第57話:讃美歌群唱
五賢帝。
兄さんの眷属にして、いずれも有名なダンジョンを開いている偉大なる神々。
その五柱のなかで―――……お前は誰推しか。ヒュム族が酔っぱらうと話題にする問いに答えるとすれば、俺は―――
「ツクヨミ様。挨拶が遅れて申し訳ございません。ご無沙汰しております」
―――目の前のこの女神の名を挙げる。
透明感のある肌を覆う羽衣は純白……それゆえに人目を引く漆黒の扇子。
そして―――思わず息を飲んでしまうほど美しく長い髪もまた……混じりけのない純黒。
アジア系美女と、この女神を始めて見た時、兄さんは騒いだに違いない。
全てを見通すような視線の鋭さを生む大きな瞳も、また黒く美しいのだから。
正直、どストライク。
もちろんナナちゃんひと筋、だけれども。大好きな恋人と推しは、同一人物でなくてもいい……よね?
「ようこそ、地上へ」
「……(久しい)……」
偉大なる無間系の女神。神威は抑えていても……その存在感と圧は、すさまじいものがある。
ツクヨミ様の強さを察してか、ジェイも固唾を飲んで見守ってる。
………無理もない。
無間とは、闇の領域。
ツクヨミ様が統べておられるのは、数ある闇の領域の中でも……最も忌避されている場所。
冷たく……暗い。
悲しくて……脆い場所。
生命のぬくもりのない……淀んだ世界。
「……(元気?)……」
「はい!」
常に口元に扇子をあてて、ボソボソっと話すツクヨミ様の笑顔は、レア中のレアとされている。
けれど、ダンジョンでは時折、笑顔を披露されるのだとか。眷属たちを労うために。
俺も見てみたいなぁと思いつつ………そこまで親しくなれてはいない。ほとんど接点もなかったし。
なにせ、ツクヨミ様はとてもお忙しい御方だと、あの多忙を極めるロココさんが言ってたくらいなのだから。
五賢帝の一柱として、神殿に引き籠ってダンジョンの管理業務を担ってくださっている。
それに加え、初代帝王として、煉獄でのイベントに企画から関わっておられるらしい。そして……煉獄の隣にあるサファリパークで動物たちのお世話をなさっているとも聞いている。
煉獄とサファリパークの運営は自分の趣味だと公言なさっているようだけれど……お忙しいことに変わりはない。
だからこそ、意外なんだ。
ツクヨミ様が、地上に降臨されたことが。
発見―――……そうおっしゃっていたけど。
よほどのこと、なんだろう。
「リク……知り合いか?」
乾いた唇を軽く舌で潤して……ジェイは唾を飲みこんだ。
緊張してるんだろう。ツクヨミ様が纏う………死の気配に……。
「うん。兄さんのことを大切に思う偉大なる御方ってとこ」
意識的に笑いながら伝えれば、ようやくジェイは警戒を解いた。
「つまり……女神様か?」
「……(正解)……」
扇子で隠された口元が気になる……。目元から感情が読み取れないせいで、発見が朗報か凶報か判断がつかないせいだ。
「申し遅れました。我が名はジェイ………以後、お見知りおき願います」
ジェイが片膝をついて黙礼した瞬間……ツクヨミ様がペコリと頭を下げた。
「その……偉大なる女神様が……何の御用でこちらへ?」
問いの答えに、みなの意識が集まる。
「……(影法師発動)……」
答える代わり、なんだろうか。
舞台を暗闇が覆い……そこから影人形が生えてきた。
「………すげぇ」
「うん」
膝下くらいの影人形が複数……そして村らしき建物や広場を、影が生み出していく。
「……(真相)……」
なるほど。
「影人形劇で、我らになにかを教えてくださるのですね?」
「……(正解)……」
感情のない表情……。
今から始まるのが喜劇か悲劇なのか………判断がつかない。
「まさかここは……」
「ジェイ、心当たりがあるの?」
「あぁ。故郷の琥珀村だ。あの広場と水場に……教会。畑の位置も……間違いないぜ」
隣に居るマリアも、同意するように何度も頷いてる。
そして……なにかに怯えるように………自分を抱きしめて……。表情を曇らせた。
「でも……ここにあった古民家と村長の家がねぇ……」
「つまり……ジェイの記憶と相違点があるわけだ」
「あぁ。村長の家は村の創成期からこの場所にあったはずだぜ」
「ならこの村は……ジェイが去った後の様子を再現してるってことか」
「………(正解)………」
それはつまり……マリアの身に何があったのかを辿る物語になりえる。
その場に座り込んだマリアは、静かに……なにかを願うようにツクヨミ様を眺めている。
「誰だぁ……コイツラはよぉ」
ジェイの口調が……オラオラ系に。
なにかにイラついてる……そんな感じだ。
ジェイの疑問に答えるように、影人形に名前が浮かび上がる。
広場の中央にいる少女のような服装をした影人形には……マリアの名。
そして……ローブの集団。十三体の影人形が……マリアを囲み、膝をついた。
まるで―――
『神、にされたのよ……私』
―――そう、神のようにマリアを崇めている。
「クソっ……コイツら、ネオ・アールブじゃねぇかっ」
吐き捨てながら……ジェイは地面を叩いた。
