急ぎ伝えよ、次男は童貞(閑話)―――その参
艶々と、真白に輝く白米。
グツグツと煮たつカレー鍋。
焦げめパリパリの魚に、シャキシャキのカラフルサラダ。
ガキどもが凝視する中、食卓が豪華に彩られていく。
「さ、食え! いただきます!」
「「「い…いただきます?」」」
「おぅ!」
唾を飲む音、貸すかに震える口元に腹の音が加勢すれば、あとは本能の圧勝。
次々に料理が腹の中に消えていく。
「どうだ? 美味ぇだろ?」
縦に動く真剣な顔が………不思議と微笑ましい。
「返事はいいから……食え。腹いっぱいになるまで……飯を出してやるから」
「はっ、白米……! お、お代わり!」
「「俺も!」」
「はいよ。ガウェイン―――」
「―――配膳済みだ」
「「「―――!?」」」
「さすが!」
光の帝位精霊。
お代わりをよそうのも光速。
ガキとはいえ、三人とも竜人族。武の嗜みがあるからこそ……ガウェインの動作が見えなかったことに驚いてやがる。
「ほら、冷めちまうぞ?」
それはもったいないと言わんばかりにコクコク頷いて、ガブガブ飯を飲みこむ。
まるで競うように………大皿を抱えて口にかきこむ姿は……見てて気持ちがいいし―――
「―――懐かしいなぁ」
「……どうした?」
「や、独り言」
ガキの頃、カイトと俺ら三兄弟はいつの間にか早食い大食いを競っちゃって………。王妃殿下にコツンっと拳骨くらってさ……。呆れた声で叱られてたっけ。
「お前ら……いいこと教えやる。アツアツの白飯にカレー鍋、ぶっかけてみ?」
「これを?」
「ここに?」
「全部?」
「おう! やべぇぞ?」
恐る恐る………なんて言葉は、ガキには似合わねぇ。
思いっきり椀に注がれたカレー飯を……パクリ…………。そのままガツガツ、瞳はキラキラ。
飯を口に運ぶ動作が加速して………スパイシーなカレー鍋がたっぷ十人前……あっと言う間に空になっていく。
焼き魚とサラダも空になったことだし…………そろそろアレの出番だな。
チラリとガウェインを見ると、ササッと準備完了。卓上に広げた鉄板プレートの上で………ジュワジュワと香ばしい匂いが解放されていく。
「………に、肉」
「肉だ肉っ」
「肉、肉、肉っ」
帝位精霊が……掌から放った巧みな光波。あっという間に………絶妙な焼き加減に仕上がっていく肉を………瞬き一つせずに見つめる。
ポカンと開いた口。そこから零れたヨダレも………そのまま。
「お待たせ。右から大猪の生姜焼き、腸詰肉の塩焼き、そして鶏肉のガーリック醤油焼きだ。召し上がれ」
「………いいの?」
「これ、全部?」
「あぁ。お代わりもすぐ焼いてやろう」
「だってよ。ほら、遠慮すんなって!」
ガクガクと震えた手が……そっとプレートに伸びる。
案の定、震えっぱなし箸が………二度、三度と、肉を掴みそこなう。
それから………三人で視線を重ねて…………ゆっくりと深呼吸。
意を決したようにグッとが込められた箸。そこに生姜焼きが固定されて………三秒後に無事、口内に到着した。
「はふっ……ふっふっ―――……っっっ!?!?」
「ふっ……あっち――……っ!?!?」
「はふ……ふっ――――……んんっ!?!?」
「「「ぅぅぅぅぅんめぇ!」」」
「………だろ?」
「「「うん!」」」
天を見上げる瞳は……感動のあまり潤んでやがる。
貧しい集落出身だとしたら、口いっぱいに新鮮な肉料理を放り込むなんて………滅多にできない経験だろう。ひょっとしたら初体験、かもしれない。
そりゃあもう………至福だよなぁ。
それにカイト直伝の味付けとくりゃあもう………涙も溢れるってもんだ。
「ほら、遠慮すんな。どんどん食え!」
返事する間も惜しむように、次々に肉が消えて。
同時に次々と、目の前で調理されてく。
幸せの肉ダイレクトデリバリーは………しばらくニーズがありそうだ。
「それにしてもガウェイン、料理上手なんだな」
「イ……ハルルも、だろ?」
そうそう。
打合せ通り、当面、俺はハルルってことで。
コイツら、なにか事情があるみてぇだし。それを探るには、ハルルだってことにしといた方が都合が良さそうだから。
