驕り溺れて泣き笑う(閑話)
ハルル視点で、ハルルのお話。
「第40話:知己との再会」でちらっと触れた、ハルルの過去についての単話です。
親父と大和おじさんが、初めて拳を交わし、両者引き分けに終わった伝説のバトル……。その跡地には今、アカデメイアの屋外武道場がある。
武道場の左右にあるのは……どでかい親父たちの石像。
伝説を……竜人族とヒュム族の和解の歴史を象徴するために、建立されたそうだ。
でも別に、この像が見たくてここに来たわけじゃねぇ。
親父に放り投げられて、ここで待つように命令されたからだ。
この後、俺は親父と旅に出ることになってる。一から俺を鍛え直すんだとか……。
「はぁ」
武道場のど真ん中で、星空を眺めて。親父の石像を軽く睨みつけて……自己嫌悪に浸る。
ほんと親父ってのは、うっとおしい。
竜人族にとって、親を超えるってのは宿命みたいなもんで。子が父を超え、孫が父と爺を超えていく……そうやって次世代がどんどん強くなっていくって考えてる、脳筋種族だから。
……超えなきゃならねぇって思えば思うほど、その壁のデカさがよくわかる。自分が強くなった分、差が縮まるってもんでもねぇ。
むしろ逆だ、逆。
強くなればなるほど、親父の強さが正確に理解できるようになるっていうか………。
「はぁ」
竜人族、救星の武闘家クルド。
最強の竜種がひとつ、偉大なる水竜種の系譜にあるもの。
ま、天才ってヤツだ。
天から恵まれた才を与えられただけじゃない。若いころから修練に励み、武者修行と称して世界を旅し………己を磨いてきた。
そして……親父は出会った。
生涯のライバルに。つまり親父を強くした存在に……。
意外なことにそれは、弱小の種族ヒュム。精霊の力を授かりし少年。後に救星の勇者と呼ばれ、更に後、ヒュム族の国王になった―――
「よぉ、クソ坊主」
―――大和おじさん。カイトの親父だ。
「国王陛下………」
「あぁ、いいって。今は国王休業中」
「なら……大和おじさん」
「おぅ」
ニシシっと笑う笑顔につられて、少しだけ……自分の頬も緩んだ。そのまま俺の隣に座って、楽しそうに突きを仰いだ。
「地べたに抵抗なく座る国王っていうのも………珍しいんじゃね」
ま、大雑把で親しみやすいとこ、大和おじさんらしくて好きだけど。
「だぁ~かぁ~らぁ……今は国王じゃねぇの。私人なわけ。てかたまには、仕事忘れさせろよぉぉぉぉ」
「たいへんなんだ?」
「……まぁな。政治ってめんどくせえの。暇人な奴ほど……文句言いやがるしよぉ……………はぁ。箪笥の角に小指ぶつけやがれってぇの……マジで」
部下のプチ不幸を望む国王の深いため息に、ムスッとした表情……。どうやら本当にお疲れらしい……。
「で、親父に?」
「おぅ。ここでクソ坊主がボッチしてるって聞いてな?」
「そうそう……。絶賛待ちぼうけ中……ってなに? その笑顔………」
ニヤニヤが怖いんだけど?
「いやぁ~、すっかり男前になっちまったなぁ」
「……だろ?」
「その傷、クルドにボコボコにされたんだろ?」
「……でもま、仕方ねぇってか……。俺、修練サボってたし」
百メートルも吹っ飛ばされるとは思わなかったけどよ……。
「あと、わが家のかわいい……いや超絶かわいいリクにも、殴られたんだって?」
「……思っきり」
百メートルのうち、十メートル位はリクの仕業だ。
「くぅ~……さっすがリク! かわいい面して容赦ねぇとかもう、わが子ながら最高だな!」
「……そーだね」
親友の顔面にグーパンくらわすなんて………息子さん、将来マジ有望っすわ。竜人族的には、だけど。
「まぁ、許せ! 体が弱かったアイツが、今じゃハルルをぶっ飛ばすくらい健康だと思うとよぉ。親としちゃ嬉しいんだよなぁ」
「それは同意……。で、何しに来たのさ?」
「コレだよ、コレ」
ニヤニヤっと鞄から何を差し出そ―――………んんっ!? それ……銘酒じゃね?
