。心底。
けど、口はパクパクするだけで………声を出してくれなくて。そんな自分が情けなくて、カッコ悪くて……悲しかった。
「なぁ? ルルルは父さんのこと、好きか?」
「………うん」
「どれくらいだ?」
「どれくらい?」
「そう。例えてみろ」
「………今まで食べたご飯よりも、いっぱい。いっぱい………好き」
「父さんも一緒だ。今まで食べてきたご飯よりいっぱい、いっぱい……ルルルが好きだ。ルルルが父さんの子で良かったって、毎日思ってる」
「………うん」
父さんの愛情を、自分の感覚で理解できたから………心底ほっとしたのを覚えてるんだ。
いつもみたく、父さんがニシシっと笑ってくれて。
おかげで俺も、ニシシっと笑えた。
…………うん。
うん、うん…………………。幸せだったなぁ。あの瞬間の安心感は、ずっとずっと今でもずぅ~っと、僕を支えてくれてる。ハルイルを見て劣等感で苦しくなるとき、ポカポカと勇気づけてくれる。僕は僕でいいんだって。
そうそう。あの時、カイトも勇気をくれたんだよね。
父さんと俺とのやり取りをウズウズソワソワしながら見てたカイトは、我慢の限界を越えたらしくて。ハグしてる父さんと俺の間に潜り込んできてさぁ。
「それで? ルルルの竜種は? なんだったの! 教えろよ!」
ってもう………大騒ぎして。
「……粘竜」
自信なさげにさ………ボソリと呟いちゃった俺の言葉に、カイトはキラキラと………瞳を輝かせてくれたんだよなぁ。
「マジで? ハルイルとは違ぇの?」
「………うん」
「よかったじゃん!」
「………なんで?」
「なんで?」
「うん。なんで、カイトはそう思うの?」
「なんで? ルルルは一緒が良かったの?」
「………それは」
そう、だと思った。
でも、口には出せなかった。また父さんを傷つけるって、思ったから。
「じゃあオレから言うな! えっと………弟! リクのこと! アイツ体弱いだろ? 今日も来たいって言ってたけど、熱が出ちゃってさぁ。母さんとお留守番なんだぜ! あ、忘れてた! リクもおめでとうって言ってたぞ!」
「ありがとうって、伝えておいてくれる?」
「いいよ!」
「ありがとう」
「うん!」
「バカ息子よ。ルルルに違ってよかった理由を伝えてる最中だってこと、忘れてねぇか?」
「わ…忘れてねぇし! だからえっと、だからオレさぁ……リクを助けられる体で良かったって思うんだ! きっと、リクとオレ、違うところがあるから、したいことがあってさ………できるようになりたくて、頑張れて……って、するじゃん?」
「うん?」
「それにリク! アイツすっげー頭いいだろ? オレ、バカだしさ。だからリクもきっと、オレと違うところがあるから、したいことがあって、できるようになりたくて、頑張ってくれてるんだって思うんだ!」
「………うん」
「全部、一緒だったらおもしろくないじゃん? 違うとこがあるから憧れてがんばれるんだって! 一緒に居て面白いことも増えるんだって! 多分!」
「わかった!」
今思うと、全然わかってなかったけど。
カイトの笑顔を見てると、違うのっていいことなんだって思えてさぁ。
だってみんな、笑ってたし。
僕も、笑えたし。
だからそれからずっと、笑うようにしたんだっけ。
ニコニコすることで、自分は幸せだってみんなに伝えたくて。
実際、幸せな毎日で。
だから笑顔は、本物で。
だから………笑えなくなった。
カイトが居なくなった、あの日。
神でも探せないって聞いた、あの日。
でもね………カイトの言葉はずっと、心に在ったんだよ?
無気力っていうの? 呆然自失? もう心が壊れちゃったようなハルイルを見て、蘇ったんだ。カイトの言葉が。カイトの声が、聞こえた気がしたくらいだもん。
違っていい。違うから……したいことがあって、頑張れて、いい感じになるんだって。
ハルイルが悲しみに暮れるなら、僕は違うことをしなきゃ。
それがきっと、お互いに頑張れて、いい感じになることにつながるんだって………。
「兄さんたち、俺、結婚しようと思う。モネとミルルと。だから俺のことは、心配しなくていいからね」
父さんと母さんには、俺が孫の顔を見せるから。
「兄さんたちは、思う存分、カイトを探していいよ」
……………返事は、なかったけど。
これでいいと、わかってた。
きっと、兄さんたちも。
だから問題は………俺なんだよねぇ。
結婚するって言ったけど。まだこの時、モネとミルルにはプロポーズしてな………………あ、見つけた。
モヤモヤしてるの、ここだ。
「結婚するって決めてから、相手にプロポーズするのって変じゃない? 誠実じゃないって気がするよなぁ」
好き。だからずっと一緒に居たい。だからだから結婚……こういうもんじゃないの? 父さんと母さんがそんな感じだしねぇ。
「そんなことないと思うけど」
「うわぁぁぁ! リク、ありがと!」
ワゴン山盛りのお菓子………サンドイッチも! それに高級シュワシュワジュースまで!
