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急ぎ伝えよ、次男は童貞(閑話)―――その参

 






 艶々と、真白に輝く白米。

 グツグツと煮たつカレー鍋。

 焦げめパリパリの魚に、シャキシャキのカラフルサラダ。

 ガキどもが凝視する中、食卓が豪華に彩られていく。

「さ、食え! いただきます!」

「「「い…いただきます?」」」

「おぅ!」

 唾を飲む音、貸すかに震える口元に腹の音が加勢すれば、あとは本能の圧勝。

 次々に料理が腹の中に消えていく。

「どうだ? 美味ぇだろ?」

 縦に動く真剣な顔が………不思議と微笑ましい。

「返事はいいから……食え。腹いっぱいになるまで……飯を出してやるから」

「はっ、白米……! お、お代わり!」

「「俺も!」」

「はいよ。ガウェイン―――」

「―――配膳済みだ」

「「「―――!?」」」

「さすが!」

 光の帝位精霊。

 お代わりをよそうのも光速。

 ガキとはいえ、三人とも竜人族。武の(たしな)みがあるからこそ……ガウェインの動作が見えなかったことに驚いてやがる。

「ほら、冷めちまうぞ?」

 それはもったいないと言わんばかりにコクコク頷いて、ガブガブ飯を飲みこむ。

 まるで競うように………大皿を抱えて口にかきこむ姿は……見てて気持ちがいいし―――

「―――懐かしいなぁ」

「……どうした?」

「や、独り言」

 ガキの頃、カイトと俺ら三兄弟はいつの間にか早食い大食いを競っちゃって………。王妃殿下(おばさん)にコツンっと拳骨くらってさ……。呆れた声で叱られてたっけ。

「お前ら……いいこと教えやる。アツアツの白飯にカレー鍋、ぶっかけてみ?」

「これを?」

「ここに?」

「全部?」

「おう! やべぇぞ?」

 恐る恐る………なんて言葉は、ガキには似合わねぇ。

 思いっきり椀に注がれたカレー飯を……パクリ…………。そのままガツガツ、瞳はキラキラ。

 飯を口に運ぶ動作が加速して………スパイシーなカレー鍋がたっぷ十人前……あっと言う間に空になっていく。

 焼き魚とサラダも空になったことだし…………そろそろアレの出番だな。

 チラリとガウェインを見ると、ササッと準備完了。卓上に広げた鉄板プレートの上で………ジュワジュワと香ばしい匂いが解放されていく。

「………に、肉」

「肉だ肉っ」

「肉、肉、肉っ」

 帝位精霊(シェフ)が……掌から放った巧みな光波。あっという間に………絶妙な焼き加減に仕上がっていく肉を………瞬き一つせずに見つめる。

 ポカンと開いた口。そこから零れたヨダレも………そのまま。

「お待たせ。右から大猪の生姜焼き、腸詰肉の塩焼き、そして鶏肉のガーリック醤油焼きだ。召し上がれ」

「………いいの?」

「これ、全部?」

「あぁ。お代わりもすぐ焼いてやろう」

「だってよ。ほら、遠慮すんなって!」

 ガクガクと震えた手が……そっとプレートに伸びる。

 案の定、震えっぱなし箸が………二度、三度と、肉を掴みそこなう。

 それから………三人で視線を重ねて…………ゆっくりと深呼吸。

 意を決したようにグッとが込められた箸。そこに生姜焼きが固定されて………三秒後に無事、口内に到着した。

「はふっ……ふっふっ―――……っっっ!?!?」

「ふっ……あっち――……っ!?!?」

「はふ……ふっ――――……んんっ!?!?」

「「「ぅぅぅぅぅんめぇ!」」」

「………だろ?」

「「「うん!」」」

 天を見上げる瞳は……感動のあまり潤んでやがる。

 貧しい集落出身だとしたら、口いっぱいに新鮮な肉料理を放り込むなんて………滅多にできない経験だろう。ひょっとしたら初体験、かもしれない。

