第4話:新入生クラス開き
「今日は北斗さんに迷惑かけないのよ?」
「わかってるって!」
街中がまばゆい太陽に包まれている。まるでオレの門出を祝うように。
今日からいよいよ、アカデメイアでの授業が始まるんだ。
ここから、始まる。ダンジョン挑戦へと続く道。オレの夢を叶えるための記念すべき一歩目だ。
借金二千五百万ジェムを抱えての……
家の前の水場では今日も精霊たちがのんびりしている。
そこに思いっきりダイブ。
嬉しそうに笑った紅蓮をワシワシ撫でれば黄龍が舞い降りてくる。
「行ってきます!」
「気をつけてな」
「行ってらっしゃい」
「あれ? ラグナは?」
「ラグナ殿は今朝がた飛び立たれたままだ」
「ふ~ん。また散歩かな」
近くまで送ってもらおうと思ったのに……
「今日は俺が送ってやろうか?」
「いいの? 紅蓮大好き!」
ワシワシワシと撫でると、紅蓮が表情を緩ませながら大きくなった。
三メートル近い赤毛の虎。こうなった紅蓮は、マジでカッコいい。
そして、毛並みのモフモフ感が三倍になる。
神々しさが増して、毛並みの美しさがヤバい。
でも、精霊との交流に慣れてない人は神気にやられてしまう。
一気に疲労が蓄積してしまうらしい。
でもオレは平気。小さい頃からずっと紅蓮たちと過ごしてるから。
「人通りを避ける…… 空を駆けるぞ」
「ありがと!」
「では我も付いていくかな」
黄龍が肩でとぐろを巻いたせいで、近所のガキが笑った気がするけど。
気にしないったら気にしない......
紅蓮の背にまたがると、偉大な精霊は勢いよく空にジャンプした。
まるで透明な階段を駆け上がるように高くなっていく。
屋根より高く、木々より高く。
空をかける紅蓮は楽しそうにスピードをあげて。
気まぐれに雪を降らせては、暑さに悩む行き交う人々を喜ばせている。
救星の大精霊― 紅蓮。
この街最古参の精霊はサービス精神旺盛だ。
「見えてきたぞ!」
加速した紅蓮があっという間にアカデメイアの中庭に降り立った。
もちろん、何も壊していない。
被害はゼロだ。ありがとう紅蓮!
オレと同じように送ってもらったんだろう。
精霊と生徒がたくさん中庭に集まっている。
「あ、、、あの、、」
「はい?」
オドオドした少年少女が恐る恐る近寄ってくる。
「紅蓮様と黄龍様ですよね?」
一瞬で幼体モードになった紅蓮と黄龍が返事をする。
あとは、あっという間だった。
紅蓮と黄龍のもとに生徒たちがわんさか集まってきたわけだ。
さすが救星の精霊。大人気なわけで。
女子とかに抱っこやハグをされてる紅蓮と黄龍。なんともうらやましい……
あれ?ひょっとしてオレって最下位?
精霊やドラゴンを含めてわが家のメンバーのなかで。
一番モテないんじゃないかな......