「どういたしまして」
告げながら、ガバリと堅苦しそうな服を脱いでいくリクに、思わず苦笑が零れちゃう。
「せっかく似あってたのに。脱いじゃっていいの?」
爺やさんが選んだっぽい、タイトなシャツとピッタリめのズボン。
「いいんだよ。ここ、私室だし。ルルルしかいないし。そもそも俺、リラックスする時は脱ぐって父さんの家庭文化で育ったし」
そっか。大和おじさんは裸族だっけ。最近、王様って感じの衣装しか見てなかったから、忘れてた。
「はぁ~、疲れた~」
すばやくハーパンに着替えて、上裸のままベッドにダイブしつつ、ドーナツに齧りつく。パレードでニコヤカに手を振る王子様モードとのギャップが、個人的には愉快で素敵だけども。幻滅しちゃうファンもいるんじゃないかなぁ。
「そうそう! さっきの、俺は別にいいって思うけど?」
「えぇ~、そうかなぁ」
「結婚しようって決めて相手探すのって、普通だと思うけど?」
「そうなの?」
「ルルルは結婚したいと思った。ちょうど付き合ってる人がいる。ならその人と結婚する。これのなにが問題なわけ?」
「だってさぁ………二人が好きで、ずっと一緒に居たいから結婚するって思ったわけじゃないんだよ? 二人に不誠実じゃない?」
「そこ、こだわるとこ?」
「こわだるよ」
「俺の価値観でいうと、一人じゃなく二人と結婚ってところの方が不誠実なんだけどなぁ」
「そうなの?」
「ま、そういう文化っていうか………価値観で育ってきたとこあるからね」
ボリボリと腹を掻く王子様………。
「そっか………。大和おじさん、奥さんひとりだもんね」
「それだけじゃないんだけど……ま、今はそこはいいとして、だ。要するに、ルルルの価値観の問題でしょ? 二人は結婚してくれるって言ってるんでしょ?」
「……うん」
「ルルルはさぁ。結婚したいの?」
「うん………。だってカイトが―――」
「―――ストップ! 兄さんのことは今、引き算して!」
「引き算?」
「うん。それでもまだ、結婚したいって思う?」
「したいよ、もちろん」
父さんと母さんみたいに………幸せになりたい。
「なら十分だよ」
「……うん」
「ルルルって………過去に踏ん切り付けないと、前進できないタイプ?」
「……そうなのかも」
「ならいっそのこと、考え方を変えてみようぜ!」
「変えるって……どんな風に?」
「う~ん……やっぱ美味いよなぁ。炭酸飲料最高かっ」
「そりゃそうだけどさ」
シュワシュワジュース………最高だよねぇ。
ついつい、グビグビ飲んじゃって。今日もいつの間にかボトルが空になっちゃってるし……。もう一杯、飲みたかったなぁ………。
「あ、ドーナツ!」
「へへっ。最後の一個、も~らい!」
あっと言う間に、リクの口の中に消えていっちゃう…………。
「もぅ! 僕の分だったのにさぁ」
「ま、そういうことだよ」
「なにが?」
「過去に捉われてばかりいると、立ち止まってばかりいると……未来の可能性も失っちゃうってこと」
「………そっか」
「そうだよ」
未来の可能性、か。
水竜は継承できなかったけど。僕にも……父さんの優しさを引き継ぐことは………できる。
それに、モネとミルル。
二人のことを幸せにできるように、結婚して良かったってずっと思ってもらえるように……いっぱい頑張ればいいんだ。
俺が過去に捉われて……ごめんなさいって思ってばっかいても、二人は嬉しくないよなぁ。そうなっちゃったら、誰も幸せになれないもんなぁ。
だって、水竜じゃないって悲しみ続けてたら、今の俺はいない。みんなみんな…あの時の未来………今この時も、悲しいままだったと思う……。
「モネちゃんかわいいしさ。ミルルさんセクシーだしさぁ。ルルルがだらしないと、ハルルあたりにとられちゃうぞ?」
「……ドーナツの恨みは、今ので帳消しにしてあげる」
「サンキュ!」
やっぱりリクは、頼りになる。
なにを大事にしないといけないのか、見失っちゃってた。
自分の気持ちに踏ん切り付けることよりも、未来のことにまず時間を使わなくちゃ。
これは、結婚決意証明書なんだから。
未来をどうしていくか………どんな幸せな家庭を築いていくか。それを書けばいいんだから。
「書けそう?」
「うん!」
「そっか!」
ニシシっと笑う親友は、やっぱり頼りになる。
「あ、俺にも言うなよ? 誓約書の言葉、当日の楽しみにとっておきたいからさ!」
「わかった!」
リクに下書き見てもらう気だったのは、内緒にしとこっと。
「他には? なんか心配ない? 何でも言いなよ?」
ほんと、持つべきものは友、だよね。
リクが友だちで良かった。幸せだよ、俺。
……でもさぁ、リクはどう?
