第52話:祭りの直前
急転直下―――まさにこの言葉がしっくりくる。
今日は朝から大混乱だった。最大で五百人のエントリーが、締切段階で三百人になってたせいで。つまり、二百人ほど辞退があったわけだけども。どうやら、そのうちの大半が、協会関係者の権力争いによるものだったらしい。立場を利用してエントリーを取り下げさせたり、勝手に他人のエントリーを取り下げたりしたおバカがたくさんいたせいで、受付が大パニックに。エントリーしたはずなのに、自分の名前が名簿にないと訴える被害者から、救済の申し出がわんさか届いて。その対応におわれまくってた。
そのバタバタが落ち着いたのは、ジェイのキス祭り開始三十分ほど前。
管制室でモニターをチェックしてた俺の頭痛は、どうやらこれからがピークらしいことを悟る。ノーチェックで訪れた……予想外の来客のせいで。
そもそもの発端は、会場の外。
このお祭りに便乗しようとする商人が、会場周辺で独自イベントを開催したせいだ。朝市のように新鮮な鮮魚や屋台が登場すれば……負けじと動いた団体あり。
そう。正神教。こちらも教会関連グッズ―――ジェイのコンサート衣装やミサグッズを売り始めたわけで。
気が付けば両者が、西と東に分かれて、たくさんの店を並べてた。
それぞれ陣地に客を引きこむように、積極的な呼び込みと猛烈なセールを展開。それに魅かれた人の波は、両サイドを巡回するように会場を取り巻いて……巨大なうねりを生み出した。
数万もの人が会場と周辺に集まったわけだから、当然、トラブルも起きる。
簡単なケンカ、ちょっとしたスリやぼったくり、肩がぶつかっただの、物をどっかに忘れただの、迷子だの………。会場の警備担当だった兵隊に、次々と相談や仲介の依頼が舞い込んで………気が付けば、会場への入り口は深刻な人手不足に。
その隙をついて………まずは西側ゲート。美しい長髪を風に遊ばせながら……悠々と会場への道を闊歩する美女がひとり。
時を同じくして、東側のゲート。スーツに眼鏡姿の美女がヒールを鳴らして、悠然と会場への道を歩む。
さらには上空。会場のマウンド辺りをめがけて、そよ風のように舞い降りる天女の姿あり。優雅に着物を着崩した美女は、心地よさそうに会場の視線を集めた。
その結果、今、管制室のモニター前で頭を抱える俺………爆誕。
西側ゲートからの来訪者は、大天使ガブリエル様。
東側ゲートからの来訪者は、美の女神ことディーテ先生。
上空から舞い降りた天女は……なんとあの楊妃。
良かったねジェイ。有史以前から君臨する天上天下の美女が勢ぞろいだよ………。
いや、待て待て。参加するかどうか、まだわかんない。
…………なにはともあれ、放ってはおけない。他の参加者とトラブルにでもなったら………マズい。
「……爺や。衛兵にすぐ、伝えてほしい。あの三名を、今すぐ、主賓室にお招きしたい」
「主賓室に、ですか……?」
「うん」
取りあえず話を聞かないと。
「あ、衛兵に伝えて。絶対に、失礼の無いように。皇太子の名において」
「かしこまりました」
「いい? 絶っっっ対に、だよ。相手は四十秒で世界を滅ぼせると思えって、しっかり伝えて」
「ふぉっふぉっふぉ。さすがにそれは――-………」
ちっとも言いすぎじゃあない。一ミリも、過大表現じゃない。俺は本気だよって、瞳に力を込めて伝える。
「……承知しました」
「頼むね」
それにしてもいったい、目的はなんだ?
まさか………本当に参加するつもりとか? ひょっとしたらロココさんの言ってた身元不明の参加者って……この三人のことなんじゃないだろうか……。
いや、参加と決まったわけじゃない。見物するつもりかもしれないし。保護者参観的なノリで………。
「あ、ヤバい」
モニターの向こうで衛兵がふっとんだ………。しかも五人、いっせいに……。
「くそっ」
だから言ったのに!