「……え、マジで? ラグナロクじゃん!? いやてか本物?」
「バァ~カ、本物だって本物。なにせ来賓……魔人族の貴族から献上されたもんだからな」
「マジで? てか……いいの?」
「おぅ!」
「いやでもこれクソ高いでしょ? 度数も値段も……入手難易度も」
ダンジョンの中層以下で、たまに敵がドロップする巨大な樽酒。
それを、仕入れた業者が小分けの瓶に詰め込んで……売りに出す。そんなわけだから………入手時期未定、量未定、なのに購入希望者で予約が溢れる幻の酒。
飲んでみてぇって思ってたけど……ガキに入手できるはずもねぇ。生涯で一度は一口くらい……なんて願ってたレベルの………幻中の幻、だ。
「ほぅ? ガキのクセに、詳しいじゃねぇか」
「…まぁ、有名だし」
……しまった。
「ま、竜人族は体の成長はえぇもんなぁ。で? いつから飲んでるんだ?」
「十五になったとき………ちょびっと飲み始めた」
「なら……問題ねぇな。飲むぞ!」
「……いや、ありがてぇけど…………てかマジで? いいの?」
「いいんだよ。なにせ、俺のかわいいクソ坊主が、リクのパンチで怪我したって聞いてな? 怪我って言ったらほら……消毒だろ?」
「……本当に? マジで? いやマジで?」
飲んじゃうよ?
「おぉよ! あ、でも内緒だからな? 母ちゃんにバレたら……殺される」
「了解!」
親父に自慢してぇけど……我慢だな。親父から母さんに、母さんからおばさんにバレるってパターンだから。
「ま、うちの可愛いリクが殴った詫びだ」
「それはいい。別に……」
むしろ、感謝してるくらいだ。
あそこから、俺を引っ張り上げてくれたから………。
「おじさん、知ってんだろ?」
「ん~? まぁな……」
並々とグラスに注がれていく銘酒から、視線は外せない。この琥珀色の酒を拝める日が来るなんて……。飲める日が来るなんて……。
「んなに熱~ぃ視線で見つめられたら……大和、照れちゃう」
「……キモ」
……ったく。
国王っぽいノリも出して行こうぜ?
「お待たせ! ほらよ!」
「うぉぉぉぉ! ありがとうございます国王陛下っ!」
「苦しゅうない! じゃあ~乾杯するぞ!」
「いいけど……何に?」
「決まってんだろ? かわいいリクとかわいいクソ坊主の成長に、だよ」
「おっけ。じゃあ―――」
「「―――乾杯!」」
本当なら、高級な店が相応しいんだろうけど……。地面でグラスを掲げるのが………オレの性には合ってるらしい。
しかもその中身は、奥さんに内緒でこっそり持ち出してきた秘蔵の高級酒………。
国賓級の外交の場で出されるレベルの酒を、友人の息子と話すために持ち出すなんて……。そんな国王、世界中でこの人だけだろうな。
「くわぁ~……うっんめぇええええ! 沁みるなぁ、おぃ!」
「………ヤバ」
くっそうめぇ………。不思議と甘い、焼けた樽のような香りと……それを裏切らない濃厚な風味。
「なんだぁ? デケェ図体して、チマチマした飲み方だなぁ」
「っせぇよ。味わってんだよ」
もったいねぇだろうが。もう二度と飲めねぇかも知んねぇし………。
クッソうめぇし……チビチビ飲みたくなるっつーか……。てかマジで、グラス一杯いくらだ? ひと月分の生活費くらいはいくんじゃねぇの?
