第48話:天才現る
「なんだぁ? お前ら、まだここに居やがるのか……」
この声は―――……間違いない。
「―――イルルお前、カイトの護衛なんじゃねぇの?」
「親父と大和おじさんが来てな……」
「そっか。そりゃ、邪魔しちゃ悪ぃもんな」
「……あぁ」
気をつかってくれて、ありがと。
父さんも毎日、時間を見つけては部屋に来てる。どうやら、兄さんに語り掛けてるらしい。
「アーサーとガウェインもいるし、親父も傍についてるし……警護は大丈夫だからってことで風呂を勧められたってわけさ」
ゴシゴシと身体を泡だらけにしたイルルは、頭からお湯を被って。
水流とともに露わになる全身には………無数の傷がある。兄さんを探しながら、海辺で、魔獣と戦ってたんだろうな。
「イルル……強くなった?」
ハルルと同じような体つきになってる。戦うための……鋭く動く筋肉。兄さんが見たら「グヌヌヌヌぅ~イケメン竜人族めぇぇぇぇぇ」って唸るに違いない。
「おぉ。カイトを探しながら、アーサー、ガウェインと模擬バトルしまくってたからな」
「なるほどね」
アーサーとガウェインが持ちかけたんだろう。「修練しながら待った方が、いざという時に兄さんを助ける力になれる」とかなんとか言って。
きっと、イルルのストレス発散を兼ねてたんだろうけど……成果はあったらしい。
「ジェイ、こっち見すぎじゃね?」
「ケチくせぇこと言うなよぉ……」
ジェイはずっと、ニヤニヤしながらイルルの全身を眺めてる。多分、久々に会ったイルルの成長を感じて、ウズウズしてるんだろうな……。きっと今すぐ模擬バトルしたいんだろけど、我慢してるっぽい。ジェイは温泉が大好きだから、模擬バトルなんかして、ここが壊れるようなことは避けたいんだろう。
「イルル兄さん、元気だった?」
「おぉ! ルルルは? てか子どもができたって聞いてるぜ?」
「うん……もうすぐ生まれるよ。顔、見に来てやってね」
「絶対ぇ行く」
ニシシっと笑いながらハイタッチを交わす弟たちを見てるハルルは、嬉しそう笑ってる。兄弟が揃うのって久しぶりだから……嬉しいんだろうな。
「そういやイルル……お前、海沿いにずっと居たのか?」
「そうだけど?」
「飯とか風呂は? どうしてたんだ?」
「それが……近くに綺麗な小屋っていうか……ちょっとした広めの平屋が出てきてよ……」
「平屋?」
「おぅ」
それ、絶対ロココさんだ………。
「おぉ。木造で綺麗な平屋。巨大なワンルームに、バスとトイレ、キッチン完備」
「なにそれ。もはや別荘じゃん」
「それな。でけぇ窓の向こうに海が広がっててさ……最高だった」
なるほど。部屋に居ながら海を眺めて、兄さんを探せるように配慮してくれたんだ。さっすがロココさん!
「へぇ? で、メシは? 自分で?」
「まさか。冷蔵庫に飯が入ってたり……」
「……たり?」
「里から何人か、たまに飯を作りに来てくれたりしたんだよ」
「だろうと思ったぜ」
「……ウルセーよ」
ニヤニヤ笑うハルルに、呆れた顔のルルル。
つまりまぁ、そういうことなんだろう。竜人族の王家の血筋を受けついたランクS冒険者が一人暮らしをしてるとなれば……周りがほっとかないだろうし。
王族になって俺も痛感してるけど………。政略結婚をねらう者、一夜の思い出が欲しい者、既成事実をつくってしまいたい者……、なんとなく興味を持った者。恋愛観や結婚、性交渉の目的は実に多様で……王族の王子や王女の寝室では、実に色んな思惑が交錯する。ま、俺はナナちゃんひと筋だけど。
「で? どうなんだぁ?」
「……なにニヤニヤしてんだよ。気持ち悪ぃ」
「そうツンツンすんなって! で、どうなんだよ? 本命できたか?」
「……うっせ」
「お? 微妙なリアクションだなおい! まさか本当に―――」
「―――ねぇよ。百年は恋愛する気ねぇ。いつも言ってんだろ?」
「そりゃ残念。ま、遊びすぎて刺されんじゃねぇぞ?」
「「お前が言うな」」
……そりゃ、弟たちの声も揃うよ。
「はぁ~……ったく。なんか誤解してるみてぇだけど……俺、童貞だからな」
「「「えっ!?」」」
マジで?
「じゃあなにか? お前、色んなお誘いを全っ部……断ったってことか?」
「おぉ」
「ま、まさかお前……起たねぇの?」
湯船に腰を下ろしたイルルの下半身に、自然とみんなの視線が集まる。実に竜人族っぽい感じのいかつい下半身だけど………性の悩みは繊細って聞くし。
もし、なんか悩みがあるなら聞くよ?