+++ +++ +++ +++
駆けこんだグランドに登場した即席台座に、優雅に腰掛ける美少女。それを緊張の面持ちで取り囲む衛兵たち。
台座といっても、楊妃が積み上げた山なりの衛兵たちのこと。どうやらみな、気絶してるらしい。衛兵たちは、少なくともランクB相当の猛者ばかりなのに……。
「みんな、ここは俺に任せて」
「しかし皇太子殿下―――」
「―――大丈夫。知り合いみたいなもんだから」
「……承知しました」
大きめの扇子を仰ぎながら、興味深そうに観覧車を眺める美少女。そのたたずまいに、相変わらず隙は見当たらない。
「楊妃……久しぶりだな」
「リクか。元気そうじゃのぉ」
ゆったりと脚を組んで………ニヤリと、どこか楽しそうに唇をつり上げた。
「招待状は出してないはずだけど?」
「あぁ。届いておらぬのぉ」
「では、お引き取りを」
「つれないことを申すな。そちと妾の仲であろう?」
衛兵たちがポカンと口を開けて、俺を見つめてくる。こんな美少女となにをしたんですかと、無言でメッセージを発しながら。
それを満足そうに見つめながら、楊妃はふわりと台座から飛び降りて。そっと、俺と腕を組んだ。腕を払いのけることも不可能な、ゴリラのような腕力で……。
その瞬間、衛兵たちの視線が、羨ましそうな………じっとりとしたものに変わる。期待通りの視線を手に入れたのか、美少女はますます満足そうに微笑んだ。
………つまり誤解を招くことを楽しんでやがるわけだ。
「仲? 敵の間違いだろ?」
「大局的に考えよ。汝の兄の覚醒は、我ら共有の悲願であろう?」
「それは―――」
「―――つまり一心同体も同然。異論は認めぬぞ?」
ダメだ。
そもそも人の話を聞き入れるタイプじゃない。
「わかった。ただし、武術大会の前までは、だな?」
「……今はそれでよかろう」
「はいはい。では、エスコートを。主賓室までご案内します」
「苦しゅうないぞ?」
「恐縮です」
違うからな、衛兵たち。これは浮気とかじゃないから。ゲストのエスコートだから。変な噂、ぜっっったいに流すなよ?
「ところで、なにしに来たのさ?」
「噂を聞いてのぉ。此度のキス祭りとやら、カイトの覚醒と無関係ではないのであろう?」
「察しの通りだよ」
「恐らく、ジェイとやらのキスや恋人探しが、カイトの覚醒の鍵となっておる。妾の見立てに相違なかろう?」
「怖いくらいにね」
「ならば妾も参加してやろうと思うてのぉ。美しい参加者が一人でも多い方がよいであろう?」
「………遠慮したいんだけど」
「は? 妾では不服と申すか?」
「そうじゃなくて。ジェイは今回、本気なんだよ。仮に運命の人が見つかったのなら、家庭を持つことまで考えてるんだ」
「………」
「つまり結婚前提でジェイと付き合えないような、中途半端な覚悟で参加するくらいなら、辞退を勧めたい」
「……なるほどのぉ」
「で、どうする?」
辞退するよな? 軽いノリで来た合コンがマジ婚活会場でしたみたいな展開だもんな?