 そりゃあもう………至福だよなぁ。

 それにカイト直伝の味付けとくりゃあもう………涙も溢れるってもんだ。

「ほら、遠慮すんな。どんどん食え!」

 返事する間も惜しむように、次々に肉が消えて。

 同時に次々と、目の前で調理されてく。

 幸せの肉ダイレクトデリバリーは………しばらくニーズがありそうだ。

「それにしてもガウェイン、料理上手なんだな」

「イ……ハルルも、だろ?」

 そうそう。

 打合せ通り、当面、俺はハルルってことで。

 コイツら、なにか事情があるみてぇだし。それを探るには、ハルルだってことにしといた方が都合が良さそうだから。

「俺のはたいしたもんじゃねぇよ。カイトからちょっと教わっただけだ。手伝いがてらにな」

「俺も、主の手伝いで覚えた。しかし………難しいというか、奥が深い。やはり主は偉大だな」

「………同意」

 ホント、バカみてぇに料理がうまかった。

 カイトの飯は、みんなを笑顔にしてくれたし……思い出もたくさん……彩ってくれた。俺らの誕生日、あと親父たちの結婚記念日は……カイトの料理をフルコースで腹いっぱい味わえて……………最高だったなぁ。

「追加が必要なようだ」

「さすが肉……大人気。あっという間だな」

 生姜焼きが大人気らしい。どう考えても……美味いもんなぁ。

 口ん中が幸せになって……腹に沁みる。白米との相性抜群だしよ。

「デザートは、まだまだ後だなこりゃ。ガウェイン、生姜焼きのお代わりを山盛り頼めるか?」

「あぁ。腹いっぱい食べるといい」

「「「………っ」」」

「ばぁ~か………美味いもん食ってるときは、泣くんじゃねぇよ」

 さすがガウェイン。

 光速移動して………右から順に、ガキどもの目元を拭ってやってる。

 右の席が、ナック。花龍の集落出身。年齢は十四手前。ちょっとボサボサながらも綺麗な黒髪、それに世界樹のように美しい日焼けした肌が印象的だ。どうやら花龍の血を色濃く受け継ぐ一族で……頭も切れるらしい。一番逃げやすい……扉側の席をまっさきに選びやがった。

 真ん中の席にいるのが、ゼニス。氷龍の集落出身。年齢は十三。色白、そして輝く銀髪は……眉毛の上でぱっつり真っすぐ揃えられてる。青い瞳は、まさに氷龍って感じ。品がいいっていうか……大人しい性格っぽい。キョドキョドしては……周りの反応を気にしてやがるから。でも、風呂場でガキどもが自然と始めた比べっこの結果、圧倒的勝者はコイツだったとか。実は、一番度胸があんのかもしれねぇ。

 左の席は、キリト。雷竜の集落出身。年齢は十三になりたて。綺麗な黄色い髪は短めで、日に焼けた健康そうな肌が、コイツの元気な性格を物語ってる。あと、一番の大食い。

「カレー鍋も! お代わり!」

 まっさきにお代わりガンガン………まさにやんちゃ坊主って感じだ。

「「俺も!」」

「はいよ。今度はこっちの……カレー味噌鍋な!」

「「「ありがと!」」」

「どういたしまして」

 俺が今年十六になるから……ちょっとだけオレの方が年上ってことになる。

 だけど………コイツら、ずっと年下に見えるんだよなぁ。

 体が……全然できてねぇ。

 修練してるんだろう。引き締まってはいる。

 けど………細ぇ。身長も……百六十に届いてねぇ。

 俺もハルルに比べれば細ぇけど……ヒュムの大人位には筋肉がある。それは、ヒュムに比べると竜人族は成長が早い傾向にあるからだけども……。

 つまり……コイツらは……ずうっと腹を空かせて………我慢しながら生きてきたってことだろう。

 中心都市でもある竜人族の里は、裕福な貴族、その血縁関係者が住む。守護神ラグナ様が開いてくれたダンジョンのひとつが、里の近くにあって。そこで冒険をしては、稼ぎを得る。そんな生活スタイルの変化に、適応している若者も、多くいるとか。