それを合図に、影人形の動きが速くなる……。
三倍速ほどで事態が進んでいく様子を見つめながら、マリアは涙を流し……ジェイは握り締めた拳から……血を零した。
『最初は、些細なことだったのよ』
ポツリと、マリアが口を開いた。
『よくある話でしょ? 雨が降りそうだね、とか。怪我に気を付けてね、とか。荷馬車が着く頃よね、とか。今年は収穫量が多そうよね、とか……。ホント、誰もが口にする会話が、たまたま、何回か的中したの。本当に、何気なくいった言葉が……たまたま……。だから別に、私じゃなくても良かったのよ。本当にたまたま……私が選ばれただけ』
ローブ姿の影人形は、まさにマリアの言葉を証明するように……村人へ働き掛けている。
『気が付いたときには、遅かったの。村人、そして周辺の集落にも……彼らは噂を流した。何度も、何度もじっくりと……人々に語り聞かせていたのよ。時に市場の井戸端会議で、時に夜の酒場で、時に診療所で………時に集落の祭りで………時間をかけて。そうして彼らは、信じさせた。私が現人神だと』
……なるほど。
広場の中央に立つマリア。
それを取り囲むローブ姿の影人形。
さらに彼らを取り囲む村人たち。周辺の集落も含めて五百人ほどが……マリアに祈りを捧げている。
「マリアはよぉ……ガキの頃から体が弱くてなぁ」
次の語り手は……ジェイ。
噛みしめてた唇を緩めて……ボツリと言葉を紡ぎ出した。
「アイツも、アイツの父ちゃんや母ちゃんも……いっつも村人に頭を下げてばっかりでよぉ。娘が迷惑かけるって……薬を譲ってくれって……何でもするからってよぉ」
時は少々、遡るらしい。
影人形も語りにあわせて……小さな少年を舞台に登場させた。
少年はマリアの家に向かい……途中で同じ年頃の少年たちとケンカを始める。
五体一では勝負にもならない。一方的に殴られながら、それでも少年は立ち上がる。彼らが呆れて立ち去るまで。何度でも、何度でも……。痛みを堪えるように腹を抱え、膝を振るわせながら……。
そんな影人形を見つめながら、マリアはどこか懐かしそうな、それでいて悲しそうな笑顔を携えて。……そっとジェイの隣に腰掛けた後、その肩に……寄り添った。
「俺様は……なんっっにもできねぇガキだった。それどころか……アイツに迷惑かけてばっかりだったんだ」
マリアはそれを否定するように……何度も左右に首を振る。
影人形の少女マリアは、傷の手当てをして。少年ジェイがうっとおしそうにその手を払いのければ、負けじと腕を掴む……。根負けしたのはジェイ……不貞腐れたような顔で、でも少し照れたように頬を緩ませて……黙ってマリアの手当てを受けている。
「今ならわかるぜぇ……。俺様は……嫌いだったんだ。やれ迷惑だとか、働き手が足りねぇとか文句ばっか言ってよぉ……マリアと家族に頭を下げさせる村の奴らが……憎かったんだよなぁ」
乾いた笑いを、マリアが見つめる。
触れられないと知りつつ、でもそっと……ジェイに手を重ねながら。
「ツクヨミ様。病気がちの人に役割を与える風習は、この星にも?」
「……(正解)……」
やっぱりか。
どうやら宇宙は違えど……同じような現象は生じるらしい。
「どういうことだぁ?」
「病気がちなのは、神が特別な力を与えた反動だと信じたり……理解できない存在―――神や天使、悪魔に憑依されているからだと信じたりしてさ……」
狐付き、とかが有名な現象かも。
精神が安定しないのは狐に憑りつかれているからだと信じて……その人を隔離する。
なかには、その人を媒介として狐の特殊な力を借りようと……雨ごいや豊作の儀式を行う集落もあったとか。
そう。
この話を始めて聞いた時、病んでいるのは周囲の人の方だったと、俺は思った。
もちろん彼らに悪意があったとは言い切れない。精神が安定しない状態を理解しようとして、生み出された言説だとは理解できるけれども……。
とある状態に名前を付けることで理解した気になり、その名前に関わる役割を当人に付与することで、自分とその人の関係性を―――関わり方を決めてしまう。安定した日々を過ごすために……。
マリアのケースも、同じだ。
ネオ・アールブは、病弱で予言めいた言動を根拠に、マリアに現人神と名付けた。
つまり、マリアの役割を……神と定めたわけだ。
そうすることでマリアと村人の間に、信仰する―されるという関わり方を生み出した。
「リク……こいつらは……マリアを神に仕立て上げやがったってことだよなぁ?」
「うん。そしてマリアに信仰心を集める状態を生み出して……」
「………(不当)………」
「えぇ。俺もツクヨミ様と同意見です。ネオ・アールブの奴らは、マリアを仕立て上げた。神樹に不当アクセスした当人に。神罰を受けるのはマリアってことにして、信仰心を使って自分たちの願いを叶えようと企てた」
「………わっかんねぇ。けど……つまりコイツラはよぉ……テメェらの安全を確保しながらよぉ、自分たちの願いを叶えようとしやがったってことだよなぁ?」
「……(正解)……」
発見、とはこれか?
