急ぎ伝えよ、次男は童貞(閑話)―――その四
身体を寄せ合って………湯に浸かって。既に二度、月が雪雲に隠れた。空気を読んだのか、ゆったりと間を取った月が三度めに顔を出した頃………震えが弱まるのを感じたから………グリグリと、頭を撫でてやる。
「お前らの答え、よくわかったからよ。大丈夫だ」
ニシシっと笑いながら湯をすくって………三人の顔に向けて解き放つ。
「ちょっ、兄ちゃんっ」
急に仕掛けられた水かけごっこ。
「止めろって」
「ったく……ガキかよ」
パシャパシャと放たれる湯を慌てて回避しつつ………ゴシゴシと目元を擦って。
……ようやく……少しだけ、だけど………笑ってくれた。子どもらしい、無垢な表情で………。
「落ち着いて、俺の答えを聞いてくれるか?」
「うん」
「わかった」
「いいよ」
三人の視線が、鋭いものに変わる。
視線を逸らしてビビるようなガキはもう、ここから居なくなっちまったらしい。
「最初に……とても残念なお知らせだ。悪ぃが俺はハルルじゃねぇ」
「え?」
「は? 嘘だろ?」
「嘘……」
「本当だ。残念」
「だって……ここに希望のメンバーが来てるって!」
「だからと言って、なんでハルルだと―――」
「―――兄ちゃん………裸でイケメンに体洗わせてた。楽しそうに」
………そこか。
「怪しいこと、させてた」
………させてねぇし。
むしろ、止めてた方だ。男の極秘トレーニングを公開実演しようとしたアイツらを………。
「いいかゼニス……色々と誤解がある」
すまん。上手な説明は無理だ。
「誤解?」
「あぁ。まず俺の名はイルル。ハルルの弟で、【希望】のメンバー。ランクA冒険者だ」
「イルル……。知ってる名」
「「俺も!」」
良かった……。俺もちっとは有名らしい。
まぁ、親父の名が―――……背負ってる竜種が重いからなぁ。
「兄ちゃんは……本当にハルルじゃないの?」
「そうだぞ、ゼニス。その証拠に俺は……色を好まねぇ。そういうことは、好きな奴としかしねぇって決めてるし………なによりお前らの身体には……これっっっっぽっちも興味はねぇ。差し出されても困るし、頼まれたって無理だな。勃たねぇよ、お前ら相手じゃ」
変態貴族じゃあるまいし。
あと多分、ハルルも勃たねぇと思うけど……。今ここでその話をすると、オレがイルルだって信じてもらえねぇかもしんねぇしなぁ。
ま、身から出た錆だバカ兄貴。潔く汚名を背負って生きてくれ。
「じゃ、じゃあ……助けてもらえない……の?」
「落ち着けゼニス。最後まで聞け」
「……うん」
「約束だ。お前らの集落を助けてやる。あ、それに報酬は不要だ。てか、もうもらったし」
「……報酬?」
キョトンとした視線を重ねた三人は、互いに首を真横に振った。思い当ることは何もないと、確認するように。
「まずゼニスからは、度胸と努力。お前、こんなクソ寒い海に何回も飛び込んで……魚採ろうとしたんだろ? スゲェじゃねぇか!」
「でも……上手くいかなかった」
「いいんだよ。それでいい。挑戦して無理だとわかったなら、後は単純だ。氷龍の力をコントロールできるようになるまで―――」
「―――努力する!」
「そうそう! 次はキリト!」
「……俺は……バカだから。なんにも―――」
「―――んなことねぇって。お前からは勇気と愛をもらったぞ? 姉ちゃんを思う気持ちと、自分が身代わりになる勇気は、立派だった」
「……っん」
「もう……泣くなって。何度でも言ってやる。お前は立派だった。自分で考えて、姉ちゃんを守る行動をとったんだしよ。そしてちゃあんと考えて、体を差し出すのは嫌だって答えに辿りついた。もしお前をバカにする奴が居たら、俺が許さねぇよ。お前の勇気は俺の宝物だからよ。だからお前も、お前をバカにするな。いいな?」
「わがっ……だ」
「よし! 最後に………ナック」
「……………俺、悪人。騙して殺す……思ってた。なにも兄ちゃんに、なにも………ない」