「ま、いいけどよ? あんまチビチビ飲んでっと、俺が全部飲んじまうぜ?」
「え? いいの?」
「なにがだ?」
「いや、普通思うだろ。グラス一杯だけって……」
「んなケチくせぇことしねぇって。二人で一本空けるつもりだぜ? 俺はよ?」
「おじさん……最高」
「だろ? おっ? いいねぇ!」
ヤベェ……! 口いっぱいに含むとまた………濃厚で上品な刺激が………うわぁ、ヤベェ……喉が………胸があちぃ……。心臓がバクつくのがわかるっていうか………最後の一滴、飲みこむ瞬間に鼻を通り抜けるまろやかな香りが……たんねぇ………。
「~くっはぁあああああぁ! 最高っ!」
「イケる口じゃねぇか! ほら、もっと飲め!」
「おぅ!」
やべぇ……。
今夜の酒は……うめぇ。
「にしてもよぉ……クソ坊主と酒を飲む日が来ちまうとはなぁ。俺もおっさんになったわけだ?」
「確かに!」
最も、ガキの頃に出会った時と、おじさんの見た目はあんまり変わってねぇけど。
「………うめぇなぁ」
「………うん」
俺も……おじさんと飲む酒は……うまいよ。
「しかも綺麗だろ?」
グラス越しに月を眺めて……琥珀色の輝きがたゆたうのを楽しむ。
「へぇ? 洒落たことすんじゃん?」
「だてに年くってねぇんだよ。いいかクソ坊主、酒はなぁ、味、香り、色、それと時間を楽しむもんなんだよ。覚えとけよ?」
「……わかった」
酒の飲み方なんて、誰も教えてくれなかった。
ただ流し込んで……高揚するためのものだと思ってたし。もちろん味への興味はこれまでもあったけど………時間を楽しむなんて発想はなかったなぁ。
「時間、か。酒って、味だけじゃねぇのな」
「おぅ。時間だ時間。クソ坊主と初めてさしで酒を飲むこの時間は………楽しまなきゃ損だろ?」
「……カッコつけすぎじゃね?」
「っせーよ。たまにはいいだろ?」
「………うん…………」
酔いと共に………高鳴る鼓動に…………涙がこぼれる。
「ほら、溜め込んでんじゃねぇって。酒の勢い借りて……話しちまえよ。なんかあんなら……聞いてやるし……忘れてやっから。な?」
………そっか。
そのための酒、か。
大人って……カッケぇなぁ。
「……おじさん」
「………」
「俺………生きてんだよなぁって、まだ死んでねぇって………そう、思った」
「……そっか」
「……うん」
カイトが居なくなったあの日。
なにもできなくて、ただただ無力だった……クソダセェ自分。
神でも探せぬと知った時………俺は諦めた。カイトは死んだ……そう思った。
その瞬間、だったっけ。
世界から色が消えて………鼓動が止まった様に……世界への興味が失せた。
そう。
あの瞬間、俺は死んだんだ。
フラフラ彷徨って……夜街で誘われるまま………色を覚えて。とある娼館にずるずると逃げ込んで………雇われて…………肉欲に……より甘いものに……捉われた。
そう……現実から目を背けることの甘さに………俺は捉われた。
ただ、抱いてやればいい。求められるままに。
なにも考えなくていい。なにも求めなくていい。
誰かに求めてもらえるのなら………それでいいと思えた。己の存在理由に目を向けなくていい……それが楽、だった。
「どうだった? 大人の奈落はよ?」
「………最高に……最悪だった」
あんな生活を、あと数百年続けることになってたかもしれないなんて……。
「穢れちまったなぁ」
求められるままに、なんだってした。
何人だって、誰とだって………。
ただ………それに応えたとき、自分に向けられる視線が……滑稽で億劫だった。
俺は死んでて、何者でもない。ただ虚空を眺めてるのと同じはずなのに………そいつらの視線には熱があって。それに捉われると……生きてるんじゃないかって………また辛い現実に目を向けなきゃいけなくなるって……怖くて…………。ただがむしゃらに、視線を無視するために……相手を穿つことに意識を集中する日々。
今思うと……異常だ。
肉体的快楽。確かに初めの頃はそれもあったけどなぁ………。割とすぐ、そんなのはどうでもよくなってた。
カイトが死んだって考えずに済むのなら……それでよかった。
汗まみれの手が、オレの背中を掴む瞬間。相手への奉仕を考えてりゃよかった。
甘い吐息と痙攣が、オレの心をむしばむ瞬間。相手からの奉仕に身を委ねとけばよかった。
逃れたいような………ずっといたいような…………刹那の共生関係。
本当に……楽だったんだ………。
「弱ったガキを利用した……大人が悪ぃんだ」
「……」
でもさ、おじさん。
俺、わかってたし。
俺も利用してた……。罪悪感が胸のど真ん中……ずっと………ここに在る。
「知ってるか? お前の親父はモテモテだったんだぜ?」
「モテモテって。でもまぁ、知ってる」
「でもアイツは、女が全然ダメでよぉ。初心って言うの?」
「親父、免疫なさそうだもんなぁ」
修練ばっかしてたろうから。
「そうそう。で、飲み屋の姉ちゃんに言い寄られて……ガバガバ飲んで……気が付いたら全裸で通りに捨てられてたってことが、何回もあってよぉ……。バカだろ?」
「バカすぎ……。てか恥ずかしすぎっだろ」
「だろ? だからアイツ、自分の初体験がいつなのか覚えてねぇんだぜ?」
「え?」
「飲み屋の姉ちゃんとやっちまったかも、やってねぇのかもわかんねぇんだってさ」
「……知りたくなかった」
親父の、そんな要らない情報。
「少なくとも親父よりは、初体験を覚えてる分だけマシだぞお前」
「…………いやなにそれ」
フォローのつもり?