 けれども………国土の北辺………この辺りにある集落は……変化を好まねぇ。精霊、魔法、ダンジョン。こうした変化を敬遠して、遠ざけてると聞く。

「飯! お代わり!」

「「俺も!」」

 泣きながら……ガキが飯を食わなきゃなんねぇなんて………。ここまでだとは思ってなかった。

「おい、ハルルよ」

「………なんでしょう?」

 ハルルって呼ばれると、なんかゾワっとする………。

「我とガウェインはそろそろ、この家を離れよう。神気を抑えるのにも疲れた」

「わかりました。お気遣いに感謝を!」

 ニクス様ったらソファーでぐったり寝てるだけかと思ったら………違ったらしい。活動を控えて……神気を抑え込んでくれてたっぽい。

「明日の朝には戻る」

「わかりました。どこか休む場所のあてでも?」

「心配無用だ。王城に案内するつもりでいる。そこで陸人殿と……王妃殿下に謁見を願おうと思う」

 さっすが有能精霊。

「ガウェイン、ありがとう」

「主ならそうする………そう思っただけだ」

「だな」

 ニシシっと微笑んだ瞬間、微かに、ガウェインも笑った。

 イケメンの笑顔が霧散して消えいくのを見守った後………ガキどもは椀を置いて………顔をこわばらせた。

「アイツら………精霊」

「あぁ……そうだぜ」

「………精霊、倒す」

 ナックがじっと……椀を見つめてる。

「そうだ! 父さんと母さん、爺ちゃんも言ってるよ。汚らわしい精霊を倒して、武人としての名をあげろって……」

 ゼニスも、ググっと眉間に皺を寄せた。

「そうそう! 俺のじっちゃんも言ってたぜ! 精霊は汚らわしい! ずるい力を使うんだぜ!」

 キリトは笑顔で、悪意なく………。

 いや、これは、コイツらのせいじゃねぇ。

 コイツらが育った集落……その考え方の実態だ。

「…………へぇ? お前らに飯を作って、風呂に入れてくれて、デザートまで用意してくれて……服も用意してくれて………涙まで拭ってくれて……神気のせいでお前らに健康被害がねぇようにって……遠方に旅立ってくれた。そんな相手を倒す? 汚らわしい? なんだ? それが竜人族の誇りか?」

「………だって」

「……」

「じっちゃんも言ってた……」

 やっぱ…………そうだよなぁ。

「別に、責めてねぇ。お前らは悪くない。そう教えてきた大人も悪くない。疑うことのない環境に居た、ただそれだけだからな」

 ま、すぐには理解できねぇだろうけど。

 そもそも、理解を強要するつもりもねぇ。

 ただ……考えて欲しいだけだ。

「いいか? 大事なことはちゃあんと、自分の頭で考えろ。根拠のない言葉を鵜呑みにするために、事実から目を背けるな」

「………でも」

「ゼニス……飯うまかったろ?」

「うん」

「実はあいつら、すげぇ位の高い精霊なんだぞ? 竜人族で言えば王家の血を引く大貴族……いや、それ以上かもなぁ」

「う、嘘だ」

 ガバリと立ち上がったゼニスが、首を全力で左右に振る。

「なんでだ?」

 実は、聞くまでもない。答えはわかってるから。これはコイツらの思考を揺さぶるための問い。

「そんな偉い人が料理を―――」

「―――事実から目を背けるな。ガウェインもニクス様も、霧散して消えたよな?」

「うん」

「アレはな……精神体になれるからだよ。もちろん、肉体を持ってる普通の精霊にはできない芸当だ」

 特殊個体がどうなのか、俺は知らねぇけど。そこはスル-で。

「………嘘だ」

「俺も……嘘だと思うぜ」

 キリトが握り締めた箸が、(きし)む。

 まるでコイツらの葛藤が奏でた音のように………ミシミシと………。

「ゼニス、それからキリトも。家族や周りの大人が言ってきたことを信じるか……自分が見た事実を信じるか。どうするかは、自分で決めればいい」

「………」

「………」

 ………………あぁ、難しいよなぁ。

 わかるぜ。それが難しいってことは………よくわかる。

「ただ、その結果に責任を持つのも自分だけどな」

 コイツらは………知ってるだろうか? あぁだこうだと、さもわかった様に自説を支持しろと求めてくる奴ほど………いざという時、責任をとらねぇ。

 ま、そりゃそうだ。

 結局、最終的に、意識的であれ無意識的であれ………自分がどうするかを決めるのは自分なんだから。

 誰かを支持し従うと決めたのが自分なら………その責任を取るのは自分。

 そう………なんだよなぁ。結局、自分以外は誰も責任を取れない―――……ガキが大人になってそうだと気が付いたときには、たいていの物事は手遅れなんだよ。竜人族―――………武の世界では、特にな。

「………わかった」

「あぁ、俺もだぜ」

「価値観……考え方を変えるってのは難しいことだ。だからこそ、自分で考えて決める習慣だけは大事にしろよ。自分の未来のために、な」

「……うん」

「わかった」

 これで、この二人は大丈夫だろ。

「………」

 ………ナックは、だんまりか。

「………兄ちゃん」

「なんだ?」

「アイツら、好き?」

 ジッと見つめてくる………その瞳に陰りが……苦悶が溢れてる気がする。

「あぁ」

「………どうしたらいい?」

 わかるぜナック。

 葛藤って………苦しいよな?