「違うね。過ちを認められる誠実さ、それに冷静な分析力。大切な人を傷つけぬよう……自己犠牲をいとわぬ誇り高さ。ナックがくれた宝物だ。それにお前は強くなるよ。仲間を守るために……強くなれるタイプだ」
「……っ」
悪ぃ……。
もう一度、最後にガキ扱いさせてもらうわ。
ゴシゴシと頭を撫でて……全力の笑顔を向けると………ナックはクシャリと顔を崩した。腹の底から………嬉しそうに…。
「兄ちゃん俺は?」
「僕はどう?」
「大丈夫だって! お前らみんな強くなるよ! ま、知らんけどな!」
「なんだよそれ……」
「……いいかげん……」
「酷いぜ兄ちゃん……」
「勘だよ、ランクA冒険者のな。ま、信じるか信じないか決めんのは―――」
「「「―――信じる」」」
「いいね。その意気だ!」
がんばれよ、坊主ども。
「さて、助けるって話の続きな。今頃、ガウェインが王城で、竜人族のクルルさんに会ってる頃だ。知ってるか? クルルさん、有名だろ?」
「僕知ってる! 救星メンバーで、ランクSの冒険者で……偉大なる氷の使い手!」
「あぁ。ゼニスと同系統だな」
「うん!」
「そのクルルさん、それと、ヒュム族の国王。この人……だらしねぇし、酒と女に弱い残念なイケメンだけど……信用できる。すげぇいい人だ。間違いなく、当面の食料を支援してくれるだろう」
迅速に。的確に。抜本的に。将来を見据えた対応をしてくれるだろう。
「………酒と女に弱い。ダメな大人の証。大丈夫?」
「ナック、その通りだ。お前はそうなるなよ? でもな………なにごとにも例外はある。尊敬できるヒュムだよ。精神力も武力も……まだまだ勝てる気がしねぇ。そんな偉大なダメ大人も……世界に居るのさ。ま、世界は広いってこと!」
「……本当?」
「あぁ!」
「でも………ヒュム族は、竜人族を嫌ってるんでしょ?」
「そう聞いたぜ?」
「ほぅ?」
それ、ファイナルアンサーでOKかな?
「ゼニス、キリト。違う。鵜呑み、しない。考える、大事!」
「「そっか!」」
「そうそう。事実、そのダメ大人な国王は……ヒュムと竜人、両種族の間に和平をもたらした人でもある。さすがに救星の勇者は知ってるだろ?」
本当に………マジで国王かどうか疑わしいレベルの言動をぶちかます時が、割とあるにはあるけども………。
大和おじさんがこの星に……争い塗れだった種族の間に、確かな平和をもたらした。その事実は、疑いようがねぇ。
「……知ってる」
「救星、勇者」
「最弱の種族、星最強の戦士。国王になったんだ……」
「あぁ、数年前にな。ちなみにその人が、クルルさんの旦那だぜ?」
「「「すげぇ!」」」
情報が古い。
ま、閉鎖的な集落あるある、だな。
「けど、支援は永遠ってわけにはいかない。それは、わかるな?」
「誇り、失われる」
「いい答えだぜ、ナック。自立しなきゃいけねぇ。そこで……お前らに頼みがあるんだが……」
「なんでもする!」
「俺も」
「俺もだぜ!」
「よし! 集落の復興、再建には、精霊の力を借りる必要がある。それをすぐに大人が受け入れるのは難しいだろう。だからまず、お前らが受け入れてくれ。行動で示して、大人にわからせろ。精霊は―――」
「―――卑怯じゃないよ」
「うん。強くて……優しいんだぜ」
「竜人族、同じ」
「そういうこと!」
子どもは素直で、救いようがある。
成長の可能性ってのは、素直さの総量と等しいのかも知んねぇなぁ。
「イ、イルル兄ちゃん。あの、あのさ……」
「なんだ?」
「集落に……来てよ。復興、手伝って………。一緒に……暮らそう?」
「ゼニス、ありがとうな。お誘いは嬉しいが……俺はここで、やることがある」
「……大事なこと?」
「この上なく、な。行方の分からねぇ……大切な人を、ここでさがしてんのさ」
「……誰?」
「カイト。ライバルであり……尊敬できる大事な人なんだよ」
「その人………ここにいるの?」
「多分、な。そこの海で行方不明になった。だから……俺はここで、アイツを探しながら……待つ。修練しながらな」