「ではしばし様子を見るとしようかの。ジェイとやらに興味が湧いたら、参加してやるぞ?」
「つまり?」
「結婚とやらも視野に入れられるほどの男かどうか……楽しみじゃの」
「本気で?」
「うむ。ま、前回見た限りじゃと………見た目は合格じゃな」
「……そうですか」
さっすがアイドル。邪竜の恋愛ストライクゾーンにもばっちりハマってるとは……。
「ところでリクよ、お主らの星では神々が地上に降臨するようじゃが……」
「あぁ」
楊妃は、あの日、アポロンさんに会ってるもんな。
「こんなに頻繁に降臨するものなのかえ?」
「頻繁?」
「うむ。神の降臨など、数百年に一度がいいところ。神話になるような歴史的出来事なのじゃぞ?」
確かに。地球の神話でも、神からの天啓や降臨は、とても珍しい出来事だとされてた。
「お主、それにジェイとやらも、神の眷属か―――あるいは神そのものか?」
「………ノーコメントで」
「まぁよかろう。お主はさほど脅威となる神威でもないようじゃしのぉ。しかし―――」
あくまでも仕草は優雅。
でも………威力は超絶。楊妃は一瞬で、扉を粉砕した。
「―――この者どもについては、いささか説明が必要なのではあるまいか?」
「フフフフフ?」
「あら? 無礼ね?」
美の女神、魔人族の守護神にして……僕らのディーテ先生。
そして、大天使ガブリエル様。
主賓室の豪華な内装が霞んで見えるくらいの……圧倒的存在感。なにせオーラがヤバい。美のオーラが溢れでてる。ティーテーブルの上に広がった花束やプラチナの茶器よりも、巨大な薔薇を描いた部屋の天井画よりも………お美しい。
「お二人ともようこそ。お待たせしました」
「フフフフフ? 良くてよ?」
「えぇ、構わないわ」
その紅茶とシフォンケーキの豪華セットは………ロココさんの差し入れだな……。お忙しいときにありがとうございます。
「ご紹介します。こちらは―――」
「―――楊妃ね?」
「フフフフフ?」
「その通りです」
そっか。アポロンさんから情報が伝わってるか。
「楊妃、こちらはディーテ先生とガブリエル様」
「つまり……神と神じゃな?」
「フフフフフ?」
「そうね」
………美女三人。微笑みながら美のオーラを解放中……。圧が凄すぎてつらいんで、退室してもいいかな………。
「それで? 女神ともあろうお方が、ここに、どのような用向きでいらしたのじゃ?」
ゆったりと椅子に座した楊妃が、視線を逸らさずに問いかける。
「見学よ」
「護衛、かしらね? フフフフフ?」
「それはそれは。存外、神も暇なようじゃのぉ?」
静かにほほ笑んでるはずなのに、みなさん、一ミリも笑ってない。なんて恐ろしいんだ……。
「暇でないとすれば……カイトが神々にとって重要な生命体ということになるのぉ」
「そう?」
「フフフフフ? あなたは気がついてるのではなくて?」
「まぁのぉ。お主ら、カイトを神へと導くつもりじゃな?」
お二人は答えないけど……楊妃の言う通りなんだろう。
でも……待てよ? 兄さんが……神になる? でも兄さん、転生前も神様だったんだよね?
きっと、もう一回、神になるってことなんだろうけど……なんでそんなややこしいことに?
「カイトはいったい……なんなのじゃ?」
「フフフ?」
「お主らのような……化け物じみた神威を誇る女神から寵愛を受けるなど……かの忌まわしき竜人……ラグナでもありえなんだこと」
「あら? そうなの?」
「さぁ、どうだったかしら? フフフフフ?」
「しかも……創造神までもが目をかけておるようじゃしのぉ」
………空間が重い。
楊妃の放つオーラのせいで、部屋そのものが重みを増したように……きしみ始めた。
「探っても無駄よ。カイトもそれを知らないし、私たちも答える気はないわ」
「そうね?」
重みを微塵も気にせずに微笑むガブリエル様とディーテ先生。やっぱり………強い。
「ま、どうせ答えぬじゃろうと思っておったわ」
「でしょうね」
オーラが消えて、空間が軽くなる。
「では、この質問はどうじゃ? 本当はお主ら今日、なにをしに来たのじゃ?」
「あ、それは俺も気になってます」
エントリーですか?