 特に、信じてたものや信じてた人を疑うことになる時には……。

「ナック、よく聞いてくれ。彼らは俺の恩人であり、大事な友であり、信用できる仲間でもある。種族は関係ない」

 違う価値観、それをもとに行動してる人がいる。悪いが………俺には、そう示してやることしかできねぇんだ。

「どうするか決めるのはお前だ。お前の世界……心は自由なんだからよ」

 俺を信じて従えとは、言ってやれねぇ。

 決めるのはナックじゃなきゃ……意味がねぇから。

「………」

 グググっと、箸を握り締めて。

 ゴツンと、ナックがテーブルに頭を叩きつける。

 それから、ゴツン……またゴツンと……。不思議と心地のいい、豪快な音が鳴り響いた。

「………ごめんなさい。兄ちゃん、傷つけた」

「ごめんなさい」

「俺もだぜ。ごめんなさい」

 大切な人をさげすまれて、俺が傷ついたたってことは……ちゃんと想像できたらしい。

 やるじゃん、コイツら。

「………謝ることを、お前らは今、自分で決めた。その結果、今、お前らは俺からの信頼を回復した。それに……友をけなされて傷ついた俺の心も癒してくれた。ありがとうな」

「「「………」」」

 ググっと拳を握りしめて………涙を堪えてやがる。

 どんな理由であれ泣くのは情けないって……叱られ続けてきたんだろうな。

「白米、お代わりは?」

「「「大盛り!」」」

「はいよ!」

 食え。

 たあんと……腹いっぱい。

 そしたらきっと、機嫌も良くなる。涙も引っ込むさ。

「……うまいだろ?」

「「「うん!」」」

「よしよし! じゃあ、この皿と……あっちの大皿に乗ってんのが鍋の追加具材な? ちゃんと煮込んでから食えよ? あと、あの白い箱には、炊き立ての白米がたっぷり入ってる。焼肉はこのプレートに乗っけて焼いちまえ。いいか? 本当に全部食っていいからな?」

「わかった!」

「うん!」

「全部食う!」

「よし! じゃあ俺は風呂に入ってくるからな。腹が膨れたら………ちゃんとみんなで話し合って………考えろよ」

 ガキどもだけで、話した方がいいだろう。精霊をどう思ってたか―――……今、どう思うのか。

「「「わかった!」」」

「よし!」

 グシャグシャと頭を撫でてやると……グググっと………背中が小さく縮む。大きくなっちゃいねぇのに………涙を堪えたその背中が、さっきよりも頼もしく見える。ガキってのは……不思議なもんだな。




 +++ +++ +++ +++




「あぁ~……やべぇ」

 月見と雪見の露天風呂……最高。

 波の音、月明りを受けて輝く波の模様も………心を癒してくれる。

 凛とした……澄んだ空気も………………たまんねぇ。

 魂が清らかになる……そんな気がするから不思議だ。

 そんな静寂を破るのは………ガラガラと……ベランダが開く音だ。

「………兄ちゃん」

「お? 風呂入りてぇのか?」

「うん」

「なら先に体……はいいか。さっき洗ったもんな。そこで湯を浴びてから入って――……なんだお前ら、もじもじして。どうした? 服脱いで、さっさと入れよ」

「……わかった」

「…………うん」

「…………」

 裸になんのが恥ずかしいのか?

 でも………さっきガウェインに洗われてたしなぁ。今更だろうに……。

「………」

 おかしい。

 静かすぎる。

 バシャバシャと………湯で体を洗いながして。

 ゆっくりと………足先で水面を割っていく。

 元気に飛び込むくらいでキャラ通り……そんなキリトまで、静かに湯船に入ってきた。

 やっぱ―――……変じゃね?

「どうしたんだ? 元気ねぇな?」

 食材食いつくしたとか?

 あ、ひょっとして恐ろしく高そうな皿かなんか……壊したとか?

 もしくは………ちゃんと礼を言おうって流れ?