最有力なのは、ここだ。カイトの故郷やダンジョンなんかは、リクたちが探してくれてるらしいし。そっちは任せて、俺はここをしらみつぶしにさがすって決めた。
「なら僕もここに―――」
「―――ゼニス、ダメ」
「どうしてだよ! ナックもキリトも、兄ちゃんと居たいだろ?」
まさか、ここまで懐かれてるとはなぁ……。ちょっと………嬉しいじゃねぇか。
「……頼まれた」
「あぁ。俺たちには任務がある」
「……そっか」
へぇ……。いいトリオじゃん、お前ら。
ちょっと甘えたなゼニスを二人が支えて、暴走気味のナックを二人がフォローして、自己評価の低いキリトを二人が勇気づける。
弱みで繋がれるメンバーは、相性がいい。
お前ら、やっぱ悪くねぇよ。
「ま、たまにはここに遊びに来いよ。ガウェインも喜ぶだろうしさ」
きっとまた、美味い飯を作ってくれるさ。
「さぁ、話は終わりだ。そろそろ家に入れ。冷たい飲み物と……デザートも食えよ!」
ニクス様の氷菓子は……冷たくてうめぇ。きっと……コイツらをまた幸せな気持ちにしてくれるだろう。
「兄ちゃん、お願い……ある」
「わかってるぞナック……肉だろ?」
「違う。修練、朝まで」
「ナック、ズルぃ! 俺も!」
「僕も!」
「いいけど……なんのために?」
「「「冒険者になりたい!」」」
「なんでだ?」
「金かせいで美味い飯食う! みんなと!」
「いいじゃん! どんどん稼げ!」
「へへっ!」
マジでいいと思う。
キリトっぽい……あったけぇ前向きな夢だ。
「僕―――俺は……家族や集落のみんなを支えたいっ」
「お? なんだカッコいいこと言うじゃねぇか!」
「うん!」
まさにそれこそ、冒険者の理念を体現する行動。
ゼニスは……いい冒険者になる。閉鎖的な集落じゃ……言い出せなかった夢なんだろうけど。同じ夢を持つ仲間に出会っちまんたんだから。もう、止められねぇよな?
「で? ナックは?」
「俺、強く……なる。兄ちゃんより」
「へぇ? 悪くねぇ野望だなぁおい!」
三人の中じゃ、ナックが一番、竜人族っぽい気質を持ってるらしい。戦い、乗り越え、勝利する………。心の底から湧き上がる……成長してぇって情熱を抑えられないタイプ。
「だから。将来、再会。勝負!」
「おぉよ!」
いいね!
そうこなくちゃよ!
「「はぁ!? それずりぃ!」」
「早い者勝ち」
「なら僕は兄ちゃんよりカッコよくなる!」
「俺は……えっと…………か、金! 兄ちゃんより金持ちになる!」
「あぁ、楽しみにしとくぜ! てか成長したら忘れずに会いに来いよ? 俺も、頑張るからよ。お前らに簡単に超えられねぇようにな」
「「「うん!」」」
「っしゃあ。じゃあ、デザート食ったら地下室集合な!」
「え? なんで地下?」
……だよなぁ。
気持ちはわかるぜ、ゼニス。
「なんと……バカみてぇな施設があるだよ。地下にな。そこで修練……鍛え方の基礎を叩きこんでやる」
「「「はい!」」」
おぉ、いい返事するじゃん!
「さてさて……誰が一番、根性あるかなぁ。楽しみだなぁ」
「俺」
「は? 俺だし!」
「絶対に俺だぜ!」
ククっ………素直って言うか……煽られやすい感じではあるけども。その負けん気は、いい感じだ。伸びしろあるよ、お前ら。
「ならまずは、三人で模擬試合するか。そっからメニューを考えてやる!」
「負けねぇぜ!」
「僕に勝てるわけないじゃん。氷龍だよ?」
「は? 雷龍のが強ぇし!」
「は? 氷龍だけど?」
「……花龍最強説爆誕」
「「それはねぇ!」」
ハイテンションだなぁ。
ま、ちょっと引くほど……気持ちは理解できる。だって俺らも………こんな感じだったしなぁ。カイトと、バカ兄弟どもと………負けん気全開で言い争っては……切磋琢磨してきた。
うん………やっぱお前ら、相性いいよ。
「なぁお前ら……パーティ組んだらどうだ?」
「パーティ?」
「僕らが?」
「??」
「あぁ。冒険者はパーティを組む。メンバーと切磋琢磨して成長するんだよ。互いに敬意と信頼をもってミッションに臨み、成功と失敗を分かち合う。成長の最短ルートはそこにあるぞ?」
どうだ?