「俺のはたいしたもんじゃねぇよ。カイトからちょっと教わっただけだ。手伝いがてらにな」
「俺も、主の手伝いで覚えた。しかし………難しいというか、奥が深い。やはり主は偉大だな」
「………同意」
ホント、バカみてぇに料理がうまかった。
カイトの飯は、みんなを笑顔にしてくれたし……思い出もたくさん……彩ってくれた。俺らの誕生日、あと親父たちの結婚記念日は……カイトの料理をフルコースで腹いっぱい味わえて……………最高だったなぁ。
「追加が必要なようだ」
「さすが肉……大人気。あっという間だな」
生姜焼きが大人気らしい。どう考えても……美味いもんなぁ。
口ん中が幸せになって……腹に沁みる。白米との相性抜群だしよ。
「デザートは、まだまだ後だなこりゃ。ガウェイン、生姜焼きのお代わりを山盛り頼めるか?」
「あぁ。腹いっぱい食べるといい」
「「「………っ」」」
「ばぁ~か………美味いもん食ってるときは、泣くんじゃねぇよ」
さすがガウェイン。
光速移動して………右から順に、ガキどもの目元を拭ってやってる。
右の席が、ナック。花龍の集落出身。年齢は十四手前。ちょっとボサボサながらも綺麗な黒髪、それに世界樹のように美しい日焼けした肌が印象的だ。どうやら花龍の血を色濃く受け継ぐ一族で……頭も切れるらしい。一番逃げやすい……扉側の席をまっさきに選びやがった。
真ん中の席にいるのが、ゼニス。氷龍の集落出身。年齢は十三。色白、そして輝く銀髪は……眉毛の上でぱっつり真っすぐ揃えられてる。青い瞳は、まさに氷龍って感じ。品がいいっていうか……大人しい性格っぽい。キョドキョドしては……周りの反応を気にしてやがるから。でも、風呂場でガキどもが自然と始めた比べっこの結果、圧倒的勝者はコイツだったとか。実は、一番度胸があんのかもしれねぇ。
左の席は、キリト。雷竜の集落出身。年齢は十三になりたて。綺麗な黄色い髪は短めで、日に焼けた健康そうな肌が、コイツの元気な性格を物語ってる。あと、一番の大食い。
「カレー鍋も! お代わり!」
まっさきにお代わりガンガン………まさにやんちゃ坊主って感じだ。
「「俺も!」」
「はいよ。今度はこっちの……カレー味噌鍋な!」
「「「ありがと!」」」
「どういたしまして」
俺が今年十六になるから……ちょっとだけオレの方が年上ってことになる。
だけど………コイツら、ずっと年下に見えるんだよなぁ。
体が……全然できてねぇ。
修練してるんだろう。引き締まってはいる。
けど………細ぇ。身長も……百六十に届いてねぇ。
俺もハルルに比べれば細ぇけど……ヒュムの大人位には筋肉がある。それは、ヒュムに比べると竜人族は成長が早い傾向にあるからだけども……。
つまり……コイツらは……ずうっと腹を空かせて………我慢しながら生きてきたってことだろう。
中心都市でもある竜人族の里は、裕福な貴族、その血縁関係者が住む。守護神ラグナ様が開いてくれたダンジョンのひとつが、里の近くにあって。そこで冒険をしては、稼ぎを得る。そんな生活スタイルの変化に、適応している若者も、多くいるとか。
けれども………国土の北辺………この辺りにある集落は……変化を好まねぇ。精霊、魔法、ダンジョン。こうした変化を敬遠して、遠ざけてると聞く。
「飯! お代わり!」
「「俺も!」」
泣きながら……ガキが飯を食わなきゃなんねぇなんて………。ここまでだとは思ってなかった。
「おい、ハルルよ」
「………なんでしょう?」
ハルルって呼ばれると、なんかゾワっとする………。
「我とガウェインはそろそろ、この家を離れよう。神気を抑えるのにも疲れた」
「わかりました。お気遣いに感謝を!」
ニクス様ったらソファーでぐったり寝てるだけかと思ったら………違ったらしい。活動を控えて……神気を抑え込んでくれてたっぽい。
「明日の朝には戻る」
「わかりました。どこか休む場所のあてでも?」
「心配無用だ。王城に案内するつもりでいる。そこで陸人殿と……王妃殿下に謁見を願おうと思う」
さっすが有能精霊。
「ガウェイン、ありがとう」