「ぼ、僕―――……俺から、言うよ?」

「……うん」

「頼む」

 なんだ? マジで異様なレベルのモジモジさなんだけど……。

「兄ちゃん、あのさ……」

「ゼニス、どうしっ―――…………………た?」

 なにこれ? 近ぇぞ?

 正面からハグとか……………どうした? 誰かに甘えたくなった的なアレか?

「兄ちゃん……に、お願い………あるん、だ」

「なんだよ。言ってみ?」

 コイツ……………震えてやがる。声も、体も……。

「俺らの村は今、食料が尽きかけてる………。みんな飢えてる」

「……そうか」

 嫌な予感しかしねぇ。

「俺らをあげるから……好きにしていいから…村を助けてください」

 予感的中……。マジかよ………。

「好きにしていいって?」

「……うん」

「ナックも、キリトも同じなんだな?」

「うん」

「もちろん」

 あったけぇ……でっけぇ湯船の中なのに。

 みんな小さくなって……震えてやがる………。

「確認だ。体を差し出すってのは、大人たちのアイデアか?」

「……違うっ。僕はこっそり、出て、きた」

「俺も」

「俺も……同じだぜ」

 なるほど。自分たちのアイデアってことか。

「なんで体を差し出そうと思った?」

 そこが、よくわからんのだが?

「だって……ランクA冒険者ハルルは有名だもん。ダンジョンの深層にソロでも潜れる偉大なる武人」

「うん。ものすげぇ魔物を倒して、世界樹を守ったヒーローの一人で………金持ちだって話だぜ。こんな………でけぇ家住んでるし……すぐ建てたし……」

「冒険者、いい稼ぎ、家柄いい金持ち。みんな言ってる」

 そこはまぁ………間違ってねぇけど。きっと、家を建てたのは神様だけども………。まぁ今は、本筋に話題を絞ってやろう。

「それで? なんで体を?」

「………英雄、色を好む。だからハルルは色を好むって聞いた。男女問わずに声をかけて……欲を満たすって」

 ムギュっとハグしてくる。だから余計に、わかる。ゼニスはまだ………震えたままだ。

「俺も」

「同じだぜ」

 バカ兄貴の悪評が、こんな辺境の地まで届いてるとは………。今度会ったら、アイツの下半身………全力で蹴り上げてやりてぇところだけど…………物事は考えようか。

 その悪評のおかげで、コイツらが俺を頼ってきたとも言えなくはない……。だからと言って感謝する気はねぇけど。

「お願いっ。僕を……あげます……。好きにしていいです。ずっと飽きるまで……。だからっ……お願い、しますっ。む、村をっ、みんなをっ……母さんを………救って……くだ…さいっ。お願い……します!」

「お、お願い!」

「俺も……お願いっ」

 ………クソっ。

「なぁゼニス。ナック、それにキリトも。お前ら、なんで震えてんだ?」

「ごめんなさいっ。怖くない……です」

「……俺も」

「………俺も……だぜ」

 ここで強がる、か。

 いや、それだけじゃないんだろう。体を差し出すのを嫌がってる―――……そう俺に思われたくないんだろうな。ガキのクセに……………俺の不興を買いたくなくて……。集落を救いたくて必至ってことだ。