「つまりな。誰しも完璧じゃねぇし、セックス絡みの恥ずかしい思い出の一つや二つ……五つや六つ、いや十や二十くらい抱えてるもんだって話だよ」
……そっか。
そういうもんか……。
「だからよ………まぁぶっちゃけオレ、お前が悪いことしたって思ってねぇし。穢れたとも思ってねぇ。酒に溺れたり肉欲に溺れたり賭博に溺れたり……人生にはそういう時期もあるだろうさ」
「……うん」
「あ、勘違いすんなよ? お前を慰めてるわけじゃねぇぞ? ただ伝えたいって思ってな。あの自信たっぷりでクソ生意気な強メンタルクソ坊主が……そんなにへこむくらい……我が息子を大切に思ってくれてるなんてよぉ………。親としては、こんなありがてぇ話はねぇ。友は得難いからな」
「……そっか」
「さぁ飲め! 息子の友へ……感謝の証だ!」
「…………おぉ!」
カイトがニシシっと笑うのは、おじさん譲りで。その笑顔に、あのバカのそれが重なって………少しだけ、胸が締め付けられる。
「おじさんはさ………辛くねぇの?」
「カイトのことか?」
「………そう」
大事な長男が行方不明って、気が気じゃないだろうに……。それに最悪のことを考えると―――苦しくてたまんないと…………思う。
「それがなぁ。薄情だって言われっかもしんねぇけど……今は不思議と………信じきってんだよなぁ」
「信じてる?」
「あぁ。カイトは絶対に生きてる。あのクソ生意気なバカ息子が……たかが邪竜と向き合ったくらいで死んでたまるか。どうせバカみたいに、得意の口車に乗せて……手玉に取ったに違いねぇんだよ」
「……そっか」
「あぁ。ただ、ちょっとトラブルがあって………帰って来れねぇだけだ」
「………うん」
「な? アイツが死んだってより、そっちの方がよっぽど信ぴょう性高ぇだろ?」
「………確かに」
どう考えても、そっちの方がカイトっぽいな……。
それに…………誰も諦めてねぇんだよな。リクも、イルルもハルルも……ナナだってそうだ。俺も、そっちに加わりてぇ。てかそもそも、親友のオレが諦めてどうするんだって話だ……。クソダセェ………。
「お? グイグイいくじゃねぇか。もう一杯いくか?」
「もちろん」
酒でごまかすって、大人はよく言うけど………。
前向きに言や、恥ずかしい自分と向き合うってことなんだろな……。
「なぁ、おじさん………」
「ん~?」
「リクがさ………。泣きながらスゲェ拳で……諦めるなって……」
「ククク……アイツやるなぁ。最高だろ?」
「最高。ホレるかと思った」
「息子はやらんぞ?」
「要らね。ナナにぶっ殺される」
「……ナナちゃん、かわいくなったよなぁ」
「ナナはやんねぇよ?」
「息子の恋人に手を出す親がいるかよ」
「おじさんならありえる」
「ほぅ? オレまだまだモテるってことか?」
「まぁね。でも国王の醜聞……」
「王妃激高……王城倒壊の危機……って、ありえ過ぎて笑えねぇ!」
「確かに!」
ケタケタと笑うおじさんは………本当に楽しそうで。つられて笑って………涙がこぼれて…………俺は生きてるって………生きてていいんだって…………。
「~はぁはぁっ…笑った笑った! あぁ~、クソ楽しい!」
「いいぞクソ坊主! もっと叫べ!」
「俺は諦めねぇぞ! 今日からまた………やってやる! 絶対ぇに……やってやるんだ……。親父を超える! カイトも諦めねぇ! だから………だから……さぁ…………これからも、見てて、くれ、よな…」
「………ったりまえだろ。大事な大事な……クソ坊主だ。目を離すわけねぇ……」
ゴロンと寝転がったおじさんは、オレの視界から視線を外してくれた。
俺の涙を……見なかったことにしてくれるらしい………。
クソかっけぇよ………気づかいできる大人って………。
「なぁクソ坊主。俺も真面目な話するな。お前にちょっとした……いや、面倒な頼みがある」
「………なんだよ。急に」
「まぁ………そのまま聞いてくれ。そう遠くない未来、ヒュム族は国家としては、カイトの捜索を打ち切ることになるだろう。リクが第一皇太子になるはずだ」
「え?」
「国家として、国の安定のため、そうした決断を迫られることになる。ま、大臣どもが煩くさわぐのを、そう長くは封じれねぇってことだ。情けねぇがな」