「ルルル、大丈夫?」
「……うん」
「なんかありそうな顔してるけど?」
「うん……。モネもミルルも、父さんと母さんも……みんなみんな、喜んでくれるかなぁ」
「大丈夫だって!」
「……リクも?」
「ん? 俺?」
「そう。だってさ、僕―――……俺の結婚…こんな状況なのにさぁ」
カイトが居ない時に………みんなが悲しんでるときに結婚するなんて………不謹慎かもしれない。
リクも、傷ついてるんじゃないかなぁって………思わなくはないんだ。
でも親友からは、そんな気配がしなくてさぁ。俺も、その気配に甘えちゃってて……。今まで、口に出して確認してはこなかった。
「なんで? おめでたいことでしょ? 嬉しいよ?」
「……そうだけどさぁ」
「ルルル、あのさ。兄さんが居ない間、世界を止めておく気は俺にはないよ。みんな悲しむ必要もないと思ってるし」
「………なんで?」
「兄さんは、みんなの明るい未来を守るために戦ったんだよ? みんなが喪に服するような暗い生活を送るためでも、悲しみ続けるためでもない。いっつもイケメンリア充陽キャ滅びろとか言うくせにさぁ………みんなみんなまとめて守るために戦ったんだ。絶対そうにっ……決まってる」
「……うん」
確かに。カイトが戻ってきたとき、傷つくよね。自分を探すためにみんなが自分の人生を犠牲したって知ったら……悲しむよね。
カイトは優しいから………自分のことはいくらでも犠牲にしちゃうクセにさぁ。他人が自分の犠牲になるのは嫌ってタイプだもんね。
…………うん。さっすがリクだ。
「だからさ……」
「うん」
「親友を祝う気持ちに、混じりけはないよ。覚えておいて」
「……うん。なんかゴメン。リクの気持ちを疑ってるみたいで……」
「いいよ。ルルルは優しいから、俺が傷ついてるかもって思ったんでしょ? 俺以外が兄さんのことを忘れていくような……そんな孤独感に苛まれてたらどうしよって……心配してくれたんでしょ? そんくらい、わかるよ」
「……ありがと。でもそのマフィンは僕のだからね?」
「ちぇっ。今なら見逃してくれると思ったのになぁ」
どちらからともなく、クスクスっとした笑いがこぼれて。すぐに、爆笑に変わっていく。僕の気持ちが、フワフワっと軽くなってるって証だ。
おかげでいろんなことが、すぅ~っと理解できちゃったかもしんない。
「忘れないうちに、それ、書いちゃいなよ。んで、パーティしよう!」
「パーティ?」
「そうそう! 独身最後の夜、友人だけで集まって大はしゃぎするのが楽しいんだよ。多分!」
「多分?」
「そう! 今日は俺と朝まで遊ぼう! 酒と飯と………ちょびっとエッチな本とか読んじゃう? 最近話題になってる絵師のヤツがあるけど?」
「……話題ってあの、童貞の教科書とか、エッチの指南書とか事典とかって言われてるヤツ?」
「それそれ!」
「………読まないよ。てか、どこで手に入れたのさ? 幻の作品なんでしょ?」
「それは……内緒で。ま、読みたくなったら言ってよ。いつでも貸すからさ!」
クイクイっと親指で示されたニヤニヤ笑顔の背後に、綺麗な金庫が見える。
王城のヒヒイロカネ製金庫にしまうほどレアな本って、どんなだろ。気にはなるよね……。
「やっぱ読んでみちゃう?」
「いいよ……」
なんか恥ずかしいし……。友だちなら、そういうの貸し借りするのってアリなのかなぁ。
「ま、とりあえず食事は手配済みだからさ。泊まっていくだろ?」
「うん!」
「了解! じゃあ俺、父さんに伝えてくるな!」
テケテケと歩きだした親友は、今の自分の姿を、忘れちゃってるらしい。
「陸人様! なんとまぁはしたないっ!」
「やっべ」
「爺は限界でございます! 紳士の何たるべきかをたっぷりお話することにいたしますぞ!」
「えぇ~、いいよメンドクサイ」