「……違ぇよアホども。ジロジロ見んなし」
あ、違った。
うん……良かった良かった。
「じゃあ、なんでだよ?」
「初めては好きな人と―――そう決めてんだよ俺は」
……おぉ!
「………引くわ」
「いや、引かない引かない」
「陸人に同意。引くって言った兄さんに引くよ僕は」
「俺様もルルルに同意だぜぇ」
「は? なんなのお前ら? チンコついてんの?」
「「「ついてんだろ?」」」
バカなの? まる見えだろ? 風呂なんだから。
「むしろハルルに言いたいね」
「なんだよ陸人……」
「……脳、ついてんの?」
「あるわ! バカにすんじゃねぇよ」
ゲラゲラと笑いながら軽くツッコみを放った右手の勢いが、二メートル程の波を生み出して……イルルがそれに飲みこまれた。
「……こんの……脳筋がっ」
あ、ヤバい。イルルの眉間がピクピクしてる。
「あ? お前も似たようなもんだろ?」
ハルルもケンカ腰だ。
「はいはい落ち着いて。兄さんたち、こんなとこでケンカしないでよ」
「ルルルに同意。だいたい、風呂では仲良くするってのがわが国のルールだよ?」
「そうだぜぇ。ケンカするなら道場行くかぁ? 俺様も相手になるぜぇ」
こらこらジェイ……それ煽ってるだけから。仲裁になってないから。
「………わかった」
「おぅ」
まぁ、兄弟のじゃれあいだってことはわかるけどさ。久しぶりに再会して、ガキの頃のノリが蘇っちゃった的な、ね。
こんな感じの二人だけど、儀式や祭典では、王族の衣装に身を包んで、礼儀正しくゲストに挨拶し、紳士的に振る舞って爽やかな笑顔を浮かべる。
そんな二人を見る度に、普段とのギャップが大きすぎて笑えるんだけど……それはお互い様だろうから。口は出さないでおこっと。
「なぁ陸人……今日は何の集まりだったんだ?」
「あ、そうそう。神託があったんだ」
「「「「カイトのことかっ!?」」」」
「ちょっ!? 近いって!」
「「「「あ、悪ぃ」」」」
ったく。
ハルルもルルルもジェイも、イルルに合わせてニヤニヤ笑いながら近寄って―――いや、近づけてきた。
ほんと、ノリが良すぎて困る。
それもこれも、偉大なる海神―――ポセイドン先生のせいだ。先生がアカデメイアの講義で、天どん―――同じことを繰り返して笑いを生み出すって技を伝授したから、俺は今、こんな目にあってるわけで………あ。
…………嫌な予感がする。
「イルルは仕方ないとしてさ。三人は、わざとでしょ?」
「「「おぅ!」」」
……いいお返事だこと。
「次はないから。次やったら、光速の拳を叩きこむから」
息子さんたちに。
「「「「おぅ!」」」」
「わかってる? これ、押すな押すなのパターンじゃないから。本気の警告だから」
「「「「おぅ!」」」」
……ダメだ。
通じてない。
「それで? 神託でなにを?」
「封印の解除条件がわかった」
「「「マジかっ!?」」」
「…………アホだなお前ら」
「「「え?」」」
さっすがイルル。俺が本気だって気がついてたか。
「なっ!?」
「てめイルル、裏切りやがったな!」
「ひどいよ兄さん!」
「はい、ハルル、ルルル、ジェイ……アウト」
「「「ちょっ、待っ―――」」」
「―――ライトニングパンチ!」
「「「ぐっ……っ!?」」」
光速で放たれたアッパー。
その勢いを借りて、空に登る三本の水流と、イケメンたち……。
ドバァ~ン―――そんな着水音が静まるころ……。プカプカと三人のお尻が水面に漂ってる。
「はぁ~」
ごめんよ俺の両拳―――ちゃんと石鹸で洗うからね。
+++ +++
「それで、解除条件なんだけどさぁ………(トントントン)」
涙目になってるハルルとジェイの腰をトントンと叩いてやる。
「(トントントン)……そうそう、それな」
イルルは、ルルルの担当。タメ息をつきながら、腰をトントンと叩いてあげてる。
………なんとも間抜けな光景だ。けど、男だから気持ちはわかる。痛いよね……。まぁ、自業自得だけど。
「で、なにをしたらいいんだ? (トントントン)」
「それがね……(トントントン)」
真実の愛、そして目覚めのキス。そして、それを満たすための案についてイルルに伝えると、眉間がピクピクっと動いた。
まぁ、創造神に腹が立つのはわかる。
俺も同じだし。
「………なるほどな」
「バカらしいでしょ。嫌がらせにもほどがある」
マジでなに考えてるのか………意味不明だ。
「だなぁ……。てかルルル、もういいだろ?」
「ハルルとジェイは? 痛みはもう引いた?」
「「「おとちょっと」」」
「「はいはい」」
まったく。
俺を恨むなよ? 自業自得なんだからな?