悪くねぇトリオだと思うぜ?
「……俺は組んでやってもいいぜ?」
「僕……俺も、いいけど?」
「俺も」
「っしゃ! 決定な! いつの日か……かっこいいパーティ名決めて、三人で会いに来い。あ、その時はパーティプレート……仲間の証明書を持って来いよ? 頑張ってるってわかったら【希望】グループに入れてやらんこともない。グループに入れば、先輩パーティから支援を受けられるし……修練を付けてもらえるんだぜ?」
「……いいの?」
「あぁ」
「本当に?」
「嘘はつかねぇよ」
「……約束」
「守るぜ。さ、デザート食って来い! 修練の前にな!」
バンバンっと背中を叩いて、グググっと押してやる。
その勢いで動き出した三人は、競い合うように服を着て……キッチンに駆け込んだ。
「はぁ~……いい湯だなぁ」
お前のおかげだよ…………カイト。
美味い飯、気の合う友とライバル、そしてやりがいのある目標。
お前はいつだって、全部、俺に与えてくれてた。
おかげで今俺は、ここに立っていられる。
アイツらに、美味い飯を食わせてやれた。
友とライバル……仲間をつくってやれた。
目標を―――……進む道を……示してやれた。なによりコイツらの可能性と夢を……諦めさせずに済んだ。
「ありがとうな」
でも、再会したらまずは一発、思いっきり殴らせろよ?
俺を置いていきやがったことは……絶対に許さねぇからな?
そんで、俺を殴ってくれ。
弱かった俺と……そこで決別してぇからよ……。
「兄ちゃん!」
「ゼニス? どうした?」
「兄ちゃんは……童貞?」
「だけども?」
「恋人いない?」
「いねぇぞ?」
「わかった! そんだけ!」
「……………いやなんの確認?」
今の質問、回答し損じゃね?
てか仕入れてどうすんだよ、そんな市場価値ゼロ情報。
「イルルよ」
「うおっ……ととと……」
気配なく背後に現れるんじゃねぇよ。暗殺者かお前は……。
「驚かせたようだな?」
「別に?」
ニヤニヤしやがって……。絶対ぇ、確信犯だよコイツ。
ま、無愛想なままでいるより、よっぽどいいけど。何より、帝位精霊はイタズラ心を獲得した―――……なんて知ったら、カイトは喜ぶだろうしな。
「ならもっと、工夫を凝らすとしよう」
「その意気だ。イタズラ……がんばれよ」
「承知した」
青年イケメンなのに、生活感覚は少年………。男は幾つになってもガキだって、母さんたちが溜息ついてばっかいたけども……。今なら、よくわかる。
「それで? アーサー、ガウェインと交代したわけ?」
「あぁ。ついでに周辺の集落を視察してきた」
「お疲れ!」
さっすが! マジ有能!
「……で、どうだった?」
「周辺の集落から、ここに人々が向かっているのを確認した」
「らしいな」
「性獣ハルルを満足させられるかと―――……人々が不安そう語っていたぞ?」
「……いや性獣って」
どんだけだよハルル……。
「合計三十四名、ハルル―――どうやらイルルを兄上と勘違いしているらしいのだが……お前に奉仕するために向かっているようだ」
「は? 三十四人も?」
「あぁ。同時に、各集落の精鋭も集ってきている。どうやら集落同士で代表戦をするようだ。優勝した集落が、ハルル―――……つまりイルルの支援を受ける権利を優先的に持つと、長同士が取り決めを交わしたらしい」
「なにそれ」
脳筋にも程があるだろ。性接待に……バトル決着とはなぁ。性接待受けながらバトル観戦すれば俺が満足して支援する。そう考えてるわけだよな?
てか………その発想と思考ヤバくね?