「でも……諦めねぇんだろ?」
「あぁ。だから頼みがある。既にクルドには内諾をもらってる」
「なに?」
「お前ら、このまま二人で修練の旅に出るだろ?」
「うん」
親父は今、その支度のために家に戻ってる。
「海人族の隠れ里を探ってほしい」
「………カイトの行方について?」
「それもある。けどまずは……問題宗教団体ネオ・アールブ。あの里で、奴らが暗躍してやがる」
「暗躍?」
「あぁ。海人族の豪商、つまりお前の母さんたちからの確かな情報だ」
「わかった。具体的には? 俺は何をしたらいい?」
「ネオ・アールブが禁忌の実験を行ってるって話だ。そしてその資金繰りに、不当な人身売買を繰り返してやがる」
「人身売買?」
「あぁ。そのルートを探り、証拠を握り、組織を潰してこい」
「潰すって……」
穏やかじゃねぇなぁ。
「俺が乗り込んで潰してぇくらいだが……今回ばかりは、クルドとお前が適任だからな」
「親父と俺が?」
「あぁ。ぶっちゃけると、お前を娼館に落とした背後にいたのも………ネオ・アールブだ」
「は? 嘘だろ?」
「本当だ。お前の居場所、その組織について、背後を調べないはずがないだろ?」
「……そっか」
「クソ坊主が自分の意志でそこにいるってんなら見守る―――……そう決めてたんだがなぁ。奴らも周到でよ……調べるのに時間がかかっちまった。悪っ、かった……な」
ググっと肩を組まれて…………おじさんの声が湿ってて………俺の身体からすぅっと……力が抜けていく。
「おじ…ざん……、あり、が……………」
………すっげぇ…………すっげぇ……マジで………どこまでも……どこまでも…………深く愛されてんなぁ……。
この世界に、まだあるじゃねぇか。俺の居場所はちゃんと…………変わらずに………ちゃんとあるじゃねぇかよ………。
「あぁ~、カッコ悪ぃ………涙止まんねぇ……。ちょ、と……待って」
「………おぉ」
「……………ほんと、ありがとう。俺を救い出してくれて………。だからいや、その………おじさんは、親父もさ、悪くねぇ……って、思って欲しい。俺の意志であそこに居たのは…………間違いねぇんだし」
「……ったく、おっさんを泣かすんじゃねぇよ……」
「んなの……お互い様じゃん」
ゴシゴシと袖で目元を擦って…………大きく、大きく深呼吸。
月がぼやけずに………はっきり見えるまで…………ちょっとだけ………沈黙を愛することにしようぜ?
「………もう、大丈夫みてぇだな?」
「うん」
おじさんのおかげだ………なんて言ったら、また泣かれそうだし。黙っておいてやることにするか……。
「ハルル、あと一つ、話してもいいか?」
「いいけど……大事なこと?」
「ぶっちゃけ、まだ迷ってたんだけどなぁ。様子見ながら旅路でクルドが伝える方向だったしよぉ。これを知ったらお前がへこんだり怒ったりして………ヤバいことになる気がしてな」
「へこんで……怒る?」
「でも、大丈夫って言うから……信じて話すぞ」
「……わかった」
「なぁハルル………お前も自分を責めるな」
「ありがとう。でもさ……俺がバカだったのは―――」
「―――まぁ、聞いてくれ。クルドとリクがお前を救い出してすぐ………何人かのバカが、王城に来やがった。そこで初めて知ったんだがな………お前と関係を持ったのは麻薬のせいだとよ。だから怒れる竜人族から守ってほしいってな。まぁ、即、断ったけどな」
「………麻薬の、せい?」
「あぁ。どうやらお前も、薬漬けにされてたらしい。食事や酒に混ぜて……徐々に量を増やして、気が付かないように……ってとこだろう。麻薬で朦朧としたお前に、客をとらせてたんだ。お前の名前で、客を募ってな。実際お前、いろんな屋敷を転々と、毎日のように渡り歩いてたろ? つまりアイツら、お前のネームバリューで、金持ちから大金を稼いでたってわけだ。その相手も薬漬けにしてよ」
「………クソっ」
優しい人もいた。
丁寧に世話をしてくれた人もいた。
それは全部…………商売道具の手入れだったってことかよっ…………。
「だから言ったろ? 悪いのは大人だってよ? でも……汚名は自分ですすげ」