ダメだ。
なんとなく気が付いてはいけないことに気が付いた気がする。
+++
「カイトおはよう!」
「よー! 昨日はご馳走さん!」
「スゲー美味かった! あの、最後のアレ」
「ガーリックライス?」
「そうそれ。最高だった!」
クルドおじさんの三兄弟。ハルル、イルル、ルルル。
オレの幼馴染。
クルドおじさんには、奥さんが三人、子どもが九人いる。
愛に生きる海神族の美人三姉妹奥さん、ララさん、ロロさん、ルルさん。海人族の文化では、一夫多妻っていうのも愛があれば問題ないらしい。
ちなみにクルドおじさんの結婚式には伝説がある。
通称、水たまり伝説。嫉妬した男たちの涙が水たまりを生み出したって話…… ほんとイケメン許すまじ、だ。ガツンと天罰が下ればいいのに。大きめの落雷とか。
でも、ナナちゃんのお父さんだからなぁ。やっぱり天罰は止めておこう。ナナちゃんの可愛さに免じて。
「さっき見たけど今日は紅蓮と黄龍も来たんだな」
「うん。今頃は中庭で昼寝してると思う」
大人気すぎて行列ができたので放置してきた。もう皆、教室に入ってるだろう。
「てかお前、昨日はすげーのやらかしたな!」
「……ちげぇし」
「昨日も、だよな?」
「そこじゃねぇよ!」
年上のハルルとイルル。
二人でオレをからかう時は息ピッタリ。
「あ~、、、今日も食いてぇなぁ。ガーリックライス」
「……」
同じ年齢のルルルは、今日も食い気たっぷり。
昨日もずっと、ガツガツ食ってた。
「おはよー。みんな席につきなさ~い」
「ん? アレが担任?」
「おぉ。イケメンだろ? 女子がキャーキャーうるせぇの」
「カイトの敵がまたひとり増えたな」
「……イケメンはマジで敵」
「オレら三兄弟も敵だもんな?」
「滅べ!」
無意識に担任を睨む。
水色の透明な輝きを放つ髪は、清流のよう。
音符をモチーフにした小さな王冠も、違和感ゼロ。
まさに中性的な美青年って感じだ。羨ましい......
「カイト~。今日もガーリックライス作ってよ」
ルルルはマイペースすぎだろ。
「わかったよ。作ってやるよ」
「ありがと!」
泣くほど嬉しいのか。作り甲斐があるよ。
「……そこの君?」
「はい!」
「カイト君だね?」
「はい! 今日からこのクラスに合流しました」
「よろしくね。それで今何の話をしてたのかな?」
ヤバい。初日から担任に目を付けられたっぽい。
バカ三兄弟のせいだ。
「あの、、、ガーリックライスのことを」
ボソボソ答えると、クスクスと笑い声が広がる。
クソ。ルルルのせいだ。
女子に笑われたじゃん……
「君、、、好きなのかい?」
「ガーリックライスですか? まぁ、それなりに」
「それを作るって言ったかい?」
「はい。今夜にでも......」
「わかった。家庭訪問しよう。今夜ね」
「は?」
「なに。君のガーリックライス愛が本物か、見極めに行くのさ」
「え? 愛ですか?」
「そうさ。僕はポセイドン。この世の愛を全て愛する教師なのさ」
「ちょっとなに言っているかわかりません......」
「おや。ダメなのかい?」
教室がザワザワしだす。
この気配は、敵意だ。しかも女子からの。
人気教師からの提案を断るなという無言の高圧力……
これには勝てない。
「ど、、、どうぞ。母さんの店の方にお越しくださいませ」
「ありがとう」
優雅に一礼したポセイドンに、女子はなぜか涙目拍手だ。
イケメン許すまじ……
「では全員揃ったことを祝して、君たちに歌を贈ろう」
皆一斉に叫び声を上げた。
いや、、、これは歓声か。
「それでは……名曲ガーリックライス」
優雅な舞は、時が停滞したかのような錯覚を起こさせる。
心に溶け込むような歌声が、胸を熱くする。
気が付けば息を飲んで全てを見守り、大粒の涙が教壇を霞ませた。
クルドおじさんの奥さんたちの演奏もすごい。けど、けどこれは何て言うのか、、、、次元が違う気がする。
体が音と融けあわさってしまったような気さえする。
「……ご清聴ありがとう」
スタンディングオベーション。
知らなかった。無意識に立っちゃうんだな。
感動を伝えたくて。
「ではさっそく、今日のメニューに入ろう」
イケメンは敵。