いくら切羽詰まってるからって……人の頼り方が下手すぎるだろ……。
そりゃ確かに、竜人族は弱肉強食って考え方を、万事に適応する傾向がある。
今回も、どうやらそうらしいけど………やりすぎじゃね? いやホント確かに、確かに、強さに価値を置く竜人族なら……強い奴ほど生き残る……そのための支援を受けて当然って考えるのも……仕方ねぇのかもだけどさ……。
自分たちの集落が良ければ、それでいいのかよ。
北辺の民はみんな……そう思ってるってことか?
「竜人族の里も今、復興中で余力はねぇ……」
仲裁も介入も、期待できない。
仮に、里が介入を申し出たとしても………好転は、望み薄だな。北辺の民は、変化を拒んで里と対立してきた。その歴史を……今回も繰り返すだろう。
「……めんどくせぇ」
カイトじゃねぇんだよ、俺は。
こういうのをスマートに解決できるほど……賢くねぇんだって。
「ま、不器用なやり方でいいや。アーサー、頼みがある」
「なんだ?」
「こっちに向けて移動してきてる連中と……周辺の集落の長に、伝言頼まれてくれね?」
「いいぞ?」
「一つ。ここに居るのはハルルではなく、その弟のイルル。二つ。イルルは色を好まず。童貞の恋愛脳故に、性行為は純愛を伴うものと信ずる。ゆえに性的奉仕は我が信念にそぐわず不快極まる。三つ、偉大なる三人の子どもたちによる請願を、既にイルルは聞き入れた。全ての集落に対し復興の支援を約束する。ゆえに、争う必要はない。ここに集う必要もない。疾く引き返せ。なお、最初の支援は量的かつ迅速に、続く自立に向けた開発的支援は継続的に行われるものなり……ってとこで、どう?」
「いいと思う」
「よかった! あと……我が支援に異論のある者は自らの拳で語りに来い。イルルはここで、いつでもそれに応えよう……これも追加で伝えてくれ」
集落内、集落間で揉める必要はねぇしな。
それは全部、俺がここで引き受けてやるとしよう。あの偉大なガキどものために。
「承知した」
「あ、悪いけど……早めでお願い!」
「なに……数分もかからぬ。早速、行って来よう」
「あ、待って。あのガキどもを一緒に連れてってくれ。説得に力を貸してくれるだろうから」
「その後は?」
「ガキどもはここへ。修練つけてやるって約束だからな!」
「わかった」
光の帝位精霊につっかかるバカもいるだろう………。でも、アイツらの加勢があれば、大人どもも耳を傾けるに違いない。
それでも……精霊の手を借りると察すれば……納得しない大バカもいるはず。
そいつはきっと、最後のメッセージに煽られて……ここに来るだろう。
その時は、竜人族の決め方でいかせてもらう。強者の論理に……黙って従ってもらうまでだ。
「やっぱスマートには解決できねぇなぁ。カイト……お前はすげぇよやっぱ」
悪だくみの天才だ。自信もっていいぜ?
「それにしても……我ながら酷ぇ。童貞で恋愛脳って……他に言い方あっただろ」
カイトがこれを聞いたら………喜ぶか。「わかってきたじゃあないかイルル君!」……とかなんとか言って、嬉しそうに恋愛の尊さを語るに違いねぇ。
俺は別に………恋愛はどうでもいいんだけどなぁ。
今回のは、嘘も方便ってやつだし。
でも、また笑顔で―――
「―――……お前が喜んでくれんなら……悪くねぇ」
だから早く……帰って来いよ。
「クククっ………てか、あったよ市場価値」
童貞で恋愛脳って噂が広がるのは……非常に不本意だけども……。事態は、改善の方向に向かうだろう。
「早く……帰って来いよ」
一緒に温泉つかってさ……満月を眺めて…………バカ話で盛り上がろうぜ?
「……月見ながら……のんびり酒でも飲もう」
話したいことがたくさんありすぎて………のぼせちまうかも知んねぇけど……。そうなったらそうなったで、それもいい思い出になるよな。
「イルルよ」
「はやっ」
もう終わったのか……。
「あれ? ガキどもは?」
「いったん家族のもとに帰るそうだ。明朝、我が迎えに行く手はずになっている」
「そっか」
どうやら、説得に時間をかけてくれるつもりらしい。
ほんと、立派だぜお前ら。集落想いのとこ……俺も見習わねぇとなぁ。
「一つ、報告がある」
「なに?」
アーサーも、温泉を気に入ってるっぽい。嬉しそうに体を洗い始めた。
「北辺の救済者―――純潔の氷壁イルルと……異名が生まれていたぞ?」
………は?