「主ならそうする………そう思っただけだ」
「だな」
ニシシっと微笑んだ瞬間、微かに、ガウェインも笑った。
イケメンの笑顔が霧散して消えいくのを見守った後………ガキどもは椀を置いて………顔をこわばらせた。
「アイツら………精霊」
「あぁ……そうだぜ」
「………精霊、倒す」
ナックがじっと……椀を見つめてる。
「そうだ! 父さんと母さん、爺ちゃんも言ってるよ。汚らわしい精霊を倒して、武人としての名をあげろって……」
ゼニスも、ググっと眉間に皺を寄せた。
「そうそう! 俺のじっちゃんも言ってたぜ! 精霊は汚らわしい! ずるい力を使うんだぜ!」
キリトは笑顔で、悪意なく………。
いや、これは、コイツらのせいじゃねぇ。
コイツらが育った集落……その考え方の実態だ。
「…………へぇ? お前らに飯を作って、風呂に入れてくれて、デザートまで用意してくれて……服も用意してくれて………涙まで拭ってくれて……神気のせいでお前らに健康被害がねぇようにって……遠方に旅立ってくれた。そんな相手を倒す? 汚らわしい? なんだ? それが竜人族の誇りか?」
「………だって」
「……」
「じっちゃんも言ってた……」
やっぱ…………そうだよなぁ。
「別に、責めてねぇ。お前らは悪くない。そう教えてきた大人も悪くない。疑うことのない環境に居た、ただそれだけだからな」
ま、すぐには理解できねぇだろうけど。
そもそも、理解を強要するつもりもねぇ。
ただ……考えて欲しいだけだ。
「いいか? 大事なことはちゃあんと、自分の頭で考えろ。根拠のない言葉を鵜呑みにするために、事実から目を背けるな」
「………でも」
「ゼニス……飯うまかったろ?」
「うん」
「実はあいつら、すげぇ位の高い精霊なんだぞ? 竜人族で言えば王家の血を引く大貴族……いや、それ以上かもなぁ」
「う、嘘だ」
ガバリと立ち上がったゼニスが、首を全力で左右に振る。
「なんでだ?」
実は、聞くまでもない。答えはわかってるから。これはコイツらの思考を揺さぶるための問い。
「そんな偉い人が料理を―――」
「―――事実から目を背けるな。ガウェインもニクス様も、霧散して消えたよな?」
「うん」
「アレはな……精神体になれるからだよ。もちろん、肉体を持ってる普通の精霊にはできない芸当だ」
特殊個体がどうなのか、俺は知らねぇけど。そこはスル-で。
「………嘘だ」
「俺も……嘘だと思うぜ」
キリトが握り締めた箸が、軋む。
まるでコイツらの葛藤が奏でた音のように………ミシミシと………。
「ゼニス、それからキリトも。家族や周りの大人が言ってきたことを信じるか……自分が見た事実を信じるか。どうするかは、自分で決めればいい」
「………」
「………」
………………あぁ、難しいよなぁ。
わかるぜ。それが難しいってことは………よくわかる。
「ただ、その結果に責任を持つのも自分だけどな」
コイツらは………知ってるだろうか? あぁだこうだと、さもわかった様に自説を支持しろと求めてくる奴ほど………いざという時、責任をとらねぇ。
ま、そりゃそうだ。
結局、最終的に、意識的であれ無意識的であれ………自分がどうするかを決めるのは自分なんだから。
誰かを支持し従うと決めたのが自分なら………その責任を取るのは自分。
そう………なんだよなぁ。結局、自分以外は誰も責任を取れない―――……ガキが大人になってそうだと気が付いたときには、たいていの物事は手遅れなんだよ。竜人族―――………武の世界では、特にな。
「………わかった」
「あぁ、俺もだぜ」
「価値観……考え方を変えるってのは難しいことだ。だからこそ、自分で考えて決める習慣だけは大事にしろよ。自分の未来のために、な」
「……うん」
「わかった」
これで、この二人は大丈夫だろ。
「………」
………ナックは、だんまりか。
「………兄ちゃん」
「なんだ?」
「アイツら、好き?」
ジッと見つめてくる………その瞳に陰りが……苦悶が溢れてる気がする。
「あぁ」
「………どうしたらいい?」
わかるぜナック。
葛藤って………苦しいよな?