「私は保護者みたいなものね。ジェイの相手をこの目で見届けたいの」
「なるほど」
やっぱりガブリエル様は、ウリエル様が気になってるわけだ。
「フフフ? 私は護衛よ?」
「それは……ありがとうございます」
兄さんが聞いたら、ジャンピング土下座してお礼を言いそうな気がするから………黙っておこっと。
「あと、興味があるの。恋愛にね?」
「興味?」
「えぇ。愛する。そして愛される。現象としては理解しえるし、その美しさも見たことがあるわ?」
「ディーテ先生?」
なにか……悲しんでます? いや、羨ましいとか? いや、違うかも………。ダメだ、よくわかんない。先生の瞳の憂いをうまく読み解けるほど、俺は大人じゃないらしい。
「でも、恋愛は観察の対象でしかなかった。私はその内なる視点を持てずにいるのよ……」
「内なる視点?」
「それはねぇ……」
「それは?」
「内緒よ? フフフフフ?」
「……わかりました」
気になる。気になるけども……。目的が他にあるにせよ、護衛なのは間違いないらしい。ディーテ先生が護衛なら、兄さんは大丈夫だ。それにトールさんも………………あれ?
ちょっと待て。トールさんとシヴァっちさんも下界に降りてきてる。ディーテ先生、ガブリエル様もここにいる。
つまりこれ……厳戒態勢だよね?
兄さんにとって最大のリスク……それは目の前に居る楊妃だ。けど………今、楊妃がなにか兄さんにするとは思えない。メリットがないから。
「ディーテ先生、確認してもいいですか?」
「えぇ」
「護衛っておっしゃいましたよね?」
「フフフ?」
「誰の護衛ですか?」
護衛とは言ってた。でも兄さんの、とは言ってない。
「いい質問よ?」
「つまり……答えられないと?」
「陸人」
「は…い?」
ガブリエル様が………羽を…………広げ……た?
「そう数は多くないのだけれども……神々は疑問を抱いているわ」
「疑問?」
「えぇ。カイトがこれ以上、地上にいる理由があるのかどうか」
「え?」
どういうこと?
「叡智の箱の守護、帝位精霊の召喚、無詠唱魔法、そしてデミ・ゴッドの討伐、邪竜の攻撃からの救星……」
ガブリエル様が話したのは、兄さんが達成してきたこと。この星において偉業とされる出来事ばかり。
「カイトは十分すぎる程に、偉業を達成したわ」
「フフフ? つまり神になる資格を有しているのよ?」
それは………そうだろう。
オレも、叡智の箱を守った偉業を称えられ……神の座に加えてもらったわけだから。
「では、これ以上、カイトが地上にいる必要があるのかしら?」
う、嘘………だろ?
「まさか……兄さんを天界に連れ戻されるおつもりか?」
守護神と大天使たちがその気になれば……この地上に防げる者はいない。俺にも、救星の勇者にも、無理だ。
でも……そんなのダメだ。
「ダメもとだけど……もしそうなら俺は戦いますよ。兄さんをまだ天界には送らせない」
俺のように、神になってから生前の肉体に降臨する手はあるかもしれない。
でもそれを……こんなにも過保護な神々が許すかどうか不明だ。なにより神兄さんは、俺とは違う。神格が……全然違うんだ。天界に戻って後、俺のように自由に地上へ降りれるかどうか、俺にはわからない。不透明すぎる。
仮に天界に戻るとしても、それは兄さんの意志に基づいてなされる必要がある。神といえど、今生で兄さんがどう生きるのかを一方的に決めていいはずがない。
「フフフ?」
「だそうよ?」
「―――っ!?」
この神威は―――。
「あなたは……どうするのかしら?」
「えぇ。正義の秤たるあなたも、決断の時ではなくて?」
振りむいた先で……空間が歪み………室温が上がる。輝かしい神威に耐えきれないのか……楊妃が空間転移した隣に……ひとひらの羽が舞い落ちて………烈火が爆ぜる。
しかし、衝撃も、煙も、何かが燃える嫌な臭いもない。温かくも輝かしい光の収束点から……神々しい三対六枚の巨大な羽が姿を現した。
「ミカエル……様」
「あぁ、我が名は大天使ミカエル」
圧倒的な神威を放つイケメンは、そっと右手を天にかざして。ひるがえした掌に………天秤を抱えた。黄金の天秤が、静かに均衡を取り戻す間………俺の震えが加速していく。
いつもと違う、本気めの神威。
ダメだこんなの……勝てるわけないっ。
今日もありがとうございました!