「…………バカだな俺」
大貴族の血筋、救星の武闘家の息子、偉大なる水竜種を授かりし者…………。
その名を利用しようって輩が居ることくらい……わかってたのによ。どうやら俺は、調子にのってたらしい。ちょっと強くなったからってよぉ、これじゃ意味ねぇだろが。まんまと……………まんまとしてやられちまった。
「情けねぇ……」
「違う、だろ?」
「わかってるって………。大丈夫、必要以上に、自分を責めんのは止めた。奴らが喜ぶことは……もうしねぇ」
利用された俺は、確かにバカだ。
でも、それをいたずらに引きずりすぎても、怒りに任せて我を忘れても………もっとバカになる。
それは…………こんな俺を愛してくれてる人をさらに悲しませて………俺を貶めた奴らを喜ばせることになっちまう。
「そうそう、それでいい!」
「……このミスを糧に、ちゃんと成長しねぇと。みんなに申し訳ねぇ」
「……その意気だぞクソ坊主」
「………おぅ」
「あと………情けねぇなんて……クルドには言うなよ? お前を守れなかったって……もっと早く居場所を見つけて……無理やり引き戻せばよかったって……泣いてやがったからな」
「……っ」
親父………悪ぃ。こんなバカが長男で………。恥、かかせちまったなぁ………。それに………傷つけちまった……。親父の、心を…………。
「いいな?」
「わかった」
もう、このことで自分を責めるのは止めだ。
それが親父を後悔から守ることになる………。
決めた。絶対に責めねぇ。
「お前らが旅に出るのは、連中からハルルを引き離すためだ。それと、薬を体から抜いて来い。どんな麻薬かわかんねぇから……ヘンゼルが途中から同行し、お前の様態を見守って、治療にあたるって手はずになってる」
「……うわぁ」
クソダセェ。
初恋の人に……情けねぇとこ見られちまうのか………。きっと、禁断症状はひどいだろう……。
「あと………気を付けろ。相手は方々にスパイを放ってやがる。あ、ここは大丈夫だぞ。黄龍に紅蓮が周囲を警戒してくれてるからな。でも………街を出る時は、無気力に、仕方なく……絶望しながら行けよ。泣く泣くこの里を離れたって芝居しながら出発しろよ?」
「あぁ。相手に旅の目的を悟られないようにするため。そして、俺がまだ、アイツらに未練が―――アイツらの罠にはまる可能性があるって示すためだろ?」
「そういうこと。いざとなれば、お前がエサになって………相手がやらかすのを待つ必要があるだろうからな」
「ネオ・アールブか。それほどの相手だって肝に銘じておく………」
「頼むぜ! あと、これは俺たち夫婦、クルド夫婦、ヘンゼル、そしてお前だけが知ってる極秘任務だ」
「……わかった」
ネオ・アールブ。若かりしヘンゼルさんのことを、巧みに騙してた組織。大和おじさんがこれだけ警戒する位だし………手強いのは……間違いねぇ。
でも……きっちりとリベンジさせてもらう。
他でもねぇ………親父の名誉のために……。
それにアイツら、ひょっとしたらこの世界を救った救星メンバーを、目の敵にしてるのかもしれねぇ………。その作戦の一つに、俺がまんまとハマってたってことかもしれねぇ………。
だとしたら、イルルやハルル、ナナにリクも危ねぇ。
きっちり、俺が片を付けてやんなきゃな。
「……おじさんは、アイツらがカイトの失踪に関わってるって思う?」
「わからん。けど、今回のケースを見るに、アイツらが救星とその子孫をターゲットにしてる可能性はある。なにせ俺とクルド…………教団本部で派手に暴れたことがあるからよぉ。その時の恨みってことで、子どもたちが狙われてる可能性はある。ま、カイトの失踪については他に手がかりがねぇ。少しでも可能性のあるところを探っていくしかねぇんだよ」
「それは同感」
「だろ? あと、ヒュム族国王の名において………バカ坊主を傷つけた娼館の関係者全員に、相応の報いを与えるつもりだ。不当な方法で娼館に人を縛る……誘拐の罪で。いいな?」
………おじさん……感謝しかねぇ。
事を公にして、俺が被害者だって………暗にメッセージを発してくれるつもりなんだ……。
「………一人、見逃して欲しい」
「名前と、理由を」