特に、信じてたものや信じてた人を疑うことになる時には……。
「ナック、よく聞いてくれ。彼らは俺の恩人であり、大事な友であり、信用できる仲間でもある。種族は関係ない」
違う価値観、それをもとに行動してる人がいる。悪いが………俺には、そう示してやることしかできねぇんだ。
「どうするか決めるのはお前だ。お前の世界……心は自由なんだからよ」
俺を信じて従えとは、言ってやれねぇ。
決めるのはナックじゃなきゃ……意味がねぇから。
「………」
グググっと、箸を握り締めて。
ゴツンと、ナックがテーブルに頭を叩きつける。
それから、ゴツン……またゴツンと……。不思議と心地のいい、豪快な音が鳴り響いた。
「………ごめんなさい。兄ちゃん、傷つけた」
「ごめんなさい」
「俺もだぜ。ごめんなさい」
大切な人をさげすまれて、俺が傷ついたたってことは……ちゃんと想像できたらしい。
やるじゃん、コイツら。
「………謝ることを、お前らは今、自分で決めた。その結果、今、お前らは俺からの信頼を回復した。それに……友をけなされて傷ついた俺の心も癒してくれた。ありがとうな」
「「「………」」」
ググっと拳を握りしめて………涙を堪えてやがる。
どんな理由であれ泣くのは情けないって……叱られ続けてきたんだろうな。
「白米、お代わりは?」
「「「大盛り!」」」
「はいよ!」
食え。
たあんと……腹いっぱい。
そしたらきっと、機嫌も良くなる。涙も引っ込むさ。
「……うまいだろ?」
「「「うん!」」」
「よしよし! じゃあ、この皿と……あっちの大皿に乗ってんのが鍋の追加具材な? ちゃんと煮込んでから食えよ? あと、あの白い箱には、炊き立ての白米がたっぷり入ってる。焼肉はこのプレートに乗っけて焼いちまえ。いいか? 本当に全部食っていいからな?」
「わかった!」
「うん!」
「全部食う!」
「よし! じゃあ俺は風呂に入ってくるからな。腹が膨れたら………ちゃんとみんなで話し合って………考えろよ」
ガキどもだけで、話した方がいいだろう。精霊をどう思ってたか―――……今、どう思うのか。
「「「わかった!」」」
「よし!」
グシャグシャと頭を撫でてやると……グググっと………背中が小さく縮む。大きくなっちゃいねぇのに………涙を堪えたその背中が、さっきよりも頼もしく見える。ガキってのは……不思議なもんだな。
+++ +++ +++ +++
「あぁ~……やべぇ」
月見と雪見の露天風呂……最高。
波の音、月明りを受けて輝く波の模様も………心を癒してくれる。
凛とした……澄んだ空気も………………たまんねぇ。
魂が清らかになる……そんな気がするから不思議だ。
そんな静寂を破るのは………ガラガラと……ベランダが開く音だ。
「………兄ちゃん」
「お? 風呂入りてぇのか?」
「うん」
「なら先に体……はいいか。さっき洗ったもんな。そこで湯を浴びてから入って――……なんだお前ら、もじもじして。どうした? 服脱いで、さっさと入れよ」
「……わかった」
「…………うん」
「…………」
裸になんのが恥ずかしいのか?
でも………さっきガウェインに洗われてたしなぁ。今更だろうに……。
「………」
おかしい。
静かすぎる。
バシャバシャと………湯で体を洗いながして。
ゆっくりと………足先で水面を割っていく。
元気に飛び込むくらいでキャラ通り……そんなキリトまで、静かに湯船に入ってきた。
やっぱ―――……変じゃね?
「どうしたんだ? 元気ねぇな?」
食材食いつくしたとか?
あ、ひょっとして恐ろしく高そうな皿かなんか……壊したとか?
もしくは………ちゃんと礼を言おうって流れ?