だけどこの先生は、いいかもしれない。
「じゃあ始めよう。手元に入学試験時のスコアカードがあるかな?」
そう言えば、手続きの書類に入ってた。
アレのことか。
――――――――――――――――――
氏名:カイト
【知 力:D‐8】
【腕 力:D‐1】
【体 力:C‐3】
【精神力:D‐5】
【思考力:D‐2】
合計スコア:6【Dランク】
弱点:暗記力
弱点属性:闇
適正ジョブ:切り裂くもの
~~~
備考:Sは加点10 Aは加点7 Bは加点3 Cは加点2 Dは加点1
――――――――――――――――――
ヒュム族の十二歳にしてはいい方だとは思う。
「カイト、見せてみろよ」
「いいけど。ハルルのも見せてよ」
「じゃ交換な」
ハルルたち三兄弟はクルドおじさんの方の、つまり竜人族の血を引いている。
身体能力が高いだろうな。
――――――――――――――――――
氏名:ハルル
【知 力:C‐5】
【腕 力:B‐1】
【体 力:B‐1】
【精神力:C‐5】
【思考力:D‐8】
合計スコア:11【Cランク】
弱点:暗記力
弱点属性:雷
適正ジョブ:切り裂くもの
~~~
備考:Sは加点10 Aは加点7 Bは加点3 Cは加点2 Dは加点1
――――――――――――――――――
やっぱりだ。
腕力と体力がBクラス。
【B-1】ってことは、Bに上がりたて。
とはいえ。腕力Bは凄い。
ヒュム族なら大人がすごく鍛えて辿り着くレベルだ。
「竜人族やっぱ腕力高すぎ」
「まぁな。カイトもヒュムにしてはまぁまぁじゃん」
「ありがと」
オレは父さんの血を引いてるらしい。母さんの血を引いた陸人は竜人族。
双子で種が違うのは、珍しいそうだ。
「はい皆、静かにね」
ポセイドン先生の声は不思議だ。
「今からスコアを測るよ。試験時のデータは古いからね。」
大声じゃないのに。意識が引き付けられる。
「呪文効果保管ボールを渡すから、それを使って再測定してほしい。スコアカードが更新されるはずさ」
ポセイドン先生のスコアカード、どうなってるんだろう。
やっぱり、合計Aランクくらいあるんだろうか。
「カイト測ろうぜ!」
「おぉ! えっとこのボタンを押すんだよな」
「そうそう。カード握っとけよ?」
「わかってるって」
たいして変化してないはずだけど。
でもやっぱり、緊張する。
能力の測定。不思議と胸が高鳴る響きだ。
「呪文発動っと」
ボールの開封と同時に、緑の光で身体が包まれた。
教室が、次々解放されるボールによって緑に彩られていく。
支えるものが使う解析系の呪文だ。
父さんとの旅で見たことがある。
「これで更新完了か。どうなったかな」
――――――――――――――――――
氏名:カイト
【知 力:S‐1】
【腕 力:S‐1】
【体 力:SS‐1】
【精神力:S‐1】
【思考力:S‐1】
合計スコア:55【Sランク】
弱点:恋愛運
弱点属性:なし
適正ジョブ:無職
~~~
備考:Sは加点10 Aは加点7 Bは加点3 Cは加点2 Dは加点1
――――――――――――――――――
「え?」
スコアがおかしいことに……
故障かな。故障だな。
「どうした?」
「や、カードが壊れたっぽい」
ルルル。いつの間にか昼寝してやがる。
「どれどれ……うわぁマジかお前」
「……やべぇ。これ救星レベルじゃね?」
「いや救星超えてね? 父さんSランクだけどA混じってたじゃん」
「そっか。てか適正ジョブが無職って何?」
「いやそれよりも弱点がヤバい。恋愛運って何? バトル関係ねぇ~」
「それな! マジでウケるお前最高!」
「…… そこは触れるなよ」
ハルイルコンビの頬をつねって抗議。
竜人族は皮膚が頑丈なので殴るとこっちが痛いんだよ。
「そこの三人どうしたんだい?」
「先生! カイトのカード壊れたみたいです」
「そうなのかい?」
「はい。オールS、合計もS超えです」
「あと弱点が恋愛運なんです」
「バカ!? それを言うんじゃねぇよ!!」
またもクスクスが広がる。
女子のこの笑い声は、合体魔法に違いない。
男子に効果抜群の……
「なるほど。カードが壊れたか、あるいは正しいか......」