「純潔って? 氷壁って? おかしくね? なんなの?」
「イルルを称える二つ名だそうだ」
「称えてる……か?」
「我にはわからぬ」
「ですよね~」
…………はぁ。
絶妙に恥ずかしいんだけど。
ハルルが聞いたら……大爆笑しやがるに違いねぇし。
「やっぱ蹴り上げるか」
あの下半身バカに、有難迷惑料をたっぷり支払ってもらうことにしよう。
「………兄貴、元気かなぁ」
ルルルは……幸せにやってるだろう。
けどハルルは……心配だ。アイツ、カイトのこと弟みてぇにかわいがってきたからなぁ……。俺やルルルとは違う喪失感で……ヤバいかもしんねぇ。
……度が過ぎた自暴自棄、起こしてねぇといいけどなぁ。
「ハルル殿は、クルド殿と旅に出たぞ」
「……そっか、親父が動いたか。なら安心だな」
頑張れよ、長男。骨は拾わねぇからな?
「………ところで、アーサーさんや」
「なんだ?」
「その……紐でグルグル巻きにされてるおっさんは……誰? 報告ってそっちのことじゃねぇの?」
「いや。この男は、ついでに持ち帰った」
「いや、物じゃねぇんだから。ついでに持ち帰ってくるなよ、おっさんを……」
おっさんは一応、生き物だからな?
「いや、ついでと言うのは冗談だ」
コイツ、冗談のセンス絶望的だ。
最終的に笑えないと、冗談にならねぇんだよ?
「なんだ?」
「アドバイスしていい?」
「是非に」
「次から、真顔で冗談言うのはやめとけ」
まずは分かりやすい冗談の言い方から覚えた方がいいぞ?
「そうか? ならば善処しよう」
これは、わかってねぇパターンのヤツだな……。
「ふがっ! ふががっ……ふがっ!」
「はいはい、お待たせお待たせ」
猿ぐつわのせいで、なに言ってんのかわかんねぇけど……。めちゃくちゃ怒ってるらしい。
「で、おっさん……何者なの?」
「ふがっ!」
ダメだな。頭に血がのぼっておられる。顔真っ赤だし。
地面に横たわってジタバタしてるのを見てると、かわいそうな気もするけど。悪いが拘束を解くわけにもいかねぇ。平和主義のアーサーが、ここまでしたんだから。こうされる理由が、このおっさんにはあるはず。
「アーサー? なんで連行したわけ?」
「各集落を扇動して周り、此度の騒乱……性的奉仕と集落の決闘を促していたそうだ。盛んにな。先ほどメッセージを長に伝えた際も、やたらと嘘だと騒ぐのでな。嘘ではないと証明するために、ここへ連れてきた」
「へぇ? それはそれは……大切なお客さんじゃねぇの。丁重にもてなさねぇとな?」
「……ふがっ」
「おっさん。俺の名はイルル……」
「………」
「名を聞いて驚かねぇってことは、俺がハルルじゃねぇと知ってやがったな?」
「……………」
「おっさんの作戦に俺を巻き込むのは失敗したわけだが……なにを企んでやがった?」
「………」
…………話す気配なし、か。
「アーサー。こいつを上空百メートルまで運んで……落下させてくれ。運がよけりゃ、温泉に落ちて助かるだろ」
「承知」
「―――ふがっ」
「おぉ。一瞬で上空とは……さっすが」
アーサー、流れ星みてぇで綺麗だぞ。
「…………おぉ。マジで落としやがった」
ま、受け止めるつもりだけども。
おっさん……焦ってるだろうなぁ。
「―――――――――っ………がああああ!」
「……よっし。ナイスキャッチ俺! おっさん、空の旅はどうだった?」
「……ふっ……ふぅっ………」
「よく聞けよ?」
脅すなら、耳元で低い声が鉄則。
「これを朝まで、何回も何回も繰り返してやる。永遠に、だ。俺が毎回受け止められるといいんだが……疲れてんだよなぁ。先に寝ちまったら……すまん」
「ふがっ……ふがっふがっ」
なんだ……今ごろ気が付いたのか?
