ナナの覚悟(閑話)
リクの恋人、ナナちゃん視点です。
ほんの匂わせ程度ですが、ちょっとだけ雰囲気があれな部分があるので、ご注意ください。
ふにゃりと、眠りに落ちてる恋人。
その胸板から離れるのは……やっぱりなんか………………嫌。
でも、今のこの気持ちを残したくて………ベッドサイドの引き出しを引きたくて。
たった、数センチ。数秒。
でも……彼の胸元から離れがたくて……かれこれ二十分も葛藤してるなんて………。
「三秒以内」
頬にキスを一つ。
ようやく踏ん切りをつけた心が負けないうちに、胸板から離れて。ガサゴソと………日記を取り出す。
「………懐かしいな」
厚めの日記を捲れば……呆れるくらい…………リク君の名前でいっぱい。
「……出会う前から、書いてあるんだよね」
人生に初めて、リク君が登場した日。
でもそれは、リク君に会う前のこと…………父さまから聞いたの。大和おじさんのご子息……リク君のことを。
日光はポカポカで……お日様は明るくて、温かくて……やっぱりポカポカ。
雨の日も悪くないけど、やっぱりナナは晴れの日が大好き。ポカポカして、気持ちいいから。
でも、そんな日を大嫌いな人がいたの。あ
ううん……ちょっと違うかな。大嫌い、どころじゃない。
苦手?
相性が悪い?
辛い?
初めて聞いた時、ナナにはよくわかんなかった。
でも、ナナの大好きなものを嫌う人って認識だったの。
それが、リク君。
信じられなくない?
自分の好きなもの、好きなことって、他の人にも認めてほしいよね?
だから、父さまから初めてその話を聞いた時、会ったこともないのに、リク君とは仲良くなれないなって思った。
でも、ナナはわかってなかったの。リク君は日光が嫌いとか苦手とか……そんな次元じゃないって。
リク君は、日光がダメなの。
日光で……怪我をしちゃうから。皮膚が火傷したり、発心が出たり、呼吸ができなくなったり…………最悪ショックで心臓が止まる場合もある深刻な病なんだって……わかってなかったの。
二重症―――両親から特性が引き継がれた子どもに起きる……稀な症状。リク君は闇属性をご両親から引き継いで……光への耐性が極度に低くなったんだって。
リク君も、子どもの頃はさほど症状がひどくなかった。でも、成長するにつれて………引き込もるようになったの………。暗い部屋の中で、日光を避ける生活………。
けどね?
そんなリク君だから……私の王子様になったの。
海神族は音楽に秀でる。歌や演奏、踊りに秀でる。
でも、ナナはダメだった。
お姉ちゃんたちみたいに、上手に演奏できなくて……。そんなナナに、リク君は笑顔をくれて。伸びしろがいっぱいあるって、竜人族なのに体が弱い僕と同じだって、一緒に頑張ろって……手を握り締めてくれたの。
うん………単純でしょ?
その言葉を信じたから、ナナは頑張れた。
でも、簡単には成長できないもの。
お母さまには……演奏に魂が籠ってないって………………叱られてばかり。
わけわかんないよね?
うん………ナナは、わかんなかった。
一生懸命、演奏してるのに。
曲のメッセージも、作曲家の背景も全部……………ちゃんと覚えたのに。
全部全部…………理解したのに。
ナナには、込められないの…………………魂を。
それは、不確実な感覚の世界。
でも、母さまの演奏を聞くと………よくわかる。母さまの演奏には、確かに魂が込められてて……………ナナの演奏は空っぽだって。
どうやって込めたらいいんだろ?
演奏に魂を込めるって、どうすればいいの?
譜面にあることを表現するだけじゃダメなの?
ナナには………………ナナには…………わかんなかったの。
うん。
わかんなかった。
でも、母さまは教えてくれた。
父さまに恋をしてから、世界が変わったって。
浮気性で、エッチで、とってもだらしないけど。父さま……救星の武闘家は…………ナナから見てもカッコいい。
そんな父さまと過ごした時間が…………甘酸っぱい思い出が…………曲と自然と重なると………魂がこもるって。
だからナナは、王子様を探してた。
ずっと………ずっと探してた。
そして………出会ったの。リク君に。
もちろん、素敵な人をたくさん、たくさん、いっぱいいっぱい探して…………考えた。
リクくんより素敵な王子様がいるのか……。
結局、いなかったんだけどね。
素敵な人は、たくさんいたのよ? まずはリク君のお兄ちゃん、カイト君。でも…………私のことが好きっぽいのに、好きって言ってくれない人。ずっと………ナナを一番にしてくれない人。
あと……カイト君が召喚した光の帝位精霊―――……アーサーとガウェイン。
この二人もイケメンだけど、ナナを一番にはしてくれない。二人はいっつも、カイト君とリク君のことが優先だから。
あと……あとね。ナナに好意を向けてくれた人も……いっぱい……いっぱいいた。
アカデメイアの同級生に、先輩たち。
ナナのことをかわいいって、好きだって言ってくれるけど………王子様には程遠い………………エッチィ視線ばっかり。
なんで男の子って、胸を見るんだろ?