神樹への不当なアクセス……そのカラクリを見つけたってことなんだろうか。
「リク……すまねぇな。冒険者に戻るって話は待ってくれ。俺様はっ………コイツら、をっ…………許せ、ねぇ」
感情を押し殺す。
冒険者の世界に身を置き、修練を積んだ者が必ず学ぶ教えだ。
感情に振り回されては敗北する。この点について、先人たちの教えはみな、一致している。
ジェイも、その教えを授かり、実践してきたはずだ。
だからこそ、我を忘れずに堪えていられるんだろう。
心の中ではきっと………復讐心が生み出す暴風が、全ての良心を破壊しつつあるだろうに。それを押し殺して……ただ、唇を噛みしめている。
「協力する。ヒュム族が王大和の息子……陸人の名にかけて」
マリアの痛み以上の罰を……絶対に………。
「……恩に着る」
「いいよ。友のために戦える自分を誇りに思うから」
互いに重ねた拳は、思ったよりも力が籠っていて。
ちょっとした痛みが、冷静さとわずかな笑みをもたらしてくれた。
「……(冥界で討伐)……」
「えっと、外宇宙の神々を、ですよね?」
「……(正解)……」
「あっ、まさか冥界で何かを発見したんですか?」
「………(死者、コイツ)……」
影人形―――ネオ・アールブの一人が、大きくなる。
今は亡きコイツが、その死者ってことだろう。
「なるほど。つまりコイツから、カラクリを聞きだしたと?」
「……(正解)……」
そっと……ツクヨミ様が手を差し出す。
それを握ったのはマリア……そしてジェイ。
「―――っ!?」
扇子を口元から外して……ツクヨミ様は微笑まれた。
「我が名はツクヨミ……死を司る女神にして罪人の穢れを見定める地獄の審判なり」
舞台に広がっていた影が全て……扇子に飲みこまれていく。
「汝、マリアに問う」
『はい』
「え?」
動揺したジェイの手を、ギュッと……握り締めて。女神は……視線を鋭くした。
「汝の魂は穢れないと誓えるか?」
『……わかりません』
「おぃリク、ツクヨミ様は―――」
「―――ジェイ。大丈夫。黙って……見守って」
「……おぅ」
「魂の揺らぎを確認………汝の正直さに敬意を」
『もったいないお言葉……痛み入ります』
「では問おう。眷属となりて、我に尽くす覚悟はあるか?」
『眷属? 排斥者の私が?』
「禁忌と言えば禁忌。だが問題ない。先例のあること」
兄さん……グッジョブだよ本当に。
うん。
尊敬する……心から。
『私に何ができるのかはわかりません。でも罪を償う機会を頂けるのであれば……精一杯お仕えします』
泣き顔は、どこかに消えたらしい。
決意の込められた瞳に……もう陰はないのだから。
「契約はなった。その証を授けよう。褒美も添えて」
ツクヨミ様の放った神威が………マリアを包み込む。
それは、ほんの数秒の出来事。漆黒のオーラが人型に姿を変えるまで……ほんの数秒。
「頼むリク……説明してくれっ」
人型の影を見つめながら涙を堪える友。
そんな彼を、優しく見つめるマリア。
そっと両手で挟んだ頬に………優しい風が届けられる。愛してると……言葉を携えて。
「ジェイ、マリアを想って。ツクヨミ様は今、奇跡を起こそうとなさっている」
「……嘘、だろ」
ジェイは今、期待してる。
眼前にある影が―――マリアではないかと。
「日暮れ時から……太陽の居ぬ間。影が汝の肉体を構成する。毎夜、必ずそれは果たされる。今はそれで我慢して」
その言葉の終わりまで、はたして二人には聞こえていたかどうか。
生前のように、まるで本当に生きているように。眼前に現れたマリアを、ジェイは熱く抱きしめて。
無言の視線を合図に交わされた……深いキス。その熱は外界を全て飲み込んで、二人きりの世界を生み出しているようだから。
「……(帰還)……」
あっ!?
今、ウインクしました……よね?
「ありがとうございました!」
影の中に消えた女神には………聞こえたのかな。
ジェイとマリアの……歓喜の声。
そして……空の声。
夕陽を背に舞う、数千の天使。
彼ら讃美歌は今、二人を祝福するためだけに……惜しみなく………。
今日もありがとうございました!