「ぼ、僕―――……俺から、言うよ?」
「……うん」
「頼む」
なんだ? マジで異様なレベルのモジモジさなんだけど……。
「兄ちゃん、あのさ……」
「ゼニス、どうしっ―――…………………た?」
なにこれ? 近ぇぞ?
正面からハグとか……………どうした? 誰かに甘えたくなった的なアレか?
「兄ちゃん……に、お願い………あるん、だ」
「なんだよ。言ってみ?」
コイツ……………震えてやがる。声も、体も……。
「俺らの村は今、食料が尽きかけてる………。みんな飢えてる」
「……そうか」
嫌な予感しかしねぇ。
「俺らをあげるから……好きにしていいから…村を助けてください」
予感的中……。マジかよ………。
「好きにしていいって?」
「……うん」
「ナックも、キリトも同じなんだな?」
「うん」
「もちろん」
あったけぇ……でっけぇ湯船の中なのに。
みんな小さくなって……震えてやがる………。
「確認だ。体を差し出すってのは、大人たちのアイデアか?」
「……違うっ。僕はこっそり、出て、きた」
「俺も」
「俺も……同じだぜ」
なるほど。自分たちのアイデアってことか。
「なんで体を差し出そうと思った?」
そこが、よくわからんのだが?
「だって……ランクA冒険者ハルルは有名だもん。ダンジョンの深層にソロでも潜れる偉大なる武人」
「うん。ものすげぇ魔物を倒して、世界樹を守ったヒーローの一人で………金持ちだって話だぜ。こんな………でけぇ家住んでるし……すぐ建てたし……」
「冒険者、いい稼ぎ、家柄いい金持ち。みんな言ってる」
そこはまぁ………間違ってねぇけど。きっと、家を建てたのは神様だけども………。まぁ今は、本筋に話題を絞ってやろう。
「それで? なんで体を?」
「………英雄、色を好む。だからハルルは色を好むって聞いた。男女問わずに声をかけて……欲を満たすって」
ムギュっとハグしてくる。だから余計に、わかる。ゼニスはまだ………震えたままだ。
「俺も」
「同じだぜ」
バカ兄貴の悪評が、こんな辺境の地まで届いてるとは………。今度会ったら、アイツの下半身………全力で蹴り上げてやりてぇところだけど…………物事は考えようか。
その悪評のおかげで、コイツらが俺を頼ってきたとも言えなくはない……。だからと言って感謝する気はねぇけど。
「お願いっ。僕を……あげます……。好きにしていいです。ずっと飽きるまで……。だからっ……お願い、しますっ。む、村をっ、みんなをっ……母さんを………救って……くだ…さいっ。お願い……します!」
「お、お願い!」
「俺も……お願いっ」
………クソっ。
「なぁゼニス。ナック、それにキリトも。お前ら、なんで震えてんだ?」
「ごめんなさいっ。怖くない……です」
「……俺も」
「………俺も……だぜ」
ここで強がる、か。
いや、それだけじゃないんだろう。体を差し出すのを嫌がってる―――……そう俺に思われたくないんだろうな。ガキのクセに……………俺の不興を買いたくなくて……。集落を救いたくて必至ってことだ。
「お前ら。俺がさっき言ったこと、覚えてるか?」
「うん。大事なことは自分で考えて、自分で決めて行動する。その結果を受け入れる」
「そうだゼニス。お前らも、いいか? 今からする質問に、よく考えて答えろよ?」
「はい」
「うん」
「わかった」
震えはまだ………。
「体を差し出す……つまり俺ご自慢のデケェ息子に……なにされるか理解した上で、だ。お前ら、本当にそうしたいのか?」
「「「……っ」」」
「答えを間違えるなよ? 責任は取ってもらうぞ?」
ジッと………見つめれば……みな、黙って下を向く。
視線を逸らして………瞳を大きく揺るがせては……ボロボロと涙をあふれさせて。繰り返し、腕でそれを拭っては………止まらぬ涙を堪えんと……唇を噛み続けている。
「お、俺……俺は………俺は覚―――」
「―――ナック違うっ。それじゃダメだっ」
「でも、ゼニ、ス。俺、他にっ……他にっ」
「に、兄ちゃんっ! 俺が、俺が先に答える!」
「お前、邪魔! 余計なこと―――」
「―――余計じゃないっ! 守りたいからだ!」
大きく吠えた……ゼニス。