「それでさぁ……(トントントン)………キス大会でも開こうかなぁって話になってさぁ」
「(トントントン)………それだと、カイトにヘイトが溜まるだろ?」
「そうなんだよ……(トントントン)」
さっすがイルル。話が早い。
「ヘイトを避けるには………(トントントン)」
う~ん、どうしたもんかなぁ。
「あ、こうすりゃいんじゃね?………(トントントン)」
「なになに?………(トントントン)」
「真実の愛じゃなくて、生命力を分け与えてくれって伝えるんだよ………(トントントン)」
「なるほど!(ドン!)」
「「―――っ!?」」
あっ―――やば。つい、力が入っちゃった。
二人とも、床に打ち付けちゃったみたいだ………息子さんを。
「……ごめん」
今のは、わざとじゃないよ。
「陸人ぉ……優しく頼むっ」
「……ハルルにっ、同意だっ…ぜぇ」
「はい……。(トントントン)……どう? こんな感じ?」
「「最高」」
「そーですか」
それにしても、残念なカッコだ。四つん這いになって腰をトントンされてるジェイ。教会の偉い人が見たら……卒倒するだろうな。それにファンも。大好きな大司教のこんな姿を見たら……幻滅しちゃうだろう。
………いや、そうとも限らないか。
ひょっとしたら一部のマニアックなファンを獲得できるかも……。例えば、いつもオラオラ系の獣人ジェイ、尻尾がしょぼんとなるの巻―――なんてね盛り上がってね。
「まぁ、バカどもは放っておいて……どうよ俺の案?」
「最高!」
イルル、マジ天才!
「だろ? なにせ俺の案だと、生命力が十分にたまったところであのアホが目覚めるってことになるしなぁ?(トントントン)……」
「(トントントン)……うん!」
誰かのキスで目覚めたとしても、そして目覚めなかったとしても。生命力の回復具合ってことで納得してもらえる。真実の愛となると個別判定だから、いろんな人が傷つく。けど、生命力の譲渡なら総量判定なわけだから、誰か一人が傷つくってことはなくなる。本当は、良くないのかもしれないけど。ここは、優しい嘘ってことにして、イルルの案で進めよっと。
「てかイルル! マジ天才!(ドン!)」
「おぉよ!(ドン!)」
「「「―――っ!?」」」
「あ、ゴメン」
「悪ぃ」
ピクピクと、三人の背中が小さく震えてる。床にへばりついたまま……。
どうやら、またしても床に息子さんたちを打ち付けちゃったらしい……。
同じ男として、痛みはよくわかる……。
でもほら、これもアレだよアレ。天どん! そう思って許してくれる……よね?
………よね?
………あれ?
なんか、空気が振動してるんだけど………。
「おぃ陸人……逃げるぞ」
「了解って――――……え?」
これ、ジェイのチェーンじゃん。オレとイルルの足首に絡まって……動けない。
「水龍が―――っ」
「―っ!? 粘竜も―――っ」
粘竜の力で粘り気を増した水龍に飲みこまれて―――……
「「「ライトニングパンチ」」」
「「っん!? っっっぐぅぅぅぅぅ………」」
「ど、どうなさいました! 陸人様―――っ?」
爺やと兵士たちが、両眼を見開くのが見える。
それも、無理はない。
ヌメッヌメの温泉と床。
そこに、のたうちまわる俺とジェイと三バカ兄弟を、見つけたわけだから。
「な、なにをぼんやりしとる。王子様達を運び出さぬか!」
「「「「はっ!」」」」
駆けてくる兵士がツルツル床ですべって……転んだり、ヌメヌメ温泉に転げ落ちたりするのを見ながら……俺たちは、笑いが止まらなくなった。
もちろん……両目に涙を浮かべながら。
+++ +++ +++
「で? お前らはなにをしてたわけ?」
「「「「「………」」」」」
「わざわざ人払いまでして。早朝に集まって、温泉をヌメッヌメにして……みんなで何してたわけ?」
「「「「……」」」」
「何してたのかって聞いてるんだけど?」
「「「「すいません」」」」
「あれか? 人には言えないようなことをしてたのか?」
違うんだ父さん。
悪ふざけが過ぎただけなんだよ……。
「王子たちや大司教が、ヌメッヌメの全裸で医務室に運ばれたって噂が、城内をかけめぐってるぞ?」
「「「「……すいません」」」」
「……はぁ。お前らさ……王族や大司教なんだから。もうちょっとまともな遊び方をしなさいよ」
「「「「すいません」」」」
「いや、わかるぞ? ちょうどいろんなことに興味が湧く年頃だってことは、誰だって理解できる。けども、さすがに時と場所を考えなさい!」
こんな感じで、荘厳なる王の間で、国王に真顔で質問と説教を受けながら……クスクスと広がる周囲の嘲笑に耐える。
これだけでも十分な罰だと思うのに……俺たちは温泉出禁の刑に処されたわけである。
今日もありがとございました!
なんだかんだで、友人たちとバカ騒ぎしてたあのころが懐かしいなぁ。