「名前はわかんねぇ。婆ちゃんってみんなに呼ばれてた。ヒュム族の、白髪の………赤いスカーフを手首に巻いてる人。洗濯や食事の世話をしてくれた恩人なんだ」
「ダメだな。食事に薬を盛ってたのなら同罪だ」
「いや、違うと思う……」
あの人は………俺に厳しかった。
他の奴らが甘やかす一方だったのに。唯一…………口汚くののしって……俺を追い出そうとしてた。それも……必死になって。何回も、何回も………叱ってくれた。
それに飯だって………みんなとは別に、夜食だって言って………吐き気のするクソ苦いスープをこっそりくれてたっけ。
マズいせいで目が覚めたって思ってたけど……あれは多分……麻薬の効能を低下させる薬草類だったんだろうな。
「うん………やっぱ頼むよ、おじさん。あの人は……あそこから俺を逃がそうとしてくれてた。俺がバカで、気が付かなかっただけだ。あの人の優しさに……」
「…………バカ坊主の恩人なら、話は別だな。被害者の一人とみなし、保護する。王城での仕事を斡旋しよう。もちろん、事実関係確認のために尋問はさせてもらうぞ?」
「うん……。恩に着ます」
深々と頭を下げると、クシャクシャっと撫でてくれた。
その感触で、ガキの頃の思い出がよみがえってくる。
「イタズラしてゴメン―――」
「―――次はもっと上手にやれよ!」
反射的に口から出た言葉が、見事にリンクして。
「ぷっ……くくくっ」
「クククッ―――」
「「―――ぷはぁっ! ひぃ~~~! 」」
腹を抱えて地面に横たわる―――そんな俺らを照らした月光が………影絵となって。それを見て、また二人して腹を抱えた……。
「懐かしいなぁ」
「……うん」
愛されてる。
大事に、大事に育てられてきた。
だから俺は、自分を大事にしなきゃなんねぇ。
自暴自棄になるのはもう、絶対止めだ。もっと、もっと………自分を大事にして……自分を大事にしてくれてる人に……恩返し……してぇ。ダセェ自分とは、お別れしなきゃな。大和おじさんみたいな………かっけぇ大人になるために………。
「………ネオ・アールブの件、相当時間がかかるかもしれねぇ。苦労をかける」
「友のために……全力を尽くすぜ。それに………誇りを取り戻すチャンスをもらったんだ。おじさんへの恩は、絶対に忘れねぇ」
「お? クソ坊主が言うようになったじゃねぇか! ま、期待してるぜ? もちろん教団はぶっ潰してもいいが………クルドが怒り狂って最悪の場合………」
「………わかった」
俺は、親父の暴走ストッパーでもあるってことか。
「クルドのこと、頼んだぞ?」
「わかった」
「あと、もっと話せよ。旅の間。お前に起きたこと、ちゃあんと受け止めてもらえ」
「…………努力する」
全部、包み隠さず話せる気はしねぇけど………。
俺はもう大丈夫だってわかってもらえるように、大事なことは伝えないと……。
「じゃあ、その練習すっか?」
「え? なにその笑顔。キモいんだけど?」
「まぁまぁハルル君、そう言うなって」
「君って……」
「それでぇ? 坊主の……初体験は? どうだったんだぁ? ん?」
「うわ……おっさんのセクハラマジ厳禁」
ドン引きなんだけど?
「ケチケチすんじゃねぇよ………。クソ高い酒の肴を提供しやがれ!」
「………はぁ」
酔っ払いマジ酔っ払い………。
「で? どうだったんだ? んん?」
「……どうって言われても…………」
初体験………。
雨の中、弱ってた俺を匿ってくれたあの人……。今思えばあの人も、娼館の関係者だったんだろうな……。
でも………、うん。
「綺麗な人たち、だったよ」
優しかったし。
「……たち?」
「うん…………」
「おま、まさか―――」
「―――内緒。さ、こんなもんでいいだろ? 飲も飲も!」
思い出は、大事にとっとくよ。
「…………ハルルよ、いいかよく聞け」
「ん?」
「今の話は、墓まで持ってけ。海人族の基準はゆるゆるだけども………そんな武勇伝をねたむ種族の多いこと多いこと、山のごとしだぞ?」
「………わかった」
なんだろ、この異様な説得力。
グググっと掴まれた肩に込められた力が……おじさんの思いの強さを物語ってるし…。
体験談ってことか?