太ももに見て………ニヤニヤするんだろ?
ちょっと遠いところで笑いながら…………エッチぃランキングとか言うんだろ?
………………ナナにはわかんない。
……うん。
でも………わかったの。彼らは王子様じゃないって。
そして……うん。よくわかったわ。そういう言葉や視線に触れると、リク君がいかに王子様なのかって……。
ん? なぜかって?
それにはちょとだけ、思い出語りが必要。
ナナ、子どもの頃に……二重症に苦しむリク君の部屋にこっそりと通ってたの。深夜、陽の光が差し込まない、月光も差し込まないような………………本当は遊んじゃいけない時間帯に。
ある夏の夜。いつも通り忍び込んでみたら…………魘されてるリク君がいて。
その手を取って……囁いたの。
「死なっ……ないでっ」
汗一杯で、意識もうろうとした表情で……苦しくてたまらないはずなのに………リク君は、笑ってくれた。
ニコッと……嬉しそうに……。
あの汗だくの笑顔は…………一生、忘れられない宝物。
ナナが居るだけで誰かが喜んでくれる。心の底から安心してくれるなんて………初めて知ったから。
それに……………どんな辛いときだって、例え死にそうなくらい辛いときだって………ナナのために笑顔をくれる。
王子様って、きっと……お金があって、余裕があって、笑顔いっぱいでイケメンな人。
でも、ナナの王子様は、ちょっと違うの。
苦しくて辛くてボロボロになっても………ナナを見ると喜んでくれる人。それが………ナナの王子様。
「ナナちゃん……どうしたの?」
「起こしちゃった? ゴメンね?」
「全然平気だよ」
優しい笑み………。
真っすぐで優しい瞳…………。
ナナに寄り添うために起こしてくれた……たくましい上半身。
綺麗な腹筋……そして捲れたシーツから見える鍛え抜かれた脚…………。
全部………全部…ナナを愛してくれた…………。
「それ……日記?」
「うん。リク君との思い出、書いておきたくて………」
「思い出って………さっきの?」
「それはまだ! もぉ………リク君のエッチ」
「う~ん……そうかも?」
ニシシって笑うその顔が好き。
端正な顔が……ナナのために崩れる瞬間が………大好き。
頬にキスをくれる前の……優しく緩む頬が大好き。
「………余裕なくてさ……。その……ゴメン」
胸元からお腹を、優しく撫でてくれる………あったかい感覚に………感情が追い付いていく……。
「辛くない?」
「…………うん」
そっと、背中から丸ごと……包み込んでくれる。
太くて、ゴツゴツしてて、ギュってしてくれる両腕も力強くて………あったかい。
安心ってきっと、自分を求めてくれる人のことだって……リク君が教えてくれたの。
「リク君……」
「ん~?」
首筋にキスをくれる……そんな甘さに、つい笑みが溢れちゃう。
「ごめん、ね……」
こんな時に、返事してゴメン。
弱ってるリク君に、つけこんだの。
カイト君の情報を探して……見つからなくて………世界を飛びまわっては………顔をこわばらせて帰郷する。
それを永遠と……壊れたように永遠と繰り返すリク君を…………見ていられなくなって。
深夜……精霊の力を借りて王城に忍び込んで………ボロボロと大粒の涙を零すリク君を…………抱きしめたのが、二時間前。
そっと抱きしめて…………甘いキスを交わして…………。
「俺の方こそ……無理させてゴメンね?」
「……っ」
そっと、首を捻る。
リク君の首筋に、甘く噛みつきながら………深く、息を吸う。
この熱を、この感触を、この気配を、この罪を全部………忘れたくないから。
仕返しとばかりに、ムギュっと抱きしめてくれる。アムアムって……笑いながら甘噛みをくれるリク君は…………うん。私の……私だけの王子様。
「リク君………」
「ナナ…………」
…………言葉なんていらない。
瞳を見れば、なにを望んでるかわかっちゃう…………。
だってほら……リク君が求めてくれるし………………重くのしかかる体が………色んなことを教えてくれるから。
厚い胸板と、心地よい拘束感が………伝えてくれるから。
病弱だったリク君が、病を克服したってこと。冒険者として確かな成長を遂げつつあるってこと。
…………ナナを愛おしいと…………思ってくれてるってことも………。
熱いリズムが、眉間の皺と……したたる汗とが相まって…………愛を伝えてくれる。
余裕のない表情と………堪えきれずに零れる声。それを噛み殺すように硬く結んだ唇も………緊張したままの肩も………愛おしい。
ごまかすように深められるキスと…………愛してるって……魔法の響きも…………愛おしい。
幸せって…………胸を締め付けるの。リク君を抱きしめて……逃せなくなるの……………。
「……行ったね」
「…………うん」
王政は、醜聞と表裏一体。
王城にあるリク君の私室。そこを探る間者の気配が、遠のいていく……。