「なりません! さぁ、講話室に行きますぞ!」
「……ちょ、爺や」
「なりません!」
………ほらね。
あと一時間半くらいは、戻って来れないだろうなぁ。
「さ、書いちゃおっと」
結婚決意証明書。
「書き出しは―――」
―――………うん、決めた。
父さんと母さん、兄さんたち。そして親友たち。まずはみんなへの感謝の言葉から始めよう。
「みなさんと出会いは、僕の幸せの一歩めでした」
うんうん。
二歩めは、恋人との出会い。
「モネとミルルは、僕の幸せそのものです」
言葉に、偽りはないよ。
こんな僕を好きでいてくれてありがとう。付き合ってくれて………ありがとう。
「明るい未来を築いてみせます。友がくれた未来を無駄にしないためにも。父さんと母さんの愛情を次世代に継承するためにも。そしてなによりも―――」
―――………二人を愛しているから。
「竜人族の誇りを継承し、これまでのように、自分も新しい家族を守り抜いていきます。ここにそれを誓います」
うん!
いい感じ!
読みかえてみると、前向きになれるから不思議だ。
「………へへっ。なんか照れくさいなぁ」
結婚……結婚かぁ。
胸がポカポカしてきた。
自分が家庭を築くって責任感と………子どもを育てるって責任感。不安でドキドキもするけど、楽しみだなぁ………。
「子どもかぁ」
三人ずつくらい欲しいなぁ。
「………ちょびっとエッチな本ってなんだろ」
ひょっとしてリク、そういう勉強もしといた方がいいってアドバイスだった?
「………あとで聞いてみよっかなぁ」
恥ずかしいから、ここはお酒の力を借りることにしよっと。
ドキドキしつつ、チラリと見つめた金庫の上に、カイトと家族の絵があって。ニシシっと、絵の中の親友が笑ってくれた気がした。
「カイトも、喜んでくれるよね?」
まずはいっぱい、お祝いの言葉をくれるだろうなぁ。
ニシシって笑顔も、いっぱいくれるだろうなぁ。
で、肩を組んでこっそりこそこそっと………先に脱童貞したなこの裏切り者がって、ちょびっと文句言いそう。笑顔で。
「………はやく会いたいなぁ」
お腹も、空いてきた。お腹の虫も、ぐうぐう鳴いてるし。
「カイトの手料理が恋しいよ」
どこか満たされない気持ちを、間抜けな腹の音が代弁してくれたらしい。
「夕食まで……まだまだ時間あるよなぁ」
お腹空いたし。あと、お腹空いたし。やっぱりお腹空いたし……。
「ちょっと寝ちゃおっと」
リクのベッドにダイブして。フワッフワの布団にくるまる。
きっとリクは怒るだろうけど………許してくれるに違いない。カイトみたいに、ニシシって笑ってね。
「ふわぁぁぁぁっ~」
眠い。
頭がポワンとしてきちゃった……。
「汝ルルルに………大天使ミカエルの加護を授けよう」
「……ん?」
瞼が……開けられない。眠くて重くて………。でも、誰かいるのは、わかる。あったい、ポカポカした感じの……誰か。
「……よい。そのまま眠るがいい。これは夢なのだから」
「………うん」
「一時の間、人々が汝の正義を正しく理解する。故に自信を持ち、しっかり幸せになるがいい。カイトもそれを望むであろう」
「………あり、がと」
ポカポカの気配は、消えちゃったけど。
心はずっと、ポカポカのまま。
迷いも悩みも消えて………心が軽くなっていく。
うっすらと滲んだ涙が…………罪悪感も連れて行ってくれたらしいや。
今日もありがとうございました!
リクとナナちゃん、ハルルにイルルの閑話は、これにて終了です! お付き合いいただき、ありがとうございました!
一連の閑話、その隠れたテーマは、レジリエンス。辛いことがあっても、しなやかに回復しようとする心や、それをもたらす周囲の状態なんだとか。
カイトが消えた喪失感を支えあう精霊や友、恋人や家族の様子が、少しでも伝えられていたら嬉しいです。