「おっさんには笑ってるように見えるんだろうけどよぉ。俺、今、ブチ切れてるからな?」
同胞を虐げようとしやがって………。
誇り高い竜人族……そのガキどもに……あんな恥ずかしい思いをさせやがって。
あんな恥ずかしいことを言わせやがって………。
里と集落の関係が悪化したのも……支援が届かずに困窮した状態が続いたのも全部……このおっさんの仕業だろう。
「アーサー、二回め頼む。あ、答えるなら早くしろよ。俺は既に眠ぃぞ?」
「ふがっふがふがっ!」
「……話すんだな?」
「ふがっ!」
必至になって……涙を浮かべて……首を縦に振る。
滑稽極まりねぇ……。
こんな覚悟もねぇ奴のせいで……アイツらが………クソっ…。
「ほら、口のそれ外してやっから―――」
「―――ネ、ネオ、ネオ・アールブ! ネオ・アールブだ!」
食い気味に答えるとは………アーサーのお仕置きがよっぼど怖かったらしい。
「へぇ? おっさんはその一味ってことだな?」
「ち、違うっ。俺は借金してて……アイツらに命令されて仕方なく―――」
「―――嘘は止めろよ?」
「……う、嘘じゃ」
「アーサー?」
「あぁ」
「わ、わかった! 悪かった! 嘘だ! 俺はネオ・アールブの構成員……エルフ族のダスト」
「エルフ族? 同胞に見えるが……変装か?」
「あ、あぁ。薬を使って化けてる」
「……なるほどな」
ネオ・アールブか。
若かりしヘンゼルさんを騙してた、悪徳宗教団体だったっけ。
「それで? ここでなにをしてた? 今回の目的と動機は?」
「……竜人族を壊滅に追い込む。そしてクルドの息子イルルを性奴隷にする……薬を使ってな」
「へえ? 動機は親父への復讐か?」
竜人族……特に親父に恨みがあるってわけだ。
「……幹部の真意は不明だ」
「あっそ。なら、他の奴に聞くか。どうせこのへんに支部があるんだろ? 場所を教えろ。こっちから出向く」
「そっ……それは―――」
「―――単独犯なわけねぇだろ? 大きなプロジェクトだ。この辺に拠点が二、三ある。違うか?」
「……」
「アーサー」
「あ、ある! 場所も教えるからっ……頼む」
「じゃあさっそく行こうぜ? アーサー、悪いが力を貸してくれ」
「無論だ」
「じゃあ…………潰しに行くか……」
…………ひとり残らず………ぶっ飛ばしてやる。後悔させて………竜人族にケンカ売る愚かさを………末代まで語り継がせてやる………。
「ひ、ひぃっ…ひぃぃぃっ。ううう……うで……うで、腕がぁぁぁぁっ……」
「あ、悪い。つい力んじまった」
ま、腕の骨折なんて、我慢できるだろ。
ガキどもが背負った痛みの数万分の一ってところだ。
「た、頼むっ。ち、治癒魔法を―――」
「―――ダメだ。アジトの場所が正確だったら、魔法の使用を許可してやる。いいな?」
「わ、わかった!」
正直、今すぐこいつをぶん殴りてぇ。全力で。
でも、それじゃダメだ。
二度と……ガキどもに悔しい思いをさせねぇ。
そのために竜人族の宝―――子どもたちを苦しめた罪をきっちり……全員に償ってもらう。
「竜人族を舐めんじゃねぇぞ……クズ野郎どもがっ」
水竜のイルル―――この名にかけて。
殲滅してやる………。
「イルル、落ち着け。ダストとやらが痛みで気絶してしまう」
「ん? あぁ、そうだな。アーサー、サンキュ!」
「………西。西の集落の山頂にある洞窟」
「わかった。まずはそこからだな。アーサー、頼む」
「服は?」
「いい」
俺の姿をはっきり見る前に……吹っ飛んでるだろうからよ。
「承知した」
ググっと視界が歪んで………遠くにある山の頂が………グングン迫ってくる。
上空から見下ろす大地に………集落の明かりが見える。あそこのどこかに……ガキどもはいるはずだ。
「ナック、ゼニス、キリト………任せとけ」
お前たちの痛みを全部、この拳に込めて…………ぶち込んでやるからな。
+++ +++ +++
これは、後日談。