その声が……溢れたオーラと共に……ナックの動きを封じる。
氷龍―――最強の竜種が一つ。その才覚の片りんが、友を守るために………眠りから覚めたらしい。
その迫力にキリトも………息を飲んでやがる。
「よし。ならゼニスから聞かせてもらおうか」
震えは……まだ………まだ…。
「嘘はっ……つかない! やっぱり俺は嫌だ! 本当は怖いし………好きな人がっ、いる、から……っ」
「それで?」
「でも……でもっ………俺……なんにもっ、ないっ。兄ちゃんに……差し出せるものが……ないっん…だ…。家にも、村にも……なんっっにもないっ。海、荒れてるし……冷たいし……。魚全然、採れない……。兄ちゃんの方がずっと、漁が上手で、さ…。だから、だからぁ………もう他にっ……ないんだもんっ……」
震えの全てが……涙に変わって………湯の表面温度を下げていく………。見かねたのか、キリトがそっと手を引いて、ゼニスと肩を組んだ。独りじゃないと伝えるかのように……。
「………わかった。キリト、お前はどうだ?」
頬を両手でひと叩きして……視線を鋭くした。
「俺も同じだぜ。嫌だ。でも、やっぱゼニスと同じ………。きっともうすぐ、村から数人、ここに来る。俺と同じこと言いに………。姉ちゃんがさ―――……いるんだ。俺、姉ちゃんのことすげぇ自慢で………美人なんだぜ? で、婚約者がいるんだ。けど、けどさぁ……。姉ちゃん若くて綺麗だからって……選ばれてさぁ……。姉ちゃんには、幸せになって欲しい……。俺、すげぇ………バカで……頭悪ぃ……迷惑かけてばっかいて。村で一番、バカだ……から……。姉ちゃんのために………もうどうしていいか……わっかんねぇし……。体だけはすげぇ頑丈だから………だからっ…」
ゼニスと視線を重ねたナックは……小さく頷いて。
それからキリトと、肩を組んだ。まるで励ますように………。
「わかった。ナックは?」
ゼニス、キリトともう一度視線を重ねて………ナックは力強く、頷いた。
「一緒。嫌。兄ちゃんを殺す……金目のものを奪う……思ってた。体で、油断させて………隙つくって、逃げる………計画。でも、わかった。つかまった時に。俺、勝てない。隙もつけない。腹、括った。諦めた。他に、手、ない。俺の村、貧乏っ。ジジとババばっか。他にないっ。でも、父さんと母さんには―――」
「―――なんだ?」
「お願いします。二人には……内緒にしてください。誇り高く生きろ、貧乏でもいいって……大事に、してくれてる………。わかってる。体差し出す、二人への裏切り。二人、傷つく。それは……ぃ…やだ、から…………。絶対に……嫌だ。だからっ………お願い、します………どうか、秘密に……」
深く……湯に頭が沈みそうなほど深く―――………そんなナックに合わせて……ゼニスもキリトも……頭を下げた。
「……わかった。もういいから………頭を……あげろっ」
強く抱きしめて………涙を見ないようにしてやる。
「体を差し出すなんて言うの……嫌だったろ? 怖かったろ?」
「……嫌」
「嫌だった」
「………嫌だよぉ……」
「なら我慢すんな。で、思いっきり泣け。心が壊れる前に、泣いた方がいいんだからな?」
俺もきっと、今のコイツらと一緒だった。
誰かに………許されたかったんだ。何もできない自分を………誰も救えない自分を………無力な自分を………。
だから今の…………コイツらの気持ちは……………わかっちまうんだ。
「ひぐっ……ふっ……ぐっ………」
「うわぁあああああああああっ…………ああああああああああ―――」
「うぅっ……ぅぅぅぅうううううううっっ」
何度も……何度も………自己問答したんだろう。
溜め込んだ恐怖感、自己嫌悪、なにもできない自分への怒り………そして絶望感。全部……ここで吐き出しちまえばいいんだ。
それに………ちょうどいい。
湯はあったけぇ。
けど、上半身は寒い。
舞い落ちる雪のせいで震える体を………身を寄せ合って温めあう。そんな言い訳が、今の俺らには必要だから。
たっぷりと………視界の雲が新しいものに変わるまで。
待ってやるよ………。
今日ありがとうございました!