てかおじさんの失敗話、聞いたことねぇな。
「あと、カイトには絶対に言うなよ? アイツのアンチイケメン信仰は……闇が深ぇぞ」
「………了解」
確かに。
これだからイケメンは困るのであるからして―――から始まる恋愛説教が一時間は続くこと間違いなし、だな。
もっと一途に、恋愛に向き合ってちゃんと生きろって………ドヤ顔で説教してくる童貞マジウケるって………言わないようにしよう……。火に油ってやつだな、間違いねぇ……。
はやく………会いてぇなぁ…………。
「ほら、飲め飲め!」
「おぅ! てか……おじさんは? 恥ずかしい話ねぇの? 十や二十はあるんだろ?」
「ほぅ? お前、俺にその手の話を聞いちゃう?」
「いいじゃん。俺も話したろ?」
「ま、そうだな。う~ん………あんま刺激が強ぇのもダメだろうしなぁ……」
「刺激って」
「そうだなぁ~。なぁにせ俺様はよぉ……救星の勇者様だからなぁ………。モテモテだからもうそりゃあ……ぐふふふふ……ぐふっ」
ニヤニヤって、こんな顔なんだな……。
俺は止めとこう。絶対に。人前でニヤニヤすんのは…………恥だ、恥。イケメンの恥……。
「オイ、そこのクソ勇者。息子になに教えようとしてやがんだ?」
「………性教育?」
「参考になんねぇだろうが、お前のは……」
「ならお前がちゃんと、話してやれ。で、しっかり聞いてやれよ」
「………っせぇ、そのつもりだ…………。さ、行くぞハルル」
「おぅ。あ、おじさん、サンキュ!」
「いいってことよ。ほら、忘れずに持ってけ。餞別だ!」
「………マジで!? 最高っ!」
「おう! ま、証拠隠滅~ってことで」
銘酒ラグナロクが………なんと二本。
飲みかけの酒瓶の方を見て………親父が天を仰いだ。
「大和。息子が世話になった礼に教えてやる。さっき王妃に挨拶に寄ったが…………ラグナロクが消えたって大騒ぎになってたぞ…………」
「………俺もお前らと一緒に行こっかな」
「バカか。俺らを巻き込むんじゃねぇよ。ま、言い訳、頑張れよな」
「………おぉ」
ニシシっと笑う親父とおじさんが………昨日よりずっとずっと………大きく見える。
「なぁ…………ハルル、クルド………。頼む」
「わかってるって!」
「………水くせぇこと言うんじゃねぇよ。黙って………待っとけ」
「……だな」
互いの照れ笑いを隠すように……ふと、陰りのさした月光。
まるで満月から降り立ったように……ふわりと美しい人影が………。いや、違う。人じゃねぇ。背中の羽……それに眩い頭上の輪……。つまりコイツ………本物の天使か?
「あんたは……」
「えぇ。我が名は大天使ガブリエル………。救星の勇者大和よ、久しいな」
「………あぁ」
美しい………。息を飲むほどに………神々しい。
触れるものすべてを浄化するような………清廉さをまとってる……。疑いてぇ話ではあるけど………大天使ってマジでいるんだ………そう有無を言わさず信じさせるオーラが、確かにある。
「今度は何用だ? カイトのことか?」
「いや、そうではない」
「なら―――」
「―――安心するがいい。クルド、そしてハルルよ。カイトを探し求めんとする汝らに、大天使から一時の加護を与えん」
「加護?」
「あぁ。汝らに悪意を向けし者を察する加護、汝らの心を蝕まんとする甘言を厭う加護なり」
「そいつはありがてぇが……」
「あぁ。親父の言いたいことはわかるぜ。なぜ、正神教の信者でもない俺らに?」
「カイトには恩がある。大天使はそれを永久に忘れぬ」
「……カイトに?」
「まぁ、気にするな若者よ。今ここで我と会ったことは、すぐに忘れてしまう故に」
「え?」
静々と……小雨が落ちてくる。
濡れちまうなぁと思った瞬間……親父は駆けだして。
「行くぞ!」
「おぅ!」
「気を付けてな!」
「「おぅ!」」
その背を追いかけながら、頭をよぎるモヤモヤに………心まで捉われる。
「なぁ親父、なんか今―――」
「………ん?」
「―――いや、なんでもない」
「そっか」
………縮まらない。
そう考えてた自分を否定するために。
偉大な救星の隣に並び立つために、両脚に力を込めなおす。
「………な、なぁ…………。親父………」
「……なんだ?」
握り締めたラグナロクに、勇気を貸りて……。腹を括る。
………まず何から話そうか。
今日もありがとうございました!
【20230611 誤字修正】