「お前ら。俺がさっき言ったこと、覚えてるか?」

「うん。大事なことは自分で考えて、自分で決めて行動する。その結果を受け入れる」

「そうだゼニス。お前らも、いいか? 今からする質問に、よく考えて答えろよ?」

「はい」

「うん」

「わかった」

 震えはまだ………。

「体を差し出す……つまり俺ご自慢のデケェ息子に……なにされるか理解した上で、だ。お前ら、本当にそうしたいのか?」

「「「……っ」」」

「答えを間違えるなよ? 責任は取ってもらうぞ?」

 ジッと………見つめれば……みな、黙って下を向く。

 視線を逸らして………瞳を大きく揺るがせては……ボロボロと涙をあふれさせて。繰り返し、腕でそれを拭っては………止まらぬ涙を堪えんと……唇を噛み続けている。

「お、俺……俺は………俺は覚―――」

「―――ナック違うっ。それじゃダメだっ」

「でも、ゼニ、ス。俺、他にっ……他にっ」

「に、兄ちゃんっ! 俺が、俺が先に答える!」

「お前、邪魔! 余計なこと―――」

「―――余計じゃないっ! 守りたいからだ!」

 大きく吠えた……ゼニス。

 その声が……溢れたオーラと共に……ナックの動きを封じる。

 氷龍―――最強の竜種が一つ。その才覚の片りんが、友を守るために………眠りから覚めたらしい。

 その迫力にキリトも………息を飲んでやがる。

「よし。ならゼニスから聞かせてもらおうか」

 震えは……まだ………まだ…。

「嘘はっ……つかない! やっぱり俺は嫌だ! 本当は怖いし………好きな人がっ、いる、から……っ」

「それで?」

「でも……でもっ………俺……なんにもっ、ないっ。兄ちゃんに……差し出せるものが……ないっん…だ…。家にも、村にも……なんっっにもないっ。海、荒れてるし……冷たいし……。魚全然、採れない……。兄ちゃんの方がずっと、漁が上手で、さ…。だから、だからぁ………もう他にっ……ないんだもんっ……」

 震えの全てが……涙に変わって………湯の表面温度を下げていく………。見かねたのか、キリトがそっと手を引いて、ゼニスと肩を組んだ。独りじゃないと伝えるかのように……。

「………わかった。キリト、お前はどうだ?」

 頬を両手でひと叩きして……視線を鋭くした。

「俺も同じだぜ。嫌だ。でも、やっぱゼニスと同じ………。きっともうすぐ、村から数人、ここに来る。俺と同じこと言いに………。姉ちゃんがさ―――……いるんだ。俺、姉ちゃんのことすげぇ自慢で………美人なんだぜ? で、婚約者がいるんだ。けど、けどさぁ……。姉ちゃん若くて綺麗だからって……選ばれてさぁ……。姉ちゃんには、幸せになって欲しい……。俺、すげぇ………バカで……頭悪ぃ……迷惑かけてばっかいて。村で一番、バカだ……から……。姉ちゃんのために………もうどうしていいか……わっかんねぇし……。体だけはすげぇ頑丈だから………だからっ…」

 ゼニスと視線を重ねたナックは……小さく頷いて。

 それからキリトと、肩を組んだ。まるで励ますように………。

「わかった。ナックは?」

 ゼニス、キリトともう一度視線を重ねて………ナックは力強く、頷いた。

「一緒。嫌。兄ちゃんを殺す……金目のものを奪う……思ってた。体で、油断させて………隙つくって、逃げる………計画。でも、わかった。つかまった時に。俺、勝てない。隙もつけない。腹、括った。諦めた。他に、手、ない。俺の村、貧乏っ。ジジとババばっか。他にないっ。でも、父さんと母さんには―――」

「―――なんだ?」

「お願いします。二人には……内緒にしてください。誇り高く生きろ、貧乏でもいいって……大事に、してくれてる………。わかってる。体差し出す、二人への裏切り。二人、傷つく。それは……ぃ…やだ、から…………。絶対に……嫌だ。だからっ………お願い、します………どうか、秘密に……」

 深く……湯に頭が沈みそうなほど深く―――………そんなナックに合わせて……ゼニスもキリトも……頭を下げた。

「……わかった。もういいから………頭を……あげろっ」

 強く抱きしめて………涙を見ないようにしてやる。

「体を差し出すなんて言うの……嫌だったろ? 怖かったろ?」

「……嫌」

「嫌だった」

「………嫌だよぉ……」

「なら我慢すんな。で、思いっきり泣け。心が壊れる前に、泣いた方がいいんだからな?」

 俺もきっと、今のコイツらと一緒だった。

 誰かに………許されたかったんだ。何もできない自分を………誰も救えない自分を………無力な自分を………。

 だから今の…………コイツらの気持ちは……………わかっちまうんだ。

「ひぐっ……ふっ……ぐっ………」

「うわぁあああああああああっ…………ああああああああああ―――」

「うぅっ……ぅぅぅぅうううううううっっ」

 何度も……何度も………自己問答したんだろう。

 溜め込んだ恐怖感、自己嫌悪、なにもできない自分への怒り………そして絶望感。全部……ここで吐き出しちまえばいいんだ。

 それに………ちょうどいい。

 湯はあったけぇ。

 けど、上半身は寒い。

 舞い落ちる雪のせいで震える体を………身を寄せ合って温めあう。そんな言い訳が、今の俺らには必要だから。

 たっぷりと………視界の雲が新しいものに変わるまで。

 待ってやるよ………。


今日ありがとうございました!


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