「いや、壊れてると思います」
「まぁどっちにしても、あそこだね」
「……まさか」
「そうさ。学長室へ行っておいで」
「それだけは勘弁してください。保健室はダメですか?」
ディーテ先生に、合体魔法で傷ついた心を癒してもらいたい。
「ディーテ先生は不在だよ」
「……学長室、行ってきます」
母さん。ごめんなさい。
二日続けての学長室コースです。
+++
「ロダン兄ちゃん! 来てくれたの?」
「よぉ! 大和のせがれ!」
知りあいのロダン兄ちゃん。
長寿のドワーフ族ゆえに見た目はまだ少年。
でも騙されちゃいけない。
通称【救星の鍛冶師】。この星でも指折りの若手実力派だ。
色々なことを教えてくれるオレの師匠でもある。
ちなみにイケメンさんだ。
救星は美男美女が揃いすぎなんだよ……
目鼻立ちのはっきりした顔に、最近はくせっ毛で愛嬌を補完。ズルいと思う。
そんなロダン兄ちゃんの婚約者は竜人族のカルラさん。
「カルラさんは?」
「へへ。元気さ」
兄ちゃんの告白シーンは、有名だ。
今でも、マネするカップルが多い。
もちろんオレがナナちゃんに告白する時は、まっさきに相談すると決めてる。
「オレのために来てくれたの?」
「あぁ。工房で暇なのは俺くらいさ」
「救星に直にお越しいただいて恐縮です」
「いえ学長殿のお召しなら」
「二人ともオレのせいでゴメンね」
「「まったくだ」」
ヒドイ、、、オレは悪くないのに。
カードが壊れただけだし。
「カイトー!」
外から響くオレの名を叫ぶ声。
ほぼ同時にガラスの割れる嫌な音。
そして嫌な予感......
「はぁ……落ち着け大和」
「よぉ! バカ領主」
父さん二日続けて窓ガラス来校。
借金また増えたんじゃないだろうか……
「ロダン!? 」
「あぁ。スコアカードはオリハルコン製だからな。俺の出番さ」
「で、カイトのランク表示はマジか?」
「ほぼ確だな。念のために持ち帰って精査すっけど」
「お前の見立てに間違いはないだろうけどな。頼む」
「構わねぇよ。でもオリハルコンは精神感応に優れた金属製だからよぉ」
「わかってる。壊れてんのはカードじゃなくて……」
「お前のせがれだな!」
「ロダン兄ちゃんヒドイよ……」
なんて恐ろしい話だ。
どうやって立ち向かえばいい? この現実に。
「もしカードが壊れてないなら、ヤバいじゃん」
「だな!」
「オレ…… 恋愛運ないってことだろ?」
「このバカ息子! そこじゃねぇんだよ!」
「ウハハハハハ! さすが大和のせがれだな!」
「ウルセーよ鍛冶バカ!」
「よせやい! 照れるじゃねぇか」
「褒めてねぇんだよ!!」
いや、論点はそこじゃない。
オレの弱点が本当なのか。
そこだけはしっかりと確かめてほしい。
北斗さんが溜息をつきながら窓ガラスを見つめて。お気に入りだったのにと、ボソリと呟いた。父さんって本当に残念領主だよ。同じ失敗を繰り返すなんてね。
「おぃ大和。修理代請求するからな」
バカ親父め……
借金、合計三千万ジェムか……
「あ、北斗おじさん。二千五百万ジェムは母さんが払ったんだっけ?」
「そうだ」
「じゃあ、今回は五百万ジェム追加で、おじさんに払って……」
「千五百万ジェムだ」
「は?」
「新しい細工のステンドグラスしかなくてな」
「……えっと」
母さんに二千五百ジェム。
父さんの本日追加分が千五百ジェム。
「合計で……四千万ジェム?」
「ウハハハハ! 思い切って夜逃げするしかねぇな!」
「ロダン、、、ちょっと金貸してくんない?」
「すまん! 宵越しの銭は持たねぇ主義だ」
「……そうだった。俺と同じだった」
え? 父さんもなの?
救星って、この星で最もダメなおじさんたちの集まりなんじゃ......
「お前の武器なんかくれ!」
そうだ。
ロダン兄ちゃん特性武器は高額だったはず。それをたくさん売ればいいじゃんか。
「浪費しすぎてカルラに没収されちまった!」
あぁ、、、ダメだこのおじさんたち。
こんな大人にだけはならないようにしよう。
でもこんな残念な大人なのに。オレよりもとんでもなくモテるんだよな。
理不尽すぎる...
うん。
神様なんてやっぱり絶対にいない。