父さま、そしてその政敵たる貴族、大和おじ様の政敵のところにも…………今ごろ、報告に向かってるはず。
「俺、クルドおじさんに殺されそう……」
「……そこは、頑張って?」
「………ん」
頬の汗を拭えば、甘いキスが頬に一つ。
そのまま首筋に降りていく刺激に………思わず笑みが零れちゃう。
「どうしたの?」
「んっとね………きっと大和おじさんは笑うんだろうなぁって思って」
「……かもね」
ヒュム族の皇太子が、竜人族の貴族にある娘と、婚前に契るなんて………。
前代未聞の大問題。
そんな大事を、品行方正で真面目なリク君が起こしたなんて………きっと大声をあげて笑って…………褒めてくれるに違いない。
「父さまもきっと、怒る振りして喜んでくれるよ?」
「それは………どうだろ?」
眉間に皺が寄ったリク君は、きっと、父さまからの小言を思い出してるんだと思う。
「いざとなったら、戦って勝てばいいのよ?」
「救星メンバー……クルドに? 俺が勝てると思う?」
「勝つまで戦えばいいと思うの」
「……だね」
クシャっとしたかわいい笑顔で…………一つ、わかった。
リク君はきっと…………
「んっ………」
甘く痺れる頭の奥でも…………予感って……………確信に変わるもの。
父さまと戦うことよりも………リク君には怖いことがある。
それは間違いなく………カイト君。カイト君が、見つからないこと。それ以上の恐怖なんてない………だからこの世界に怖いことなんてない…………。リク君は………狂気に身を落としかけてる……。刹那的で……破壊的で………重苦しい世界へ……。
自分が傷つくことなんて厭わずに………ただただ……カイト君の影を追いかける毎日……。心も、体も、ボロボロになりながら…………弱音を吐かずに…………ずっと探し続けてる。
でも……………誰も、言ってあげられないの。
もういいんだよって………諦めていいんだよって。
………………うん。
みんな、わかってるから。
きっとリク君は………生きていけないんだよね?
カイト君が居ない世界で……………リク君は生きていけない…………。生きていても仕方がないって………心底、思ってる。
うん……諦めなくていいの。
ただね…………。ナナも、ナナも……………加えてほしいだけなの。
私も、理由にしてほしい―――………それだけ。
………リク君が生きる理由に、私はなりたい。
だって……………王子様に愛されるって………そういうことだから。
王子を愛するって…………そういうことだから。
「っ……っはぁ……………はぁっ」
荒い呼吸……弾む胸板………紡がれる甘い吐息………………。
この瞬間、ナナは…………全てリク君の。リク君は………ナナの全て……。
カイト君よりもきっと…………。
でも………………なんで?
なんでこんなに………切ないんだろっ……。
「ナナちゃん? どっか痛い?」
「………平気」
「でも―――」
「―――違うの。嬉しくて……ね?」
「…………」
リク君が好き。
リク君も、ナナが好き。
でもカイト君を超えられない。ナナも…………リク君も。
でも…………カイト君を憎めもしない。ナナも………リク君も。
だって……カイト君は、カイト君は―――
「早く、見つかるといいね」
「うん」
―――世界の救星者。
名もなき英雄。
カイト君抜きに………今の世界はない。
ナナとリク君の今も、この感情も記憶も全部…………ないの。根治不可能って言われてた病を治してくれたのもカイト君だから……。
文句も、ありがとうも………いっぱい、いっぱい言いたいの。
だから早く………帰って来て。
「好きだよ」
「………ナナも」
世界を窮地に追い込むのが、悪役の仕事。
世界を救うのが、王子様の仕事。
なら……お姫さまの仕事は?
そう………王子様を愛するお姫さまはいつだって………………待ってる。それが物語の王道。
…………でもね?
ナナはそんなに、か弱くもないの。
だから……ただ待つだけなんてほんとは嫌。リク君と一緒に……カイト君を探しに行きたい。
でも、リク君は望んでる。気が付いてないのかもしれないけど………ナナにはわかる。
ナナがどこにも行かないことを………ナナがこの街に居ることを………。これ以上、誰かを失うのには耐えられない―――……そんなリク君を守るために……。
だからこれは……小さな抵抗。
そっと背中に爪を立てて……時を縫い付ける。無防備な王子様に……傷を………思い出を刻むの。
前を見る時は、カイト君を探してていいよ? 私のことなんて、思い出さなくていい。疲れて、傷ついて、ボロボロになっていいよ……。
でも……限界が来た時には……背中を見ていいんだよ? その時は……ナナだけを思い出して……帰ってきてね。真っすぐ……まっすぐここに……来てっ……。
リク君の傷は全部、ナナが癒してみせるから……。
悲しみを一緒に……背負ってみせるから……ね?
今日もありがとうございました!