怒りのまま、拳をふるって。ネオ・アールブの支部を四つ………幹部を含めて二百人。ひとり残らず、ぶん殴った。
うち一人は、上位の半獣半人、馬頭のデミ・ゴッド。そんな強敵がいたのは誤算だったわけだが……後には引けないわけで。アーサーの力を借りつつなんとか討伐したソイツは………霧散して消えた。どうやら、神の従者が連行していったらしい。神が連行するような強敵と全裸で戦ってよくもまぁ無事だったもんだと呆れながら、アーサーは、教えてくれた。デミ・ゴッドの打撃を受けて俺が無事だったのは、謎ネックレスのおかげだとか。
苦戦はしたものの勝利をおさめた―――……この物語を、ここで終えられれば良かった。そう………イルルこと天才武闘家の圧勝で物語を閉じれれば、問題なかったわけだ……。
とても残念なことに、この話は、もう少しだけ続く。マジで絵に描いたように見事な蛇足だから、俺としては歴史の闇に葬りたい。
結論から言えば……俺は、関係者の口封じに失敗したんだ……。
関係者とはまず、騒動を察して駆けつけた集落の長たち。
彼らが、デミ・ゴッドと俺の全裸バトルを見て………感涙したのだ。口々に、「武人の境地」と褒め称えてくれた。
武人としての尊敬を得られたおかげで……集落を拠点に、陸地におけるカイト捜索の全面支援を約束してくれた。
あと、光栄なことに、異名を増やしてくれた。
北辺の救済者にして、純潔の氷壁。
そして新たに加わったのが……英雄候補生………。あと、超越者に近づきし者………。
まぁ、恥ずかしくはあるけれども……防ぐべきだったのは長老たちの口じゃあない。むず痒くなる賛辞に紛れて……集落のガキどもは、独自の二つ名で俺を称えた。ガキどもに最も支持されて、長く語り継がれたその誉れある独自の二つ名は―――……最強の恋愛童貞王。そう……封じるべきだったのは……ナック、ゼニス、キリトとその友たちの口だったわけだ。
………いや、笑い話ならいい。
しかし、実害が生じたんだとよ。童貞で恋愛脳はカッコいい―――……そんな都市伝説が爆誕し、北辺の少子化に一役買っちまったらしい。情報源は信頼できる。なにせ今、ナックたちがパーティを組んで、俺に会いに来てくれているのだから。
ちなみに、コイツらのパーティ名は……【純潔の守護者】。
青年期に差し掛かったナック、ゼニス、キリト。三人は、心身共に見事なイケメンに育ち、大人気パーティへ続く道をばく進してやがる。
いわゆる、注目のルーキーってやつだ。冒険者ギルドやダンジョンでも、よく声をかけられるらしい。そして、みんな、決まって彼らに問うのだとか。「誰の純潔を守っているのか?」と。己の純潔を守っているという説、そして、愛しい人の純潔を守っているという説。このどちらがパーティ名の真相なのかを、賭けの対象にしている輩も多いと聞く。もっぱら北辺の民は……氷壁の純潔を守っている方に賭けているんだそうだ………。
余談だが、ナックたちのパーティ名、その由来の真相を知って最も喜んだのはもちろん……俺の親友。つい先ほど、「イケメンは敵なわけだが……童貞である場合はその限りではない! このまま守るがいいぞ若人よ!」って謎の熱弁を繰り広げながらナックたちと握手を交わした親友は、大人になっても残念だと自ら証明することに成功したわけだが……話はここから更に拗れて、現在に至っている。「イルル兄ちゃんが童貞でいるのって、この人のためなんだよね?」と、残念そうに爆弾発言をかましたゼニスのせいで……。どうやら俺がカイトに恋してると盛大に勘違いした親父と大和おじさんが、慰めるように肩を組んできたわけで……。
とりあえずこれから、救星の二人をぶん殴って、記憶の抹消を試みるつもりだ。かつて、役立たずと俺に罵られたこの拳にとっても、ちょうどいい汚名返上の機会になるだろうから。
ありがとうございました!
イルルの閑話、これにて終了です!




